第20話 完結
「そっ・・・そんな・・・そんなこと・・・」
そう言いながらぢるは、ふらふらと男性の方へ歩き出した。
相変わらずベンチに寝転がり、麦藁帽を顔にかけたその男はぢるの気配に気づき
上体を起こした。
麦藁帽がデッキを転がり、ぢるの足元で止まった。
「・・・山田さん・・・山田さんなの?」
唇は動いているが声にはなっていない。
「??・・・ぢる・・・なのか?」
男はすっと立ち上がり、ぢるの方へ近づいてきた。
「どうして?・・・どうして・・・どうして居なくなってしまったの!」
声にならない声を振り絞るようにぢるは言った。
山田は更にぢるに近づき、影に触れそうな距離で話しかけた。
「すまない・・・まさか君がここに来るとは思わなかった・・・」
「そんなこと聞いてない・・・どうして私の前から姿を消したの?」
「違うんだ・・・姿を消したわけじゃない! 記憶が・・・無かったんだ・・・」
山田はノイバイ空港で別れた後の出来事をゆっくりと話し出した。
彼は50億の証券の事を知っていたのだ。
山田は何度かべトナムに行くうち、山間部の集落に学校を建てたいと思っていた。
そのため自分の会社を設立し、その資金を集めようとしていたのだ。
そんな時偶然あの証券を目にした。
古い商品の資料を探しにハーティン支社の倉庫を見に行ったとき、それほど
大きく無いバッグに大量の株や証券が入り、スチールロッカーの中に隠してあったのだ。
山田はそれをハノイの友人に預けていた。
彼も学校建設の手助けをしたいといって集まってきた仲間の一人だった。
ところがその男は証券を中国のブローカーに売りさばくつもりだったのだ。
男は用心深く取引現場には新聞紙の詰まったカバンを持って行き、相手の出方を
探る気だった。ところが現場で彼は殺された。
山田は友人の不審な行動を察知し彼の後をつけ、その現場を目撃してしまった。
慌てて友人宅からバッグを運び出し、ヤンモー湖の湖畔に埋めたのだ。
しかしあの震災で現場は湖底になってしまった。
そしてこの事を嗅ぎつけた田中等に捕らえられた・・・
彼らが逮捕された後、今度は中国マフィアに捕らえられた。
白状しないと命の危険を感じたが、時間稼ぎのためホアンサ諸島のある島に隠したと
嘘を言った。
中国人マフィアは水路でその島に向かうと言い、夜の東シナ海を高速艇で飛ばした。
そしてあの事故にあったのだ。
船体は50mほど飛び上がり船内に居たものは全員死亡した。
ボートのリアデッキに括り付けられていた山田だけが偶然助かったのだ。
必死で泳ぎ、小さな島までたどり着くとそこで気を失った。
目覚めた時、記憶が無かったのだという。
記憶が戻るまでに20年の歳月が過ぎていた。
その間、彼はベトナム人として生活しており、島で漁師たちと暮らしていた。
記憶が戻りヤンモー湖に行くと、当時の水位に戻っていて防水のケースに収められた
バッグを見つけることができた。
いくつかは既に無価値なものになっていたが、それでも現在の価格にして30億の価値があった。
それを香港のブローカに10億で売り、念願だった小学校を7校建設した。
地元の名士として村の議員も勤め、誰も彼を日本人などと思っては居なかった。
日本へも観光で何度か来ていた。勿論ぢるの家にも・・・
しかし、幸せそうな家庭を持ったぢるを見て、今更出て行ってどうする?
そう自分に言い聞かせていたのだという。
ぢるは山田の話をずっと聞いていて、なぜあの時、自分にその話をしなかったのか
何と無く理解できた。山田は自分の身の危険を感じていたのかもしれない。
それであえてぢるの前から姿を消そうと思っていたのだったとしたら・・・
暫らくの沈黙が流れた。
「お子さんたちは元気? 今日は夫婦で?」
「主人は3年前に肝臓がんで亡くなりました・・・」
「そうだったんですか・・・知りませんでした」
「あなたは・・・家族と?」
「僕は・・・一度も結婚はしていません。運が悪かったのかな・・・」
「そうなの・・・」
「もし・・・良かったら・・・嫌じゃなかったら・・・晩御飯、付き合ってもらえませんか?」
「こんなおばさんを口説くの?」
「許してくれる? こんな僕を・・・」
「許すなんて・・・あなたは約束・・・ううん・・・未来を守ったじゃない」
「・・・ぢる・・・ごめんよ。随分待たせて」
山田に抱きしめられ、ぢるの手から文庫本がサンデッキの床に落ちた。
小説のタイトルはルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」
今までの30年間が夢だったのか、それともこれから夢の中に入ってゆくのか・・・
私には解りません。でも、こんな恋があってもいいじゃないですか。
お互い好きなのに、ちょっとしたきっかけで別れていく恋人たち・・・
何年かすると別れた原因さえ思い出せない。
もし、誤解が解けてお互いに恋人が居ないなら・・・・・・
もう一度恋人になれるんじゃないでしょうか?
絵空事ですか?
私はこの二人のような恋をしてみたいと思います。
だって凄く幸せそうな顔をしてますよ・・・彼女・・・
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:
Jeff Beck - Another Place
http://www.youtube.com/watch?v=XdC6gaubOio&feature=related
ご愛読ありがとうございました。
最近恋をしていますか?
いい恋をしたいですねー
30年後・・・あなたの側に好きな人が居るといいですね。
では いずれまた。
ところで主人公のぢるさん もう ねとらじはしないのかな?
たくさんのファンが待ってると思いますよ〜
『この作品はねとらじの番組「猫☆印」のDJぢるさんを主人公にしたフィクションです』
by 猫☆印ファン代表




