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2.出発

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2.出発


婚約が決まってから半年後の今日、わたしはようやくエストレアへ旅立つ。


半年もかけて準備をしたから、わたしももう随分と心構えが出来ていると思っていたけど、それでも前の晩は緊張でなかなか眠れなかった。

今朝はそのせいでちょっとふらふらしている。


「姫様、お加減はいかがですか?起き上がれますか?」

「うん、大丈夫よ。朝ごはんはいいから、着替えてしまいたいの」

「ではそうしましょう」


侍女に手伝われて旅用の衣装に着替えた。普段着とは違い、慣れていないわたしにとっては一人で着るのが難しい。袴と内着はいつもと同じだけど、その上に軟らかい革の鎧を着て、上着はその上から羽織るのだ。鎧は紐や留め具で身体に括りつける。

鎧には、旅先で事故にあわないように、危険な獣に襲われないように、そんな感じのまじないと祈りが込められた模様が描かれている。


「……さぁ、できましたよ」

「ありがとう、イザベル」


イザベルはエストレアにも付いて行くことになった鹿族の侍女だ。わたしより六つ年上で、幼い頃頃から世話をしてくれている。特徴的なのは、胡桃色の艶やかな髪のかかる額から生えている小ぶりな二本の角と、大きく潤んだ目だ。


「馬車に乗るまでにはまだ時間がありますが、何か食べませんか?」


イザベルが心配そうな顔をして聞いてきた。体力のないわたしは何か食べないとすぐ倒れてしまうから、それが気がかりなのだろう。


「でも、馬車に乗ると酔ってしまうと思うの……だからあまりおなかに物を入れておきたくないわ」

「困りましたわね……」


華々しい出発で粗相をしてしまうなんて絶対に嫌だわ。

そう思っていると、部屋の外から若い男の声が聞こえた。


「ニーナ様、お薬を用意してありますから食事をしていただいても大丈夫ですよ」


わたしとイザベルが振り向くと、開いたドアから白い長めの上着を羽織った狼族の男が現れた。手にはハムと麺麭パン、それに水差しとグラスが乗ったお盆を持っている。


「まぁ、ジーニー。本当に食べても平気なの?」

「はい。昨夜のうちに酔い止めを調合しておきました」

「それなら食べても大丈夫ですわね、姫様」

「うん、そうね。じゃあ、食べようかな」


わたしがそういうと、ジーニーはにっこりと笑ってお盆を近くにあったテーブルへ置いたザベルが手早く用意をして、食べる準備が整ったので、わたしは椅子に座ってゆっくり食べ始めた。

ジーニーはわたしの専属のお医者様だ。彼もエストレアに付いて行ってくれる。見た目はイザベルと同じくらいに見えるけど、実際はもっと年上らしい。自分で作り出した薬を試飲しているうちに老化が遅れだしたと本人は言っている。


「ふぅ、ご馳走様。もうおなかいっぱいよ」

「じゃあこの薬を飲んでくださいね」


手渡された丸薬を水で流し込むと、ほろ苦い後味がのどに残った。


「うぅ、相変わらずジーニーの薬は苦いわ」

「ふふ、姫様、良薬は口に苦しですよ。ジーニー様のお薬は抜群の効き目でしょう」


それはそうなんだけどね。


「ではニーナ様、また馬車でお会いしましょう」

「うん、あとでね」


ジーニーはまだ準備が残っていると言って部屋を出て行った。




朝ごはんを食べ終わってからおよそ一時間後、わたしとイザベルは馬車の前にいた。

見送りには母と二人の姉が来てくれていた。父は政務が忙しいので、昨日のうちに別れは済ましてある。兄はエストレアまで一緒に行き、婚姻式を見届けてからモノリスに帰るのだそうだ。


「ニーナ、元気でね。たどり着く前に死んではダメよ」

「はい、姉様。気をつけます」

「いい?ニーナ、絶対にその体質を治しなさいね」

「わかってます」


順番に二人の姉に抱きしめてもらい、続いて母がかがみこんで額に口付けてくれた。


「私の可愛いニーナ。よくここまで育ってくれたね。お父様も私も、そのことをとても嬉しく思うよ」


わたしは母の黒々とした瞳を覗いた。そこには心配と、祝福が見て取れた。


「おまえを弱く産んでしまった母をゆるしておくれ。大切なおまえを手放すのはとても心が痛いけれど、それもおまえを思えばこそ。どうか幸せに生きて。おまえの笑顔が絶えないことを祈っている」

「お母様……。ずっとずっと、心配をかけてごめんなさい。わたし、きっと丈夫になるわ。お手紙も書きます。ここまで育ててくれてありがとう」


故郷を離れても、遠くの国へ嫁いでも、わたしはここで過ごした日々を忘れない。わたしの命を大切に守ってくれた人たちを、絶対に忘れないわ。


「ニーナ、もう時間だよ」


兄の声に促されて、わたしは馬車に乗った。


護衛の騎馬隊の後について馬車は走り出し、荷車を含んだ一隊は王宮を出発した。


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