仕事
最近、ふとした瞬間の考え事がいつにも増して来た傾向にある。
俺が考え事をする時は大抵暇を持て余している時なので、それはつまりここ半年、語られざる物語を含めての一年ちょい程に渡って繰り広げられた一件に完全に終止符が打たれた事を意味するのだが。
何かを考えて、俺はこんなにも思い悩むやつだったかと思い至って、そしてソウカとの同期でアイツと趣味嗜好が似通ったと考えれば、
あのいつもゴロゴロしていて、自堕落が人の皮を被ったみたいな奴も、あれで色々考えていたのかなと思うと、一見支離滅裂で何を言いたいのかサッパリなアイツの言葉にも何か裏があったんじゃないかと思えて来る。
だがしかし、人も言葉もいくら裏なんて探っても、考えても俺には言い当てられなくて。結局徒労に終わり虚しくなるだけだと分かりきっているので、これを考えるのはもう辞めにした。
どうせならば、わからない事で無くて、もっと分かりやすい事。目の前の現実の事を考えようじゃないか。
そう、例えば…俺が今無職な事についてとかね。
時に、問おう。と言われて、首を傾げて耳を傾けて唐突に脈絡も無く「無職についてどう思う?」
と訊かれたら皆はどういう反応をするだろう。
まあ、大抵の、社会に順応する立派な人々は良い反応を示しはしないだろう。
何故ならここで、無職最高!なんて言ってしまえば今までの、そして今の働いている自分を否定する事になってしまうから。
それを踏まえて、俺はどうだろう。最高!と言えるだろうか。
いや、言えない。言って良い訳が無い。
無賃無償のタダ飯喰らいの俺が、そんな事を言ってはより一層家主に嫌われてしまう。
そろそろ何か行動を起こさなければ、とうとう遂に家から追い出され、捨てられてしまう。 かもしれない。
遂に重い腰を上げる時が来たのだ。俺も労働という社会の波に呑まれる時が来てしまったのだ。
別に、今までずっと働かないと思って来た訳では無い。
たまに覗く腹を空かせる財布の中身を見て、そろそろかな。と思い。
毎日見る、家の労働者、ミネラさんの大変さぶりを見て、偉いな俺もやらなきゃな。と思い。
たまに会うグランドが、比較的年齢の近いグランド君が、何やら発明道具が売れたとの報告を聞いて、やらなきゃマズイと思い。
今回やっと俺は職探しを決めた。
と、決意したは良いものの。
俺は肝心の、職の探し方が分からない。
なんせ生まれてほとんどを野生で過ごした俺だ。たった半年足らずの人間生活でそんな事分かるはずもない。
人間で換算すると、俺まだ赤ちゃんだし。
なんて、甘え腑抜けた事をいっている場合では無いと早速俺はミネラさんを尋ねた。
「…そういう訳で、職を探してまして。どうすれば良いんでしょう」
「はぁ、でもソウカはスレイヤさんを追い出すなんて考えないと思いますけどね」
「それでも、働きたいんです」
「ふーん。でもそういう事なら私はお力になれなそうです」
聞けば、ミネラさんは幼い頃にとうとう一回も顔を見る事が叶わなかった、ソウカの両親に拾われてそのまま今のメイドという職についたのだとか。
「あまりお勧めはしませんけど、ソウカに訊いてみるのはどうでしょう。」
そういえば、あれでも一応働いた経験がある人だったな。
いやあれなんて失礼な呼び方はよそう。あの人は社会の先輩なのだから。
そんな事より、
「なんで、あまりお勧めは出来ないんですか?」
という俺の問いに、すぐに分かります。としか答えてくれなかった。
それでも、もう頼れるのはアイツしかいないのだし、訊くだけ訊いてみるしかない。
ソウカは今日も今日とて、リビングのソファーで分厚い本を読んでいた。
毎日毎日ここにいる。少し前までは、学校に仕事もあったのだが辞めてからはここの守り神の如く鎮座してしまった。
なんだか熱心に読み込んでいるので、話しかけるのは忍びなかったけれども、そんな事を言ったら永遠に訊けなくなってしまうので、俺はソウカの目の前のソファーに腰掛けた。
「なあ、ちょっと良いか?」
「なに」
ソウカの目は本に張り付け、ページを進める。俺の話は、あのまり聞く気はないようだ。
ま、いいさ。
「諸事情で、今職を探しててな。それで職の探し方が分からないんだが教えてくれないか?」
「なに、諸事情って」
流石に、追い出されたくないなどの格好悪い事は言いたくないので、
「ちょっと、お金を稼ぎたくて。新しい本を買いたいんだ」
と、別の理由を言っといた。しかし嘘ではない。
最近、本棚の本を読み尽くしてしまい、新たなる世界を見たかったのも事実だ。
「じゃ、私が買ってあげる」
「いいよ。悪いから」
「じゃあ、お小遣いあげるから」
「それ意味変わってないだろ」
この調子では、いつまで経っても就職のゴールに辿り着くどころか、職探しというスタートラインにすら立てなさそうだったので、俺は別の理由を作り言った。
「自分で稼いだお金で、本を買いたいんだよ」
そう言うと、やっと折れてくれた。という言い方はそぐわないかもしれないが、ソウカは本を閉じ、置いて。
代わりにペンを持ち、近くの紙にペンを走らせた。
十秒ほど部屋に、その足音が響いた所で、ペンは足を止めソウカは今日初めて俺の方を見た。
そしてその紙を差し出した。
「ここに行って…明日…いや明後日に」
紙を見ると、住所が書いていた。ここから少し歩く所だ。
「ここに何があるんだ?」
「仕事」
「何をするんだ?」
「仕事」
「その内容を訊いてるんだよ」
「行けば分かる」
「明後日の何時ごろに行けばいい?」
「お昼くらい。決まった時間はない」
と、それだけ話してソウカはまた小説の世界に帰っていった。
時間を飛ばして、明後日へ。
俺は、緊張で朝早くに目覚めてしまった。
リビングに行くと、当然誰もいなくて。あのミネラさんすらいない。
けど、その代わりに別の人間がいた。グランドだ。
「やあ、おはよう。早いね」
俺を見るなり、いつもの調子で手を上げた。
「お前こそ。こんな早くにどうしたんだよ」
「君に話したい事があってね。」
その、似合わない真剣な面持ちと、声色から真面目な話だと分かる。
「でもその前に、まずは君の身体の点検をしたいかな」
そういう訳で、俺達はこの家のグランドの研究室へ。
そこで、再び俺は生首状態で机に置かれていた。
「悪いけど、しばらくそのままでね」
「おう」
グランドは、よく分からん道具で俺の身体を弄り出した。
その顔は、然程真剣さが見られず、待ってるのも暇だったので先程の事を訊いてみることにした。
「それで、話したい事ってなんだよ」
「いやね、僕個人の事を話す訳じゃないと言うか」
このハッキリ言わない感じには覚えがある。
「ソウカの件関連か?」
ソウカの件とは、俺とグランドの間だけに伝わる言葉で、刺して殺して乗っ取って生き返らせての件である。
「ま、近いかな。もう訊いちゃうけどさ。君は正直に言って、ソウカを生き返らせて良かったと思うかい?」
「それは、どういう意味で?ソウカの事が好き嫌いって意味じゃないよな」
「勿論そうじゃなくて、ソウカにとってどちらが幸せだったのかって話。最初に言っておくけど、君を責めるだとかの意図は無いからね。第一、僕にそんな権利はない。」
「分かってるよ」
コイツは、そういう人間じゃないからな。
「最近のソウカは、どんな表情だい?」
訊かれて、記憶を辿ると……
「ずっと怖い顔だな。俺に対して」
グランドはそこで、作業の手を止めて、少し口元を緩めた。
「そっか。ならもうこの話はおしまいだ。それが聞けて良かった」
「え、もう終わり?今ので何か分かったのか」
「うん。どうやらソウカは今、生きてて楽しいみたいだよ」
あの顔で?ほんとかよ。
「人には、相手によって見せる顔って違うんだよね。仲の良い相手になればなるほどに、素に近い表情になるし。
逆に、嫌いな人とかだったら作り笑いとかになる」
「じゃあ、お前はあの怖い顔がソウカの素だって言いたいのか?」
「うん。まあ、真にソウカを理解しきれなかった僕だから間違っているかもだけどね。」
そして、グランドは最後に、僕にはいつも笑顔だった。と小さく言った。
そして、身体の点検は終わり、俺は元の人間ボディーに復活した。
「じゃ、僕はもう行くよ。ここにはしばらく来ないと思う」
「いつもだろ」
「そうじゃなくて、僕はこの家から出ようと思ってね」
思わず、え。と声が出る。急すぎるだろ。
「なんでだ」
「これ以上、僕がここにいては駄目だと思うし、それに前々から一人暮らしというのをやってみたかったんだ。
丁度、その資金も貯まったからね」
最後にグランドは、ここからは遠くないところに住むから大丈夫と言い残し、家から出て行った。
これからも、有り難い事に俺の身体の面倒は見てくれるようだ。
というやり取りをしていたら、ミネラさんが起きて、色々して昼ちょっと前になった。
俺はしっかりとソウカのメモを持って、時間に余裕を持って家から出た。
住所の所に行くと、そこにはまあまあ大層な建物があった。
でっかい扉を叩いて、返事があったので開ける。
中には、沢山の人々がいる。大事なのは第一印象。
俺は笑顔を作って、口を開け、大きな声を意識した所で、裏から大急ぎに身体の大きな男が出て来た。
「これはこれは。本日はどうも、ほんとに、来てくれてありがとうございます。あの、スレイヤ様でお間違いないでしょうか」
男は、言葉を何度も詰まらせ、間違え、震えながらそう言った。
「様だなんて、そんな。雇わせてもらう身で申し訳ないですよ」
男は大袈裟に手を振った。
「いえ、そんな、ほんとに。気にしないで下さい。申し訳なくないので。様と呼ばせてください。こちらが謝りたいです」
なんか変な人だな。と、またしてもあまり長時間喋りたく無い人だったので話を進める。
「それで、俺は何をしたら良いんですか?」
「いえ、ほんと何もしなくても結構です。お金ならいくらでもあげますんで」
「それはちょっと…俺働いてみたいんですよ」
達成感ってのを味わってみたいし。働いた後のベッドは最高に気持ちいいって聞くし。
「え、えぇ…分かりました。じゃあ、一つだけお願いしてもよろしいでしょうか…?」
男は恐る恐ると言った感じに、声と足を震わせて言った。
「はい。何でもどうぞ。頑張ります」
俺は、大きなバッグと紙束を渡された。これを指定された家に配りに行けばいいんだって。
大きな馬車も、使ってどうぞと言われたけど、それは断って俺は歩いて行く事にした。
だって疲れないとベッドでの気持ち良さを味わえないと思ったからね。
「ほんと、すみません。お気を付けて下さい」
男は震えながら、笑顔を浮かべて手を振った。
初めての仕事、それは配達員だった。これは中々厳しいもので、街中駆け回り、坂を上り下りしまくり、とにかく疲れた。
鎧の中の俺が、半分干からびた時に、ようやく全てを配り終え、俺はあの建物に戻った。
扉の前には、どうやらずっと男が待ってたみたいで、後ろには大量のお金が積んであった。
「どうぞ、本日のお給料です」
俺は思わず言葉が詰まる。だって、これ。
相場とか、時給だとかそんな細かい事は知らないけども、このお金はしばらくは遊んでも生活に困らないぞ。
「いいんですか、こんなに貰っちゃって」
「ええ、勿論ほんとに良いんです。逆に少なくなかったですかね?」
「そんな、少ないだなんて…」
しかし、この金額を前にすると、やはりと言うかある事が頭に浮かぶ。
俺は声を潜める。
「あの、怪しい仕事とかではないですよね?」
「ええ。勿論ですとも。我が社はこの街一番の配達業者なんで」
男の顔は青ざめていた。
その後俺は、こんなに沢山のお金を持って帰れないなと呟いたところ、馬車を貸してもらえたので、それで無事に全額持ち帰れた。
一旦、全てのお金は自室に放り込む。
そして、服を着替えて俺はベッドに飛び込んだ。
いつもと、然程感覚が変わらない事にガッカリしつつ、俺は再び頭を動かした。
最近、ふとした時に考える事が多くなった。
それはつまり、俺が何か悩みを抱えている事を意味するわけで。
グランドは言った。僕はいない方が良いと。
しかし、それを言うならば俺の方こそいてはいけない人間なのではないだろうか。
ソウカからしてみても、私欲で自分の身体を乗っ取った奴となんていたくないだろうし、第一俺はいつも睨まれてばかりで、ソウカに嫌われているし。
うん。アイツの幸せを望むのなら、俺はここにいてはいけないな。
丁度お金はあるし、俺も一人暮らしって奴をしてみるかな。
俺はスライムの頃も合わせて、人間で換算すると独り立ちしてもおかしくない年齢だしな。
そう思い立って、俺は最後に挨拶をしていく事にした。
それが筋というか、まあ大事だと思ったから。
最初は家主である、ソウカに挨拶に行った。
ソウカは、いつもと変わらずリビングのソファーで、またまた分厚い本を読んでいた。
ふと、その本を覗き込むと俺の好きなシーンだった。
「それ、良いシーンだよな。主人公がカッコ良くてさ」
「うん」
俺は、向かいのソファーに座った。
俺の事で場を改めさせたり、整わせるのも、かしこまらせるのも嫌だったので、今から世間話でもしますよ。という声色で俺は話し始めた。
「なあ、ソウカ」
「なに」
ソウカの目は本に。いつも通り俺の話に興味なし。
「俺、この家から出ようと思ってさ」
沈黙。
「そう。分かった」
良かった、今回はアッサリと分かってくれた。
理由を訊かれたら、なんて答えればいいか分かんなかったしな。
「なんでか、理由を訊いてもいい」
訊かれた。コイツ俺の心でも読めるのか。
「あー、まああれだよ。一人暮らしに憧れがあって」
これは嘘ではない。
「そう。確かに…憧れるかもね」
その返しは意外だった。てっきり、自分からミネラさんについて来てほしいと言ったコイツが、一人暮らしに憧れがあるとは。
「そういう訳だからさ、今までお世話になりましたってのを伝えに来たんだ。」
「後、本当悪かったな色々自分勝手で。ごめんな。謝ってどうにかなる問題じゃないけど、俺に出来る事ならなんでも言ってくれ。償うから」
それっきり、ソウカは口を開かず、目は動かず。
俺と話す気が無いんだろうな。俺は席を立った。
最後にミネラさんの所に向かう。しかし見当たらない。買い出しだろうか。
待っている間に、ケイにも挨拶と思ったけども、アイツもいない。
仕方がないので、自室に戻って支度を始めた。
バッグに好きな本と、今日のお金を詰めて。
そうこうしていたら、家の扉が開いた。
見に行くと、やっぱりミネラさんがいた。
「あ、スレイヤさん」
ミネラさんの手は何も持っておらず、買い出しでは無かったようだ。
「少し、今いいですか?」
「なんですか?」
二人の間に、真面目な空気が流れる。
いつぞやの事を思い出して、緊張するけども俺は振り絞って声を出した。
「実は、急なんですけど俺、この家から出ます」
「え!」
ミネラさんの顔がお手本の様に驚き顔になる。
「どうしたんですか。ソウカと喧嘩でもしたんですか」
「喧嘩はしてないですけど、なんて言うか。ソウカは俺がいない方が嬉しいかなって」
ミネラさんは、少し黙る。それから経って口を開いた。
「最初はね。勘違いしちゃうと思うんですけどね。ソウカはあれでいて、結構貴方の事を好いているんですよ」
説得力があった。やはり長年一緒にいたミネラさんの言葉だからだろう。
「そうなんですかね。そうは見えないんですけど」
「あの子、いつも仏頂面でしょ。でもあれが今のあの子の素の顔なの」
「貴方まで、いなくなったらあの子はまた塞ぎ込んじゃう。だから嫌で無いなら、一緒にいてあげてください」
ミネラさんは頭こそ下げなかったが、随分とかしこまって、そう言った。
不思議と、俺にはもうこの家から出ようなんて気は無かった。
やはり俺はこの人の言葉に弱いのだと、改めて実感する。
しかし、それでも思う所はあって、一旦保留にする事にしたけど、どうしようかと歩き回っていると、俺はリビングに辿り着いた。
そこには、いつものようにソウカが、本を読んでいて、それをふと覗き込むと丁度俺の好きなシーンだった。
てか、さっきとページ変わってないな。
「まだ、そのページ読んでるのか」
「面白いから」
確かに、面白いな。その場面は。なんといっても主人公がカッコいいんだ。
とか思ってたら、ソウカの手は動き、ページは次に進んだ。




