71話
私が“バケモノ”と呼ばれ、捨てられた日から九年が経った。
もう村のことなど、ほとんど覚えていない。
そう思っていたのに、ヤスラ村が近づくにつれ、記憶の奥底に沈めていた景色が、次々と浮かび上がってくる。古びた村の入り口。肩を寄せ合うように並ぶ家々。ここで過ごした、十年という歳月。
〈シャーリー、緊張しているか?〉
〈……わかっちゃうよね。うん、すごく。でも、この村にドラゴンの卵がある。慎重に探さないと〉
空ではドラゴンの夫婦が、私たちを見張るように旋回している。わかっている。あの卵が、あの夫婦にとって、どれほど大切なものか。
でも正直に言えば、ものすごくやりにくい。
(それを、ドラゴン夫婦に伝えたいけど。空高く飛ぶのは目立ちすぎるし、アルバートに勘づかれる)
黄金色の小麦が揺れる畑道を進み、先頭を行くローサン殿下が振り返り、声を張り上げた。
「ここが、最後の村だ!」
その直後だった。
「殿下、僕は村の周囲を見てきます」
杖を手に鋭い眼差しを浮かべた魔導士長、アルバートが、何かを察したのか森の方角へと飛んでいく。
私は彼の背を目で追い、兄へと小さく声をかけた。
〈兄、この村……迷いの森に近いから? 何かいるわね〉
〈ああ、いるな〉
隠しきれない、魔物特有の圧が肌を刺す。
〈先に、その魔物を倒す?〉
〈いや、石壁と卵探しが先だ。卵を返すまでは、魔物討伐は後にしよう〉
兄の話では、ドラゴン夫婦がこの地に留まれば留まるほど、大型の魔物を引き寄せてしまうらしい。
私たちがいれば対処できる。けれど、今は殿下たちもいるし、何より村人を危険にさらすわけにはいかなかった。
やがて村長が姿を現す。
「ローサン殿下、何用ですか?」
森が近いわりに被害がないからか、村長も、集まってきた村人たちも表情は硬い。他の村とは明らかに違う。
(よそ者は、入れたくない……)
「国からの通達は届いているはずだ。他の村と同様、石壁を築く。魔女も連れてきた。時間は取らせない」
「なに、あの格好……」
「魔女ですって?」
「何をする気なの?」
刺さる視線を受けながら、私は村の中央へと向かう。
(昔の風習……この村は、何も変わってない)
杖を地面へ突き立てる、その前に。
私は懐からドラゴンの鱗を取り出し、そっと手のひらに乗せた。
――じわり、と熱が走る。
(反応した。卵は……この村のどこかにある)
〈兄、鱗が反応した。この村に、ドラゴン夫婦の卵がある〉
〈場所はわかるか?〉
〈まだ。でも、近づけば……もっと熱くなるはず〉
中央に杖を突き立て、他の村と同様に、石壁を展開しようとした。その瞬間。村へと近づく、巨大な気配を感じた。
(何か来る……? 魔物?)
それは村の壁を越えて、私の目の前に姿を現した。




