27話
本当に怖くて、思わず手を伸ばしてしまった。すると兄が小さく息を吐き、
「シャーリー、俺にも光は見えている。前を歩くから、怖いなら殿下と手を繋げ」
そう言われ、私はこくりと頷いた。
「うん、わかった。あの……殿下、手を握ってもいいですか?」
「ああ、いいよ」
微笑みながら手を差し出したローサン殿下。その手を、私はそっと握った。
「いいか、行くぞ」
兄はそう言って、私と殿下を守るように前を歩き始める。白いドレスをまとった女性の歩みはそれほど速くなく、すぐに追いついた。
けれど。
城のメイドや騎士、使用人たちは、彼女の姿が見えていないらしい。三人で慎重に行動する私たちを、不思議そうに見つめている。
当然だろう。
慎重に歩く兄の後ろで、殿下と手を繋いでいるのだから。
〈シャーリー、かなり目立っているな〉
〈そうだね……少し恥ずかしくなってきた〉
〈だよな。それで、魔力は回復しているか?〉
〈うん。さっきの食事でだいぶ回復したよ。姿消しの魔法、使う?〉
兄は振り返り、こくこくと頷いた。
私たちは彼女の後を追いながら、人の気配が途切れた場所で立ち止まる。いつもの杖を取り出し、静かに詠唱した。
「《姿消し》」
魔法が発動し、私たちの姿は周囲から溶けるように消えた。
念話で会話している私と兄は状況がわかるが、隣の殿下は突然の魔法に少し驚いた様子だ。
「魔女。どうして、いま魔法を使ったんだ?」
「えっと、周りの目が気になりまして。姿消しの魔法を使いました。急で、すみません」
殿下は「そうか」とうなずくと、どこか楽しそうに問いかけてきた。
「いま、僕の姿も周りには見えていないのか?」
私はうなずき、兄の後ろを追って歩き出す。
⭐︎
その真っ白な女性は、迷うことなく城内を進んでいる。どうやら、城内に詳しい女性みたいだ。
「魔女。本当に、周りに僕たちの姿は見えていないのだな……面白い。いいな、僕も使ってみたいな。魔女、使えると思うか?」
「はい、魔法をしっかり学べば、殿下には十分な魔力があります。きっと使えるようになりますよ」
「そうか。……使えるようになりたいな」
ローサン殿下の声は、どこか寂しげだった。
気になってしまうが、今の状況もそうだし――殿下の内面に、どこまで踏み込んでいいのかがわからない。
返す言葉を探しているうちに、真っ白な女性は豪奢な扉の前でぴたりと足を止めた。そして、霧が溶けるように、すうっと姿を消す。
「あ……兄、女性が消えた!」
思わず驚き、兄のシャツを掴んだ。
光の玉が見えている兄も、息を呑んで扉の方を見つめている。
「ああ……あの扉の前で、確かに消えたな」
「うん……」
私は小さくうなずき、殿下の方を振り返った。
「ローサン殿下。いま追っていた女性が……あの扉の中へ、消えていきました」
「なに……本当か?」
殿下の顔から、余裕の色が消える。
「そこは、兄上の部屋だ」




