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18.弟との暮らし


 リトナ・シャルエン十一歳。

 シオン・シャルエン八歳。





「シャルエン家での姉さんの立場に、不満と憤りを覚えます」



 別邸。私の部屋でシオンは床に寝転がっていた。

 手足をゆるやかにばたつかせ「嫌いだ~」と堂々と口にする。



「だめよシオン、そんなこと口にするのは。本邸の者に聞かれでもしたら、事よ」


「大丈夫です、外には誰もいません。そもそもこの部屋は、アルドラさんが傍受を防ぐ魔法を展開しています。そうですよね、アルドラさん」


《そうだな》



 シオンは仰向けのまま、芋虫のようにぐねぐねと動いていた。


 八歳とはいえ、公爵家の子。姉として嗜めるべきだが――シオンは場所と相手を選んでいる。

 私とアルドラがいて、他に誰もいない。その条件がそろわないと、奇怪な動きで気持ちを吐き出すことをしないのだ。



「本邸は嫌いです。話もつまらない。だから、相手の両肩に芋虫たちのダンスパーティーを幻視していました。肩の上の芋虫たちはしばらくダンスを楽しんでいましたが、一匹一匹と動かなくなり、硬質化するんです」


「蛹になったのね」


「ふふ、そうです」



 私はシオンの空想の話を聞くのが好きだった。

 私のように、嫌なことも笑顔で受け入れ頷かねばならない現状、精神に負荷がかかるのは当然。

 シオンは空想することで負荷を軽減しているらしい。



「皆が蛹となり動かなくなったので、ダンスパーティーもおしまいです。照明が消え、暗くなった時、ぴしりと蛹に亀裂が入ります」


「羽化」


「ふふ、そう。みんなみんな、蛹を脱ぎ捨て、パッと、照明がつく。次は蝶たちのダンスパーティーです。優雅に舞い、黄金の鱗粉がドレスのようにひらめく」


「……いいわね、きっと、とても綺麗」


「その鱗粉を吸うと、数ヶ月くしゃみが止まらなくなるんです。ずっと鼻が詰まるかむずむずするんです。目だって紅く充血し痒みが出る。そうなればいいなと、思っていました」



《っ、》

「ふっ、」



 この空想は、本邸で話した誰かしらの肩で行われていたもので。

 華やかなダンスパーティーの空想が、まさか地獄のような症状を引き起こす、悪魔のような蝶の召喚儀式だとは思わない。

 聞いていた私もアルドラも吹き出してしまった。



 あれから。シオンが泣いているのを見たあの日から、シオンは私を慕ってくれていた。

 私も、忖度抜きの信頼を向けてくれる弟を、可愛がらないはずはなかった。


 本邸で過ごすことも多く、囲む大人は彼をシャルエン家に染めようとする。


 しかしシオンは、――どうやら我が強い。

 元々賢く、彼の母の素晴らしい教育のかいあってか、選民思想に染まることはなかった。


 ただ、シャルエンでいるには、染まらないことこそ辛いのだ。天才である彼は、シャルエン家でもかなりの厚待遇を受けることになる。

 シオンは賢いがまだ子どもだ。これから経験を詰み、いつかはシャルエンに染まることを利と考え、選ぶかもしれない。


 それでもいい。これは私の罪滅ぼしだから。

 あなたのことが好きであることに変わりはない。




「姉さん」



 ごろごろと転がり遊んでいたシオンの動きが止まる。

 先ほどまでの無邪気さはその声音に無い。仰向けで、視線は天井にあるが、きっと見ているのは別のもの。



「聡明な姉さんは自分の立場を理解している。シャルエン家の扱いを理解し受け入れている。それを不快だと思っている。不快であるのに何故受け入れ続けるのか?」

 


 シオンはこうして、淡々の自分の考えを話す。

 相づちを求めるわけでなく、己の考えを口に出しながらまとめているようだった。



「一、この暮らしを継続させるため。公爵家から提供される衣食住は間違いなく最高品質のもの。庶民暮らしでは、この品質を保つことは出来ない。ならば暮らし、生活のために受け入れている?おかしな話ではない」


「衣。階級高い令嬢はいつだって着飾っている。高価なドレスや宝石を望む。確かに姉さんは着飾らなくても世界一美しいが、単純に求めていないようだ。姉さんはきらびやかな装飾品を望まない、好んですらいない」


「食。姉さんの食事は作業だ。姉さんは食べることを楽しんでいない。何を食べるかじゃない、誰と食べるかでのみ、やっと楽しみを感じているようだ」


「住。冬は暖かく、夏は熱がこもらない。屋根があれば雨をしのげ、壁があれば風をしのげる。住環境の設備に重きを置いているのか?わからない。要素として置いておく」


「二。家名を捨てること、逃げ出すことを難しく思っている。シャルエン家相手に姉さんを匿えるような家は、それこそ王家しかない。生活を度外視にただ逃げることはどうだろう。追っ手がかかる、あれだけの妖霊がいる家だ、子どもの足ならすぐに連れ戻される」


「住の問題、二の問題。まとめて否定できる要因がある。アルドラさんの存在だ。僕は沢山の妖霊を見たけれど、アルドラさんより強そうな妖霊は一個体だって見たことない。アルドラさんなら、姉さんを連れてどこへだって行ける」


「でもそうはしていない。アルドラさんは姉さんのことが好きなのに、そうしない理由がある。姉さんが望まないからだ。だからアルドラさんは動かない」


「三、姉さん自身がこの立場に留まろうと思う理由を、シャルエン家が保持している。人質か何かだろうか?姉さんがシャルエン家から逃げればどうにかなってしまうような誰かが、他に?」


「わからない。要素として置いておく。――まさか僕?僕の大大大大大好きな姉さんは、僕がまだ小さいがためにシャルエン家に残っている?僕を一人にさせないため?」


「否定。姉さんが僕のことを好きなのは確か。でも僕がシャルエン家に引き取られた時、すでにアルドラさんは姉さんの側にいた」


「わからない。けれど、姉さんはなんらかの目的をがある。それを完遂するまではシャルエン家から逃げ出すことはないだろう」



 ころりと横倒しになり、シオンはこちらを見ていた。



「姉さん、きっと姉さんは、僕が姉さんに答えを求めてはいないことをわかってくれるはず」


「そうね。きっと、他に、私がシャルエン家に留まることではない不満が、あなたにはある」



 正解だと言うように、シオンは膨れっ面になった。



「あります。明日はヴァニタス・アヴィールとお茶会だ。せっかく別邸で姉さんの側にいられるのに、姉さんはあの怪しい男とお茶会なんだ」


「王子を呼び捨てにしないの。怪しいなんて言わないの。お茶会の予定は前から決まっていたの」



 シオンは、どうも第三王子が苦手らしい。


 シオンは王家との顔合わせもすんでいる。双方印象は悪くないように思えた。

 実際、王子は「素敵な良い弟さんだね」と言っていた。


 しかしシオンは、シオンに珍しく具体的な例を挙げないままに怪しいとだけ言う。


 シオンが聞き分けのよろしくない姿を見せるのは私たちの前だけだ。それもまた可愛く思っていた。


 私達以外に見せるわけにいかないのもある。

 シャルエン家の天才は、今這いずり寄り、私の側にいたゆきまんじゅうのアルドラを、拗ねたようにつつき始めているからだ。

 


「アルドラさん、アルドラさん、あの王子、絶対何かあります。姉さんやアルドラさんには見せていないんだけなんだ。隠すそれが何かは……わからないけど」


《まぁ、実力は隠しているよな。あの年で、あの実力の妖霊二個体と契約しているんだから。君が天才なら、あの王子も天才と呼ばれるべき存在だ》


「それもありますけど、……魔力とかじゃなく、性格です。あの王子、ぞわぞわするんです、すごく友好的で良い方ですが、笑顔の裏に何かあります。演技ならこちらもしていますが、ヴァニタス・アヴィールはもっと……こう、」


「シオン、私、結婚することはないわ。安心して」



 シオンは跳び跳ねるように身体を起こした。

 婚約者の関係にある相手だ。結婚を嫌がっているのかと思い言えば、この反応。

 摘ままれたままのアルドラの一部が伸びているが、どちらも気にしていないようだった。



「本当に!?結婚しない?!」


「本当よ。結婚という契約を結ぶ前に、逃げ出すつもりだから」


「アルドラさん」


《言質は取ってる。本当だ》


「良かった~、僕、日々の最後に、もし、結婚なんてことになったら、結婚式にどう乗り込むかを考えていたんだ。……成長して、大きくなった僕と、僕に賛同してくれる友だちの妖霊とで。きっとアルドラさんも賛同してくれるだろうし、皆でぱーっと、」


《よし、ぱーっとやっちまうぞ》


「だ、だめよそんなこと!」


《――契約者に止められると俺も動けない。なら、シオン、出番だぞ》


「姉さんお願い……アルドラさんと一緒に、結婚式を土地ごと吹き飛ばしたいんだ……」



 最近、シオンは自分の顔の良さを私に使うようになっていた。

 大きな瞳がお願いと懇願する。私の手をとり首を傾げて見せる様は、全てのお願いを聞き入れてしまいそうになる。


 いやだめだ、何を言い出しているんだこの弟は。

 でも可愛い。弟という存在からのお願いに慣れていない、姉歴の短い私は負けてしまう。



「くっ……そもそも、私、結婚はしないと言ったじゃない!」


「それはそう。でも、もしもの時のための言質は持っていて損にならない。契約と取引に使える。ね、アルドラさん」


《そうだな》



 アルドラとシオンが仲良くなってくれるのは嬉しいが、シオンがよろしくない影響を受けている気がする。

 気のせいであればいいのにと、ため息をついた。






 ×××××






《盗み聞きする気か?シオン》


《……え?ぼ、坊っちゃん?!》



 言えば、ばつの悪そうな顔で、子どもが一人出てきた。

 周囲に気配なし、問題ありません。と報告していたサフは、突然現れたシオンの存在に動揺していた。


 どこで覚えたんだか。妖霊同士の会話を傍受するのではなく、身を隠して現場で聞こうだなんて。



《お前な、人より魔力があるだけのお子さまの身で、妖霊同士の会話を盗み聞きするんじゃない。やるなら確実な逃走が可能な距離で傍受しろ。生身で気配を消して隠れるなんて古典的な手を使うのは危険だ》


「ごめんなさい……」


《え、私全く気付かなかったんですけど?え?こわ》


《今回はこいつが神経質でないから気付いてなかっただけで、中級だろうが個体の性格で気付くぞ。妖霊は行動の選択肢に殺すが入っているような連中ばかりだ、この手は使うな》


《私は神経質の欠片もない大雑把な妖霊です…》

「はい……」



 顔を伏せるシオンに、さらに追い討ちをかけておく。



《お前に何かあるとリトナが泣くぞ。号泣だ。泣きすぎてきっと寝込むぞ》


「っ……そうだ……最愛の姉さんが好きなのは、紛れもないこの僕……僕の不手際は姉さんを悲しませてしまう。反省します……」


《……坊っちゃん、本邸での印象と全然違うなぁ……》



 シオンが己をさらけ出すのは、彼女の自室にいる時だけだ。

 例え外で行動を共にしようとも、この姉弟はシャルエン家としての仮面を外すことはない。


 シオンが別邸への滞在を許されているのは、休息と――リトナの様子を父親に報告する役をこなすため。


 シオンは姉の側にいるためならと、心から嫌悪するシャルエン家に染まりきった言動を完璧にこなしていた。


 サフは味方だと伝えていた。わざわざ俺たちの会話を盗み聞きしようとした理由は、――リトナの耳に入れるべきか判断つかない事を、知りたがっているのか。



「……監視役はサフがいます。サフは本邸でも信用されている。ならば何故、シャルエン家当主は僕に姉さんの事をきくのでしょう。僕の姉さんを大事にしない時点で嫌悪対象にある当主の行動には、どこか矛盾めいたものを感じます」



 賢すぎるのも問題だ。早々と気付いてしまったか。

 ちらりとサフを見れば、あちらも伺うように俺を見ていた。



《あー……坊っちゃんにも聞かせることになる、報告のための発言、よろしいですか》


《ああ》



 追い返されないとわかったらしいシオンは、嬉しさから来る笑みを一瞬表に出し、姉のようにすぐに消し去る。姿勢を正し、サフに向き直った。



《本邸では、例え何も知らなかったとしても、些細な発言、たかだか雑談の一言で、消される、禁句事項があります。私ですらおそらく一発。調べることができたのは、禁句事項があるという事実のみ》


《真偽不明の与太話のつもりで聞く、お前の推測を話してくれ》


《はい。私の考える禁句事項。お嬢様を気にするシャルエン家当主の矛盾めいた動き。お嬢様を嫌いながら、お嬢様を駒として扱い意思を無視しながら――お嬢様が何をしているかを確認するように、当主は報告を受けます》


「……当主は、姉さんが何をしているか、より、誰に会うかを気にするよね」


《その通りです、坊っちゃん。……ここから一番の与太話になるんですが、私、お嬢様のお母様に会ったことがあります。何故誰も契約していないんだろうと疑問に思うほどの魔力でした。――あと、お嬢様にそっくりです。間違いなくお嬢様も絶世の美女になります》


「姉さんの美しさはいずれ世界を取れるもんね、わかるよ。……にしても、姉さんの母君もまたシャルエン家、魔力ある大人が妖霊と契約していない……?」


《そうですそうです。禁句事項はほとんどそれだと思います。お母様の契約妖霊に繋がるような探りをいれる発言が完全にだめで》


「シャルエン家で炎属性を得意とする妖霊を見ない事に関係があったりするのかな」


《……坊っちゃんは怖いなぁ、なんでわかるんですか。当主は炎属性を嫌うんです、お嬢様の守護契約についても、“炎”以外の妖霊と指定するほどです》


「“炎”を嫌う、姉さんの母君の側には妖霊がいなかった……そして、姉さんが会う誰かを気にしている」


《秘匿事項なら、わかりやすく過剰に反応しすぎているように思えます。これはいわゆる、貴族の面子に関わる何かしら、では》



 サフの発言で繋がった。

 面子を守ろうとしていたのなら頷ける。

 どこの国の貴族も、良くも悪くも面子を気にせねば、家門として成り立たない。



《サフ、シオン。悪いがこの話は無かったことにする。情報を知りえそうな場面に遭遇しても、探るな、深入りするな》


「アルドラさん、何かわかったんですか?」

《了解しました。けど、その……わかったのなら、ちょっだけでも話をききたいな、なんて……》



 サフ。この妖霊は賢い。そうでなければ、この件を調べるにあたり消されていたはずだ。


 そしてシオン。こいつも賢すぎる。

 知識はある、これからの知識も経験も全て吸収できる頭がある。だが、その頭を乗せた身体が脆すぎる。

 いくら天才といっても、未熟な子どもだ。そもそも、シャルエン家の者全てに存在を受け入れられている保証はない。後継者争いで殺し合う家なんて、何度も見てきた。



《……サフ、お前は役に立つ、死なせるには惜しい。シオン、君に何かあるとリトナが泣く。確定したら話す、だから探るな》


《あ、あたしっ、褒められてる~!》

「わかりました。姉さんのためならば、我慢できます」



 この場はすぐに解散させた。

 サフは満足したようだが、シオンには自制してもらうしかない。もう一声何かしら言葉を、思ったが、シオンは目を離した瞬間には消えていた。姉の元へ走ったのだろう。――さすが、としか言いようがない。


 リトナの部屋に戻る前に考える。


 ここは別邸だ、確定させるには王都に出向く必要がある。もう終わってしまったことのために、リトナの側を長く離れたくない。

 まだ王都にいるであろう相手だ。彼女が王都に滞在する機会はこの先も必ず巡ってくるだろう。



 ――シャルエン家が警戒する存在とは。

 この国屈指の魔法使いを輩出する家系だ。王家に次ぐ家だ。警戒対象なんて、王家でなければ妖霊だろう。

 それも単体で好きに動けるような、上級妖霊。


 例えば、そう。

 リトナの母親の契約妖霊が、“炎”の上級妖霊と仮定するなら。


 シャルエン家当主と本妻の間には、すでに跡取りの男児がいた。次に生まれたのが女児だ。


 魔法使いの間に生まれたその子は、先に生まれた兄とは違い、全く魔力を感じられなかった。それでも一年、最低でも半年は様子を見たはずだ。


 しかしどうしても、子に素質はなかった。


 シャルエン家当主は今もあの様子だ。実子とはいえ、シャルエン家に相応しくないと考えただろう。

 養子に出すことも考えたかもしれない。もしくは――そこまで非道でないとは思いたくないが、さて。


 まず、リトナはシャルエンの名を持っている。

 廃嫡されていない。存在を許されている。結局実子は可愛かった、ということか?――まさか、違う。


 リトナの母親は、彼女を愛したという。

 母親が生きている間は、父も兄も母親の元で、家族として暮らしていたという。


 あの父親が母親を虐げていたのなら、リトナはここにはいない。母親が死んだのは彼女が七歳の時だったか、母親が約束でもして、リトナをこの家に残したのか?


 ――約束ではない。契約だろう。


 上級になるような妖霊が、契約者の子を可愛いと思わないわけがない。単体で生存が可能な上級が魔力を有無を気にするわけがない。


 シャルエンが子の存在を否定するなら、妖霊は契約者とその子ごと拐ってどこへでも行けたはず。


 そうしなかったのは契約者が望まなかったからか。


 契約者にとっては、それでも愛した夫だったのか。才の有る第一子は、さぞ可愛がっていたことだろう。シオンの待遇を見ていればわかる。


 才無しを捨てたい父親からすれば、すぐに妻ごと拐える、そうなれば止めることも出来ない上級の存在は、邪魔でしかない。


 ――リトナをシャルエン家と認める代わりに、母親から取り上げない代わりに、契約破棄を命じられでもしたか。


 リトナを家族と認める代わりに、二度と接触するなと縛ったか。


 母親が新たな妖霊と契約しなかったのも、母親の心変わりを恐れ逃がさないためか。


 母親は信じただろう。まがりなりにも、母親が生きていた頃は、リトナも含め、別邸で家族をしていたのだから。


 それがこれだ、母親が死んですぐ、彼女は孤独になった。

 別の家に養子に出すことも出来ただろうに――これこそが、面子の問題なのだろう。


 母親が死んだと知った妖霊が、リトナの身柄を求めたとしたら。

 母親と似た娘を引き渡すには、プライドが許さなかったとしたら。


 上級の人の殻は、どいつもこいつも人の目には良く映る。そんな見目のいい妖霊が、愛した妻と仲睦まじくしているのは、それは、――そうだよな、と思う。



《問答無用で拐える性格してりゃ、こうもならなかっただろうに》



 ぽつりと口から出てしまう。少し、同情した。


 王都の方向に思い出す記憶。

 あの日、リトナが殺されかけた日。

 リトナを助けたのは、隊長だなんて名の縛りまで受けた、“炎”の妖霊だった。


 やけに消耗していた。接触の縛りを破った罰でも発動したのか?


 選択を誤ったな、と思う。しかし、こうするしかなかったのかとも思う。

 同じ立場だったとするなら、俺も即拐うなんて選択は出来ない。

 契約者の意思を優先してしまう俺に、その選択を責める権利はない。



『――選択を誤っているに決まっている!

 形だけだとしても家族でいられた?孤児じゃないだけマシ?もっと酷い境遇の子どももいる?

 違う、違う、馬鹿め、大馬鹿だ!お前が幸せになってほしいのは世界中の不幸な子どもなのか?神にでもなったつもりか?

 我らが掴める手はこの腕の数しかない。掴みたい手が多いなら、それに見合う数の腕を増やすしかない!


 見誤るな、幸せになってほしかったのは、』



 そんなことを、言いそうな妖霊の親友がいる。怒り心頭といった姿と声が容易に想像できる。

 騒がしいやつだから、助けを求めるわけでもない今、連絡を取る気はさらさらない。

 でも、お前がいたのなら、結果は違っただろうにな、と思った。





 

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