彼女に惚れた。
「このド変態が」
冷ややかな眼で睨んでくる空は、やはり愛おしく思える。
どんなに冷たい言葉を投げかけられ殴られ蹴られても。
他の女にこんなことをされれば、確実にキレていたが惚れた相手には何をされてもいい。
そのことを空に伝えれば「キモイ」の一言と共に物を投げられる。
俺の女になればいい。
初めて本気で女を手に入れたいと思えた。
しかし、空は拒絶した。
金で買えたものは人の『欲』であった。『心』だけはどうしても買えなかった。
プレゼントも受け取ってはもらえず、ただただ俺を拒否した。
『極道だから嫌なのか』
そう問えば、彼女は首を横に振って違うと答えた。
理由を聞いてものらりくらりとかわされてしまう。
極道が嫌いというわけではないのなら、何が嫌なのだろうか。
「何でここにいるの?」
グラスを握り潰すようにウーロン茶を飲む空。
今何かしくじれば、グラスは俺の頭に直撃するだろう。
「たまたま通りかかっただけだ」
「へぇ。通りかかっただけなんだぁ。あなたの組、逆方向じゃなかったかな?」
「いや、飲みに来てて…」
「へぇ。わざわざ遠いところまでよく来ましたね。歩きで来たんですかぁ」
もうすべてがバレていることくらい分かってる。
だが、空からいつも以上の殺気が滲み出ていて恐ろしくて口が開かない。
「はぁー、もう帰ります」
何も言わない俺に呆れたのか、金を置いて出ていく。
俺も急いで追いかけた。
「もう家に帰るからいいでしょ?」
「送ってく」
「いや、もう私ん家はすぐそこなんで」
「女ひとり帰らせるわけにはいかない」
「いいって!」
「送りたいんだ、黙って歩け」
つい強く言ってしまった。
普段から強気で誰にでも言ってしまうせいだ。
怒っているのか何も言わずにさっさと歩いていってしまう。
すぐ近くにいるのに手は掴めず。
空の家はもう目の前。
無言で扉を開けて閉まる寸前、ポツリと聞こえた。
「おやすみなさい」
ガチャンという音が響く。
「あぁ」
俺はまた彼女に惚れる。
彼女の不器用な優しさに。
「さてと」
明日は仕事を早めに終わらせて、また彼女に会いに行くことにしよう。