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02.出会いの日



 ゆきまんじゅうと出会うまで、私の日々は灰色だった。



 毎朝、確認するように自分の姿を見た。

 金糸の髪とアメジストの瞳。

 目に生気がない事を除けば、今日の私も、きっと問題なく、綺麗なお人形をやれるだろう。


 この顔と身体だけが私の価値だ。

 公爵家の娘でいられるのは、この外見にかかっている。


 使用人が部屋を訪れる前に、私は身支度をすませる。

 私は、もう幼い私ではない。二十年まで生きた記憶が、この内にある。


 ゆえに私は、家の者、誰もに気にされることかないよう、聞き分けの良い、お行儀の良い娘になろうと努めていた。


 一人で身支度出来るからとはいっても、そこに価値はない。

 シャルエン公爵家は魔法至上主義だ。公爵家は、魔法を使えない者たちを下等生物扱いしている。


 幼い私は気付かなかったが、実子である私でさえも、例外にはならない。


 家の使用人たちも、少なからず魔法を使える、魔力ある者たちだった。

 公爵家に関わる者が選別している以上、使用人の思想も雇い主に寄ってしまう。


 公爵家に生まれながら一切魔法の使えない私を、彼らは心から見下していた。


 ――だからといって、嫌がらせされていたわけではない。

 内心どう思われていようが、記憶にある私が、使用人を癇癪の捌け口にして良い訳ではない。


 時間通りに使用人は私の部屋を二回ノックし、返事を返せば、扉が開く。


 身支度を整えた私を一瞥し、使用人の女性は確認するように今日のスケジュールと直近の予定を口にした。


 頷き、私はスケジュールを復唱し、合間に私の希望である、読書と散歩を入れる。


 時間の遵守と、屋敷の敷地から出ない。

 この二つを守れば、私の行動に制限は無かった。


 令嬢としての勉学に文句一つなく取り組み――七つの娘ではないのだから当たり前だが――私の完璧に近い、勉学の成果そのものの立ち振る舞いは、教師からの評判も良いものにするだろう。


 部屋から退出する使用人に続き、私は用意された朝食を取るため移動した。


 母亡き今、父も兄も同じ食事の席につくことはなかった。

 公爵家の別邸であるここに家族が集っていたのは、母がいたからだ。その事実に気付けたのも、記憶があるからこそ。


 広いテーブルの末席に用意された、一人分の食事。

 子どもの体には座るのにも苦労する、足の長い椅子に座り、学んだ所作で食事を始める。


 もう好き嫌いなどない。出されたものを食べるだけの作業だ。


 空の食器は使用人が片付けてくれる。

 私は公爵令嬢。私自らに片付けさせるようなことを彼らはしない。令嬢の役目ではないからだ。


 ――そういえば、最期まで、私は自分で食事を作り、片付けるの行為をしたことがなかった。出来て、自分が飲むお茶の用意ぐらいだ。


 令嬢として、だけではない。

 外で暮らしていくための、当たり前の行為を学ぶにはどうすればいいのだろう。

 これも、考えねばならない課題の一つだと思った。


 使用人達は私と業務外の会話しない。

 私も用が無ければ話しかけることはない。


 あのシャルエン家に、存在することすら憚れるような、家の名に似つかわしくない者が私だ。


 しかしこの姿は、沢山の者達に焦がれ尊敬された母のもの。

 周囲が勝手に母を重ねてくれるから、思い当たる嫌がらせが無かったのかもしれない、そうも思った。


 ねぇ、リトナ・シャルエン。

 もう痛いほどわかっているだろうけれど、あなたは、私は、この家で愛されてはいないわ。

 けれど、愛されようとはもう思っていない。無駄だとわかっているから。そうよね。

 あなたの生きた未来の知識が、私に別の道を示していくれている。

 この世界は、魔法だけのものではない。この世界は、魔法が使えない者たちの方が多い。


 ねぇ、私。私もわかっているの。

 豪華な暮らしや、沢山の者を侍らす権力、あなたが欲しかったのはそれらじゃない。


 求めるのは、家族が母に向けていた愛でなくていい。


 私は、私が好きで共にいたいと思った誰か、私と共にいてもいいと思ってくれる誰かと共にいたいだけ。


 親愛、友情、あの時欲しかった、共にいても許される情が、なによりもほしい。


 だからやるわよ、リトナ・シャルエン。


 あと二年と少し、十歳で行う、妖霊の――守護召喚。

 私の分岐はきっとここにある。

 選ばれる立場にある私が、私で良いと妖霊自身に選ばれる儀式。

 この国の公爵家の者であるからこそ、避けられない儀式だ。


 その儀式で、私だけの味方を得るのだ。


 記憶の私は、世間体のためか、父と父の協力者達の手により、強力な妖霊と契約することになった。

 あの妖霊は、私を選んでくれたわけではない。無理矢理結ばれた契約に、どうして信頼関係が生まれるというのか。




 食事を終えた私は、毎日決まって書庫へと向かう。

 人生の経験から、読み書きの能力は成人程度にある。


 才無しの劣等感を払拭するため勉強し、揶揄され、羞恥に怒り、すぐに諦めることになった記憶も残っている。

 今度は諦めるつもりはない。


 私は才無しだが――私の魔力は、ゼロではない。

 魔法使いとしての力は、知識と技術での底上げが可能だ。……理論上では。


 名門魔法使いの家系であるために、書庫の魔法に関しての蔵書は、年代こそ古いものの、幅広く揃っている。


 貴重書もあるため使用人の出入りも制限されている書庫は、薄暗く、隅には埃が溜まっていた。

 特に魔法構成に関わる蔵書は、完成された魔法式が存在する現在、必要ないものとして奥に押し込められている。


 魔法構成学。

 これが、私の必要とする知識。

 求めた内容の書物を探し続け、ついに見つけた一冊だ。


 内容は、とても難しい。

 読んですぐ理解するには、私には基礎知識が足りない。


 ――だから何だというのだ。知らない単語は他の書物から調べるまで。


 例え遅々として進まなくとも、存在する証明された学問なのだ。

 答えが先にあるのなら、繋がる道を紐解くまで。


 その日も、家庭教師が訪問する時間まで書庫に留まる予定だった。

 ふと、煮詰まった頭を冷やすために、気分転換になるかもしれないと、外で本を読んでみようと思った。


 過去、母は書庫から本を持ち出し、庭で読み聞かせてくれた。

 持ち出す本の内容はまるで違うが、庭で読むことも許されるのではないだろうか。


 結果、問題ないようだった。


 許されたその日から、雨天以外、私は庭で本を読むことにした。

 監視のためか、使用人が私の姿を確認する日もあった。

 しかし私は、母と並んで座った庭のベンチから動かない。母が気に入っていた花壇を前に、読書を続けていた。


 視線を感じる日が少なくなった頃か。

 知らない声がした。人ではない声が、茂みの中から聞こえたのだ。



《この本の著者も、こんな子どもが幼獣のように唸りながら読み進めているなんて、想定していなかっただろうな》



 誰も見ていないと思って、油断していた。確かに私は唸ってしまっていた。


 突かれた図星。羞恥を誤魔化すように、私は言い返す。



「私だって、出来ることならこの本の著者に教えを乞いたかったわよ!理解したくて、必死に内容を噛み砕こうとしてるの!だから、そのためなら、獣みたいに唸るぐらいいいじゃない!」


《……ふ、ふふ、ははっ!それこそ獣のように噛み砕くには難易度が高いだろうに、諦める様子が一切無いんだもんな、君は。からかって悪かった》


「……もしかして、私がここで本を読んでいるのを、見ていたの?」


《毎日ではないさ。……眉間に皺を寄せて、ヴーヴー言って、頁を進めてやっぱり戻して、次の日は確認するように違う本をペラペラめくって、その次の日にどや顔で頁を進めて。そんな、一連の動作を見てきたぐらいだ》


「私……そんなに顔に出ていたの……?」


《出てた出てた。すごい出てた。面白かった》



 妖霊は笑っていた。

 失笑でないその笑い方に驚いてしまう。まるで好意的にも思えるそれに、少しだけ泣きそうになった。



《え、あ、泣かないでくれよ、隠れて見ていたのは悪かった。ごめん》


「……泣いてなんか――」



 茂みが揺れ、ごろりと現れた白い塊。

 まるで申し訳なさそうに、ぺたんこに潰れていた。



「妖、霊……なのね、あなたは」



 人ではないとはわかっていたが、こうして目の前に現れると、どう対話していいかわからなくなる。ただ、家の者でもなさそうだ。



「外から来たの?……私にこうして話しかけてくるのは、人も、妖霊も、いなかったから」


《…………そうだな、俺は外から入り込んだ野良の妖霊。君に危害を与えるつもりはなく、ふらふらと放浪して生きてるだけの存在だ》



 形を戻すためか、ぺたん、と妖霊は跳ねる。

 すべすべしていそうな、滑らかな白い表面に表情はない。ただ、声には隠す気のない感情を滲ませてくれていた。



《答えたくなければ答えなくてもいいんだが、……君は、公爵家の令嬢にしては、冷遇されているように思える。その理由は――君の魔力が控えめだからか?》



 魔力無しとも言われるのに、控えめ、だなんて濁してくれる。

 魔力を糧とする妖霊であるはずなのに、馬鹿にするわけでもなく、彼は訊いた。



「……シャルエン公爵家は、この国でも屈指の魔法使いの血統。魔法至上主義の血族。家に置いてもらえて、令嬢としての教育も受けている。衣食住が公爵家の名に恥じない最高級であるものだというのに、これ以上、家に望むものはないわ」



 まるで自分に言い聞かせるように言う。自分でもそう思う。



《そう、か。……なぁ、俺は見ての通り妖霊だ。興味本意で各地をうろついて、暇を潰している。そして、君が読む本の解説が出来るぐらいの知識もある》



 彼は、私を真っ直ぐ見上げていた。そう思った。

 そして、ふざけた声音ではなく、穏やかに続ける。



《俺の話し相手になってくれないか。俺がこの周辺に滞在する間、君が庭に出ている間。対価は、俺が答えられる限りの、君が知りたい知識》



 妖霊の取引には対価が必要だ。

 白い彼は、目的と対価を提示している。魔力を必要としない取引だ。

 ぎゅっと拳を握る。これはだめだと、理性が飛び付いて喜んでしまいそうな感情を抑え込んだ。



「……その取引を、私は、受けられない」


《……どうして》


「不平等だから。その取引は、私に利がありすぎる。対価として釣り合っていない。私は、……私は、妖霊と、不平等な取引をしたくない」



 脳裏をよぎるのは、記憶。リトナが隷属させた妖霊の姿。

 冷たい目をする妖霊だった。私は、あのような目で見られるのが当然の行いばかりを、していた。



《……君、妖霊の言葉を聞き取る耳は備わっているようだけど、妖霊の心がよめるような特殊技能があったりする?》


「いいえ」



 断ろうとしたのに、穏やかな声音のまま食い下がったのは、相手の方だった。



《なら、君は俺の心を知らない。暇すぎる、俺の主観を君は知らない。知らない君に、俺の取引が不平等だと決めつける権利はない。と思うんだが、理解できる?》


「……はい」


《じゃあ契約成立だ。君は俺の暇潰し相手になる、代わりに、君は知りたいことを俺に問いかける。異論は?》


「…………、本当に、それでいいの?」


《俺が良いって言ってるから良いの》


「……異論は、ありません」


《よろしい》



 満足したように、彼はぺたんと跳ねた。



《俺のことは……そうだな。雪でも白でも氷でも、好きなようにあだ名つけてくれ。俺は俺で、君のことをお嬢様と呼ぶことにする》



 ――妖霊が名を口にする時は、人と何かしらの契約を結ぶ時。こんなお遊びの契約に使うものではない。

 よって、契約の必要がない間柄では、あだ名や通称を用いる。

 彼はその呼び名を、私が自由に決めてもいいと言っている。


 むしろ、これはお遊びと示してくれているそれが、有難く思えた。

 遊びと認識しているのなら、遊びだからこその不平等さも楽しんでいる、のかもしれないと納得出来るからだ。


 私は彼の、なんとも素敵なすべすべとしていそうな、新雪の色をした楕円形の姿を眺め――閃いてしまった。


 記憶にある、菓子の姿に形が似ている。



「まんじゅう……ゆきまんじゅう、は、どうかしら」


《まんじゅー?……聞き覚えがある単語だな、……まさか東方の菓子か?》


「そう、あなたみたいに白くて、あなたみたいに、中身が甘いの」



 子どもであるにしても魔力無しの私に甘い彼には、ぴったりだと思った。



《……これはまた、……ははっ、いいか。いいよ、ゆきまんじゅう。君になら、そう呼ばれても良い》


「……よかった、ふふっ、よろしくね、ゆきまんじゅう!」




 これが、私とゆきまんじゅうの出会い。


 彼は優しいから、同情から声をかけてくれたのだろう。

 私の話し相手になるという契約は、対等なものではない。けれど、それなのに、ゆきまんじゅうとの出会いで、私の世界は鮮やかに色付いてしまった。


 庭に出て、声をかけれるのが楽しみになった。

 雨天時、私の外出は許されない。何日も会えないと、寂しく思うようになってしまった。


 友愛、親愛。私が彼に向けるこれがそうなのかと、嬉しく思った。



 それから、年を越し、年齢を重ねた後も、ゆきまんじゅうは沢山のことを教えてくれた。

 九歳になってすぐの頃か、庭で会うこの関係が少しだけ変わることになる。

 父が別邸を訪れたのだ。この国でも指折りの魔法使いである父が、屋敷に残る、何者かの痕跡に気付いてしまったのだ。




 




 

 

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