彼はストーカーです。
学校、家、バイト先。まるで、行動すべてを知られているようで、どこへ行っても必ず出会う。
その度に私は痴漢撃退用のスプレーで退治している。
そんな奴のせいで、私の周りはおかしな噂で騒がしくなってしまった。
その一、橘の組員と思われる人達に「姐さん!」と出会う度に呼ばれる。
そのニ、ご近所さんが最近、お巡りさんを連れて私のところに来るようになる。
その三、ポストに私の行動、言動について書かれた謎の説教文。
すべて、橘春人というストーカーによるものだ。
私の生活は、あっという間に変えられてしまった。
「ってな感じで迷惑してるんですよねぇ」
「あら、いいじゃない。愛されてて」
近所にある小さなバーのママ、美和さんに愚痴っているのだが私の話を面白そうに聞いていた。
美和さんはお店の入口のドアに【休業中】と紙に書いて貼った。
「橘さんってカッコイイじゃない?羨ましいわね」
「じゃあ、あげますよ」
「ふふっ、恋人にしたいタイプじゃないからお断り」
彼女は微笑んで私の額を突いた。
笑い事じゃないんですってば、本当。
頬を膨らませていると、美和さんはグラスにウーロン茶を入れて私に渡した。
「えー、お酒がいい」
「だぁめ」
ますます膨れる私の頬をストローで突いてきた。
お酒飲まないとやってらんないっつーの。
「いいじゃない、彼はここに来ないんだから」
そうだ、橘は何故かここには来ない。
美和さんが怖いのか、お酒弱いから来ないだけなのか。
唯一、心安らぐところなんだ。
井戸端会議大好きな人達に囲まれずに済む。
興味津々な小学生達に何で何でと質問攻めされずに済む。
お巡りさんの電話攻めされずに済む。
「ねぇ、美和さん。あの人っていい人?」
美和さんは困ったように微笑んでから背を向けた。
「えぇ、いい人じゃないかしら。極道だからって悪いってわけじゃないんだし」
でも変態だし、ストーカーだし、馬鹿だし。
ストローを咥えて煙草みたいにしていると、美和さんが手を伸ばしてストローを掴む。
「女の子がそんなことしないの」
「はぁい」
やっぱり私の大好きな場所だ。
誰にも邪魔されない幸せな「空ぁぁぁ!!」
…たった今、邪魔されました。
振り返ると悩みの種、ストーカー橘が現れた。
「こ、こんな時間まで出歩くな!短いスカートで出かけるな!酒なんぞ、まだ早い!」
父親面してるよ、この人。
ていうか、目が怖い。脚をガン見してきてる。
思わず近くにあったトレーでぶん殴ってしまったが後悔はしていない。
うん、ストーカー退治しました。