超級
正確には体は無い。ではなくて、作っても意味が無い。との事だった。
どういう事か、つまり口の特殊な魔法陣に魔力を流し込み声を発するのと同じで、体を動かすにはそれ相応の魔力を流す必要が、ある。
手には手に、足には足に魔力を流し込む。
貧弱なスライムの俺の魔力では、体を動かせる程の魔力は無いのだという。そして、絶えず体を動かせる程の魔力総量も俺にはない。
故に作る意味がない。と、なれば話は自然に魔力増量の話に移るのだけど。また一つ問題が浮上する。
「どうすれば良いんだ。」
切羽詰まった俺は、思わず目の前のグランドに、そう投げかける。
魔力を増やしたいのならひたすら魔法を発動させればいい。
だかしかし、今の俺はただの生首である。生首では、発動出来る魔法が無いのだ。
「良い手があるよ。」
ポンと手を叩き、俺に向き直る。何か案があるようだ。流石グランド。こいつに相談して良かった。
「ちょっと待ってて。」と、言い残し、グランドはしばらく席を外した。
「お待たせ。」
帰って来たグランドの手には手がある。
ややこしい言い方をしてしまったので、訂正するとグランドが、手を持っている。
「その手で、何をするんだ?」
「うん。ちょっと失礼。」
グランドは俺の顎を上げて、口を開かせ、手首を思いっきり、中に突っ込んだ。
「ごっ…おっ…」
喉は無いのに、何故だか気持ち悪さが込み上げてくる。
「これなら、魔法は使えるよ。」
なるほど。確かに問題は解決したように見える。しかし、グランドよ。致命的な欠陥がこの手にはある。
「お…」
俺は塞がれた口をモゴモゴして、一旦手を外すように合図する。
「ん。どうしたの?」
しかし、伝わってない様子。俺は、ならばと首を上下に動かして、手を振り落とそうとする。
「あ、外して欲しいのね。ちょっと待って。」
良かった。伝わった。グランドは俺の口から手を引っこ抜いてくれた。
「で、どうしたの?」
「グランド。この手なら、確かに魔法は使えるだろう。でも、せっかく喋れる様になったのにこれじゃ意味ないじゃないか。」
グランドは取り出した手を拭きながら答える。
「君。そうは言ってもね。この手しかないんだよ。君が魔法を使えるようになる為には。」
「…本当に他には手は無いのか?」
ダメ元だけど、俺はそう訊いた。やっぱり口があるなら、喋りたい。
「無いね。残念だけども、またしばらくは喋られない生活を送ってもらうしか。なんせこの手しかないからね。」
ならもう贅沢は、我儘は言うまい。
「分かった。よしグランド。もう一度突っ込んでくれ。」
「はい来た。」
グランドは勢いよく、容赦なく俺の口に手を突っ込んだ。
―――
「はい。という訳なんで、しばらくよろしくお願いしますね。ミネラさん。」
俺はソウカ邸、リビングの窓の前に置かれ、面倒を見てもらう事になった。
何故窓の前なのかと言うと、移動の出来ない俺が魔法を放つのにうってつけの場所だからである。
窓を開け、水球を放つ。魔力切れスレスレまで。そして、魔力の回復を寝て待つ。魔力が回復したらまた放つ。それの繰り返し。
「は、はい。分かりました。」
俺を受け取るミネラの顔は、笑顔。しかし顔の歪みを隠し切れてない。苦笑いだ。
それも当然。だって生首ってだけで気色悪いのに、おまけに口から手が生えてるんだもん。そりゃ笑顔も出来なくなるよ。
「では、ここに置かせてもらいますね。スレイヤ君。」
窓辺に俺を置いた後、すぐにミネラは去って行った。
よほど不気味だったのだろう。気持ちは分かるけど少しショック。
俺からすぐ見える場所に、ソウカがソファーに寝っ転がって読書している。
側の机に本を積み重ねて。机にはお菓子とティーカップ。あいつ、あそこから動く気無いな。
俺がこの家に住んでから、ソウカはいつもあんな感じだ。
でも誰もそれを咎めたりはしない。それは家主に気を遣ってという訳で無く、ミネラさんの反応を見るに、あれがソウカの普段通りの生活なのだ。
自堕落が人を成した様な奴が、ソウカなのだ。
まあでも、あれで本人が楽しんでいるならば文句は言うまい。楽しければなんでも良い。
ソウカが俺を見て一言。
「うわっ。気持ち悪っ…。」
気持ちは分かるけどね。そんなゴミを見るような目で言わなくてもいいじゃんよ。傷ついちゃうよ俺…。
心に傷を負った俺は、窓を開けて、早速魔力増量の特訓を始めた。一刻も早く体を手に入れる為に。一刻も早く、キモイと言われない為に…!
声もなく、静かに俺は決意した。
魔法、寝る。魔法、寝る。の生活を続けていたある日、思い立った様に、唐突にソウカが立ち上がった。
そして俺の前に来る。
「私、縛られているのは好きじゃないの。」
はぁ。そんなの好きな奴いないと思いますけど。
と、よく分からない事を宣言する様に言い放ち、ソウカは家を飛び出してしまった。
それに、入れ替わりになるように久しぶりぶりにグランドが家に帰って来た。
「やあ。調子どう?順調かい?」
俺が言わずとも、グランドは手を引っこ抜く。
「ああ。最初に比べたら、大分増えたんじゃないかな。」
「そうかい。じゃ僕も体制作のスピードを上げようかな。」
「おう。頼んだ。」
それより、と言ってグランドは扉の向こうを指差す。
「さっきソウカに会ったけど、嬉しそうな顔をしてたんだ。何かあったの?」
嬉しそうな顔。思い当たる事はないな。
「何も無かったと思うけどな。」
「ふーん。まあソウカはよく分からない所にツボがあるからね。」
「それよりと言うなら、俺も聞きたいことがあるんだが。」
グランドは、その辺の椅子を俺の前に置き、腰掛ける。
「なんだい?」
「あのソウカが、珍しく立ち上がってさ。どうしたと思えば、よく分からん事を言って家を出て行ったんだ。どこいったと思う?」
「学校だろうね。多分超級試験を受けに行ったんだ。」
グランドは、即答した。流石元婚約者。考えている事はお見通しか。
グランドの言った通り、ソウカはその日の夜に、超級認定書と共に家に帰って来た。
そして、帰宅早々、俺とミネラさんに言った。
「私、学校から解放されて来たわ。」
その言葉で、大体読めて来た。
あの学校には、明確なやめ時。一般的な学校で言うところの卒業は無い。極めたい物を極めたら自分から辞める。辞めたくなったら辞める。
そういう学校。しかし、ソウカ程の人間ともなれば話は別だ。
学校側からしたら、俺の知らない理由も含めてソウカを在学させておきたい。だから、ソウカは大衆に知らしめる為に超級試験を受けて合格したのだ。
もう、ここで学べる事は一切ない。私がここに残る理由はないと、言う為に。
ソウカは、認定書をその辺に投げておくと、また寝っ転がった。
「ミネラ。ご飯出来たら言ってね。それまで私寝る。疲れた。」
そう言って、ソウカは目を閉じた。
ともあれ、やっぱりソウカは凄い奴だ。超級魔法使いなんて、殆どの人間になる事は叶わないのに。
「どうも、スレイヤさん。」
うわっ!びっくりした。
急に横からケイが話しかけて来た。
ケイは掃除用の服を畳みながら、俺を見る。
ケイには、今後一緒に暮らしていく仲間として、俺達の事を話したらしい。
ソウカの中に俺がいた事とか、諸々。
「魔法、使える様になったんですか?」
俺はウンウンと頷く。
「へえ。ちょっと俺に見せて下さいよ。」
キラキラした目で俺を見る。ケイに頼まれると、断れる気がしない。なんだか、期待に答えたくなるというか。
俺は窓を開けて、手から水球を出して、遠くに放った。
「うわっ。凄ぇ。魔法すげー。」
そうかな。ただの初級魔法なのに。しかし褒められるのは悪い気はしない。
ケイは自分の手を見る。
「俺なんて、魔力が一切ないですからね。魔法、憧れます。」
そういえば、そうだったな。ケイは魔力が無いんだった。
ケイ自身の手を、天に翳して、片目を瞑る。
「一回で良いから、俺も打ってみたいもんですよ。こう、バシューンって。」
魔法に憧れる気持ちは、よく分かる。だから俺は頭を回す。何か無いだろうか。魔力無しだけど、魔法を扱う方法は。
という考えを回していた所に、リビングにミネラの声が響く。
「ご飯、出来ましたよ。」
そして、チラリとリビングに顔を覗かせると俺と目があった。
「あっ…。」
取り繕いきれない、顔で奥にミネラは顔を引っ込めた。
悲しい。
―――
俺は今、観劇のあまり涙が溢れそうである。この体にそんな機能は無いのだけれど。
「よし、どうかな。」
その日、グランドが早朝に興奮気味に体を持って部屋に駆け込んできた。
そして今、俺は念願叶って遂に、自分だけの体を手に入れる事が出来たのだ。
「全く問題無し。完璧だよ。グランド君。」
顔があって手があって足があって胴体があって……人間の体だ。口にも何も入っていない。最高の体だ。
そんな俺に、グランドが申し訳なさそうな顔で言う。
「あのー、その声だけどもね。ちょっと高すぎるんじゃないのかな。」
え? 言われて一声だす。
「あー。」
確かに高い。人によっては耳がキンキンしそうな高さ。
「悪い、興奮しすぎてたみたいだ。」
俺は一礼詫びて、魔力を調節して、少年声にする。
「お、良いねその声。」
こうして、あのプロローグへと繋がる訳だ。




