上司だと勘違いしている部下との婚姻はお断りしますわ
宰相候補である彼から婚約解消を求められましたわ。
「婚約を解消してほしい」
「...は?」
私はスタン公爵家の長女。
今、向き合いとんでもないことを言ってきた男の婚約者だ。
「君にとっては私と言う次期宰相、次期公爵との破談は辛いだろうが考えてもらえないだろうか」
「訳がわかりませんわ。理由をお聞かせ下さい。他に好意のある方でもできましたか?」
「婚約者がいるのにそんな非常識なことがある訳がない。」
それはそうだろう。彼はアイン公爵家の嫡男。自他共に認める頭脳派で貴族が通う学園でも首席を保持しつつ、皇太子殿下の側近。間違いなく次期宰相候補。お花畑の頭では無理な立場だ。
「婚約解消も非常識なことだと思いますが」
「確かに私も悩んだ末の結論だ。私と君では夫婦になれる自信がない。私にとって君は部下なのだよ。」
「...は?」
「君は気が利くし、私の届かないところにも手を貸してくれる。とても助かってはいるがそれだけだと気がついた。私は結婚するならば両親が理想だ。いずれ宰相となる私は、上司と部下ではなく仕事から離れて心から安らげる家庭を望む。」
なにを言ってるのこの人。私が部下?いやいやどちらかというと立場的には私が上司ではなくて?
私の家は現皇帝陛下の妹である母が侯爵家次期当主だった父に嫁いできたが故の公爵家だ。父は公爵になることに否定的だったが、王女である母と結婚する為、仕方なく陞爵を受け入れた。
公爵と侯爵。
位は一つしか違いがないがこの国では立場が違う。公爵は王家寄り、侯爵は貴族寄りだからである。
元々、王族が臣籍降下した場合の爵位が公爵であるため、放っておけばどんどん新しい公爵家が成ってしまう。
公爵家は言わば、王家のスペア。
スペアが増えれば争いも増えるのが必然。争いを防ぐ為にも公爵家は王族会議で血が薄まったと判断されれば降格される。
アイン公爵家はすでに降格されても仕方ない立場である。それを阻止するためにだいぶ下だが王位継承権のある私との婚約だと言うことを頭のいいこの人は理解してないのかしら。いいえ、わかっていての解消ね。自分にどれだけ価値があると思っているのかしらね。あなたの母は子爵家。もう降格は決定ですわよ。
ちなみにあなたのお父様は私の母と結婚するつもりでしたが、こっ酷く振られてなかなか結婚相手が見つからず苦労したそうですよ。仕方がなく、先代公爵が子爵家にかなりの仕度金を払って嫁入りしてもらったそうですが、もしかしたら爵位を越えた夫婦愛とお思いですの?アイン公爵夫人は人生諦めたお顔で夜会に出席されておりますが...。ちなみに私の上には兄が二人いますが、あなたは一人っ子ですね。理想の夫婦って笑ってしまうわ。
そんなあなたのお父様が母に似ている私をぜひ嫁に。と皇帝陛下に泣きつき、私が公爵家以外に降嫁するのはもったいないと説き伏せ、王子達とは血が近く、他の公爵家には年の合う方が居ないからと渋る両親を説得して成った婚約でしたのに。
まぁ、いいわ。
私たちには別に愛があるわけでもないし、つらいなんて全く思わない。上しか見ないこの人のお守りも、頭がよく何でも自分の思うままに行くと勘違いしている自己中心的な性格も嫌になってきたところだし。
「わかりました。ご存じの通り婚約は家同士の契約。父には私から話します。父は反対しないと思います。アイン公爵様にはあなたから説得して下さい。」
「ありがとう。助かるよ。わかっているとは思うがこれは円満解消なので違約金などはなしだよ」
「では、仮で構いませんので書類にサインをお願いします。あなたのことだから用意してあるのでしょう?」
アイン公爵家を説得なんてできないと思いますがね。仮とはいえ書類さえあればなんとでもなりますわ。
「ああ。その通りだ。さすが君だ。よくわかっているね。だが、そういうところも部下のように思ってしまう原因だな。」
いやいや、普通は用意するのは部下ではなくて?つまりあなたで合ってますよ。
しかもそちらからの勝手な解消なのに円満解消って言うのね。違約金を払う気すらないなんて...私、勘違いしてたわ。結構お花畑な頭だったようね。自分に甘い貴方に宰相は無理じゃないかしら。
「そちらのサインもしてあるのですね。では、お預かりしますね。残念ながらご縁がございませんでしたが、心からのお幸せを祈っております。」
「ああ、君も元気で。」
二部ある書類にサインをして一部を手に馬車に乗り、行者に帰宅を伝える。心は晴れやかだ。自分で思っていたよりも彼の相手をするのは疲れていたらしい。確かに彼は頭がいいのかも知れない。しかし、長年婚約していた私にたいしてあまりにも情ががないと言えるだろう。しかもそれは私にたいしてだけではない。彼は自分本意の人間、誰にたいしてもそうなのだろう。
彼の代わりに次期公爵夫人として色々と手を回して穏便に処理してきた。その結果が部下ですって。笑えるわ。
家に帰り父に報告、問題なく解消できたわ。仮とはいえお互いのサインもあるし、向こうからの解消だ。同じ公爵とはいえ王家に近いこちらが望めば問題はない。
後日、アイン公爵が解消の取り消しを迫ってきたが相手にする必要はない。何せ慰謝料なしの円満解消だものね。
彼も少し考えればわかることなのに、王族会議で承認するのは皇帝陛下だけど出席するのは大半が侯爵以下の貴族。皆さん、アイン公爵家の降格を望んでいますよ。皇帝陛下だってよほどの理由がなければ多数決に従う。しかもかわいい姪である私と婚約解消した家なんてね。彼は皇太子殿下の側近という強みがあると思っているようですがね。皇太子殿下は私のいとこで仲もいいのですよ。
満場一致で伯爵まで降格してしまいましたね。頭のいいあなたは知っていると思いますが、我が国では宰相になるには侯爵以上と決まっています。皆さんは私という防波堤がなくなった以上、あなたが宰相になったら無理難題を言われると心配だったようですね。有事ならともかく今は近隣国とも仲がよく平和な時代。宰相には頭の良さより人望が求められて当然でしょう。
アイン公爵家、ではなく伯爵家は今までのような生活は無理でしょうね。公爵家と伯爵では国からの扱いも変わります。今まで見下していた侯爵家の方々からの反撃に頭のよさで耐えてくださいね。
彼は降格は侯爵までと甘い考えでいたのでしょう。しかも、皇太子殿下の側近からも外されたようですね。まぁ、皇太子殿下だって貴族達の後押しが必要になるのですから侯爵位ならともかく権限の低い伯爵位の嫌われものに足を引っ張られても困るでしょうからね。
私は今、隣国の高位な方とのお見合い話が進んでおります。
予想はしていましたが、後日、彼が再婚約を頼みに来ました。
いえ、頼みにではないですね。当たり前のようにといった方が正しいですわ。
「私が宰相にならないで誰がなるんだ。君だってそう思うだろう。」
「宰相になるために部下である私と結婚するのですか?」
「残念だが自分を犠牲にしてもこの国の為にはそれが一番だと今は思う。」
この人はまだ理解していないようです。あなたが犠牲にしてるのは自分ではなく私だということを。宰相になれるかより伯爵家としてやっていけるのかを心配すればいいのに。
「君と婚姻して公爵家に戻れば次期宰相も間違いない。君は部下として妻として私を支えてくれればいい。」
なに言ってるのかしらね。
「何か勘違いしていらっしゃるわ。部下と婚姻しないと先がないあなたは上司と言えるのかしら?」
「それは...」
「申し訳ありませんが、上司だと勘違いしている部下との婚姻はお断りですわ」
頭はほどほどでいいので、勘違いせず思いやりのある方を頑張って捕まえたいと思いますわ。
え?
その後ですか?
もちろん、隣国の高位な方と無事に婚約して婚姻しましたわ。とても幸せですわ。
もと婚約者ですか?彼は伯爵家として頑張ってるようですが、なかなか婚約できずにいるようですね。当然ですわ。自分の勝手で長年の婚約を解消したのにも関わらず違約金を払わないような方など信用できませんもの。このままでは前公爵様のように仕度金を積んで嫁入りしてもらうしかないでしょうね。でも今は伯爵。積むお金があるのかしらね。平民の血が入ったら...間違いなく降格ね。どこまでも落ちるのかしらね。でも大丈夫、彼は頭がいいから。たぶん...ですがね。




