21.“私のせい”
――目覚めた彼女は、シオンの右腕のことを知り、「私のせいだ」と言った。
「知っていたのに、何もしなかった」と自分を責めた。
リトナの悲痛な叫びと、慟哭のような懺悔を、俺は絶対に忘れることは出来ないだろう。
その知らせが来たのは、シオンと別れた後に降りだした小雨が、大粒で激しいものに変わってしばらく。
寮、リトナの部屋の窓が叩かれ、ずぶ濡れの妖霊が外へと言った。
王子の契約妖霊だ。緊急を予感させるその様子に、リトナと共に寮の外へと走り出る。
雨の中、傘もささず走ってきたことがうかがえる姿の王子は、「落ち着いて聞いてほしい」と前置きした後、静かに言った。
シオンが乗った馬車が賊に襲われたと。
シオンが重傷を負い、意識不明の状態で発見されたと。
出血も多く、まだ、助かるかどうかの、危うい状況だと。
知らせを聞いたリトナがショックを受けないわけがない。
彼女にとって初めて出来た弟だ。自分を慕う弟に戸惑いながらも、その関係を愛しく思っていた、その相手だ。
リトナの顔色が血の気が引いたように青白く変わる。
呼吸もうまく出来ないのか、立つことすらままならない彼女は、傾ぎ、倒れそうになる身体を、人の殻に姿を変え支えた。
「……初めて見たよ、君の人の姿」
《リトナは俺が抱える。それで、シオンは今どこにいるんだ、教えてくれ》
見せる気のなかった人の殻だが、リトナを支えるのは俺の役目だ。
リトナを支えようと踏み出していた王子の足は、一歩、戻っていく。
俺は彼女の震える身体を抱き抱え、《呼吸することだけを意識するんだ、大丈夫だから》と声をかけた。
王子と、その契約妖霊曰く。
ここ連日、王都への主要な道の一つで、賊による被害情報が上がっていた。
早々に片付けるべきと判断され、王宮警備隊の一部が、賊の殲滅に派遣されたそうだ。
賊は発見できなかったが、耳の良い妖霊が爆発音を拾い、その場に急行。
そこで、賊と、シャルエン家の馬車を発見。続いて、意識不明のシオンとその契約妖霊を発見した、とのことだ。
シオンに契約する妖霊はいなかった。
となると、その場で妖霊を召喚するかして契約したのだろう。
――そこまで、切羽詰まった状況だったというわけだ。
戦い方を教えておくべきだったと後悔する。戦時ではないからと控えたのが裏目に出た。
守りの魔法を付与すべきだったのか、こんなことになるのなら、本来の階級なんざバレても良かったのに。
――シオンが運び込まれたのは、現場の最寄り、王都の端の小さな診療所だった。
リトナは応答のない、シオンからもらった通信魔道具の指輪を握りしめ、嗚咽をおさえながら泣いていた。
診療所の周辺には、見たことがある、王宮警備隊の制服を着た人や妖霊。
――予感はあたるものだ、診療所の中には、あの赤髪の妖霊がいた。
憔悴を隠しきれていない顔が、俺を見て、リトナを見て、わかりやすく視線をそらす。
馬鹿が、嘘が下手にも程がある。
――とにかく今は、まだ、問い詰める時ではない。
案内された病室には、ベッドが一つ。
寝かされているのは、顔色の悪い、傷だらけの――まだ、別れてから一日もたっていない、笑顔で姉さん姉さんと尻尾を振っていたシオンだった。
その変わり果てた姿に、またリトナの呼吸が危うくなり、
《大丈夫です。生きてます。私が絶対に死なせないと契約しました》
聞き覚えがある声がした。リトナも反応してしまう。
シオンの契約妖霊とは、まさか。と探し、――声の主を把握した。感じる魔力がまさにそうだ。
ならば、必要なのは人払い。
リトナを下ろし、ベッドにすがりつく彼女を隠すように立つ。
ここにはヴァニタス・アヴィールとその契約妖霊がいる。病室の外にはあの“炎”の妖霊までいる。
《すまないが、俺たちだけでいさせてくれ。頼む》
殺気は飛ばさない。恩がある。
ただ一瞬、威嚇はさせてもらった。この国に対しては、不信感がある。
ヴァニタス・アヴィールは顔色を変えず、殺気だつのは連れの妖霊が二個体。
その妖霊達を、手をあげ制した王子は「わかった」と頷いた。
「君に任せよう、その姿を見せてくれるほど、僕を信用、してくれたことだしね」
ふわりと微笑み、妖霊を連れ出ていく王子を見送る。
そして、シオンの傷だらけの顔を見た。
シオン、君の言う通りだ。あの王子、なにかある。
恩がある以上、まだ、詮索は出来ない。
病室全体に魔力を通し、傍受対策は完了した。
こんな時でも我を忘れられないリトナの肩を叩き《大丈夫だ》と言う。
聞こえてもいい、話してもいい、取り乱してもいい。
この空間にはもう、俺たちだけしかいないんだ。
「……シオンが、シオン、っ、」
《リトナ・シャルエン、貴女の弟は生きています。今や私の契約者です》
病室に現れた人影は一つ。シオンの契約妖霊。
人の殻は少年の姿。普段は表情のないその顔が、なだめるような、優しげなものになっている。
その名は――相手が名乗らずとも、俺たちは知っていた。
「……っ、うっ、リューレ……!」
《はい、なんですか。私の友だち》
「りゅ、リューレ、私の、ともだち……!あ、あなたがっ、シオンを、助けてくれたの……?」
《はい。私はシオン・シャルエンの守護妖霊となりました。ゆえに、契約者の生命に関しては、はっきりと認識できます。私の契約者は死にません》
「ほんとう、に? お母さま、みたいに、シオンは、死んじゃったり、しない……?」
《はい。死にません。必ず目覚めます》
「…………、よかっ、た、」
呟くように言い、リトナは気を失った。ベッドに支えられ、倒れることはないだろう。
リューレは数秒、確認するようにリトナを眺め、目を閉じ、切り替わるようにいつもの顔になった。
《魔力をください、アルドラ様。契約者の命を繋ぐため、私の魔力はほぼ枯渇しています。それなりに瀕死です》
《だと思ったよ。相変わらず、涼しい顔で死にかけている》
開いた口に固形化した魔力の塊を放る。
見た目氷塊のそれを、噛み砕くのではなく、リューレは頬を膨らませなめていた。――噛み砕く余力すらなかったとわかる。
さてはこいつ、リトナを安心させるために、わざと消耗の多い人の殻を使ったな。
《アルドラ様、味の指定をしてもいいですか》
《いいよ、今なら大概のことはきいてやる》
《しょっぱくて甘いのがいいです。その後しゅわしゅわするのなら最高ですね。お願いします》
《わかったわかった。お望みの通りに。――ゆっくり食べてもらって構わない、状況の説明を頼めるか》
《もちろんです。契約後の状況であるなら、一通り確認しました》
リューレの話によると、契約直後の索敵に、多数の妖霊と人が引っ掛かったそうだ。何かを雑に探しているように感じた、とのこと。
その時点での死体は、馬車の残骸とその馬車をひいていたであろう馬のもの、のみ。
馬車の家紋はシャルエン家のもの。
御者の死体はなく、同乗者らしい死体もない。死した妖霊が残す残滓も確認できなかった。
怪我人はシオンだけ。そのシオンの生命維持に、魔力は削れていく。
シオンを連れ、逃走出来るか否かと聞かれれば、可能と答えられる包囲網だった。それが否になったのは、王宮警備隊の参戦による。
シャルエン家の家紋を見た妖霊が、暴走したように荒れ、賊を焼き尽くしてしまった。
その妖霊は上級で、馬車に乗っていたシャルエン家の者をすぐに探し出すよう指示をだしていた。
リューレは事情を話し助けを求めることを選択した。それにより、今シオンは病室にいる。
《アルドラ様、外にいた上級。何者かご存じですか》
《目星はついているが、まだ確定ではない》
《気になるので問い詰めて下さい。あの妖霊、リトナの名を口にしました。上級特有の訳アリです。死相がすごいです》
《ほぼ確定な情報、ありがとよ。詰めた後に、お前とも情報共有する》
《ありがとうございます。……ところで、》
空いた口に、ご所望の魔力の塊をいれる。
リューレはころころと頬を行き来させ、《ところで、》とまた言い直し、
《命は繋ぎました。しかし右腕は、召喚の時点ですでに“終わっていました”》
《――――、そうか、右腕か》
《はい。右腕です。アルドラ様、私はリトナの未来の話を聞いている。私の契約者が、彼女の言う弟であるのなら――彼女は酷く狼狽し、きっとその心は、傷付く》
《そうだな、その通りだよ。……彼女がそうせずとも、そうなってしまう要因は他に存在していた、ということか》
《これだけの魔力保有量で本妻の子ではないだなんて、経験のない子どものうちに殺しておいた方がいい、と考えるような者たちは山ほど見てきました。間違いなく身内による手が入っています》
《…………俺が、手を回すべきだったな、》
リューレは睨むように俺を見上げ、魔力が枯渇寸前と言っていたくせに、言葉に魔力をのせていた。――少しばかり、機嫌を損ねたようだ。
《アルドラ様、自分の不始末だ、なんて思ってます?》
《……あー、まぁ、………それは、……俺がやれていた事は、いくつもある》
《あなたの手はリトナにのみ回されるべきもの。手を増やすつもりなら、本来の階級に誤魔化しはききません。アルドラ様が『上級妖霊あるある約束された消滅ルート』に入るのは、ペットとして大変遺憾です》
怒ったように言う。刺々しい魔力に苦笑した。もらった魔力を正論に使うとは、――正しい使い方ではある。
《……ペットはやめろ、ペットは》
《シオン・シャルエンの側には私がいる。私はどんなに暴れ散らかしても、中級の域はでません。そして今なら、この病室に籠城だって出来る》
《なんだ、リトナごと守ってくれるってことか?》
《はい。得られる情報は隠される前に得た方が良い。妖霊はいつだって、言葉を縛られるものです》
《わかった、リトナは任せる。彼女が目覚めたら通信で教えてくれ》
《もちろんです。アルドラ様はお礼参りに行った、とでも言っておきます》
お礼参りが許されるのならやってやったのにな、と思う。
また空いた口に魔力の塊を押し込み、昔よくやったように、リューレの顔に触れる。
魔力を移譲しながら、リューレの残存魔力を確認した。――問題ない、任せられる。
頼んだぞ、と頭を撫でれば、リューレはしかめっ面になった。
よく知ったその表情を揶揄してから、リューレに甘えて、情報を詰めに行こう。
《魔力を噛み砕く元気もなかったくせに。無茶はするなよな、リューレ》
《…………私、飴の類はなめる派なんです》
《――ははっ、お前とはそれなりに付き合いがあるが、初めて知ったよ、そんなこと》
×××××
《“炎”、お前、リトナの母親の契約妖霊だったな?》
病室の外にいた“炎”に囁きを届ければ、王宮警備隊隊長殿は、深くため息をつき、その足を外へと向けた。
診療所から外へ出た妖霊は、赤髪から火花を散らしながら、同じ警備隊の者へ手を振り、合図を一つ。
誰に止められるわけでもなく、街道から外れた、人気の無い野に立ち、その身体からぼろぼろと炎をこぼすように広げた。
その内の小さな炎が一つ、囁きとなって返ってくる。
《――監視の目がある。お前が私の領域に入ってくれるのなら、話せる》
それは、“炎”が展開した魔法領域に無防備に侵入してくるのなら、話してやる。と言っていた。
何かしら対策をして侵入すれば、炎に近付く魔力として監視者に観測されるだろう。
罠の可能性は捨てきれない、が、“こうなっている”上級妖霊を見るのは初めてではない。
まだ浅い炎に侵入すれば、視認できなくとも気付いたらしい。
この場を閉じるように、囲む炎が激しくなった。
《――熱い。どうにかしろ、熱い》
本当に熱かった。苦情を入れる。
《すまない、“氷”。私に許された自由は、物思いにふけるため、炎の中に身を置くことぐらいでな》
姿を現せば、申し訳ないと思っているのは口だけではないようだ。
炎の魔力が動いている。俺の魔力を焼くような熱が外側に押しやられ――その結果、周囲の炎は厚い壁となってさらに燃え上がった。
《炎のゆらめきと熱が、監視の目と耳を遮断する。無理やり観測しようものなら殺すさ》
《突然燃え出すのは、怪しまれるんじゃないのか?》
《それが、……ははっ、怪しまれない程には、連日燃えているだよ、私は》
困ったように、諦めたように、“炎”は笑った。
これは、と思った。覚えのある笑い方だ。
《変に真面目な上級妖霊は、事が起きると酷いこじれ方をする。随分と擦り減っているな、“炎”》
《耳が痛い。昔からそうなる者達を見てきたが、まさか自分が当事者になるとは》
リューレの言葉を借りるなら『上級妖霊あるある約束された消滅ルート』のそれ。
この様子だと、予想はほぼ確定、大当たりだろう。
《アルドラ》
短く名乗れば、“炎”はふっと笑い《フレイだ》と名乗る。
こじれた、いつ爆発するかもわからない妖霊だ、
――選択を誤ったとはいえ、こいつの選択が無ければ、俺はリトナと会えなかったかもしれない。だから、名ぐらい、認識させてやってもいい。
《で、お前がリトナの母親と契約していた妖霊で、リトナをシャルエン家に残す対価として、契約破棄をしたってことか》
《ああ。私を野放しには出来ないと、王族と契約することになった。リトナの母――ナーシャが死んだ後は、リトナとの接触禁止の縛りと、国から出られない縛りを受けている》
《――――、》
馬鹿、と飛び出そうになった暴言を抑える。
王族と契約だって?国と運命を共にしろなんて言われるようなものだ。
呆れて暴言しか思い付かない。契約破棄後も近くにいることを選んだ結果であることは、わかるにしても。
《……お前、さてはリトナを引き取りたいと交渉したな?》
《よく調べている。その通りだ、ナーシャの死後、彼女を預かりたいと申し出た。……冷静に考えれば、そもそも契約破棄をナーシャに迫った相手だというのに、悪手がすぎた》
上級妖霊が好んで契約した相手だ、共にいたかったのに、契約破棄する羽目になった相手の死だ。
死に目すら立ち会えなかっただろう。それで冷静に交渉ごとできるような妖霊なら、初手に拐っている。
《俺たちが選んだのは契約者で、契約者が選んだ相手が好きになれるかは、また別問題だからな》
《笑っていいぞ、“氷”――いや、アルドラ。契約者の配偶者に疎まれる、上級妖霊のお手本が目の前にいる》
《笑えるかよ、次は我が身だ。リトナはこれから選ぶんだぞ》
本当に、笑えない。
これはリトナの未来の記憶とも繋がることだった。
冷遇されていたリトナが、記憶のように傍若無人に振る舞えていたのは何故だ?
魔力の薄い彼女の我儘を許したのは何故だ?
全て、こいつ、フレイへの当て付けだったわけだ。
契約者のために契約を破棄し、契約者への愛情から、王族とまで契約するような妖霊。
それが例え親愛であっても、自分より圧倒的に強く、やたら見目の良い人の姿をした者が、妻と確かな絆を結んでしまっている。
その腹立たしく疎ましい存在の、唯一の弱みが、リトナだった。
大事なものが他者を害する様を見せつけていたのだ。
擁護出来ない悪行、糾弾されるのも当然な所業をしている。
彼女を止めることはなく、むしろ、増長するよう仕向けもしただろう。
最後には、手を下したのは全て、フレイに残った唯一の大事なもの、リトナ本人となるように。
顔に出やすいこいつを見るのは、さぞかし、気持ちの良いものだっただろう。
《…………、リトナとは、いつから共に?あの子は、どれだけの間、一人だった?》
《八歳になる前。契約したのは九歳の冬。母親を亡くし、俺と出会うまでは一人だった》
《そうか、……お前がいなければ、あの環境だ、きっと歪んでしまっていただろう》
歪むなんてもんじゃない、自業自得と指差されリトナは破滅した。
今も、そうなってしまった記憶のせいで、罪悪感からとんだ自虐行為を続けている。
――それを言って、すり減らしながら生きるこの妖霊に、追い討ちをかけるような真似はしたくなかった。
《……今回襲われた、弟との仲は、良好なんだな》
《生涯最も多い発言が間違いなく『姉さん』になる男だぞ、立派なシスコンだ》
《はは、そうか、リトナを慕ってくれているのか。…………シオン・シャルエンの存在は知っていた。シャルエン家に天才が現れたと話題になっていた》
フレイは、まるで身内を売るような躊躇いを見せ、
《……だから、おそらく、今回のことは、エリーが、絡んでいると、思う。リトナの兄だ》
《そう考える理由は?》
《あの子は私を恨んでいる。自分を選ばず、リトナだけを大事にしたと……選ばれない事が、エリーの逆鱗だ》
確かに、当主含めたシャルエンは、シオンの存在を持て囃していた。それほどまでにシオンの魔力は膨大だからだ。
サフからの情報では、当主の座についての話は出ていなかったはず。
……まさか、言葉の綾だと思っていた、シオンが勝ち取ったという、リトナに会いその様子を当主に知らせる行為。これに選ばれなかったから、なんてことはないよな、
《リトナと同じく、ナーシャの子だ。好きだった。リトナが生まれる前までは、》
フレイが懺悔のように語るのは、兄のことだ。
《小さなリトナに魔力が無いとわかったあの子は、リトナの存在を当たり前のように疎み蔑むようになった。なぜコレはこの世に存在しているのかと、悪意なくきく姿に恐怖した。いくら説明をして、諭そうにも、――エリーにとって、リトナは、》
吐露するのは、双方にとっての裏切りだろう。
《エリーが違うものに見えてしまった。私の愛したエリーが、突然、知らない誰かになった。シャルエンの獣が、エリーの顔と仕草で話すようになった。…………私は、あれほど私を慕っていたエリーの、ナーシャとの契約を破棄するなら自分とと、伸ばした手を、拒絶した》
契約者への想い、リトナへの想いと、拒絶した罪悪感まである。上級特有の死相をこれでもかと決めていた。
これでは、記憶のリトナより先に死んでいそうだ。
いや、死んでいそう、じゃないな。リトナの記憶にこの妖霊がいない時点で、間違いなく死んでいる。
契約者が愛した“人”、拒絶にまで至った契約者の“子”に対して、律儀さと罪悪感をもつようなこの馬鹿野郎が、例え悪役な彼女であったとしても、手を出さないわけがない。
《アルドラ、自覚はあるんだ。私は選択を誤った。例えリトナがお前に出会えたとしても、……誤りだった》
《自覚があるのか。その通りだよ。お前は契約者とリトナを拐うべきだった。その方が――リトナは、こんな扱いを受けること無く、幸せになれた》
《私のせいだな。……言い訳にしかならないが、あの時は、これが……最善だと思った》
《責める気はない。責める気があったら、わざわざ着火されやすい環境にのこのこ現れたりしない。最初から殴ってる》
フレイは――元の気質がふわついているのか、確かにそうかと納得した頷き、
《……“氷”のくせに“炎”に飛び込むとは。リトナの妖霊はやけに無茶をする。この先大丈夫だろうか》
《お前で水切りしてやってもいいんだぞ》
《……はは、真正面から凍らせるぞ、なんて暴言。同じ上級でなければもらえない発言だ、得をした気分だ》
毒気を抜くようなことを大真面目に言うから、この妖霊は、本来ふわついた天然野郎だったのかもしれない。
そんなふわふわ野郎は、少しだけ希望を持ったような、生気を取り戻した目で俺を真っ直ぐに見、問う。
《私が出来なかったことを、お前はやってくれると――信じても良いか、アルドラ》
《……彼女が望むから、期限を決めて、まだこんな国にいる。お前も身の振り方考えておけ。必ず、お前の大事なものは俺が拐うことになる》
そうか、と穏やかに笑うフレイ。その顔つきが、俺との会話の前後であまりにも違う。
監視されていると言ったのはお前だ。
突然目に生気を宿すのはやめろ、死んだ目でいろ。何かあったとバレる、演技しろ。
そう言ったが、この顔に出やすい妖霊のことだ、多分無理だろう。
別れ際、思い出したように、フレイは言った。
《ヴァニタス・アヴィール。善意だろうか、私をリトナに会わせたがる》
曰く、賊の情報と警備隊の派遣は、ヴァニタス・アヴィールと、その一派による要請だったらしい。
警備隊の到着が早かったからこそ、シオンを早期に診療所に運べた。
シャルエン家のお気に入りが重傷患者だ。にも関わらず、シャルエンの者を一人として見なかったのは、ヴァニタス・アヴィールによる情報の統制か?
リトナがシオンの側にいられるようにした、ただの善意か、それとも。
リトナの未来の結婚相手が認めてもらわないといけない妖霊の数3、シスコン1。




