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28話──ささやかな労い

 





「どうすんだよっ、家に帰れねえじゃねえか!」

「うぇ~ん! そんな事言ったって~!」


 すっかり日の落ちた湖畔。響くハトエルの泣き声。


 だが泣きてえのは俺だ。


「なーにが『異世界夕陽なんてロマンチックだから、日没まで楽しみましょう』だ! おかげで馬車便に乗れなくなっちまったじゃねえか!」

「だって、だって~! 五時が最終便だなんて知らなかったんですよ~!」


 ハトエルが俺のグリグリ攻撃から抜け出し、涙目であっかんべーする。


「それにっ、望さんだって『そうだよな。異世界と言ったら可愛い女の子と夕陽を眺めるワンシーンが必要だ。ハトエルのような』って言ったじゃないですか!」

「七割くらいは言ったが、お前を可愛い女の子と言った覚えはない!」

「いーっだ! 私だってもっとカッコよくて優しいお兄さんと夕陽を眺めたかったですよーだ!」

「んだとー?!」

「わまま~!?」


 この小玉スイカみてえな頭が。このまま俺のダブルハンドプレスで潰してやる。






 この茶番劇の経緯はこうだ。



 村のモンスターを撃退した後、俺は人知れず元の姿に戻って岸辺で休んでいた。変身解除後の吐き気と体の節々の痛みを回復させるためだ。


 向こうの山並みに沈みゆく夕陽が、湖面で炎のように揺れる美しい風景に見惚れていたらハトエルも隣に座り『異世界夕陽なんてロマンチックですね。ちょっと眺めていきましょうか』と、ガキのくせに俺を誘惑するもんだから付き合ったのだ。


 ところが、その間に王都への最終馬車便が出てしまい、俺らはこの村に取り残されてしまった。五時が最終便だなんて知らねえぞちくしょう。


 王都には歩けば数時間かかるし、俺は金をあんまり持ってきてねえしで、このままでは野宿決定だ。



「クソがあ……あんなボランティアまでやったって言うのに、そんな俺を待っていた仕打ちは野宿だけか」

「元気出して、望さん。さっきの望さん、すっごいカッコよかったですよ。まさにあれこそ正義のヒーロー、いや、正義のヒロインでした」

「あんがとよ……。けどな、ありゃ正義のヒーローっつうより、変態ぶりっこコスプレシリアルキラーって言うんだよ」

「そんな自分を卑下しなくても……」


 ああ、空気が冷えてきたな。腹も減った。

 あのまま大人しく逃げてりゃこんな事にもならなかったのにな。

 やっぱその場の空気に流されてもロクな事になりゃしねえ。



「お腹空きましたね……」

「だなあ……」


「あっ、いた」


 そんな風に、空腹染みる日没に佇む俺らの背に弾んだ声が届いた。


「探しました! 二人とも無事だったんですね!」


 そう言って、明るい声で駆けよってきたのはアイリであった。

 先ほど俺が変身して助けた冒険者少女。


「良かったー。姿が見えないんで心配しました」

「よお、無事だったか」

「ええ。魔法少女が助けてくれましたから!」


 やや興奮気味に言うアイリ。キラキラ輝く目が、夜になりかけた空を見上げている。


「魔法少女っ……まさか本当に実在していたなんて……! ティアラ・ホープ。なんて美しくて気高い名前なんでしょうっ!」

「そうかあ?」

「望さん達は見ましたか? 魔法少女を!」


 見たも何も、それは俺だよ。


 もちろん、口が裂けてもそんな事は言えん。ていうか、絶対に言いたくない。


「ああ、チラっとだけ見たぞ。なんか変な奴」

「変じゃありません! 可憐で清廉、強くて気高い伝説の戦士です!」


 またそれかよ。なんなんだ、そのくどい言い伝えは。

 と言うか、なんでそんなにムキになってるんだ。


「ああ、ティアラ・ホープ……私、あの伝説の魔法少女に会っちゃったんだ」


 なんだかとっても幸せそうなアイリ。

 羨ましいぜ。その当の助けた本人は野宿コースに暗澹たる思いに沈んでるって言うのによ。助けられた側はホクホクだ。


「あれ? 二人はここで何をしていたんですか?」

「それがだなあ……」


 事情を話し、宿無しになって野宿コースまっしぐらだと教える。


「なるほど。それは困りましたね」

「ああ、このアホのせいで」

「人のせいにしないで下さいよ!」

「まあまあ、喧嘩しないでハトエルちゃん。そうだ、良かったら私が宿代を出しますよ」

「なにっ?!」


 アイリが小さく笑いかける。


「実はギルドの部屋に空きがあるらしくて、個室と二人部屋の料金が同じで良いらしいんです。二人用の部屋を予約しますので、そこに泊まりませんか?」

「お、おおっ、天使様っ!」


 今初めてこの世界で神の導きに感謝したぞ。




 アイリの厚意に甘えて俺らはギルドに泊まる事になった。しかも、夕飯まで彼女の奢り。


「う、うめえ! ハトエルっ、飯ってこんなに美味いものだったんだな!」

「美味しいですっ! 初めてまともな食事にありつけた瞬間です!」

「普段どんな食事してるんだろう……」


 アイリが少し引くくらいの勢いで、俺とハトエルはスパイスの効いた肉を貪った。

 ピラフも美味い。けっこう馴染みのある料理が多い。というか、材料が多少異なるだけで同じような調理法に辿り着くものなのだろう。


「ぷはっ! ビールも異世界共通だな!」

「いせかい?」

「おっと、気にすんな。つまり、世界中どこで飲もうとビールは最高だって事だ」

「このジュース美味しいですー! うぅ、お代わりが欲しい~」

「いいよ、ハトエルちゃん。好きなだけ飲んで」

「い、いいんですか?! うぅ、なんて優しい人の温かみよ、安らぎよ。どうか貴女に神のご加護がありますように」

「あはは、ハトエルちゃんは信心深いね」


 だが、ハトエルには同意だ。

 お人好しすぎて心配なになるくらい良い奴だ。


「ほんとに気前いいな」

「はいっ。良い事があったら、誰かに良い事をする。誰かに助けてもらったら誰かを助けてあげる。そうやっていけば世界中が愛に溢れる。そう心がけているんです」


 あ、駄目だ。眩しい。クラクラしてくるぜ。全身が痒くなるような事言いやがって。


「そんなに良い事があったのか」

「はい! 魔法少女に会えたんです! いえ、助けられたんです! 伝説に語り継がれるっ、あの魔法少女に!」

「へ、へえ、そう」


 あの魔法少女はこの俺だ。目の前のな。


 うっとりとしているアイリにハトエルがこんな質問をした。


「ねえねえアイリさん。私、魔法少女伝説の事あまり詳しくないんです。教えてくれませんか?」

「そうなの? うん、もちろんいいよ」


 聞かれた当人はいかにもウキウキした感じで語り始めた。



「魔法少女ってね、この国や周りの国々でも昔から言い伝えられる伝説の戦士でね……」


 俺も自分の事だし、ビールを傾けならがら、それなりに興味をもって耳を傾けた。



「遠い昔。この世界を恐ろしい大災厄が襲いました。凄絶なる悪意を持った邪神が現れ、悪夢の軍勢を従えて多くの人々を苦しめたのです。そして、人々の嘆きが涙となって溢れ、神様へのお祈りが始まったのです。『どうか私達をお救いください。悪夢を打ち払いください』人々の祈りが届いたのか、天より神の使いが降臨しました」


 ハトエルがこっちにウィンクしてきた。


「天使様は、溢れる勇気と信じる心を持った少女を選び、神より与えられた宝具を授けました。その宝具は少女に神の力を授け、少女は悪と戦い、ついに世界に平和をもたらしました」


 アイリはニコっと笑った。


「その世界を救った少女こそ、伝説に語り継がれる希望の戦士、魔法少女なの」


 戦士なのか魔法少女なのかどっちだよ。

 という野暮なツッコミは黙っておく。


「もう何百年も昔の伝説。でもね、この国に生まれた人なら誰もが一度は聞かされる話なんだ。私も、小さい頃は寝る前にお母さんから読み聞かせて貰ったなー」

「そうなんですね。良いお話だなー。特に天使様のくだりはもっと詳しく聞きたいです!」

「うんっ。私、この歳になっても自分で書物を調べたりしてたから結構詳しいの。いくらでも聞いて」

「わーい! 望さ……パパも聞きますよね?」

「え、俺はもう寝ようかと……」

「ノゾムさん! 魔法少女伝説を娘さんに聞かせてあげないなんて父親としてなってません! 私が今からノゾムさんにも話してあげます!」

「いや、俺もう疲れたから寝たいんだけど……」

「おつまみを追加注文しましょうっ。すみませーん、注文お願いしまーす!」

「ア、アイリちゃん?」

「ノゾムさんもしっかり覚えて、ハトエルちゃんに絵本を買ってあげて読み聞かせしてあげなくちゃいけません! 今夜はそのための基礎知識を私が授けます!」


 なんなんだこの押しの強さは。別人みたいになっちまった。


 やれやれ、さっさと寝てえんだけどなあ。


 けど、まあ。

 たまには酒でも飲みながら下らん作り話に付き合うのも悪くねえか。




お疲れ様です。次話に続きます。

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