31話──別視点④〈四天王オニックス〉
街道を外れた森の中。
その奥に存在する小さな泉の傍らの木に、アイリは縛りつけられていた。
「うぅ、くっ……」
身をよじって何とか抜け出そうとするが、どうにもならない。
すぐ近くで泉の水を鍋のように大きい手で掬って飲んでいた大男──帝国四天王のオニックスが不敵に笑う。
「どうした小娘。本気を出してみろ。それまでは待ってやる」
「だからっ! 私は魔法少女じゃないです!」
「嘘をつくな。あの村にお前くらいの年頃の娘は他に誰も居ない事は調べがついている。そして、魔法少女がお前くらいの年頃なのもな」
オニックスは近くの岩にドカリと座った。
「わざわざ“ガルネット”の奴に調べさせて、魔法少女の事は分かっているのだ。俺も話には聞いた事もあったが、伝説が実在していたとはな」
「そうなんですよ! 本当に実在してたなんて、私も驚き……って、そうじゃなくて!」
アイリが足をじたばたと暴れさせる。
「その魔法少女は私じゃないんですってばー!」
その叫びに、オニックスはただ冷笑を返すだけであった。
「変身しないのか? 魔法少女は普段は普通の娘だが、変身する事でその真価を発揮すると聞いたが」
「ええ、そうです。普段は普通の女の子だけど、変身したら天下無双の力を発揮して──てっ、ちがーう!」
「やれやれ、うるさい小娘だ。俺は気が長い方ではない。変身しなければこのままここに縛りつけておくからな」
「……貴方は魔族ですね。ということは、帝国の?」
警戒しながら尋ねるアイリにオニックスはニヤリと笑った。
「いかにも。帝国軍四天王が一人オニックス・ビアールだ」
「!! 四天王っ……!」
その噂はアイリの耳にも入っていた。
帝国軍には特に強力な力を有した戦士が四人おり、四天王と呼ばれていることを。
帝国軍は通常の軍隊と違い、独特の指揮系統を有しており、魔王を絶対としつつも前線に立って指揮する司令官に当たる人物が四人存在する。
その四人こそ四天王なのである。
四天王一人一人の実力は王国最強の戦士である『勇者』に匹敵するものと噂されており、正に恐怖の象徴であった。
「そ、そんな四天王の人がなんで魔法少女を……」
「分からんのか? 戦ってみたいからだ」
オニックスが口の端を吊り上げる。
「ククク、伝説に唄われし最強の戦士。その名は我ら帝国の古い文献にも残されている。眉唾な話も多いが、もし実在するなら一度手合わせ願いたいと思っていたのだ」
威圧的な眼光にアイリが怯えた目を震わせる。
「お前が本気を見せないなら、さっきの輩を皆殺しにしてきてもいいのだぞ」
「そ、そんな! あの人達は無関係です!」
「知ったことか。元々、冒険者も敵同然だ。俺は弱者を殺す事になぞ興味はないが、お前がシラを切るのなら考えも変わるかもな」
オニックスは重たげに腰を上げて、アイリを冷たく見下ろした。
「とりあえず、飯でも獲って来ることにする。それまでに変身でもしておけ。さもなければ……まあ、考えておく」
オニックスは重圧感のある足で、草木を踏み分けて消えていった。
後に残されたアイリは震えてその背を見送っていたが、我に返るとすぐに身をよじった。
「ん~~っ! くぅ~~~! ふんぬ~~! はあっ……! 駄目だ……」
縄はびくともしなかった。
静かな泉には、時折何かの動物の鳴き声と風が枝葉を揺らす音しかしなかった。
その静けさに、アイリは途端に心細くなった。
(どうしよう。本当に私は魔法少女じゃないのに……。でも、あの村に私と同じくらいの女の子は居なかったなんて……)
それなら、昨日の内に村から出たのだろうか。しかし、そればかりは分からない。
(……そう言えば、あの子。ホープはどうして私の名前を知ってたんだろう? もしかして、私の事を知る同年代の子なのかな?)
思い返すティアラ・ホープの姿は、やはり華やかで可憐で、勇ましかった。
(…………もし、本当に私が魔法少女だったならなあ……)
それは憧れであった。
少なくとも、王国の女子ならアイリのように魔法少女に憧れる者も少なくなかった。
「とにかく、今は何とかして逃げなくちゃ……」
意識を集中し、魔力を高めるアイリ。
「火の精霊よ、私を縛る鎖を解き放って……」
小さな詠唱と共に縄に小さな火が着く。
しかし、それはすぐにシュッと水を掛けられたように消えた。
「やっぱり、アンチマジックが施されているか……」
縄はただの縄ではなかった。
魔法によって切るのは難しく、力技でどうにかなるものでもない。
アイリは逃げられないという事を悟った。
(私、どうなるんだろう?)
兵士ではないが、相手は敵対国の軍人。無事に返してもらえるとは考えにくい。
沈んだ感情がアイリの中に満ち始めた。
「お母さん……」
「お父さんなら来てやったぞ」
「えっ?」
突然発せられた声。何者かの言葉にアイリが驚きの声を上げる。
「だ、誰?!」
「シーッ! 静かにしろ!」
すぐ後ろから小声で話しかける人物。
その声に、アイリは聞き覚えがあった。
「その声は、ノ、ノゾムさん?」
「今縄を切る。動くなよ」
「は、はい」
縄が揺すられるように動き、望のぼやきが聞こえる。
「かてえな、このロープ」
プツっという音と共にアイリは身体が解放される感覚を味わった。
縄が地面に落ちる。
「よし、逃げるぞ。立てるか?」
「はい!」
望から差し出された手をとって、アイリが立つ。娘のハトエルも一緒に来ていた。
「急いでください! 強大な魔力の気配が近づいてきています!」
「うおっ、早く逃げるぞ!」
「は、はいっ!」
三人は揃って、足場の悪い森の中を必死に走り出した。
お疲れ様です。次話に続きます。




