30話
周囲の者は皆、王家と伯爵家の二人が思い合っていたことを認めている。それなのに――なぜ、彼らは結ばれなかったのだろう。
「ローサン殿下。偵察鳥を使いたいので、先ほどの女性の居場所を教えてください」
偵察鳥で、彼女が今なにをしているのかを確かめたかった。
すでにこの世にいない可能性もある。だが、もし第一王子殿下と同じ“眠り”の状態にあるのだとしたら――。
(母は、第一王子殿下のことしか教えてくれなかった。女性の安否を確かめないことには、何も始まらない)
「わかった。マトローナ伯爵家は、王都より西――アーラス地方だ」
「西のアーラス地方ですね。地図を出しますので、指をさしてください」
私の行動範囲は王都と北の地だけ。そして、その移動も転移魔法がほとんど。アイテムボックスを開き、母から渡されたうす茶色に染まった地図を取り出して、テーブルに広げる。
殿下はその地図を一目見た瞬間、眉をひそめた。
「……相当古い? いや、こんな地形は見たことがないな。魔女、この地図はいったい、いつの時代のものだい?」
「え? 古い……? すみません、母からもらったものなので、時代まではわかりません」
どうやら、私が出した地図は想像以上に年代物らしい。今度、街の書庫で新しいものを探さなければ。
「魔女、少し待っていろ」
ローサン殿下は禁魔導書が並ぶ部屋を出ていった。数分後、別の地図を手に戻ってきて、私の地図の隣に置く。
二つを見比べた瞬間、言葉を失う。
地形も、地名もまるで別の国の地図のように、何もかもが違っていた。
その地図を指差し、西に位置するアーラス地方、マトローナ伯爵家のある場所を殿下が示してくれた。
私は偵察杖を取り出し、真っ黒な小鳥を召喚する。そして、殿下が指さした地点をその鳥へと伝えた。
「偵察鳥さん、聞いて。場所はここね」
「《アーラス地方、マトローナ伯爵。了解、了解》」
「うん、そうだよ。お願いね」
チチチ、と小さく鳴き、羽を羽ばたかせて偵察鳥は飛び立っていく。この鳥と私の視界は繋がっており、鳥が見たものはすべて私の目にも映る。
〈シャーリー、無理するなよ〉
〈ええ、わかってる〉
〈わかってない。あれを出せ〉
〈あ、あれ出すの!?〉
〈殿下に、シャーリーが倒れるところを見せたくない〉
兄の言葉のすべてはわからないけれど、魔力が枯渇すると顔色が真っ青になる。確かに、それを殿下に見せるのは、少々刺激が強すぎるかもしれない。
それにこの魔法は、鳥を召喚する時と飛ばす時、二度の集中で相当な魔力を消費する。兄が心配するのも、もっともだ。
私はもう一度アイテムボックスに手を突っ込み、真っ黒なガーラナの飴玉が入ったガラスの瓶を取り出した。
――ガーラナ草は魔法回復に優れているが……草から漂う香りは苦く、味も苦い。だから作るのも、食べるのも苦手な飴だ。
それをいくつか口に放り込み、効果を高めるためにガリガリと噛み砕く。
「……うっ、にっ、がっ。で、殿下、すみません。今から集中しますので、話しかけないでください」
苦い飴のおかげで、魔力がじわりと回復していく感覚を確かめながら、私は杖を強く握りしめた。




