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3.道中

3.道中


山の頂上にある王宮を出てから三日後、馬車はふもとの舗装された道の上を走っていた。もう暫くすればモノリス唯一の港町が見えてくるはずだ。少しだけ開けられた窓からは、嗅ぎなれないにおいの風が入ってきていた。


「ねぇ、イザベル。このにおいはなあに?」


わたしは鼻をひくひくさせながら隣に座っているイザベルに聞いた。


「においですか?……あぁ、磯のにおいですね。海辺は大抵このにおいがするんですよ」

「へぇ、そうなの」


これが海のにおいかぁ。初めてかいだはずなのに、なんだか懐かしさがこみ上げてくる。そのことをイザベルに話した。


「海は命の源と言われておりますから、姫様の感じたことは間違いではないのかもしれませんね。私も山で育ちましたが、このにおいをかぐと安心します」


海についてひとしきりおしゃべりした後、馬車は港町に着いた。商売で賑わう大通りを抜け、船が停泊している港に向かう。

港に泊まっている船はほとんどが漁船だ。貿易船というのは珍しい。

そいうのも、モノリスはほぼ自給自足の生活を送っているから、外国との貿易の必要性が低いのだ。旧大陸の寄せ集めの島には資源が豊富で、先人の残した知識や技術、知恵や文化といったものも廃れることなく根付いている。人族のように研究熱心な性分ではないから、この先それらが発展するとは限らないけど。昔ながらの生活で獣人族は満足していた。

この旅でわたしが乗るのは漁船のような小さな船ではなく、貿易用の比較的大きくて頑丈な造りをしている船だ。


荷物を馬車から船へ積み込み、護衛や世話をしてくれる人、そしてわたしも乗り込んだ。わたしはすぐに船内に入らず、甲板にしばらくとどまった。


振り返って大きくそびえ立つ山を見つめた。頂上は空まで届くようなわたしの育った御山。

その山の方から風が吹いてきた。すっかり準備の整った船の帆を広げ、早く行けとばかりに長く吹く。

船長はこの風を好機と見たのか、船員たちに出航の合図を次々と送っていく。


いよいよ出航だ。


いざ、行かん。皇子の待つ彼の国へ。

なぁんちゃって、長持ちの中に入れた伝奇小説の絵本みたいな台詞を心の中でつぶやいてみる。うん、なかなか悪くないわ。これから慣れない船上の生活を送るにしては上々よ。


ゆれ始めた船の上、わたしは山から目を離し、前方の碧くきらめく海原を見つめた。

大丈夫よ、ニーナ。何が起こっても、耐えてみせるんだから。大陸にはきっと夢も希望もあるわ。不安に思うだけ損よ。


色々な思いに押しつぶされそうになる自分を奮い起こしてわたしは船内に入った。




「ニーナ様、身体の具合はどうですか。気持ち悪かったり、眠たかったりしませんか?」

「平気よ」


船旅になって五日目の朝、それまでの日と同じように、ジーニーがわたしの部屋に来て診察をはじめた。


「ふむふむ……大丈夫です、特に問題ありませんね。酔いはどうですか?」

「相変わらずよ……」


ジーニーの問いにいつもと同じように、全く持って元気のない声で答えた。


「イザベル、桶は絶対に枕元から離れたところに置かないでね。絶対よ」


わたし今、とても青い顔をしているにちがいないわ。


「えぇ、姫様。置いておきますとも」


イザベルがなれた調子で言ったとき、船が大きく揺れた。うう、とわたしは軽くうめいて布団の中で縮こまった。


「船長が言うには後二日ほどでエストレアの港に着くそうです。それまでの辛抱ですよ」

「まぁ、もう着くのですか?思ったより近いのですね」

「風がいいようです」


側で交わされるジーニーとイザベルの会話を右耳から左耳へと流し聞きながら、ほっと安堵した。あと二日よ、頑張ってわたし。

正直に言うとエストレアに近づくほど具合が悪くなってる気がする。

ジーニーはそのことは当たり前の反応だと思っているらしい。


「エストレアは新しいセカイの塊ですから。旧いセカイの塊であるモノリスで育った旧い血の流れるニーナ様とは相性が悪くて当然です」

「まぁ、そうなの?」

「えぇ。お付の我々の中にも調子の悪い者が幾人かいるぐらいです。身体の弱い姫様がさらに具合を悪くしても納得のいくことですよ」

「あら、こんな思いをしている人が他にもいるのね。ジーニー、その人たちのこともちゃんと診てやってね、わたしばかりに構うのではなく」


ジーニーの説明を聞いたら心配になってしまった。みんな大丈夫かしら。


「わたしは普段から具合悪いのになれてるけど、他の獣人はそうもいかないもの。わたしにはイザベルも付いてるから、ちょっとぐらい放って置いても平気よ」


そう言ってジーニーに笑えば、彼は狼顔を器用に苦笑させて立ち上がった。


「それではニーナ様の言うとおりにいたします。昼にもう一度診に来ます」


ジーニーは小声でイザベルにいくつか言いつけると、ドアを開けて出て行った。それを見届けてわたしはイザベルに弱音をこぼした。


「こんな調子じゃ、エストレアに着いたとたんに死んじゃうわ……」

「それはありません。彼の国には腕の良い術師がいますから、着いたとたんに姫様の身体を調整してくれます」


やけに自信のある返答だった。


チョウセイってなんだろう?痛いのかな。痛くないといいなぁ。注射みたいに痛いとちょっと泣いちゃうかもしれないわ。

そんなことをつらつら考えていると、いつの間にかわたしは寝てしまった。




そんなこんなでわたしが青い顔をしながら過ごしたきっちり二日後、モノリス船は異国エストレアの港へ到着したのだった。

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