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いつかを  作者: 夏野 狗
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第一話っぽいもの

 俺の日常は、人が日常と呼ぶに相応しい、まさしく年齢に適した『日常』であった。

非日常と呼ぶべき、ある日異世界にとか、ある日宇宙人が地球に攻め入ってきたとか、もっと現実味のある非日常ならば殺人現場に居合わせて犯人を見るだとか、そんな俺ぐらいの年齢の者ならばちょっとは憧れる――非日常。

 でも、どこにでもある公立高校の男子生徒である俺にそんな非日常と呼べるちょっと危険な楽しい事件など今まで一回たりとも起こらなかった。

 ただ、まあ、果たして身近であった非日常と言っていいのかはよく分からないが、七年前のある日、俺が住んでいる市の一部がまるごと消えた、というなんとも摩訶不思議なことはあった。

 それは俺が住んでいる市内では有名な大型デパート付近だった。そのデパートと共に、隣接するようにあった公園や、公道、草木の全て――そして、当時そこに居たであろう人の全員が消えたのだった。いやたぶん、人だけではなく、鳥や虫や何かの動物も全部。

 そのニュースは翌日には全国で騒がれていた。『ついに現れた!? 宇宙人の仕業か!?』と書きたてる新聞雑誌や、壮大なドッキリだと言うどっかのお偉いさんだとか、外国から来た超能力者だとか、とにかく七年前のこの街は多くの人間が押し寄せていた。

 しかし結果的に、誰かがしたことだとは思えないと市民はそのお偉いさんに反発をし、消えてしまった人間の遺族……と呼ぶべきなのか、家族であるとかそういった人達の多くが怒りを露にし、全国放送でやってた超能力者による事件捜査だとか、全部が全部意味を成さなかった。

 半径一キロ程度とはいえ人が出来ることだとはとても思えないし、何より、その時間帯にいた全員が消失をしたわけで。市内有数の大型デパートとだけあって正確な数は未だに分かっていないものの、軽く四桁はいっていたと推測されている。


 そして、その非日常は一度では終わらなかった――。


 一応このことを事件として捉えた警察は付近一帯を立ち入り禁止に、捜査をしていた。

 確かな記憶ではないが、警察犬とかも導入して大きく動いていたように思う。

     

 そして、事件は起きた。

 多くの人々が消失して六日後の昼過ぎ、二度目の消失。

 一度目と同じく、音も無く、そこにいた人々はまさしく消えた。

 捜査をしていた約三十名の警官や、付近にいた市民の幾人かがその時間を堺に、この世界から姿を消した。


 事件発生から六日が経ち、ようやくある程度の落ち着きを取り戻しての、大きな、人々の心を揺らがす出来事だった。

 きっと多くの者が壮大なドッキリだと思い、鼻で笑っていたような事件だったが、二度目の消失とあって少なくとも県内に住む多くの者が恐怖に襲われた。

 それによって、デパート付近に近寄る者は誰もいなくなった。最早、警察すらも。

「そんなことがあるはずがない」

 と思いつつも自分も消えるかもしれないという恐怖を植えつけられた警察はもうここの捜査はしないと記者会見で言っていた。もっともらしい言葉を交えてだが。

 これまでに消えたたくさんの人の遺族はそれに怒りを示したが、結局どうしようもないことは皆分かっていたに違い無い。

 どうしようもなくなったデパート付近は立ち入り禁止のまま、人々は日常へと戻っていった。


 そしてそれはもう、七年も前の出来事だ。

 その全国を揺るがした大きな出来事は、半年と経たないうちに人々の噂の的から外れた。

それによって数ヶ月の間賑わいを見せ、数万人の人が訪れたこの小さな街はすぐに静けさを取り戻した。

 市内で数ヶ月の間三度目の、今度は大きな消失が起きるかもしれないと内心恐怖に怯えていた者も、半年もしたらそんなことは頭の中から消え去ったらしい。前までの、明るい笑顔の、楽しい日常。



 そして現在、事件が起きたとき当時は小学生だった俺は高校生になっていた。

 平日は毎日学校へ行って、友人と話をして、下校して。それで、帰ったあとは友人の家に遊びに行く。

 平凡で、退屈な日常。内心飽きながらも、こんな日常が続くのも悪くないかと思っていた。

 この日も、友人の家へ遊びに行く予定で帰宅して鞄を置いてからすぐに友人と共に、その友人のマンションへと向かっていた。

 この辺では珍しく、大きなマンションで十二階まである。友人宅は八階に位置しており、階段を使うのも面倒臭く思い俺はエレベーターに乗り込もうとしたら友人が

「俺は階段使って行くわ。どっちが早く着くか競うか」

 と声を掛けた。俺はそれに笑って「いいな。たぶんお前が負けるだろうけどよ」と言った。

 そして友人は階段へと、俺は――エレベーターへと。

 乗り込んですぐに八階のボタンを押し、開閉ボタンを押そうとしたらそこに走ってサラリーマンと思しき人が乗り込んできた。

「すいません、一緒にいいですか?」

 と少し息を切らしながら。

「ええ、一向に構いませんよ。何階ですか?」

 そう言ってる間にもエレベータの扉は閉まってしまったのだが。

「十階です。あなたは八階のようですね。なら私は後で大丈夫なようだ」

 見た目的に四十代くらいのスーツを綺麗に着こなしているおじさんだった。

「そうですね。よか――っ!?」

 俺達を乗せたエレベータが急に停止した。

 その衝撃で俺とおじさんはエレベータ内の床へと転んだ。

「な、なんだ?」

「なん、でしょう……故障か何か……っ」

 するとすぐに、エレベータが動き出した。物凄い速さで上昇しているような感覚に体が襲われる。

 よく見るとエレベータの上部に表示されている階を表す表示は先ほどまで二階を示していたのに、ぐんぐんと瞬く間に十二階の表示まで一気にいったかと思うと今度は逆にあっという間に一階の表示へと戻った。

 な、なんだ? 俺とおじさんは互いに顔を見合わせる。一階の表示になったにも関わらずエレベータの扉は開かず、先ほどまでとは真逆に下へと急速に落ちていく感覚。

「ぐ……っ」

 床に這い蹲った状態で体に重力の重みがもろに体を掛かる。

 そのせいで肺が圧迫されて息が出来ない。まるで自分の倍以上の体重はあろうかという人間が自分の体に圧し掛かってきたようだ。

 それもほんの数秒の出来事だったようだが随分と長い時間のように感じられた。

 やっと重苦しい圧迫から開放されるとゆっくりと、エレベータの扉は自動的に開かれた。

「っ……、はぁっ、な……んだったんだよ……」

 呼吸を整えながらゆっくりと起き上がり、開かれた扉の向こうへと視線を向けると、そこはマンションの八階でも十階でも、ましてその他の階でもなんでもなかった。

「……なんだよ、此処……」

 明らかに朝か昼かという明るさの青い空。そしてそれを遮るかのように存在する――駅のホームの屋根。

 俺が友人の家へ遊びに行き、エレベータに乗ったときの時刻は確かに六時を過ぎていた。陽は落ちかけ、空は鮮やかなオレンジ色に染まっていたはずだ。

 なのになんで空がこんなにも鮮明な青に染まっている?

 そしてこの駅――この駅には見覚えがある。

 昔、この駅を利用して、……ここの電車を利用していた。

「っ……」

 辺りを見回す。あった、駅の名前を示すプレート――!

「なんだ……此処は……」

 急に声がしたせいで心臓が高なる。振り返ると、一緒にエレベータに乗っていたおじさんがこちらを向いて呆然とした感じで立っていた。

「いや、俺にもさっぱりで……でも、たぶん、此処は……」

「……私も、見覚えがあるよ」

 おじさんが重苦しく口を開く。

 夏なのかとても暑くて、口の中が渇いて、声が掠れる。



「――七年前に消えたはずの駅だ」


 プレートに書かれた、見覚えのある駅名。

 間違いない。此処は――俺が知っていた駅だ。


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