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04.別邸の謎


《この屋敷は変だ。身分ある家柄で、魔法使いでもあるというのに、妖霊がいない》



 ゆきまんじゅうが語るのは、私と出会ってから二年、この屋敷を観察し続けたことに対する疑問と指摘だ。


 私にも二十まで生きた記憶はあるが、外の世界を知るわけではない。

 彼が見てきた一般的な外の通例と、屋敷の様子は異なるようだった。


 確かに、と頷いたのは、人の雇用より妖霊を選ぶ、ということ。


 保有魔力が少ないために、契約出来る妖霊の数が限られている――というわけではない。私以外のシャルエンは、伊達にこの国でも指折りの家系ではないのだ。


 身分ある屋敷には、屋敷専属で働く妖霊が存在するのが一般的。

 どの国でも格式のある家には魔法使いがいて、妖霊の数はその家の強さを現す。なんて話もあるそうだ。


 にもかかわらず、例え“別邸”であるにしても、一個体も存在しないのはあり得ない。とのことで。


 私も記憶を探った。

 ここは別邸だ。本邸には数えるほどしか出向いていないが、少なくとも、妖霊はいた、気がする。


 本邸を見に行った事があるらしいゆきまんじゅうが《妖霊はごろごろいた》と言うからには、沢山の妖霊が屋敷で働いていたのだろう。



《屋敷を囲う柵も変だ。弱いものは簡単に侵入出来るが、中級から上は柵が阻む。もちろん空からも駄目だ。入るとしたら、柵を壊すしかない》


「何かしらの理由があって、妖霊が立ち入らないよう制限している、ということ?」


《そう。ただ、その理由がわからない。見た感じ、屋敷の作りに魔法の痕跡は、あー、お嬢様、この屋敷で妖霊を見たことはある?身内の連れとか、》


「記憶にある限りは、あなたが初めて。でも、妖霊は姿を消せるでしょう?」


《消せるのはそうだが……屋敷の造りに特別な仕様は、ぱっと見た感じ、無い。妖霊がいた痕跡はほとんど無く、出入りは制限どころか遮断されている。俺は侵入できたが、そもそも弱いものはシャルエンに近付かないからな……》


「ゆきまんじゅう、私、父に、柵越しでも、何者かからの接触はあったかと聞かれたの。父は私が、父の預かり知らない誰かと話すことを嫌うみたいで」



 昔、家庭教師が言っていた。

 授業で何を話し私がどう答えたか、その全てを報告していると。

 父は私を嫌っているはずだが、私が誰と何を話したかは気になるらしい。何故だろう。



《手元に置くわけではなく、ここまで制限をかけておいて、屋敷内では放任同然の扱い。冷遇しているくせに、…………お嬢様、》


「なにかしら」


《君は、母親とこの屋敷で暮らしていた、よな?》


「ええ、私が産まれてから、ずっとこの屋敷で母と暮らしていた」


《シャルエン家に嫁いでくる以上、君の母も相当な魔力を持つ者だったはず。母親と契約していた妖霊はいなかったのか?》


「……わからない。母から妖霊のことを聞いたことはなかったと思う」


《そうか……》



 ぽん、とゆきまんじゅうはベッドから飛び降りた。そのまま窓へと跳ね進む。



《外、見てもらっていいか。あれが君の父で間違いないか?》



 早足で窓に寄る。窓枠にへばりついた彼の隣で、遠く見える複数の人影を凝視した。

 その内の一人は――間違いない、父だ。ゆきまんじゅうを見て頷く。



《君の父親は妖霊を連れ歩いていない。本来なら従えている数個体を控えさせているはずだ、わざわざ屋敷の敷地の外に置いてきている》


「……姿を消しているわけではなかったのね」


《となると、お嬢様と妖霊を接触させたくないのか……?妖霊全般というより、中級以上、……何か心当たりとか、ある?》


「ないわ。そもそも、私は才無し。妖霊が惹かれるような要素なんてないわ」


《妖霊ってのは見る目がないやつが多いからな》



 さらりとそんな事をいうものだから、先走った感情を止められない。追い付く理性が表情を誤魔化す。



「うぐっ」


《その、苦虫を噛み潰したような顔が、実は突発的な喜びを誤魔化した結果であるとか、面白すぎるんだよな》



 ふ、とゆきまんじゅうが笑っているのがわかった。

 


「……お世辞はいいの、私は、私はあなたが無事でいてくれたら、それでいいの」


《君の人生より長く、俺はこの白い素敵フォルムでいるんだ。そうそうどうにかなることはないさ。――っと、流石に窓枠にいては目視でバレるか》



 ぼとりと、彼は床に下りる。

 私はというと、徐々に現実が追い付いてきた、という心境で、無事だとわかった安心感もあり、……正直、夢見心地というか、うかれていた。


 ゆきまんじゅうが自室にいるのだ。

 その事実が、頭と心から全身に喜びとしてじわじわと染み広がっていくような。



《なんだかそわそわしてるな、どうした?お嬢様》


「あ、あの、ゆきまんじゅう……私、その、自室に誰かを招いたのは初めてで、その、焼き菓子があるの、お茶も、用意出来ると思うわ。あの、良ければ一緒に、」


《……すごく有難い申し出だけど、二人分の要求は屋敷の人間に怪しまれると思うな》


「部屋にあるの、そろってるの!母が生きていた頃は、呼ばれない限り部屋から出るなと父に言われていたから、飲み物とお菓子はいつでも手に取れるように」


《二日も部屋から出るなだなんて、とんだとばっちりを受けたな、と思っていた所に飛んでくる爆弾発言》


「あ、……でも、妖霊って、魔力以外に、飲食、できるの……?」


《できるできる。味もわかる。せっかくだ、今日は妖霊という存在について、復習含めた質疑応答のお茶会、ってのはどうかな》


「!!やりたい、したい!今すぐ準備するわ、待ってて、ゆきまんじゅう!」


《君が許してくれるなら、君についていきながら部屋を見たい》


「いいわよ!ついてきてゆきまんじゅう!私の母の絵もあるわ!母が好きだった花もあるわ!」


《見る見る。君が見せたいものを、俺は見たい》



 楽しげにそう言ってくれるから、つい、口元が緩んでしまう。


 うかれてるわ、私。でも、うかれる自分を止められないの。






 ×××××






 

《意思ある魔力の塊。さらに正確に言うと、意思ある自立型の魔法が俺たち妖霊だ。術者は世界の理そのもの。妖霊は魔力を糧に成長し、生存する》



 ゆきまんじゅうの白く滑らかな体に、焼き菓子がずぶずぶと沈んでいく。

 淀みなく話しながら、焼き菓子は一欠片も残らず綺麗に飲み込まれた。


 菓子を食べるゆきまんじゅうをずっと眺めていたいが、このお茶会は妖霊の存在について見識を掘り下るもの。興味深さでいえば同等。


 もし私が分裂出来たのなら、ゆきまんじゅうの飲食をただただ眺め続ける私と、妖霊についての話を聞く私で分かれていたことだろう。

 分裂は出来ないので、意識は後者に傾けるようにしていた。



《さて、妖霊を大まかに分ける三つの階級、覚えてるか?》


「上級、中級、下級。ここ三つの階級は大まかな目安といわれており、同じ階級だからといっても強さは全く違う。上級が最も少なく、下級が最も多い」


《その通り。下級が最も多いのは、話すことのできない幼体も含まれるからだ。その下級が成長して中級になるわけだから、中級といっても、下級と同じく一括りにするには能力に差が出る》



 どうやってお茶を飲むのだろう、と思っていたが、カップにそのまま体を浸していた。

 お茶の色がゆきまんじゅうの白に移って、すぐに白色に飲み込まれた。



《妖霊の階級の基準として、》


「待って、答えさせて。確か、下級妖霊が中級妖霊と区分されるようになる条件に、人の形に体を変化させること、があったはず」


《大当たり。人の形になることが出来れば、そいつはもう中級だ。人の形は妖霊にとっての外殻だ。人が中身を骨や皮膚で守るのと同じ。結局は、人によく似た魔力の殻だ。細かい作りが違うから、発声は妖霊の言語になる》


「――けれど、上級妖霊は人の言葉を使う」



 私がそう続けると、ゆきまんじゅうは驚いたようだった。

 感心したように頷いてくれるが、違う。

 これは書物から得た知識ではない。

 彼から聞いたことを覚えていたわけでもない。母やシャルエン家に連なる者からのものでもなく。


 記憶の私には守護妖霊がいた。

 十歳、守護召喚の儀式で契約した、人型の妖霊。


 記憶の私は、美しい男の形をした妖霊を気に入っていた。

 しかし、その妖霊の目はいつだって冷えていた。笑わず、無口で無表情だった。


 そういう作りの体なのだと思っていた、私は妖霊にも感情があると認識していなかったのだ。


 ――別れの際、人の言葉で話し、あの少女に笑いかけたのを見て、初めて、私は、間違っていたんだと、



《お嬢様?》



 はっとし、顔をあげる。

 思い詰めたような顔でうつ向いていたらしい私を、ゆきまんじゅうは気遣ってくれた。



《なんか嫌なことでも思い出したのか?》


「いいえ、……思い出してしまったのは自分の過ち。ごめんなさい、妖霊の話、続けてもらってもいい?」 


《わかった。休憩も質問も、遠慮なくすぐに言うんだぞ。――それで、上級妖霊の話だったな。上級には気を付けた方がいい》


「気を付ける?どうして?」


《中級下級にも変わり者はいるが、上級まで生き残るようなやつは、皆が皆変わり者だと思っていい。……上級妖霊はさ、妖霊の道理から外れるんだ》



 少しだけ嫌そうに、ゆきまんじゅうは言った。

 変わり者とは、道理とは、――思い当たるものがなく、私は首をかしげる。



《基本的に、妖霊は魔力を求める。魔力は己の糧となり、己の成長と生存に直結する。全ての妖霊には明確な行動原理が根本にあるんだ。妖霊との契約について話す時にまた触れるが、人と契約するのも、定期的な魔力の供給が直接成長に繋がるからだ》


「成長と生存が、妖霊の道理……」


《その、絶対的な道理をぶん投げるように、長く生きたからこそ膨れ上がった自意識を振りかざしてくるのが上級妖霊。要はあれだ、自分ルールと感情論で動く人間みたいになる》


「ならばそれは、……上級になると、自身の生存のためという道理を捨て、自身の生存に重きをおかない、誰かのために尽くしてしまうような、そんなことになってしまうのでは、」


《………………、》



 ゆきまんじゅうの体が一瞬、小さく波打つのを見た。

 困ったような声音が、何故だが自虐的に聞こえた。



《そうだな、………その通りだ。君はよく理解している。上級は人の手におえない強さをもつ。歴史上、上級一個体が国を滅ぼしたことあるぐらいだ。上級には上級をぶつけないと、蹂躙されるだけだからな》



 ある、他国の歴史だ。記憶の私が知っていた。

 上級妖霊は国を滅ぼすこともあるが、人と共に国を興すのもまた、上級妖霊だ。

 この国だって、きっと、国に尽くした者達が沢山いた。



《にもかかわらず、大事なものと引き換えなら、あっさりと身柄や――命だって差し出すようになる。上級になるのも考えものだ、そんな大馬鹿野郎に思考が変化するんだから》


「……ゆきまんじゅうには、上級妖霊のお友だちがいたりするの」


《……腐れ縁、知り合い程度なら、……まぁ、いるな》


「もし、もしね、その上級妖霊さんたちが、望まない契約を強いられるとしたら、どんな理由が考えられる?」



 記憶の、未来の私が契約したのは上級妖霊だった。

 望んだ契約なわけがない。選ばれたつもりはない。


 だってあの時の私は、魔法一つ使えない、召喚を自ら執り行うことも出来なかった。

 だから――あの契約は父や父が集めた魔法使いの手によるもの。


 ゆきまんじゅうは真面目に考えてくれたらしい。少し黙った後、



《考えられるのは、身代わり。または、自分以外の誰かの、命の保証》



 ――身代わり。

 ゆきまんじゅうが言っていた、シャルエン家に近付いた理由。消息をたった妖霊。この情報は、私の記憶に繋がるのではないか。


 私の分岐点。十歳で行う、守護妖霊、召喚の儀式。

 契約を結んだ相手は――上級妖霊だった。


 思い出せ、リトナ・シャルエン。

 当時の私が上級だと知らなくても、父や周りの者にはわかったはず。

 ――驚き?不本意?当時理解できなかった父達の言動の理由を考えるのよ。


 契約妖霊は事前に用意している、そう言っていた。

 少ないはずの上級をわざわざ私にあてがうだろうか?いや、あり得ない。父や兄の方が契約したがるはず。


 ――上級妖霊が能力を隠した上で身代わりとなった可能性は?


 でも、そうだとして、私はそれをどう説明するの?

 記憶のことを話さなくても、守護召喚については話すことになる。私が魔法構築学を学んでいた理由がバレてしまう。


 こんな魔力無しの私が、魔力量の必要とする召喚魔法を無謀にも書き換え、私の微量な魔力で発動するよう構築し直そうとしているなんて、きっと笑われて、


 ――いいえ、いいえ。

 ゆきまんじゅうは違う。彼は私を笑わない。

 私がこうであると知っているのに、今までだって一度も、馬鹿にしたことはなかった。



「ゆきまんじゅう、妖霊には得意とする属性がある、そうよね」


《そうだな、人の魔法使いにも得意とする魔法の相性があるように、妖霊も同じく》


「ゆきまんじゅうは氷」


《ご名答》


「あなたが言った、消息をたった妖霊も、氷属性を得意とする妖霊では?」


《――ああ、そうだ。氷。人の形だと、白髪の男だ》



 あの、冷たい目をした妖霊も、白髪だった。

 私の記憶が、誰かを救う手かがりになるかもしれないと気付いたのは今この瞬間。


 リトナ・シャルエン、悪い女。自分のことばかり考えて、こんなことにも気付かないなんて。

 私のもつ記憶は、誰かの未来を変えることが出来るのだ。



「この国の、身分ある家系は、十歳で守護召喚を行う慣習があるの。シャルエン家である私も、才無しである私も、必ず行うことになる」


《――となると、そうか、君は》


「待って、先に説明させて」



 察しがついたらしい彼を制止する。

 やっぱり、気付いてしまうと思った。



「私は、父の手の者たちによって、父達が選んだ妖霊と守護契約を結ぶことになるわ。そこに妖霊の意思はない、妖霊は無理やり私と契約を結ばされるの。――氷の妖霊よ、きっと、もう捕まっていると思う」



 まがりなりにもシャルエンの名を持つ者に、父が下級妖霊をあてがうだろうか。外面を気にする父だ、間違いなく、用意するのは中級だろう。

 そもそも、守護召喚を下級妖霊と結ぶ身分の高い者たちは、たったの一人だっていないのだ。


 私は前例になるつもりでいる。

 私は少ない魔力を学んだ魔法構築学で補い、己一人で守護召喚の魔法を発動させるつもりでいるのだ。


 妖霊に選ばれる立場である守護召喚、私の声は、中級どころか下級に届くかも怪しい。

 でも、幼体であっても、私を選んでくれた妖霊と共にいたいのだ。



「出来ることであるならば、その妖霊を助けてあげてほしい。私と契約させるために、今も苦しんでいるかもしれないから……」


《わかった、……わかった、ありがとう。この件については、俺も調べてみる》



 ゆきまんじゅうに動揺した様子はなく、ただ、窺うように私を見ている気がした。

 そしてすぐに、納得したように。



《ようやく、君のしたいことに合点がいった。魔法構築学を選んだ理由、構築しようとしているその魔法が何であるか、その目的も》



 ゆきまんじゅうは笑わなかった。

 そうだ、彼は出会った時から何時だって、こうして、



《君だけの守護召喚の魔法式、必ず完成させよう。大丈夫、君ならやり遂げられる》




 

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