34話
偵察鳥に意識を移したまま、私はしばらくその男と向き合っていた。魔法使いは真っ黒な杖を強く握りしめ、偵察鳥をじっと睨むように見つめている。
(こちらの出方を探っている……?)
この様子では、私から声をかけない限り、彼は何も語らないだろう。
「[ここは伯爵令嬢ローラ様の部屋よ。あなたは、ここで何をしている?]」
私の声が鳥を通して響くと、男の目がわずかに見開かれ、好奇心の色が浮かんだその直後。彼はいきなり手に握っていた杖を振り上げ、魔法を放ち、私を捕らえようとした。
(まずい、捕まる!)
反射的に防護壁の魔法を展開し、迫る魔力を弾き返した。
「……ふむふむ。やはり、捕まえるのは無理でしたか」
部屋の中にいた男は、楽しげに目を細める。
「この部屋に入ってきたということは、私の魔力を変換したのですね。だとすると、あなたは魔女ですね」
「[だとしたら何?]」
「あなたが魔女なら、この小娘よりも、あなたのほうがずっと興味深い。ぜひ捕まえて研究したい」
「[……捕まえて研究したい、ですって?]」
「ええ。私は常々、愛というものを知りたくて、この小娘を利用していましたが……」
伯爵令嬢ローラの恋心を利用していたと、男は淡々と語る。だが、私が魔女だと知った途端、その興味はこちらへと向けられた。
偵察鳥を見つめる男の目が、ゆっくりと細まる。
「いまは鳥で我慢しますが……できれば、本体を捕まえて持ち帰りたいですね」
――危険だ。
理屈ではなく、本能がそう叫んだ。
得体の知れない恐怖に、びくりと体が跳ねる。
反射的に魔法を解いてしまい、視界が暗転した。
そして無意識のまま、そばにあった“何か”にしがみつく。
「……シャーリー?」
名前を呼ばれて、ようやく自分が兄の胸元を掴んでいることに気づいた。
「兄……っ。聞いて。女の子の部屋に変な魔法使いがいて……。いきなり、私の偵察鳥を捕らえようとしたの」
言葉にしながらも、脳裏に焼き付いた光景が消えない。
「そいつの、その魔法使いの目が気持ち悪くて、寒気がして、魔法を解いてしまった……。でも偵察鳥は外に逃がしたから、大丈夫だと思う」
あの視線は、かつて向けられた拒絶の目とは違う。興味に満ち、絡みつくような逃げ場のない目だった。
「……魔女、大丈夫か?」
「は、はい。少し休んだら、もう一度見に向かいます。兄も、急にしがみついてごめんなさい」
「いい、気にするな」
そういった兄の声は静かだったが、次の瞬間、その表情が険しく曇った。




