27話──別視点③〈動き出す影〉
サンセットレイクに夕陽が落ち、湖面が燃えるようなルビー色に揺らめき始めた頃。
その近くの森の中を幾つかの影が駆けていた。
「くそ、まさか撃退するとは……」
「なんて報告すればいいんだ……」
黒衣装に身を染め上げた影達は薄暗い森の中をひたすら駆けていき、人が立ち入る事のない奥へと進んだ。
やがて影達は森を抜け、その先にある小さな渓谷へと入っていった。
既に日は完全に落ちていたが、影達は灯りもなくその谷間を俊敏に駆けていった。
渓谷の途中にはキャンプが設置されており、そこには似たような姿の者達が集まっていた。
ずっと走り続けていた影達がキャンプに向かって大声で自分達の帰還を知らせる。
「湖方面だ、今戻った」
焚き火を囲んでいた他の影達が立ち上がって迎える。
「遅かったな。オニックス様が報告を待っている。早くしろ」
「ちっ、でけえ面しやがって」
そこはただの旅人のキャンプではない。
小規模ながら武器や薬品の類いも揃えられており、その場に漂う異様な気配が何よりも普通とは違っていた。
そう、ここは隠密に行動する者らの隠れ拠点。
その影達の正体は、シャドー帝国軍の隠密部隊であった。
見た目は人間とさして変わらないが、その体質や性質が大きく異なる者達、魔族ことトワールの民。
彼らは好戦的で、不真面目で不規則な輩が多いが、軍隊として動いている者らはそれなりに統制されていた。
たった今このキャンプに入った隠密部隊の者達が一際大きなテントへと入る。
「オニックス様。サンセットレイク方面の部隊です。ただいま戻りました」
その報告に、奥のベッドでイビキをかいていた巨大な影がぬっと起き上がった。
「んごおお……ふおお~お……よく寝た。うむ、帰ったか。遅かったな」
常人の倍はありそうな背丈、二回りも三回りもガッシリとした肉体。
屈強な肉体を持つ大男であった。額には円錐形の角があり、寝起きなのに眼光は鋭く、身体からは好戦的な気力がみなぎっていた。
「他の者達はとっくに成果を上げて帰還したぞ。お前らは何をしていた」
威圧的な言葉と眼光に、報告へ来た者達はビクリと体を震わせた。
「も、申し訳ありません」
「まあいい。それより、水晶は?」
「はっ。こちらに」
一人の男が懐から灰色の水晶を取り出す。妖しい光をうっすらと宿していた。
「おう、ご苦労。どうだ、ちゃんと使えたか?」
「はっ。それは間違いなく。しかし、オニックス様……」
「ん、なんだ」
オニックスと呼ばれたその大男は水晶を側の机の上に置いて生返事をした。
「何か問題でもあったか」
「いえ、水晶に問題はありません。しかし、戦果の方は……」
「なんだ。ハッキリ言え」
歯切れの悪い報告にオニックスの目力が強まる。
「失敗したのか、しなかったのか。どっちだ」
「は、はっ。水晶の起動実験は成功いたしました。サンセットレイクのモンスター達を一時的に暴走させる事ができ、その効果範囲も実戦的でした」
「ほう、そうかそうか」
やや機嫌を直すオニックス。
「これさえあれば、我らは少数で王国領内深くに侵入し、大軍団を召集出来る。それも、帝国の軍人を失う事なく、だ」
水晶がキラリと輝く。
オニックス。そして帝国軍の隠密部隊。
彼らが少数で、この王国都市近郊まで来たのには理由があった。
それは、新しい兵器『レイド・ストーン』の起動実験。その実用性のテストをするためだ。
今現在のシャドー帝国とサンライズ王国の戦況は、帝国がやや有利ながらも膠着状態にある。
しかしながら、帝国はそもそも巨大な国家ではなく、あらゆる資源の生産能力も高くない。食料や医薬品、兵の数に装備の質。どれをとっても王国率いる連合軍には敵わない。
つまり、国力に大きな差があり、このまま戦争が長引けば敗北する事は目に見えていた。
さらには、トワールの民にとっての力の源である瘴気(霧状になった魔力の微生分)の発生源は帝国領土内にほとんど集中しており、帝国から離れるほどに兵士達は苦しい戦いを強いられる事になる。
それでも互角以上の戦況に持ち込めているのは、トワールの民一人一人の戦闘力と、一時的に使役出来るモンスターによるところが大きい。
だが、早期決戦を狙った急速な戦前の拡大により帝国軍は兵士不足に陥っていた。
元々、数が圧倒的に劣る帝国軍では、いくら個々の力が優れているとは言え、広大な戦線を維持出来るだけの戦力は無いのである。
帝国は戦争の早期終結を図るため、少数精鋭による王城強襲作戦を立てた。
しかし当然ながら、いくら精鋭と言っても王都という敵地の最奥に入り込んで正面からぶつかれば、数の差によって敗北するのは目に見えていた。
そこで、帝国軍の魔道士達が作戦成功のために考案したのが『レイド・ストーン』なる魔道具であった。この道具は、それ単体でモンスターを使役する能力を備えている。
元々、モンスターを操るには専門の魔道士が必要となるのだが、それらは数が限られてる上に、十分なモンスターを操るには大がかりな部隊になってしまうため、敵地に侵入して配置するのは困難だった。
しかし、この水晶を使用すれば、魔道士でなくともモンスターを操る事が可能となる。その場合は『集める。攻撃させる。待機させる。』と言ったような単純な動作に限定されてしまうが、それだけでも十分な戦力となる。
また、魔道士はモンスター使役の術を使用すると王国の魔術師らによって居場所が探知されてしまうのに対し、この水晶は探知されにくい。
製造コストと消費エネルギーは莫大であるが、今の帝国の実情から考えれば、このレイドストーンは切り札になり得るアイテムであった。
実戦レベルでの性能があるのかどうかがなどが課題であったが、ここ数日、各地での実験で十分な性能である事が証明されつつある。
これならば王国領土内に少数で深く侵入し、モンスターを現地で召集して王都に大戦力で奇襲をかける事も不可能ではない。
「森林や平原、山岳地帯、それに地方都市近郊でも十分な成果を出したそうだ。この間も敵の拠点を二つ落とした。俺はこういうちゃちなオモチャは性に合わんが、優れた物というのは確かだ。それに、もう一つの力も興味深い」
「はい。サンセットレイクでも大量のモンスター軍団を動員出来ました。あれだけの戦力なら、敵も一個大隊の戦力が必要となるでしょう。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「そこで少々予想外な事が……サンセットレイクの村は落とせませんでした」
「なに?」
巨体がズッと動く。
「それほどの戦力が配備されていたのか? まさか王国に事前に察知されたのか?」
「い、いえ。それが……何とも奇妙な話でして」
「ええいっ、ハッキリ言え!」
苛立たしげな怒鳴り声に、報告者達は身をすくめた。
「村には少数の兵士と冒険者らが居りましたが、最初はモンスター達によって圧倒されておりました」
ところが、と部下は肩をすくめた。
「突如現れた謎の少女によって戦況は一変。一個大隊に匹敵するほどの戦力があったにも関わらず、ものの数分でほぼ全滅させられてしまい……」
「なんだと?」
その報告にはオニックスも腰を浮かした。
「つまり、たった一人によってモンスターどもが蹴散らされたという事か?」
「はい」
「ふむ……勇者は前線に居るはずだ。それに、奴は少女ではない」
「あの、それと気になる事が……」
「なんだ?」
「最後に村から脱出する際、こんな言葉が聞こえました。『伝説の魔法少女だ』と……」
「なに? 魔法少女だと?」
その報告に、オニックスは低く唸った。
「あの伝説に語り継がれし最強の戦士……」
少し考えるように首を埋めていたオニックスであったが、ニヤリと不敵に笑った。
「まあいい。多少は出来る奴が居る。それだけの事だ」
巨体がのそりと立ち上がり、その全身から闘気が滲んだ。
「この帝国軍四天王が一人、オニックス様と直接殺り合うのに相応しい猛者かもしれん。ククク、久々に血が騒ぐわ」
豪胆な笑い声がキャンプに響きわたった。
お疲れ様です。次話に続きます。




