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東屋暮らしのはじまり

お立ち寄りくださってありがとうございます。

ハーイ!私、飯田双葉、大学生!いきなり異世界に来たらスパイ認定で殺されかけたけど、美女に救われたと思ったら殺そうとしてきた奴がお前の許婚者いいなづけって言われました⭐︎

 そんな話誰が信じるよ。都合よく助かっちゃったのはありがたいけどさあ。てなことを考えながらテーブルクロスの裾のレースをもて遊ぶ私です。

 なんとね、いま例の東屋にいます。私が寝てたとこの近くにあったあれ。ドーム型の天井があって、内側には街灯と同じように光る球体が浮かんでる。中は円形のテーブルとそれを囲む籐みたいな植物で編まれた椅子が設えられていて、フカフカのクッションが敷かれててすごく座り心地がいいの。

 テーブルの上には暖かいお茶と、スパイスの入ったクッキーや平たい丸いパンや、燻製肉とか果物が乗っていた。これを運んできたのはなんとエリオキュロスだ。門の外で用意させたおもてなしセットをワゴンに乗せて、東屋までゴロゴロ押してきた。

 さっきまで私を殺そうとしてた人がだよ?

叔母さんのクロエ様には頭が上がらないらしい。人は見かけによらないね。

 そして、私たち、私とクロエ様とエリオキュロスは東屋でテーブルを囲んでいた。


「この花園に入れる者はごく僅かなものですから、慣れぬ不調法をどうかお見逃しくださいませね」


 クロエ様は不調法なんて思いもよらぬ慣れた手つきでお茶を淹れ、お菓子や軽食もとりわけてくれる。


「亡き姉を除くと、エリオキュロスとわたくし、わたくしの息子…エリオキュロスの弟皇子ですね。そしてフリーダ、貴女様。この四名だけがこの庭に足を踏み入れることができるのです」


 クロエ様はお茶に口をつけ、全ての食べ物をつまむと、私にも勧めてきた。もしやこれはお毒見というアレか。おお……高貴な世界だ。お茶は紅茶のような香りがした。飲み込んだ私の顔色が喜色に輝くのを見て、クロエ様は笑みを深めた。


「ただ」


こてん、と貴婦人はあどけなく首を傾げる。


「ここから貴女様が出られないとは予想外でした」


ですよねー。


 話は少し前に遡る。

 私を守ると心強い発言をしてくれた美女の登場に放心していたら、こんなところではなんだからと離宮でゆっくり話をしようと提案された。この人女神か!と反動で半泣きになった私は手を引かれるままに門を潜ろうとして、


再び吹っ飛ばされた。


 最悪なことに、クロエ様も巻き添えだ。慌てて駆け寄ると、エリオキュロスに支えられたクロエ様は痛むであろう身体を起こすとまじまじと私を見た。


「神気が強すぎるのですね」


 そして、クロエ様は慌てるエリオキュロスの手をそっと押しやると一人でスタスタと門をくぐり、外からまた門の中に戻ってきた。


「やはり、わたくしひとりなら問題ありませんね。フリーダに触れていると出られないようです」

「えっ、出られないんですか、私」

「……おそらくこちらへ運んだ神の力がまだ残っているのでしょう。あなたを取り巻く神気が、外界と摩擦を起こしているのです。雷撃はその証左」


雷撃!?


「身体を傷つけるものではありませんが……神気が抜けるまで貴女様にはしばらくこちらでお過ごしいただくことになりますね」


 ご不便をおかけして申し訳ございません、とクロエ様は頬に手を当てて詫びた。その隣で、大きなため息をついたのはエリオキュロスだ。腕組みをほどき、ガシガシと頭をかいて叔母と目を合わせる。

 そして門外の衛兵に近寄ると二言三言何かを命じてまた戻ってきて、クロエ様の前に割り込むように立ちはだかり腕を組んで睥睨する。

 どうやら皇子様っぽいけど、尊大すぎる。顔がいいと性格が歪むのかしら。偏見か。

 エリオキュロスは眉間に皺を寄せて宣言した。

 

「事の詮議はまだこれからだが、叔母の顔を立てることとする。フリーダ、だったか。そなたにしばしの逗留を許す。暮らしに必要なものはそろえてやるから安堵せよ」


 貴様からそなたに変わった二人称に少し驚いた。言い方はほんと尊大で気に食わないけど、育ち的にへりくだることができないのかな?とも思えた。いちいち噛み付くのも疲れるので、ここはひとまず受け取っておこう。


「ありがとうございます」


なるべく感情を抑えて整えた声を出す。

 でも私を十分な詮議なしに殺そうとした事は許し難い。理性で仕方がないと判断としても、納得は容易じゃない。そのくらい怖かったんだ。


 そういうわけで、お茶をするにも花園の外に出るわけにもいかないため、とりあえず東屋まで戻った我々だった。エリオキュロスがでかい身体をかがめてゴロゴロとワゴンを押す笑えない姿付きで。私がここで過ごすにあたり、必要な品は今後も彼が運ぶんだろうか。ちょっといい気味である。


「叔母上、詮議を進めたい」


 エリオキュロスは従僕の真似をさせられたせいか、毛を逆立てた猫のようにピリピリとした態度を崩さない。相変わらず腕は胸の前で組まれたままで、お茶にも軽食にも手をつけなかった。やっばり猫っぽい。慣れない人が家に来た時みたいだ。


「詮議……あなたがそう呼びたいなら。ただ、申し開きはわたくしがいたします」

「な、叔母上」

「フリーダは神々が遣わした星の姫君、外つとつよの方ですもの。あなたが何をきこうとも、欲しい答えは返りませんよ」

「その星の姫君とは」

「ラリスの遺言に記された、神々の贈り物です。月の神が滅され乱れた大陸を安寧に導く星の光の姫で、あなたの許婚者いいなづけです」


 クロエ様はとんでもないことをよどみなくおっしゃる。それを聞かされるエリオキュロスと私はたまったものではない。頭を抱えたくなる気持ちは同じだ。


「亡き母を謗るつもりは毛頭ないが、母上には少女趣味なもうそ……いや、夢を嗜まれていたのか?」


 止める間もなく私はお茶を吹いた。汚いものを見る目でエリオキュロスに睨まれたので、置かれていたナプキンで口元を拭う。こ、こ、この世界にもその手のご趣味の方がいらっしゃって、貴いお立場の皇子様までご存知なの?


「とんでもない。ラリスはそうした楽しみと預言を一緒くたにするような人ではありませんよ。あなたの母は大陸いちの巫女姫、世に並ぶ者なき先見さきみです」


あ、あるんですねマジで……。異世界と地球の意外な共通点だな。

 げんなりしたエリオキュロスが反論する。


「俺にはだいぶん盛った話のように思われるが」

「まあ……頑固なところは陛下に似たのね。では、星の姫でないなら、どうやってこの花園に入れたというのです」

「それを知りたいから詮議している」

「では、少し角度を変えましょうか。こちらをご覧なさい」


 そう言ってクロエ様が袖の隠しから取り出したのは幾重かに平たく巻かれた紙で、金の細いリボンが結ばれている。


「ラリスの遺言状です」

「母上に遺言を残すいとまがあったとは思えんが」

「ラリスは陛下に嫁ぐ前から準備していました」

「まさか」

「自分がいつ死ぬかは先見であれど読めませんが、どんな子を産み、どう生きるのかを知っていましたよ」


 遺言状を渡されたエリオキュロスは、疑念の滲む手つきで慌ただしく巻物を開く。ベージュ色の紙の冒頭には複雑精緻な星の紋様が銀色のインクで描かれていた。いくつもの星が角度を変えて重なり合ったようなそれは美しい。紋様はチカチカとまたたくと、立体映像のように紙の上に浮かび上がり、クルリと一回転してからまた紙の上の模様に戻った。


「これは……宣誓魔法」

「ラリスの紋章が刻まれた宣誓魔法です。あなた宛の手紙にもよく付いていたでしょう?」

「本物の遺書ということか」


 絞り出すように呟いたエリオキュロスは、巻き紙の残りの部分を開き、中身を読んだ。向かいに座る私の位置からは見えないが、食い入るように見つめるエリオキュロスのまなじりは裂けそうなほど開かれている。

 クロエ様が仰ったことはマジで夢っぽいというか乙女ゲームっぽい感じだけど、エリオキュロスの焦りを含むほどの真剣さが伝わってきて、私はいつのまにか背筋をのばして覗き込んでいた。


「フリーダ、宣誓魔法の付与された文書の中では偽りを記すことができないのです」


 そうっぽいですよね、彼の様子だと。するとマジで星の姫君とやらでフリーダが私なのかい。てかどっから来たよフリーダ。フとダしか合ってないじゃない。フタバイイダだから?ちょっと強引すぎない?


「な、中身なんて書いてあるのか聞いてもいいですか?」

「どうぞご覧になってくださいませ」


 放心ぎみのエリオキュロスの手から巻物をそっと抜き取ったクロエは私の前にそれを広げる。銀の星のきらめきの下に綴られた、明らかに日本語ではない茶色の文字は、だいぶ以前に書かれたらしく少しインクの色が飛んでいた。

 しかし、あろうことか、読めてしまった。


『我が最愛の息子エリオキュロスの御代に栄えあれ。世に並ぶ者なき輝かしき星の姫君、フリーダこと、飯田双葉いいだ ふたばを妻として迎え黒獅子は帝位に就く。

星の姫君は陽の神を祀り、帝国と大陸は同じものとなろう』 


 待って、飯田双葉って書いてある。えっAKAフリーダなの私。マジのマジで預言じゃん……

 驚きすぎて思わず顔を上げると、同じくらい困惑した顔のエリオキュロスと目が合った。無遠慮に、しかし、初めてちゃんと私を見つめていた。緑のすきとおった瞳の奥の金色が瞬きもせずにまっすぐに。それはびっくりするくらい幼く見えた。


「お二人とも、信じていただけたようですね」


 心から良かった、という口調でクロエ様は息を吐いた。


 

 翌朝、東屋の一部に作られたベッドで私は目覚めた。光を通す薄衣の天蓋がついたベッドは、東屋の地下に用意されており、唯一の男手であるエリオキュロスが何回かに分けて骨組みを運び組み立てた。布団やリネン類は門まで取りに行った。クロエ様はこれまでの詫びも込めて全部エリオキュロスにやらせようと仰ったが、さすがに気の毒だったし自分のものなので私も手伝う。


「門の側に寝泊まりする方が効率的じゃありません?」


 3往復めの復路でエリオキュロスにそう声をかけると、嫌そうにこちらを見てきた。

 エリオキュロスは背中に布団がみっちりつまった袋をくくりつけられ、両手は当分の食料と本と文房具などなどを詰められた袋でふさがっているので、ちょっと、だいぶおもしろ…滑稽…いや、らしからぬ姿をしている。ちなみに私が持っている袋には、枕と衣料品が入っているらしい。


「貴族の子女が衛兵に寝姿をさらすのか?」

「きぞ……貴族なのかあ。えーと、テント、天幕とか」

「生憎軍用品しかない。高位の乙女の品位を保つにはふさわしくなかろう」


 おっ……乙女!?リアルで乙女って言葉聞いたの乙女ゲームの話を友達に聞いた時だけなんだが!?

 東屋だって天井以外は吹きっさらしなんだが。そこで保てる品位IS何。距離があって見えなきゃいいということっぽいな。まあ、壁がなくても人いないしね。

 それに幸いなことに夜でも気温は程よく、凍えることもない。薄布はまあまあ風除けにもなるし。

 トイレやバスなど重要施設も地下にあり、まるで誰かがここで暮らすことを前提にして作られていたような都合のよさだった。たぶん、というか確実にラリス様の先見による設えなのだろう。この庭を造らせたのはラリス様らしいし。


「心配せんでも必要なものは俺が運ぼう。他に欲しいものがあれば門から衛兵に伝えるがいい」


 口調は事務的だけど、明らかに気遣いが感じられた。背中に布団袋背負ってなかったらかっこよかったんだけどなあ。



 スパイ騒ぎのドタバタと夜間ウォーキングの疲れのせいか、昨夜はぐっすり眠ってしまった。心細さを感じる間も無く眠りの中に墜落だ。

 エリオキュロスの運んでくれた布団も丁度いい硬さで、柔らかすぎずいい塩梅だった。さすが帝室というべきか。

 ベッドの薄布をめくって外に出ると、太陽はだいぶ高い。最初はどうなることかと思ったけど、こうしてお日様の光を浴びるとあらためてホッとする。風が花の香りを運び、前方を見やると花園が視界の限り広がっていた。少しだけ高台になっている東屋から見下ろして初めて、かなり遠くに塀があることに気づけるくらいの広さだ。

 花園はゆるやかな起伏のある平地にあり、ちいさな林や、こことは別の東屋などと石畳の道で繋がっていた。そして、この東屋の背後の方向にはお城があった。いわゆるヨーロッパスタイルの城ではなくて、ずんぐりしたタイル張りで丸屋根だ。タイルは太陽の光を受けてチラチラと光っていた。クロエ様のお住まいである離宮とのこと。

 丸屋根の下を出て大きく伸びをしてから、地下に移動してバスとトイレを使う。ありがたいことに魔法で適温が調節できる水栓があり、風呂も洗面台も陶器製で衛生的にも悪くなさそう。トイレも便座は木だけど着座スタイルで水洗!いっぱい読んだよ中世風の異世界でトイレに苦労する話!助かるう〜。

 着替えは昨夜クロエ様が用意してくださった一式から青いAラインのワンピースにした。七分袖で丈は足首まであり、袖と胸元には梯子レースがあしらわれている。靴は柔らかい皮のサンダルで、肌があたる部分に薄い毛皮が使われていた。

 そういえば自分の格好のことをすっかり忘れていたけど、昨夜身につけていたのは白い薄衣を何枚も重ねた袖なしのワンピースで、インド綿みたいな柔らかさだった。腰を細いリボンで縛るだけ。日本に居た時にこんな服はもっていなかったから、神様とやらが着せたのかもしれない。

 神様ねえ……神気とか魔法とか色々聞かされたけど、正直ピンとこない。異世界に来る時に能力くれるとかいうこともないし、夢のお告げなどもない。

 ステータスとか見られる機能があるのかなと思ってちょっと試してみたけどなかった。魔法もよくあるファイアーボールとか唱えて見たけど、手のひらから炎が生まれる気配もなし。

 つまり、私は私のままだった。中肉中背でどっから見ても日本人。ほんと、星の姫君とか笑っちゃう。彼氏の一人もいなかったのに許婚者いいなづけだなんて。大正時代が舞台のマンガじゃあるまいし。

 などと物思いに耽っていたのに、似合わぬことをするなと言うかのようにお腹が鳴りだす。もしかしてそろそろ昼時なのかもしれない。時計がないので、太陽と腹時計だけが頼りかも。乙女らしからぬ轟音をなだめるため、私は食料の詰まったバスケットを物色しだした。


 太陽が大分傾き、そろそろ日没となる頃にエリオキュロスがクロエ様を伴ってやってきた。またワゴンを引いてきており、いい匂いがするのでどうやら夕食らしい。


「一日お一人にしてしまって申し訳ございませんでした」


 クロエ様は申し訳なさそうだったけど、多分色々お忙しいのに違いない。エリオキュロスはさらにそうなんだろう。公務の後に荷運び誠にお疲れ様です。


「外界の物を食すことで神気を散じれば、少し外に出る日が早まるらしい」


 だからせっせと食え、とクロエ様が並べた食事を顎でしゃくるエリオキュロス。相変わらず偉そうだ。


 夕食はクリームシチュー的な白っぽいアツアツの汁物に、ロースト……ビーフ?らしき赤い薄切り肉と、複数種類の野菜のピリッとする炒めもの、それから暖かくてふっくらしたパンだった。

 野菜は微妙に見たことない形のものだが、ちゃんと野菜だとわかる。お肉も牛肉と似たような味がする。こっちの世界で動物をまだ見ていないので地球と同じ家畜がいるのか不明なんだよね。

 全体的にかなり美味しかった。高級な料理を食べつけてないので、これがそうかはわからないけど。どれもウマウマと頬張る私にクロエ様は微笑み、エリオキュロスは呆れた顔をした。


「そなた本当に貴族か。外つ世にはロクな料理がないのか?」

「……私貴族じゃないですもん。とっくに気づいてると思ったんだけどな、平民ですよ?あと日本のご飯は世界一ィィィ!ですから!」

「なんだやはり平民ではないか。その手つきが何かは知らぬが、立ち上がるな見苦しい」

「あっ、平民がいなかったら貴族はごはん食べられないんですからね!馬鹿にしちゃだめです」


 お行儀が悪かったのは確かなので、私はすぐにドイツ軍人のマネをやめて腰をおろした。


「ふふ、フリーダはお国では学生でいらしたと伺いました。どのような勉学を修められていらしたのですか?」


 子供っぽい言い合いを意にも介さず、クロエ様から尋ねられた。


「修めたというか、まだ途中でした。経済学部で商業について学んでて、いずれは国家資格をとって食いっぱぐれがな……ええと食べるのに困らないような堅い仕事に就こうと思ってました」

「そうでしたの。資格とはどのような?」

「公認会計士と言って、企業、つまり商人の財務状況を監査する仕事の資格です」

「財務状況を……とても重要ですわね。似たような勉学をお教えできればよいのですが、エリオキュロス、あなたご存知?」

「貴族向けの経理教室なら。他は財務部門が指揮して貴族らに一律の知識を持たせる勉強会と監査室がある」

「その他には?」

「……叔母上、俺に言わせたいだけだろう」


 淡々と回答していたエリオキュロスが、嫌そうに顔を顰めた。クロエ様のなんらかの意図に気付いたようだ。見透かされても全く動じずに、貴婦人は私に視線を移して微笑む。


「意地悪をしたつもりはないのですよ。経済については皇妃教育でならかなり詳しく勉強できるでしょう。フリーダの学舎と同じものとは断定できませんが」


 うああ、そこに繋がる話だったかあ。そりゃそうだ、皇子の妃になるなら経済とは無縁ではいられない。道半ばの私にでもそのくらいわかる。ただ、その妃とやらになる覚悟も納得も私にはまだないのだ。

 なんと答えてよいかわからず口ごもるとクロエ様は眉を下げた。


「あら、急ぎすぎてしまいましたね。フリーダ、もしものお話をいたしましょうか」

「もしも、ですか?」

「ええ。もしも、貴女様がエリオキュロスの妻になることをどうしても受け入れられなくても、わたくしとラリスの庇護は何もかわりません。もし、フリーダがお国に帰りたいと仰せなら止められるものでもありません」

「でも、ラリス様の遺書が……」

「ラリスの遺書があっても、貴女様が真実望まれないことは誰も強要できません。フリーダ、貴女様は星の姫、それだけで天意の器。神託に等しいのです」


 それはそれで大分重たいんですが、とは言えなかった。クロエ様たちの希望はどうあれ私は好きに生きていいらしい。でも、これだけの献身を約束されながら、はいそうですか自由にしますとは言いにくい。


「叔母上、逆効果だ。叔母上の覚悟は此奴には吊り合わぬ」


 エリオキュロスが意外にも助け船を出してきた。


「外つ世の者であれ、平民として能天気に育った娘にいきなり責任を押しつけても潰れるだけだ。我ら帝室の者は生まれた時から背負っているから、いまさら重荷でもないがな」


 ちょっと表現に引っかかるところはあるけど、今までで一番思いやりを感じる言葉だった。


「いまはたらふく食べてここから出ることだけ考えていればいい。いつまでも俺を荷運び人夫扱いされてはかなわん」


 ほれ、と渡されたのはエリオキュロスの分のデザートだった。ほんと言い方はアレなんだけど……単純に言葉通りとも思えない優しさのカケラみたいなものを感じてしまうのは希望的観測なのだろうか。


 クロエ様はそんな我々を黙って見つめていた。



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