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09.冬生まれ


 父と合流しても、父は何も言わなかった。

 知っていて何も言わないのか、それとも知らされていないのか。


 もし、知らされていないとするなら、バルコニーでの事故を警備隊の妖霊は報告しなかったという事になる。


 王子からの指示か?妖霊は、職務を怠慢するような者には見えなかった。

 報告が遅れている可能性もあるが、どうだろう。


 王子は最後まで、私が手すりから身を乗り出したことが原因だと思っているようだった。


 私の不注意であるからと、叱られないために善意で口止めしているのか?

 記憶では善良な人だったから、有り得えない話ではない。


 帰りの馬車で、同席がいないことを良いことに、私は隠し持っていたゆきまんじゅう(欠片)をもちもちと握りながら考えていた。


 あれはただの風ではない。自信を持って言える。


 私の持つ知識を否定することは、私に知識を与えたゆきまんじゅうを否定することになる。

 あれは絶対に魔法だった。


 それに――記憶の私が使ったことのある手でもある。

 当時、その対象は私と同様、運良く怪我をしなかった。今となっては、その運の良さに感謝したい。


 誰かが私に危害を加えようとしたのは確か。

 しかし解せないのは、あの時の私は、ほとんど助かる状況であったこと。

 

 何者かが私の様子を観察し足をすくったのなら、その下に妖霊がいたのも見ていたはず。


 ――赤髪の、暖かい炎をまとった妖霊。視線すら合わさず完全に無視されてはいたが、抱き止める手も、炎も、とても優しくて、怖いとは思えなかった。


 その妖霊が王宮警備隊の隊長であるなら、広く知られているに違いない。


 私を殺す気はなかった、ということだろうか。

 悪戯にしては悪質すぎるが。


 ゆきまんじゅう、と欠片をにぎにぎしながら思う。


 また夜にと言ってくれたが、私がこうなったように、彼にも何が起こるかわからない。

 不測の事態により、と、部屋に来ることもままならない、なんてことも、きっとある。


 ――それはそれで心配で眠れなくなりそうだ。


 ただ、会えるといいな、と。

 寝る前にせめて、一目でもいいから。そう思う。今夜は怖い夢を見そうだから。




 王子のいた部屋を合わせて、本日二度目の、部屋にゆきまんじゅうがいればいいのに、という期待は無事叶えられた。


 自室の扉をしめた瞬間、ぺたん、と音がした。

 これは床の材質で変わる、ゆきまんじゅうの跳ねた音! 



「ゆきまんじゅう!」



 思わず両手を広げ、まだ姿の見えない彼に、抱かせてほしいとアピールしてしまった。


 冷えた風が両手を撫で、いつものもちもちが、両手の手のひらいっぱいに触れる。ゆきまんじゅうだとそのまま抱き締めた。

 ゆきまんじゅう(欠片)とは違う大きさと、ほどよいひんやり感。触れていると安心する。



《ごめんな、怖かったろうに》



 やっぱり、と思った。ゆきまんじゅうはあの場にいてくれていた。

 もしあの妖霊が救ってくれていなかったとしても、ゆきまんじゅうが私を怪我無く救ってくれていただろう。



「助けてくれた妖霊がいたの。でも――その妖霊がいなかったとしても、あなたが必ず、私を救ってくれたと思うから。……怖かったけど、私は大丈夫よ」


《そうか……ありがとう。信じてくれていたんだな、俺を》


「もちろん。きっと大きな大きなゆきまんじゅうになって、クッションのように私を受け止めてくれるんだと思ってたわ」


《……いやあの、うん、そうだな。その方法でもいけるけど、俺だってあの“炎”……の、妖霊みたいに助けられた》



 少しだけ不満げに、ゆきまんじゅうは震えていた。

 私を助けてくれた妖霊は、とても強そうな妖霊だった。もしかしたら対抗心でも、と勘ぐってしまう。



「ゆきまんじゅうは魔法を使えるから、私を浮かせるのも容易い事だったでしょう。ふふ、どちらにしても、私は無事だったってことね」


《そうだな。お嬢様が無事ならそれでいい》



 どんな妖霊と並べても、私はゆきまんじゅうが一番だ。助けてくれた妖霊には感謝しているが、一番の座は絶対に動かない。


 ゆきまんじゅうを抱えたままベッドに座り、王宮での、あのバルコニーでのことを話した。


 私は、手すりを乗り越えようとしたわけでも、足を滑らせたわけでもないと。



《君の不注意であるものか。あれは、何者かによる故意的な魔法》



 信じてくれるの、なんて言葉すらでなかった。

 当たり前のように、私の不注意という要素を引いて考えてくれる。

 それがこそばゆくも嬉しく、自身に繋がった。



《強い風ではなかった。足元から押し上げるような静かな風だったわ。――少なくとも、隣にいた王子は気付かないぐらいの》


《君の考えの通り、状況から、殺すつもりでやったことでもなさそうだ。だからといって、許せることでもない》


「そうね、私は無事だったけれど、遊びであったとしても……すごく、怖かったから」



 また、ゆきまんじゅうをぎゅっとしてしまった。



《…………、》



 ゆきまんじゅうは私を気遣ってくれたのか、からりとした明るい声音で、にこやかに不思議な事を口にする。



《お嬢様は、氷の城についてどう思う?》


「え……?……うーん、綺麗だけれど、沢山の人や妖霊が働くと考えると、大変かもしれないわね……」


《そうか。……君は自分の恐怖や苛立ちを、腹いせに誰かに与えようとは思わないのか?》


「………、私は、」



 記憶の私は、自分の負の感情を誰かに押し付けるような人間だった。記憶であっても、私は私。



「……私だって、本来なら、人にあたってしまうような人間よ……。綺麗な心の持ち主なんかじゃない、あなたがいるから、人に押し付けるような弱さが表に出てこないだけ」


《正直だなぁ、君は》


「本当のことだもの」



 ゆきまんじゅうはふるふると笑っていた。

 嬉しそうではあったが、でも、と声音を低くする。



《王宮に君を丸腰で行かせたくない。出来る限り近くにいるにしても限度がある》


「そうね、……パーティーだって、すごく無茶をさせたと思ったわ……どこにいたのか全く探せなかったけれど」


《いや、あれぐらい人や妖霊がいる現場なら、まだ楽な方で、》


「でも、パーティー会場には思い当たる物陰なんて、」


《いや、あの……お嬢様?そろそろ知っていてほしいことがあるというか、俺だって――待った、誰か来る》


「わかったわ。隠れていて」



 ゆきまんじゅうを離し、私はベッドに腰かけたまま、扉を叩く音を待つ。


 ノックは二回、現れたのは使用人だ。曰く、父が呼んでいると。


 バルコニーの件だろうか。それとも別の。

 帰りが遅かったために、普段の私なら寝ているような時間。


 ――緊急性のある用件だろうか。わからない。


 少なくとも、何も起きてない今事前に言うようなことならば、そう構えなくていいのかもしれない。


 なんせ記憶の父は、取引を完全に終えてから、拘束された私に、他国の貴族に私を売り渡したと言うぐらいだ。


 父にとって、私の意思など無いに等しい。


 その父に会うためには、また身支度が必要だった。私は使用人に続いて別室に向かう。

 話は聞いているだろうから、ゆきまんじゅうも状況をわかってくれるだろう。




 ――それから、寝間着で自室に戻る頃には。

 私の身体はベッドに倒れこみたいぐらいに疲れていた。いや、私はすでにベッドに倒れている。


 身体はこうだが、心は踊っている。

 早く早くと伝えたいことがある。その相手は、枕元にぽんと跳ね現れた。



《おつかれ。もう寝な、今日は色々あったから、》


「待って、まだ寝るわけにはいかないの。私、あなたに聞いてほしいことがある」



 それはもちろん、父から聞かされた話だ。

 結果的にいうと、バルコニーの件ではなかった。


 執務室の父は、酒が入っていたからか、顔が緩みきっていた。普段は厳格な父の姿に驚きつつも、呼び出した理由が語られるのを待っていた。


 曰く、パーティーでの私は、父の想定以上の貢献度を叩き出したようだ。その影響は、第三王子が話した内容そのままで。


 嬉しい誤算だと父は笑っていた。

 早く部屋に戻りたかったが、私は相槌と微笑むことを続けていた。


 続いての話を聞き流せなかったのは、私の王宮に出入り禁止についての話だったからだ。


 父は憎々しげに言うが、その矛先は王妃に向かっている。やはり私が母に似すぎていたことが原因らしい。


 私は内心、王妃に両手をあげ感謝の言葉を叫びたい気持ちになっていた。


 助かったとはいえ、魔法を使い私を落とした何者かがいる王宮に行くのは――怖くないわけがない。


 出入り禁止、なんて素晴らしい響きだろう。


 この話だけで、父に呼び出されたかいがある。

 酒の肴に相槌を求めて呼んだのなら、いくらでも話を聞こう。頷こう。そう思っていた。


 父が次に爆弾のように投げ込んだ話は、王妃と王妃万歳!と称賛する私の妄想を、見事に消し飛ばした。




「ゆきまんじゅう。私の誕生日は一週間後よ、春生まれが、冬生まれになるみたい」


《――は?》



 その意は、本来春であった守護召喚を、前倒しにするということ。


 この国に古くからある慣習、守護召喚。十歳の誕生日から十の夜を越える前に行うそれは、国の王族貴族のみが行う、神聖で権威ある儀式とされていた。


 私は春に生まれたはずだが、父が一週間後と言うなら、私は冬生まれになる。



「私、ついにあなたと契約できる。堂々とあなたの側にいられる。それが嬉しくて、すぐにあなたに伝えたくて、」


《待ってくれ、そこまでするのか?儀式を早めるとか、そうじゃなく、こんなに理不尽に君の生まれた日を》


「いいの、ゆきまんじゅう。私、あなたが誕生日を祝ってくれたから、また春を好きになったけれど――冬だって、好きよ。あなたのように白い雪が降るのは、冬だけだから」


《……こんな、こんな扱い、俺は、やっぱり納得出来ない》



 ゆきまんじゅうは、触れると細かく揺れていて。

 私のために、怒ってくれているのか、と、静かに思った。


 私は誕生日をどうでもいいと思っていた。

 むしろ喜んだぐらいだ。誕生日と共に、儀式が前倒しになる。春が待ち遠しくて仕方がなかったのに、もう目の前の冬で良いと言われたのだから。


 けれどあなたは、私の生まれた日を大事に思ってくれるのね。



「だから私、誕生日は実質二つあるということになるの!一週間後は、仮の十歳として振る舞うわよ!仮が外れるのは春ね!」



 そう言えば、ゆきまんじゅうは気が抜けたように《そうか、》と呟き、


《わかった。君がそう言うのなら、俺はそれで構わない。春生まれの君も、冬生まれの君だって、君であることにはかわりない》


「ふふ、ふふふふっ、楽しみでたまらないわ。今夜は眠れるかしら!もうすぐ、あなたの名前を、私の耳が聞き取れるようになる」



 あなたが許可した、ゆきまんじゅうという名も好きだけど。あなたの本当の名を、私は呼んでみたい。



《今聞くか?俺の名は、ア》



 さらりと言おうとするゆきまんじゅう。私は慌てて耳を塞いだ。



「待って!だめよ!楽しみにとっておいてるの!契約する時に初めて聞きたいの!」


《仕方ないな。ほら、寝不足で風邪でも引いたら大変だ。前に話したろ、君の守護召喚魔法については》


「!!そうね、そうよね!私は眠るわ!ぐっすり眠るわよ!」



 体調が万全なら、私は自力で守護召喚魔法を発動できる。もし風邪をひいたのなら、いいえ、風邪なんか引かないわ。


 力強く目を閉じるが、さて、こんなに元気に眠ろう!と思っている私は、しっかり眠れるだろうか。


 少し心配になった所で――身体は疲れきっていた私は、眠りについたのだった。





 



おまけの、××年後の二人


ゆきまんじゅう「あの時、王宮を氷の城にしてやろうか、だなんて考えていたんだ。国を出る見納めは、綺麗なものを、と思ってね」


お嬢様「……あなたは、その……時々、その見た目からは考えられないほど、暴力的な考え方をするわよね」


ゆきまんじゅう「ちょっと短気な俺は嫌い?」


お嬢様「いいえ。やりすぎだと思ったら私が止めるから、あなたはあなたのままで良いの」


ゆきまんじゅう「それは良い。そうやって、俺の手綱をしっかり握っててくれよな、お嬢様」


 

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