31話
王都から西、アーラス地方にあるマトローナ伯爵家へ、私は偵察鳥を飛ばしていた。鳥が見ている景色は、そのまま私の視界にも重なって映った。
(畑に咲いているあの黄色い花……森の春にも咲く菜の花かしら? あっちの畑は、ベーコンを巻いて焼くと美味しいアスパラガスだ)
春キャベツに、じゃがいも、玉ねぎ。
ソーセージを加えてポトフもいいし、パスタやジャーマンポテトも捨てがたい。
偵察鳥の視界いっぱいに広がる畑の野菜を見ているうちに、思わず――
グゥッ。
情けない音がお腹から鳴った。
ぷっと、兄が吹き出す声がすぐ近くで聞こえ、続いてローサン殿下の声がする。
「誰か、サンドイッチでもケーキでもいい。とにかく食べ物をここに用意してくれ」
(は、恥ずかしい……。魔力の回復はガーラナ草の飴で補っているけど、やっぱり足りなくなるとお腹が鳴っちゃう)
「みんなありがとう。持ってきてくれた食べ物は、部屋の外のテーブルに置いておいてくれ」
「かしこまりました」
複数の声が応じるのを聞きながら、私は視界を鳥に固定したまま集中を続ける。そのすぐそばで、瓶の蓋が開く音と何かをつまむ気配がした。
「シャーリー、口を開けろ」
兄の言葉に従って口を開くと、ガーラナ草の飴をいくつか放り込まれる。舌に広がる強烈な苦味と同時に、魔力がじわりと満ちてくるのがわかった。
「うぇ……苦い……。でも、兄、ありがとう」
「まったく。シャーリー、疲れたら偵察鳥を木に止まらせて休ませろ」
契約した使い魔だからこそ感じ取れる、私の疲労。直接は何もできなくても、兄はそれに気づいて、心配してくれたのだろう。
「うん、ありがとう。でも……もう屋敷が見えてきたから、そのまま行くね」
「屋敷に着いたのか……慎重にな」
「ええ、わかってる」
私の目には、マトローナ伯爵家の屋敷がはっきりと映っていた。
☆
屋敷の外から鳥の目を通し、女性の部屋を探す。二階の西側、その一室から妙な魔力を感じ取った。
それは魔女のものとは違う、けれど確かに異質な魔力。
(魔法使い? それとも……魔物、魔獣、魔族? もしそうなら、魔女としか関わってこなかった、私には詳しく判別できない)
――なら、魔力を持ったローサン殿下? それとも魔獣族の兄なら魔物、魔族、魔獣の魔力。森の外にいたから、魔法使いにも会ったことがあるはず。詳しく知るには、兄の力を借りたほうがいい。
すぐそばにいる兄へ、念話を送る。
〈兄、奇妙な魔力を感じたの。これから目を共有するから、触れて魔力を調べてほしい〉
「わかった。シャーリー、手を握るぞ」
兄の手が、私の手を包み込む。
次の瞬間、兄の視界にも、私が見ている屋敷の景色が重なったはずだ。
「シャーリー……あ、いや、違うな。魔物でも魔獣でも魔族でもない。これは魔法使いの魔力だ」
魔法使い……。
魔力を持った人間が選ぶ職。
もし母に出会わなければ、私も魔女ではなく、魔法使いになっていたのだろうか。
――いや。
十歳の私はリィーネの森で迷い、きっと命を落としていた。




