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26話──感謝の言葉

 





 大通りのナメクジ軍団は倒した。


 後は湖に現れた蟹どもだ。

 まださっきの冒険者達が戦ってるはずだが、去り際に見かけた時はヤバい状況だった。


 すぐに行かなくては……。



「ま、待って下さい、ホープ~!」

「急げ! ポンコツ天使!」

「だ~からー! ちゃんと言葉遣い!」

「急いでっ! ポンコツ天使ちゃん!」

「わ~んっ! どちらにせよポンコツだ~!!」


 おたおたとついてくるハトエルと共に、船着き場へ走る。


「他の奴らは無事かっ?」


 先ほど覗いた場所と同じ角。


 だが、展開されていた光景は全く違っていた。


「ぐわああっ!?」

「うっ、く、くそっ……」

「くそ! こんなとこでっ……!」

「負傷者を優先して運べ!」


 さっきまで優勢に事を進めていた冒険者や兵士らが押されていた。

 何人も戦闘不能になってる者が居るらしく、数人が化け蟹の攻撃を盾や魔法で防ぎ、他の動ける者が負傷者を運んでいる。


 だが、キングガーニンとかいう奴はざっと見積もっても10体近くは居る。

 とてもじゃないが覆せる戦況ではないのはもちろん、全員が無事に逃げきれるようにも思えない。



「っ!! アイリ?!」


 そんな劣勢の中。

 倒れている兵士の横に寄り添う見知った姿が目に入った。


 赤い髪が特徴の可愛らしい少女。場違いとも言える華奢な影。

 アイリだ。


 そんな少女が、あんな化物蟹の前で傷ついた者を介抱している。


 だが、それはあまりにも無防備だ。


 一体のキングガーニンが、アイリに向かって口から凄まじい水流を吐き出した。


「!? マジックシールド!」


 気づいたアイリが咄嗟に何か詠唱を口走る。


 ぼやけたガラスのような壁がアイリの前に展開され、水流を防ぐ。


 が──


「ううっ! きゃあっ!?」


 ──バリンッ──


「アイリ!!」


 バリアーらしき壁が砕け散り、アイリの身体が水流によって押しやられ、離れた場所へ飛ばされる。


「あうっ!」


 小さな悲鳴を上げて倒れたままのアイリ。

 そのすぐ近くに居たキングガーニンが巨大な目玉を倒れてるアイリへギョロリと向けた。


「っ! 危ない!」


 巨大なハサミがアイリへと伸びる。


「させるかああぁ!!」


 俺は思わず叫んで、渾身の力で大地を蹴った。足に土が爆ぜる感覚と共に、爆発的な推進力を得て身体が弾丸のように風を切って跳ぶ。


 全身に負荷がかかり、視界がぶれる。

 一瞬でキングガーニンとアイリの間に入る。


「っ!」


 目の前に迫る恐ろしいハサミ。間近で見て初めて分かる凶悪な刃。


 全てがほんの一瞬の出来事のはずなのに、いやにゆっくりに見えた。


「おりゃあっ!!」


 岩よりも頑強そうな甲殻で出来たハサミに拳を叩き込む。


 ──バキイッ──


『シュシュシュ……』


 化け蟹の凶悪な凶器は粉々になって砕けた。


 そして、その衝撃はそのまま脚に、本体に伝わっていき、キングガーニンの全身がひび割れる。


 ──ズズンン……──


 緑色の泡を吹きながら後ろに倒れるキングガーニン。

 それと同時に俺は着地した。


「間に合った……!」


 足下に倒れているアイリを抱き起こす。


「おいっ……じゃなかった。ねえっ、大丈夫?!」


 軽く揺さぶると、アイリは薄く目を開いた。


「ぅ、あぅ……あれ、私……」

「よかった、気がつい──」


「おいっ! 危ない!!」


「えっ?」


 誰かの大声に振り向くと、別の個体が繰り出した攻撃が迫ってきている事に気がつけた。


「っ! らあっ!」


 アイリを庇いながら、迫りくるクソデカバサミに手刀を思いっきり叩き込む。


 ──メキィッ──


 俺を真っ二つにしようとしていたカニ腕は根本からへし折れて地面に落ちた。


『シュシュ……』


 キングガーニンがのけ反って倒れる。


「セーフっ……」

「う、うぅ、あ、あなたは……」


 目をパチパチさせていたアイリが、その瞳をいっぱいに大きくする。


「あ!! あ、貴女はっ……この前のっ……」


 驚きと喜びの光を両面一杯に瞬かせるアイリ。

 だが、状況はそれどころではなく、周囲のガーニンどもの殺気が全部こちらに向いていた。どうやら全員が俺一人に狙いを定めたらしい。


「え、えっと、説明は後! と、とにかくっ」


 くそ、周りの化け蟹どもは待ってはくれん。

 こうなりゃ──


「えっ、ひゃっ?!」


 アイリをお姫様抱っこして立ち上がる。


「私に掴まって!」

「はっ、はいっ!!」


『シュシュシュシュ』


 ドスドスと何脚もの脚を地面に突き刺して、キングガーニンどもが突撃してくる。


「手を離さないでね!」

「っ……」


 アイリがギュッと首に腕を回してくる。


『シューッ』


「はあっ!」


 俺の首を切ろうと迫るハサミに回し蹴りをかますと、甲殻がガラスみたいに砕け散って、化け蟹の巨体がもんどり返る。


 ──ギチギチギチッ──


「はっ!!」


 二方向から襲いくるハサミを跳躍して躱す。

 我ながらとんでもない脚力で、少しジャンプしたつもりなのに、20メートルほどの高さまで飛び上がり、湖の上に出た。


「って! しまった! 飛べないんだった!」


 躱したはいいものの、俺には飛行能力がない。


 ふわりとしていた浮遊感は、すぐに重力の手引きによって消え去り、風を受けながら俺らは落下し始めた。


「いいいっ?!」


 しかも、落下地点には無数の殺人バサミがガチガチと音を立てて待ち構えている。


「殺られるか!!」


 柔らかい身体のバネを思いっきり使い、空中で身を弾く。

 避けるのではなく、あえて加速する。


 アイリをしっかり抱えたまま、ドリルのようにスピンして、螺旋の回転力をつけながら蹴りを繰り出す。


「おっりゃあ!!」


 こちらを真っ二つにしようと伸びてきたハサミにスパイラルキックを決める。


 ──バキイッ──


 殺人バサミは腕の付け根からもぎ取れて飛んでいった。


「せらあっ!!」


 そのまま身を翻し、ひしめく化け蟹どもの真ん中に向かって空中一回転の勢いを乗せたかかと落としを叩き込む。


──ズドオオオンッ──


 数体のキングガーニンが木っ端微塵に吹き飛び、有り余った衝撃が辺り一帯の水を押し退け、水底が露出した。


 衝撃の余波でキングガーニンどもの巨体が跳ね上がり、無数の脚が宙をかく。


 ──トッ──


 それと同時に俺は露になった湖底に着地。周りは未だに宙を泳ぐ無防備な化け蟹ども。


 このチャンスは逃さない。


「せいやああーっ!!」


 左足を地面に突き刺すようにしっかりと軸にして、360度全方向に渾身の回し蹴りを振り回す。


 ──バキッ、バキッ、バキイッッ──


『『『シュ……』』』


 甲殻や肉片が四散して、全て吹き飛んでいく。


「はっ!」


 同時にそこから飛び立つ。一時的に押しやられていた水がしぶきを上げて元に戻る。


 アイリをしっかり抱えたまま、岸辺に軽やかに着地を果たして、やっと一息つく事が出来た。


「ふぅー。終わった……」

「…………」


 もう周囲にキングガーニンは居ない。

 それどころか、他のモンスターも算を乱したかのように逃げていく姿が見えた。


 残されたのは、全滅して変わり果てたキングガーニンらの無惨な屍の山。


 その凄惨な光景に、胸焼けするような気分になった。



「……」

「あ、あの……」

「ん? あ、ごめん」


 アイリを下ろすのを忘れていた。

 何やら俺の顔をじーっと見つめており、こそばゆい。


「怪我はない?」

「は、はいっ……」

「下ろすね。足下気をつけて」


 ゆっくり下ろしてやると、アイリは問題なく立った。怪我はないようだ。


「ふう。もう大丈夫みたいだね」

「は、はいっ!」


「し、信じられん……」


「ん?」


 近くで傍観していたであろう冒険者らがこちらに歩みよってきた。

 みな半ば呆然として、俺の事を見ている。


「き、君は一体何者だ?」

「キングガーニンの甲殻を素手で……」

「しかもあれだけの数を一瞬で……」


 ガヤガヤと野次馬が集まってきてしまった。

 誰もが呆けたように俺を見ていて、恥ずかしさが込み上げてくる。


 もう危機は去ったんだ。


 長居は無用だ。


「えっと、それじゃあ私はこれでっ」

「! ま、待って!!」


 くるりと反転したところでアイリの声に呼び止められた。

 振り返ると、真っ直ぐな瞳で俺を見ていた。


「あのっ! お名前を! 名前を教えてくれませんか?!」

「名前?」


 名前か。

 そういや、一応あるんだったな。


「……私の名前はホープ。ティアラ・ホープ。通りすがりの魔法少女」

「魔法少女、ティアラ・ホープ……!」

「それじゃっ」

「あっ!」


 また何か声を上げたが、もう止まらないぞ。このままさっさとずらかろう。


 そんな風に思っていたら、呼び止める声の代わりに


「ありがとう!!」


 というアイリの声がした。



「……べつに」


 聞こえないように応えてやった。


お疲れ様です。次話に続きます。

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