第14話
翌朝、ぢるはデウホテルのレストランで一人で昼食を摂っていた。
さすがに山田の仕事場に行くわけには行かない。一緒に来たのはいいが言葉が
わからないので外出も不便である。昨夜レストランで山田が通訳をつけようかと
言っていたが、大丈夫だと断った。とにかくこの国に慣れなくては、とぢるは考えた
からである。ティエンに聞いた山田の計画の事はまだ本人に聞けずじまいでいる。
もしこちらで一緒に住むのなら、少しでも早く言葉を覚えたほうがいい。
「少しずつ勉強しよう・・・」ぢるは山田が使っていたベトナム語のテキストを
開いた。
「すいません・・・ぢるさんですか?」
「はい・・・あなたは?」30代前半の細身の男性が声をかけてきたが会ったことが無い。
ひょっとして山田の会社の関係者か?ぢるが考えていると男が言った。
「あっと・・すいません。私は日本の警察のものです。いやいや・・楽にしてください
こちらでは捜査権はありませんので・・・プライベートです」
「そうなんですか?・・・私に何か?」男はぢるの前の席に座り話し出した。
「実は今回の一連の事件を捜査してまして・・・ただ、あくまでプライベートですが・・・」
「どうして プライベートなんですか? 」
「今回の事件はちょっとややこしくてね・・・あまり詳しくはお話できませんが・・・・」
男は竹内と名乗った。名刺は渡されなかったので本当かどうかはわからない。
「少しだけお話が聞けたらと思いまして・・・杉田さんご存知ですよね・・」
「ええ、もちろん。杉田さんがどうしたんです?」
「実は・・・ある組織とつながりがありまして。ここからは私の独り言と思ってください」
竹内の話では、最近国際的な麻薬密売組織が摘発されたがその直前、預金口座が解約され
証券化された。しかしその証券を何者かが強奪した。
組織が血眼で追っていて、中国のある組織を嗅ぎつけた・・・その組織と杉田が関係がある
のでは? そういう内容であった。
「いや、すいませんねこんな話を貴女にして。おっと、話しすぎた。私はこれで
失礼します」
そう言って竹内は席を立った。
「ちょっと待ってください!この事は山田に言っても・・・」
ぢるがそう言いかけると「もちろんかまいませんが・・・動いたりしては危険です
ので・・」
そう言ってレストランを出て行った。
夕方、山田に会うまで昼の件を話すかどうか迷っていた。
というのも、山田の性格であれば必ず自分なりに調べ出すに違いない。
そうなれば危険な事に巻き込まれる可能性がある。
そう考えたからであった。ショッピングをしたりカフェでお茶を飲んだりしたが
そんなことを考えていたので、あまり楽しくは無かった。
「やあ、お待たせ。退屈しなかった?」山田が優しく話しかけてきた。
「あっ・・・・・ごめんなさい 気づかなかった」
デウホテルのラウンジに座っていたぢるは、あわてて山田の顔を見た。
「どうしたの?考え事?わかった何食べるか考えてたんだ」そう言ってぢるの顔を
覗き込んだ。
「そうね・・・何食べようかしら。フレンチがいいな」ぢるは平静を装い返事をした。
ベトナムは過去にフランスに統治されていた事があり、その影響から現在でも
すばらしいフレンチを出す店が多い。山田が案内したグリーン・タンジェリンも
その一つである。
1920年代に建築された民家を改装したレストランで、メインもさることながら
デザートは芸術的ですらある。優雅な時間をすごした二人は旧市街を歩く事にした。
8時を少しまわっているが賑やかだ。道路はくもの巣のように複雑で政府が町並みを
保全しているためどの建物を見ても興味深い。
「ねえ、あそこで売ってるの何かしら?」ぢるが道路わきで絵のようなものを
並べているのを指差した。
「あれかい、あれはキャンパスにのりを塗ってそこにキラキラした金属の粉を
ふりかけて作る絵だよ。やってみるかい?」
「うん、やってみたい。面白そう。」二人は子供用のような樹脂の椅子に座り
隣に居た地元のカップルを真似てカラフルな粉で絵を描いた。
40分ほど悪戦苦闘の末、ちょっと似ていないぢるの似顔絵が出来上がった。
それに額縁をつけて日本円で500円ほど支払う。
「たのしかったわぁ。こんなに笑ったの久しぶりよ」ぢるが大はしゃぎで山田の
手を引っ張った。
「おいおい、せっかくの傑作を落とすじゃないか」山田はよろけながらぢるの肩を
抱き寄せた。
ぢるはその時、昼レストランで会った竹内の話をしないでおこうと思った。
Van Khanh - Thuong Ve Mien Dat Lanh
http://www.youtube.com/watch?v=hXRdjnPlADs




