2.名前はユーマ
「おきなさい、おきなさい、わたしのかわいい、ユーマ」
「ん、おはよう…母さん…」
「朝ごはん出来てるわよ、早く顔を洗って来なさい」
「はーい…」
俺は起きると、家の裏にある井戸から水を汲み、顔を洗ってしっかりと目を覚ました。
「ふー」
最近よく変な夢を見る。
朧げであまり覚えてないけど、こことは違うどこか、違う自分、違う生活、違う世界…そして喧嘩する2人の巨大な女性。起きるといつも忘れてしまう変な夢。
おっす、俺の名前はユーマ。
辺境の辺境の山奥の小さな村に住む男の子だ。年はこの前、5歳になったばかりだ。
物覚えがいいせいか、周りの大人達からは、子供のクセにしっかりしてるとかよく言われる。そうなのだろうか?
もしかしたらそれは俺の父親と母親のせいかもしれない。
父さんは、村の鉱山夫。黒髪黒眼で子供の俺から見てもイケメンな父だ。イケメンとか訳のわからない言葉もこの父から習った。
母さんは、美人な主婦。父さんと同じ黒髪黒眼で、こことは違うが同郷?同じ場所に住んでいたそうだ。
最近気づいたのだが、父さんと母さんは時折知らない言葉を使う。
「マジで」とか。
「ヤバい」とか。
「イケメン」とか。
「テンセイ」とかなんとか。
「ユーマ、早く食べてしまいなさい」
「はーい」
顔を洗い終えると家の中に入り、朝ごはんを食べることにした。
♢
「ユーマ、ユーマ、どこにいるの?」
「屋根裏ー」
母さんは心配性だ。
なんでも生まれた時俺は息をしておらず、ダメだと思ったらしい。だから俺がいなくなるとたまらなく不安になるらしい。
「もう、またここにいたの?」
「うん、ここ好き」
家の屋根裏部屋。俺の秘密基地だ。ここには沢山の本とか、埃を被ったよく分からない道具とか置いてあって好きなのだ。
「母さん、この続きはないの?」
「水の勇者とお姫様⑨巻か〜、⑨巻は勇者とお姫様のイチャイチャ回だから母さん嫌いなの、うふ」
めっちゃ怖い笑顔で言われた。
母さんは勇者と女性がイチャイチャ?する話が嫌いで、父さんは勇者がクズなざまぁ系?の話が嫌いみたいだ。
「ほどほどにしときなさいよ」
「はーい」
母さんは俺が屋根裏部屋にいるのを確認すると台所へと戻っていった。
「次は、これにしよ」
手に取ったのは『雷の勇者に落ちる恋 全⑦巻』。
笑える物語なのに、雷の勇者が愛する魔王と悲しい最後を遂げる悲恋モノという意表をついた異色作。
なんとも言えない気持ちになる作品なのだ。面白いのに悲しい、作者不明の物語。なんでも幻の⑧巻が存在するらしいのだが、ウチにはない。
俺は⑦巻を大事に抱えながらゆっくりと階段を降りると、調理中の母さんに「いつものとこ行ってくるー」とそのまま外へ出た。
「お昼ご飯までには戻りなさいよー」
「はーい」
♢
村の外れの木陰。
「あぁ…暇だなぁ…」
無精髭を生やし、ダルそうな格好に、くわえ煙草で仰向けで寝転がる冴えないおっさん。
おっさんは独身で彼女もいない。
足の裏が臭ければ口も臭い。
これではモテる訳がない。
「っ、おいクソガキ!」
「わっ」
モテないおっさんに服を掴まれ持ち上げられた。本は落とさないよう大事に抱えてる。
「全部聞こえてんだよ!」
「聞こえるように言ってるからね」
ニコリと笑う。
「チッ。で、今日は何のようだ?」
「また本見せて」
「ったく、また立ち読みか? これらは売り物だぞ」
モテないおっさんの近くには馬車が一台ある。
その荷台には棚が一つあり、そこにはウチより少ないが本が置いてあった。
「でもこの村で本を買う人なんて僕以外にいないよ」
冴えないおっさんはしがない商人らしい。
なんでも大手商会に勤めていたが、度重なる遅刻欠席、ギャンブル依存、酒浸り、借金で左遷。
こんな辺境の辺境の領地にて儲からない商売をさせられてるそうだ。
「…ちっ、勝手に読んでろ。そん代わり汚すなよ」
「ありがと、おじさん。きっといつか彼女出来るよ」
「おい、最後のは余計だ!」
つーん。
俺は荷台に上がり、別の本を読む。
「ったく、変なガキ…」
おじさんは頭をポリポリ掻きながら、新しい煙草に火をつけた。
♢
カーン、カーン、カーン…
村の時を告げる鐘が12回。
「…あ、お昼ご飯!」
バッと振り返ると、時すでに遅し。
後ろには母さんが立っていた。
「さあ問題です。母さんは出かける時になんて言ったでしょう?」
「お、お昼ご飯までには帰ってこい…」
母さんはニコリと笑う。
「正解です」
ホッ。正解で一安心した。
「では、鐘が12回鳴ったのに帰ってこない息子がいます。母さんの怒り度は今幾つでしょう? 正解したら怒らないであげます」
何その問題!
理不尽すぎる!
絶対にわかる訳がない!
「じ、12…?」
「ぶぶー、正解は『めっちゃ怒ってる』でした」
「お、横暴だ! 意味がわか…」
「問答無用です」
母さんに掴まれるとお尻をペシリと叩かれた。
「ごめんなさーい」
ギャグのつもりなので、虐待とか言わないで。




