14話──王女様は没落貴族
──ガサッ、ガサッ──
「申し訳ありません。急なご来訪でしたので、まだ用意が済んでなく……。いずれ、業者を手配して整備いたします」
腰くらいまである雑草の群れを踏み分けながら、廃墟の玄関へと向かう。
玄関扉には蔦が張っていた。玄関灯には蜘蛛が巣を張っている。
「少々お待ち下さい。鍵は……これね……」
アルメが小さな鍵を鍵穴に刺して回す──が。
──ガチャッ、ガチャガチャッ──
「あ、あら? 錆びちゃったのかしら……」
──チャッ……──
「あ、良かったわ……」
──ギイイイィ──
ホラー映画の古びた扉効果音と共に開く扉。
「どうぞ。足下にお気をつけ下さい」
「お邪魔しまーすっ」
「やれやれ、やっと豪邸か」
一歩足を踏み入れる。
──ギッ……──
「…………」
おかしい。
俺の目がイカれたのか?
内装も廃墟なんだが?
まあ、よくある心霊スポットみたいなヤバめの廃墟というよりは、引っ越した後、誰も住まずに放棄された虚無空間ってとこだが。
すすけた壁は壁紙も貼ってないし、窓はオンボロで小さくて室内は薄暗い。埃っぽいフローリングは力足を踏むだけで悲鳴のようにギィィっと鳴いた。
「家具なども業者を手配して運びます。まずはお部屋を案内──」
「うおおおおいっ!? 王女様よおぉ! この家のどこが豪邸なんだあ? あぁん?!」
「きゃあっ?!」
思わずアルメに突っかかり、両肩をガシッと掴んで揺する。こんなとこ客人に案内するたあ、良い度胸だ。
王女だがなんだか知らねえが、どうやらこいつにも教育が必要みてえだな。
ハトエルと同じグリグリの刑に処してやる。
「おいっ! こっちはなぁ、ドラゴンに殺されかけて、全身複雑骨折の内臓破裂で逆流性食道炎になって、見ず知らずの少女抱えながらモンスター虐殺やった後にあんたんとこの兵士に拷問されて、おまけに飯だってまだなんだぞ! こんな面白くもねえジョークで笑える精神状態だと思ってんのか!? ああっ?!」
「は、離して下さいっ、ノゾムさんっ……」
「お、落ち着いて下さい、望さん!」
ハトエルに止められるが我慢出来るか。
「おいっ、ハトエル! お前からも何とか言ってやれ! この世界のヒエラルキー最上位の俺らに対して格下風情がこのような侮辱をしてるんだぞ!」
「せっかく住まいを用意してくれたのに失礼ですよっ!」
「住まいだあ? この廃墟のどこが客人の家なんだよ」
「廃墟だなんて失礼です! 素朴で素敵なお家じゃないですか!」
「お前が天界とやらで住んでた巣がどんな汚え所か知らんが、俺が居た世界ではこういう家は廃墟って言うんだよおぉ!!」
「望さんっ!!」
ハトエルの奴が怒ってるが、知ったことか。こうなりゃこっちも交渉カードを切らしてもらう。
「おいっ! まともな支援する気が無いって言うなら俺も魔法少女になんかならねえからな!」
「な、何を言い出すんですかっ、望さん!」
「そりゃそうだろ! 俺が王城に来たのは魔法少女である俺に王家が手厚い支援をしてくれるからと聞いたからだ。それが出来ねえなら魔法少女になって帝国と戦う義理はねえよなあ?」
「魔法少女が待遇の良し悪しで使命を放棄するんですか?!」
「当たり前だろっ! ボランティアじゃねえんだぞ!」
「もうっ! 貴方って人は!」
「いいんです。天使様」
ハトエルとの口論がヒートアップしてきたところで、アルメが静かに口を開いた。
「ノゾムさんの言う通りです。こんな侮辱的な扱い、怒られて当然です」
「そ、そんな。王女様が気にする事では……」
「……」
「ですが、これは悪意があっての事でもなければ、軽んじてやってる訳でもないのです」
「じゃあ何でなんだよ」
「その。実はお恥ずかしながら……」
アルメがモジモジする。
「実は、私は……今の王家はとても貧乏でして……」
「はあ?」
みんなで床に座り、座談会。
「帝国が攻めてくる前から、この国は不況に陥っておりまして……。そこへきての侵攻です。軍備を整えるだけでも大変でして……。さらには冒険者への正式な依頼も多く……。それに、地方都市の防衛整備に同盟国への支援、それに避難者への食料支援や傭兵への契約金支払い……。王家の財政は一瞬で火の車になりました」
「マジかよ……」
じゃあ、何か?
せっかくここまで来たのに、お目当ての太客スポンサー様はただの没落王族だと?
「ハ~ト~エ~ル~!」
「ひ、ひいっ!? なんで私をそんなに睨んでるんですか~!?」
「お前の話は何一つとして当てにならねえじゃねえか~。俺を振り回しやがって~」
俺のハーレム生活が……。金ジャブ王宮ライフが……。年金暮らしが……。異世界ヒモ生活スローライフが……。
思い描いていた理想が、全て音を立てて崩れ去っていく。
「うぅ……ガックリポ~ン……オワッタ……」
「あ。これは怒りを通り越した望さんの最終形態、脱力ガッカリフォーム」
ふざけたネーミングしやがって。
だが、怒る気にもならん。
「異世界に放り出されて早数時間。右も左も分からぬまま、一縷の望みとして尋ねた王家は金も無え貧乏王家。俺の希望はことごとく砕かれていく。なあ、神よ教えてくれ。俺が何をしたんだ? こんな理不尽な目に合わされる覚えなんて、小学校の時に好きな女子のリコーダーをこっそり吹いたことくらいしか無えぞ? ああっ、可哀想な俺! 僕らは冬眠も出来ない渡り鳥よー! オッーホッホッホッ! 家が無いなら別荘に住めばばいいじゃなーい! ダンボール美味すぎる!」
「の、望さんが壊れちゃった……」
「すみません……。私のせいで……」
しばらく、俺は脳死で叫びまくった。
「それでは、そろそろ帰りますね……。既に業者は手配してありますので、必要な家具などはすぐに到着するはずです」
「わあーっ、楽しみです! 王女様、何から何までありがとうございます」
「いえ、そんな……。食料などの物資に、生活費も出来うる限りご用意いたします。あの、ノゾムさん……」
天井のシミの数を数えていた俺にアルメの遠慮がちな声がかかった。
「んだよ……」
「その……本当にごめんなさい。先ほどは魔法少女の自覚が無ければ支援しないなどと言っておきながら、これしかご用意出来ず……」
申し訳なさそうに俯くアルメ。
しゅんっと肩を落としている。
「……」
そうか。
今にして思えばこいつの部屋があんなにみすぼらしかったのは、財政難だったからなのか。
だが、他の部屋は立派だったし、メイドや兵士達も貧しい感じはなかった。
多分、城に住む者や国民の生活などは支障が無いように私財を投げうって上手くやりくりしてるのだろう。
それで自分の部屋だけあんななのだ。私的に使える自由な金は限られているのだろう。
そんな中で、二人住むための家や食料などを手配するのは大変だろうな。
「……」
「それでは、私はこれにて……」
「あー……王女様」
「はい、何でしょうか」
帰りかけていたアルメが振り向く。
「ご質問やご要望がありましたら、出来うる限りお力になります」
「……いや、そのだな。なんだ。あんたも大変だな」
「はい?」
首を傾げるアルメ。
「魔王だなんて穏やかじゃねえもんな。城の奴らも不安だろう。王ってのは、それでも堂々としてなくちゃならないもんな。貧乏でも」
「???」
「あー。つまりだ」
駄目だ。良い言葉が浮かばねえ。
「この家、よくよく見たらなかなか住み心地良さそうだな」
「え?」
「ほら、ファンタジーの勇者とか主人公ってよ、こういう家で素朴に暮らしててな。ある日いきなり選ばれましたーっ! てなるんだよ。つまり、こういうのは正にファンタジーの醍醐味。俺の憧れのシチュエーションだ」
「……」
「おっ、暖炉があるぞっ。ハトエル、ここで鍋吊るしてシチュー作るのが俺の夢だったんだ」
「良いですねーっ」
「あっちのキッチンには年季の入った調理器具と燻製肉を飾りたいな。お、あそこにはソファとテーブルを置いてポーカーなんてのもいいな。これからどんな家にしていけるか楽しみだな」
「はいっ! 可愛いお家にしましょう!」
「なんならバーとか賭博場みたいにしてえな」
「そんなの物騒ですよ~」
はしゃぐハトエルと、俺の顔を交互に見ていたアルメであったが、小さな笑みを表情の上に少しだけ覗かせた。
「お二人の理想に近づけるよう、精一杯の支援をいたしますね」
玄関先まで見送りに出ると、アルメは深く頭を下げて踵を返した。
だが、何を思ったのか、立ち止まってこちらに振り向いた。
「ノゾムさん」
「ん? なんだ?」
「……先ほどは魔法少女に相応しくないとか、救いようのない人間などと暴言を吐いてしまい、申し訳ありませんでした。深くお詫びいたします」
「ん。それよりよ、腹減ったから食い物早めに頼むぜ?」
「はい。それでは、また……」
今度こそアルメは去っていった。
お疲れ様です。次話に続きます。




