積もりし恋、淡し雪
昔の色街の話です。
積もり恋、淡し雪
粉雪がヒラヒラと舞落ちる。
格子窓から手を伸ばして手に落ちる雪に微笑む。
でも、それはすぐに消え、雫となって指の間を零れていった。
どんなに貴方を愛しても叶わぬ恋。
もの心ついた時には揚屋の灯がまばゆいこの場所にいた。
幼き自分は毎日、花魁になる為に努力し、そのなかで夢をみていた。
いつしか、愛する人が私をあの大きな門の外へ出してくれる。
だから、私はその人に出逢うまでここで生きていく。
そんな日々のなかで貴方に出逢った。
幼き時から望んだお人。
私の頬に恥じらいながら触れる手も、楽しそうに話す貴方の笑顔も決して忘れたりしない。
「姐さん、迎えの者がしたにきてますよ」
すっと襖が開いて、幼い女の子が顔を出した。
「えぇ、わかったわ」
微笑んで、また格子窓の外の空を見上げる。
「…姐さん」「紗枝、どうしたの」
いきなり、紗枝は走り出して私に抱き付いてきた。
それを優しく抱き締める。
「紗枝らしくないわね」
「…姐さん泣いてる」
俯いて、強く私に抱き付いていた紗枝の言葉で初めて自分が泣いてることに気付いた。
「…姐さんは…」
紗枝の言葉を遮り、紗枝に語りかける。
「…紗枝、此処にのまれたら駄目よ。貴方を生きなさい。色街の女だからって自分を無為になってするんじゃない。こんなところだからこそ貴方の信念を貫きなさい。
……そして、本当に愛する者をみつけなさい。どんなに後悔しても、叶わなくともきっとそれは貴方にとって大切なものになるだろうから…」
私は後悔なんてしていない。
庄太郎様を愛していた。
「…本当にみうけしてしまうのか」
晩に訪れた庄太郎様は噂を聞き付けて走ってきたのか、息を切らして私の前に現れた。
店の者に見つかるといけないので、親しい者に頼んでそっと逢わせてもらった。
嬉しかった。
庄太郎様が私に逢いにきてくれたのが。
それでも私は…
「えぇ。とても、いいお話なんですよ。店の者も喜んでいるわ」
庄太郎様に本心なんて言えなかった。
微笑む私に俯いて、庄太郎様は何かを決心したように顔を上げた。
「…わたしは」
「私も幸せよ。色街の女があんなにいい人にみうけしてもらえるなんて、滅多にある話では無いわ」
庄太郎様に言わせる訳にはいかなかった。
きっと、聞いてしまえば私の決心が鈍るから。
「庄太郎様…今まで、本当にごひいきにしていただきました」
私は嘘をついて、貴方の前から去るんだ。
貴方が私を忘れる為の嘘。
そして、私の最初で最後の恋の終わりをつげる言葉。
「庄太郎様、お元気で…さようなら」
去っていく貴方の後ろ姿が滲んで見えた。
後悔なんてしない。
そう決めたのに、やっぱり涙は流れてしまう。
「姐さん…」
心配そうな紗枝の声に大丈夫よと微笑む。
「此処で貴方の道を見つけなさい。頑張るのよ…紗枝」
強く抱き締めて、
「貴方なら大丈夫よ」
と頭を撫でる。
「長い間お世話になりました。」
篤籠乗り、この場所を後にする。
長い間、夢見てきた大きな門をくぐり抜け、外に出る。
私はこれでよかった。
庄太郎様に出逢い、愛することを知った。
貴方を傷つけてしまったけれど、いつかこの雪がやんで春になり桜が咲くように貴方に幸せが舞降りることを信じている。
私のような冷たい女じゃなく、貴方にあった優しく温かいお人が現れると私は信じているから。
積もりに積もった私の恋は、この空から舞散る雪のように淡くとけていく。
格子窓から伸ばした手に舞おり、そして、雫となって私の想いと共にそっと消えていった。