24話──誰のために
ギルドには十人近い冒険者が集まっていた。どうやら、この村に訪れていた冒険者はこれで全部のようだ。
「皆さん! たった今村長から緊急要請クエストが出され、こちらで受理いたしました! キングガーニン討伐クエストの募集をいたします! 参加される方は急いで下さい!」
受付嬢が怒鳴るように説明し、周りの冒険者らが各々の武器を用意し始める。
「ピリついてきたな」
「の、望さん。望さんは本当に参加しないんですか?」
「しない。だって死ぬかもしんねーじゃん」
「そうですけど……」
いかにも納得いかない。文句ある。というような面をするハトエル。
「別にいいだろ。これは義務じゃなくて自由なんだしよ」
「そうですけど、そうなんですけど~……なんか、こう、もっと葛藤とか迷いとか無いんですか?」
「無い」
「即答!?」
ますます表情を曇らせるハトエル。
「でも、危険なモンスターが現れたようなのに」
「俺はまだ駆け出しの新米冒険者なんだし、足手まといになるかもしんないだろ。俺が居なくても、ここにはこんなに冒険者が居るんだ。こいつらでどうにかするだろ。第一、危険って言うならますます俺は行かない方がいい。もしもの事があったらそれこそ魔王倒せる奴が居なくなるんだから」
「う~。屁理屈ばっかり~」
何か言いたげだが、説得する事が出来ないのだろう。ハトエルは口を結んでモニョモニョしてるだけだった。
「あっ、望さん!」
そんなやり取りをしていると、アイリがこちらに駆け寄ってきた。
「望さんはどうされますか?」
「俺はやめとく。駆け出しじゃあ役に立たないだろうしな」
実はザコナメクジに負けた事で戦闘に自信が無くなったとは言えん。
「そうですか。分かりました。万が一の事があるといけませんから、いつでもこの村から逃げられるようにしておいてください」
そう言って駆け出すアイリ。
「あっ、おい。お前は行くのか?」
そう聞くと、アイリは立ち止まって答えた。
「はい。私は行ってきます」
「でも、お前だってそんなにベテランじゃないんだろう?」
「そうですね。でも、誰かが怪我してしまうかもしれませんから。私はヒーラーですし」
「その怪我人がお前になるかもしんないんだぞ?」
「でも、やっぱり見過ごせませんから」
「そうか……」
「はい。では、望さん、ハトエルちゃん、また会いましょう!」
失礼します、と行ってしまうアイリ。
その背中は小さい。頼りない少女の華奢な後ろ姿だ。
だが、今の俺には羨ましく見えた。
「望さん」
ハトエルが俺をじっと見上げていた。
「本当にいいんですか? このままここに居ても」
「……まあ、様子だけ眺めに行くか」
「むうっ。そこは『僕が間違っていた! すぐにあの娘を追って命を賭けて戦うぞ!』って言うとこでしょ!」
「寝言ほざいてんじゃねえ! んな事言うかっ、するか! 一応様子だけ見に行くんだよ!」
「むう~。まあ、いっかー」
なんか癪に触るハトエルを従えて、船着き場の方へ向かう。
一般人の非武装村人が逆走して逃げていくのを見ると、行き先の方向は合ってるらしい。
「さっきのギルドで見かけた冒険者はほとんど参加してたみたいだな」
「やはり放ってはおけないんですよ。村人に危険が迫ってるかもしれないんですから」
「バーカ。金が貰えるからボーナスチャンスに群がってるだけだろ」
「本当にひねくれてるんだから……」
──ズドン……──
と、前方の建物の裏側から爆音が響いてきた。
それに、怒号のようなものも。
「どうやらこの裏側が船着き場らしいな」
建物の角に立って、そっと音の発生源を覗いてみた。
「っ! あれか……」
湖の水際に赤茶色の巨大なカニのような生き物が暴れている。ワゴン車くらいはある。
人間の大人くらいはありそうなバカでかいハサミを振り回して、小さな船を掴んで投げ飛ばしたりしている。相当な怪力のようだ。
キングガーニンとかいうふざけた名前の割には、普通に手強そうな相手だ。
その周囲を冒険者らが囲み、矢を射ったり炎の塊を飛ばしたりしている。
冒険者だけではなく、兵士のような連中も混じっていて、討伐隊の数は30人以上だ。
──ズドオンッ、ドオオンッ──
派手な閃光をほとばしらせ、空気を震わす魔法。銃でも大砲でもないのに、爆閃が辺りを飛び交う。
その非現実的な光景に、今更ながら異世界に来てしまった事を改めて意識した。
「うお、すっげ……」
──ズガアッ──
「でやあああ!!」
「おりゃあああ!」
「どりゃあ!!」
冒険者達のウォークライ。凄まじい気迫と共に繰り出される攻撃の数々。それらが化け蟹を押し退けていく。
「おおっ、カッケエ~。そうだよなあ、やっぱ異世界ファンタジーの戦いって言ったらああだよなあ」
「何呑気な事を言ってるんですか! みんな戦ってるのに!」
「でも優勢だぞ。こりゃ楽勝だな」
やはり俺の出る幕は無さそうだ。確かに化け蟹は強そうだが、多重攻撃によって一方的に押されている。
頑丈そうな甲羅は、あまり攻撃を通してなさそうだが、少しずつ欠けていってるように見える。時間さえかければその内破壊出来そうだ。
「さて、このまま冒険者達の美しき勝利を見物させて貰おうぜ」
「うっ?!」
「ん?」
途端にハトエルが苦し気に表情を歪めた。
「どうした、腹が痛くなったか? ほら、ギルドのトイレでも行ってこい」
「違いますよ! そうじゃなくてっ……なんだか禍々しい気配がしてっ……!」
「禍々しいだあ?」
「っ?! あ、モ、モンスターの気配が!」
「なに?」
ハトエルがおたおたと慌てだす。
「み、湖と森からわんさか集まってきています! す、すごい数です! このままでは大変な事にっ! 望さんもすぐに加勢しないと!」
「はぁ……。あのなあ、いくら俺に参戦して欲しいからって下手な芝居はやめろよな」
「違いますって! ほんとにマズイ気配が!」
「……マジで?」
冒険者達はまだ化け蟹と戦っている。
「おい、マジでそんなにヤバめな感じなのか?」
「は、はいっ!」
と、流石に嫌な予感がした時だ。
──ゴポゴポゴポゴポッ……──
湖の水が盛り上がり、しぶきを上げて巨大な影がいくつも現れた。
水を弾き飛ばしながら現れたのは──
「げえっ?! あ、あの化け蟹があんなに?!」
キングガーニンだ。しかも、さらに続々と増えていく。
それどころか、他にもナマズのようなモンスターや凶暴そうな水鳥などが集まってきている。
「お、おいおいっ! あれ、ヤバくねえか!?」
さらに──
「っ!? なんだ?!」
後ろで異様な気配がし、見てみると森が揺れていた。
茂みの中からナメクジの大群が現れる。例のアッシドスラッグとかいう俺の仇だ。
「あっ、あのクソナメクジども!」
他にもでかい蛾のようなモンスターやスライムのような奴も飛び出してくる。
「ど、どうなってんだよ! ハトエル!」
「わ、分かりません! でも、異常な力場の乱れを感じますっ。きっとその影響でモンスターが……!」
そんな事を話してる間にもモンスターが増えていく。
とてもじゃないが、冒険者や兵士達だけでは手に負えそうにない。
「な、なんだなんだあ?! なんでこんなにモンスターがっ……!」
ナメクジを初めとしたモンスターが村へと侵入していく。主力はキングガーニンと戦闘中で、流入を防げる戦力は無い。
このままじゃ俺らは袋のネズミだ。
「ヤバいっ! ハトエルっ、早く逃げるぞ!」
「え? 逃げるんですか?!」
「そうだ! 早くしろ!」
「待って下さい!」
反転しかけたところで袖を掴まれた。
「待って下さい! このままじゃこの村は全滅です! 私達が逃げる訳にはいきません!」
「他の奴らにも逃げるよう言うぞ! あんな数どうにか出来ねえよ!」
「何を言ってるんですか?! こんな時こそ貴方の力が必要なんじゃないですか! 率先して戦おうとか思わないんですか?!」
「知らねえよ! 俺がそこまでする義理なんかねえだろ!」
「貴方はっ……!」
ハトエルが涙ぐむ。
「なんでそこまで頑ななんですか!? どうしてそこまで薄情になれるんですか?!」
「っ……!」
薄情。
俺が薄情か。
まあ、そうかもな。
冷静になって己を省みたら、きっとどうしようもないクズ人間だろうな。
でも、お前には分からねえよ。
誰にも助けてもらえなくて、ずっと無視され続けた人間の気持ちなんて。
他人なんかしょせん他人で、自分のために懸命になってくれた人間に会った事なく死んだ野郎の気持ちなんかな。
なれないんだよ。
他人のために自分が痛みを負う。そんな自己犠牲のヒーローみたいのには。
「……なら、お前は勝手にしろ。俺は一人で逃げる」
「っ、そんなっ!」
「俺の勝手だろ!!」
「うえぇ~んっ!! ええ~んっ!!」
「「!?」」
そこから去ろうとしたその時。
近くから子供の泣き声が聞こえた。
お疲れ様です。次話に続きます。




