目覚め
俺の感覚の全ては無くなった。どこかも分からないただただ黒い空間で、ただ思考しているだけ。
直感だけれども、多分俺は死んだのだろう。
ほら、死んだらしばらくは耳が聞こえるって言うじゃん。多分そんな感じで、死んだけどしばらく考える事だけは出来る的な。
どうせ、後は何も残らず死ぬだけだし、色々、俺のこれまでを振り返って、後悔があればそれを挙げていこうか。
走馬灯なんてのは無かったから、自分で走馬灯をやっちゃおう。
死んだ後に走馬灯をやるってのもおかしい話だけどね。
まず、俺の最初。スライムの頃だな。あの頃は弱くってな。
ま、弱いのは今も変わらないんだけど。そしてザディに助けられて。一緒に旅をして。
今ザディは何してんだろ。結局、再開する事なく死んじゃったな。
あんまり良い別れじゃなかったから、もう一度会いたかった。
そして、ザディと別れた後はソウカに会ったんだよな。死体だったけど。
そして、俺がソウカの体を乗っ取って…。色々あったな。全部俺が発端なのだけども、言わせてもらうと大変な事ばかりだった。
結局、人間になってやりたかった剣の修行は出来ずじまいだった。
唐突に頭がガクンと揺れる感覚があった。
ん…何か凄い眠い。眠気が凄い。もう終わりの時間か。
最後だし、何か来世に期待する事でも願っとくか。
来世は人間に生まれますように。
俺はそこで、10時間絶えず動いた後、ベッドに飛び込んだ時みたいな眠気に襲われる。絶対に抗えない眠気。睡魔。
もう寝ようか。贅沢言うならベッドで寝たかったけど。ま、これも悪くない寝床だし、いいか。
―――――
ペチペチ。ペチペチと体が叩かれる感触で、俺の目は覚めた。寝たのだから起きるのは当然なのだけど、俺はしばらくそこが現実なのかは分からなかった。
「よか――おき――」
誰かが喋っているけど、よく聴こえない。それに、目の前に誰かいるけど、顔がぼやけてよく見えない。
ペチと叩いていた音と、この感覚で理解する。俺はスライムだ。そして、俺の自我が残っている事から死んでないし生まれ変わってない。
そう自覚した瞬間に、視覚、聴覚共に多少はマシになる。
ボヤけが晴れて、顔をが見えてくる。
グランドじゃないか。それに横にはソウカ。後ろには、ミネラまでいる。ケイやメイさんはいないみたいだ。
「起きたばかりで悪いんだけど、すぐにここを発たなくちゃいけないんだ。」
ここってどこだ。俺は今、どこにいる?辺りを見る。
なんだ。またあの森じゃないか。ソウカを見つけた森。
ん、いや本当にあの森か?ここ。
よく見ると倒れた大木は、立派に成長して生えているし、草花に血は付いていない。
いや、血は落ちるものか。だとしても、あの木はもう修復出来ないと思っていたのに。
それに、ここはあの森。つまりオーベルの街だろ。なんですぐに発つ必要があるんだ。
「色々気になるだろうけども、今は話せないんだ。でもいつか必ず君に話すから。それまで待ってて欲しい。」
グランドは俺の声が聞こえている訳ではないだろうに、示し合わせた様な、ナイスタイミングでそう言った。
よく見ると、3人共ローブを着てる。オシャレではない。こういう着方は流行りではなかった。
だとするとローブを着らざるを得ない時なんて、大体絞れてくる。それに加えて、先程のグランドの発言。
もしかして、追われる身なのか?
というのが、俺が起きた時の話。なんでも、後から聞いた話だと俺が眠りについてから、起きるまで8ヶ月もの月日が流れていたらしい。
そして、それから1ヶ月後にあの、プロローグへと繋がるわけだけども、1ヶ月経った今でも、何故この時3人が追われていたのか。あの空間で、最後にソウカは俺に何を言い、何を思ったのかは謎のままである。
しかし、少しだけ分かることもある。どうやら俺のいぬ間に、色々な事が起きて、色々な事が終わったらしい。
その色々はさっきも言った通り話してはもらえてないんだけども、どうやら山場は乗り越えた。そして、2人とも自分の姓を名乗らなくなった。使わなくなった。
それだけが、今の俺に分かる事だ。
だけど、本人達がいつか教える。その時まで待って欲しい。と言っているのだから。訊く側の俺は、ゆっくりと話してくれるその時を待てば良いのだ。
さて。ここまで話し終えた所で、次はこの1ヶ月の事を話そうと思う。いかにして俺の物語が始まったのか、を。
―――
足早に、コソコソと街を出た俺達は、学校に向かった。
当時は、親の名義を使って在籍している学校なのにまだ通えるのか?と疑問に思っていたけど、何の問題も無しに今もグランド、ソウカ共にあの学校に通えている。
それに関しては色々と頭を回転させて考えてみたけれど、結果的に今も通えているんだから良いかと、落ち着き、この件で考える事は辞めた。
そして、学校に着いた。俺は寮に行くのかと思っていたら、なんとソウカは自分の家を、学校近くの住居区で購入していた。
なんでも、誰かと一緒に住む寮は耐えられない。との事だ。
家についてだけど、流石に屋敷程豪華だった訳では無かったが。それでも一般人から見れば羨ましいと言える。外観と内装。立地も悪くない。
ま、一つ悪い所を挙げるなら、家の奥。部屋の一室をグランドが改造して、真っ暗な研究室二号を作った事かな。
それ以外は文句の付け所もない家だ。
どうして、貴族の家で無くなったソウカがこんな立派な家を買えたかについてだけど。
ソウカは俺のいない八ヶ月の間に、持ち前の能力と才能で、あらゆる職業に付き、兼業したからだ。
細かな金額は、生々しくて訊けていないんだけどざっと小金持ちくらいは一人で稼いだとか。
全く凄い奴だね。
さて、そんな凄い奴が買った、凄い家に住む住人を軽く紹介しよう。
まずは家主ソウカ。基本的には居間でずっとゴロゴロしている。外に出るのが嫌いみたい。
次に、住み込みメイド、ミネラ。元々はソウカの両親に仕えて、ソウカの面倒を見ていた彼女だが、最終的にはソウカに仕える事になった。
三番手に紹介するは、ケイ。俺がいない間もグランドが世話を焼き、今後とも一緒にいる事になった。
最後に俺。厳密にはグランドもこの家に部屋があるのだけど、あいつは滅多に帰ってこない。ずっと学校の研究室に籠りっぱなし。なんでも、とても大事な何かを発明しているとか。
以上が、ソウカハウスに住む住人達。
住人たちの紹介が終わった所で、この一ヶ月の大まかな出来事も紹介しよう。
―――
なんだかんだあったけれども、この家に来てもう一週間経った。
その間も依然として俺は喋れないまま。スライムのままだからね。
スライムの体にと、それにこの家にカーペットが多いせいで、俺は一点の場所から動かない様に命じられている。
おかげで毎日暇で暇でしょうがない。たまに、誰か来て、今日の出来事なんかを話してくれるけれど、暇な時間の方がそれでも多い。
こうなると、やはり人間の体は素晴らしかったんだと再認識する。
本読みたいし、歩きたいし。
それに、これ見よがしに目の前でダラダラしながら本を読んでいるソウカにも腹が立つ。
俺が動けないのを良いことに、目の前で豪華な食事まで食べる始末。
性格の悪い奴だ。
そんな生活を送っていたある日の事。早朝から、勢いよく家の扉が開いて、慌ただしくドタドタと足音を立ててグランドがやって来た。
グランドは寝ている俺をペチペチと起こすと、興奮した顔で、人間の生首を見せて来た。
おわっ!なんだこれ。ついに殺っちまったか。コイツ。
「違う、違う。これ本物じゃないよ。」
またコイツは。俺の声が聞こえている訳でもないだろうに。タイミング良い奴だな。
「ま、説明するよりやって貰った方が良いかな。」
わ!
グランドは生首を俺の体にグイグイと入れ込んだ。
「口の部分にさ。特殊な魔法陣が組み込んでいて、そこに魔力を流せば喋られるんだよ。やってみて。」
もしかして、ここの所コイツが作っていたのはこれだったのか?なんだか込み上げてくるものがある。
俺は言われた通りに口に魔力を流し込む。といっても、スライムの魔力量なんかごく僅かなものなので、流し込むのは少量だけ。
「何か、喋ってみて。」
「あー。」
生首の口がパクパクと音を立てて声を出す。出た声は高く、女声だ。
「声の高さは、魔力を流す速さで調節出来るよ。速く流せば高くなる。遅く流せば、その逆に。なんだけど、これは失敗かな。」
「失敗?どこがだ。」
パクパクと鳴る口。
「そこだよ。一々パクパク言うなんて、うるさいでしょ。」
確かに。そうかも。
「じゃ、直してくれよ。」
パクパク
「もちろん。帰ってくるのが面倒いから、君も一緒に来てもらおうか。」
グランドは俺を待つ。そして、部屋を出ようとするグランドを俺は止めた。
「待ってくれ。この絵面マズくないか?」
朝早くから、少年が生首を持ち歩く。通報されるぞ。
「あっ。ほんとだ。こんな不審物持ってたら怖がられちゃうね。」
色んな意味でね。
俺をバックに詰め込んで、いざ出発。
校内に入って、少しだけ、バッグから顔を出す。久しぶりに見る校舎。何か変わった所はない。
この学校に、何か思い残した事もない。しかし、もう俺は生徒として立ち入る事は出来ないんだと思うと、少し切ない気持ちになって来た。
それに、仲良くなった奴も、あくまで、ソウカとして仲良くなった訳で、俺個人とはなんの面識もないんだよな。
叶うなら、また友達になりたいもんだね。
今俺生首だけど。
「さて、着いたよ。」
「うわ。」
これまた久しぶりの研究室に入って、思わず声を上げてしまった。
汚い。床にゴミが散乱してて汚い。掃除しろよ。
と思ったけど、俺の為に色々やってくれたんだよなと思うと、俺が掃除したい気持ちになる。
「ごめんね。ちょっと汚れてるけど、気にしないでよ。」
ちょっとじゃないけどな。
「…うわ!」
本日何度目かの悲鳴。しかし今のは今日一番大きな声で、一番の衝撃だった。
ずらりと横長の棚に並ぶ生首と、人の体のパーツ。
気持ち悪…。てか怖っ。
カタカタと体が震えた。
「何…これ?」
パクパク
「いや、待って。誤解しないで。僕は決して危ない研究をしていた訳じゃないんだ。」
「ほら。」
グランドは棚の生首を掴んで俺に見せる。顔のパーツがない真っ白な顔。
「…なんだこれ。」
「そして、次に…はい。」
グランドは棚から別の首を持ってくる。
「だから、なんなんだよこれ。」
意図が分からず、思わず訊く。
「ほら、この顔の形をよく見比べてみてよ。」
形?言われて交互に見るけれど、スライムの貧弱な視力じゃよく見えん。
「駄目だ。この体、視力が悪すぎる。」
「あ、そっか。待ってて。」
グランドは別の棚を漁って、何やら持って来た。そしてそれを俺の目に嵌めた。
「なに、したんだ?」
「僕が作った目を嵌めてみた。さっきと同じく魔力を流したら、見えるようになると思うよ。」
また、コイツは凄い物を作ったな。
魔力を流す。みるみると晴れる視界。こりゃ便利な物だ。
そしてさっきの首を交互に見る。
でも、グランドが何を伝えたいのか分からなかった。
「なあ、結局何が言いたいんだ?」
グランドは、両方の顔の輪郭の部分を指す。
「ここをよく見てよ。」
んー。あっ!そこでやっと気づけた。
「左の顔は面長で、右の顔はやや、丸顔気味…って事か?」
グランドが一気に晴れる様に笑顔になる。
「その通りだよ!その日の気分によって顔を変えられる様に、拘ったんだ。いやー良かった。気付けてもらえて。」
「って事は、棚に並んでる奴も、全部輪郭の形が微妙に違うのか?」
グランドが棚の前に移動する。
「そうそう。左が、女の子の顔で、右が男の子の顔。」
もうここまで来ると、コイツには作れないものはないんじゃないかとさえ思ってくる。
「はえー。凄いな。」
そういうと、
「ふふん。そうでしょ。」
自慢げに鼻を尖らせた。
「それで、何か要望はあるかな。どういう顔にしたいとか。ある程度なら応えられると思うけど。」
ふむ。そうだな。…別に無いな。あ、いやでもしいて言うなら。
「男らしい顔が良いかな。」
人目を気にせずに、俺という一人称を使いたいからな。
「ふむふむ。何歳くらいの顔にしたいとかはある?」
どうしよう。男らしいと言ったら俺の中のイメージは大体30代なんだけど。10代20代の中にオッサン顔がいても良いものか。
「…10代後半の顔にしてくれ。」
「でもそうすると、あまり漢らしさは出さないかもなんだけど。」
「じゃあ、もう普通って感じの顔でいいや。」
「分かった。顔が出来るまで、ちょっと待っててね。」
研究室の中でゴロゴロする事、数十分。
「出来た!」
と、声がして生首を持ったグランドがゴミを掻き分けて、駆け寄ってくる。
「早速、被ってみてよ。」
今の顔を取っ払い、新たなる顔にチェンジ。
「はい、鏡どうぞ。」
ふむ。カッコいい顔じゃないか。
「良いね。バッチリだ。」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。」
しかしだな。グランド君。顔はカッコいいんだけどね。
「…贅沢言う訳じゃないけど、体は用意して貰えるんでしょうか?」
「いや、無いけど。」
グランドは、極めてキッパリとした顔で断った。
じゃあ、どんな顔でも大差ないじゃないか。




