危険人物
その瞬間ガラリと辺りの風景は変わった。俺は屋敷の一室にいたはずなのに、今はどこかの煌びやかなホールにいる。
「ここ、どう思う?」
不意に、後ろから声を掛けられた。
そいつを見ようとして、後ろを振り向こうとするけど、思うように体が動かない。
魔力切れのせいかと思ったが、どうやら違う。この体の感覚は、慣れ親しみ、そして俺が最も嫌いな感覚だ。
床に体はくっつくし、視界もぼやけるし、後ろの奴が何言ってるか、モヤがかかったように聞こえづらい。
俺はスライムの体に戻っていた。
「そうなの?スライムってそんな不便だったんだ。」
まあ。スライムだからな。
って、あれ?何かおかしい。
「そうかな。おかしい事なんてある?」
俺はスライムで、喋られないはずなのに。何故かコイツと意思疎通が出来ている。
「まあ。ここは何でもありだからね。」
「何でもありだから、こういう事も出来ちゃうよ。」
体に手が触れる感覚があった。そして、視界と聴覚のモヤが一気に晴れる。体も床に張り付かない。凄い、新鮮な気分だ。
そして、俺は後ろの奴を見る。
大体予想はついていたけど、ソイツの正体はソウカだった。
長らく、俺の体だったソウカ。見間違う筈がない。
でも、なんだろう。俺の時と顔のパーツは同じなのに、全く違う。全く同じで、全てが違う。雰囲気や、声が重々しい。
ここで、俺はショウやミネラが言っていた訳が分かった。そして、グランドがソウカの事を何一つ分かっていなかったんだとも理解した。
「そう。あの人は私を一つも知らなかった。」
あの人なんて、随分よそよそしいじゃないか。
「だって、私とあの人は他人同士だもの。」
でも、婚約者なんだろ?
「親が勝手に決めただけ。私にその気は無かった。」
「そんな話はどうでも良くてさ。さっきの私の質問に答えてよ。」
ここがどう思うか?ってやつ?
「そう。どう思う?」
俺は辺りをぐるりと見る。
綺麗な所じゃないか。豪華な飾りつけに。あそこのテーブルとテーブルクロスなんて、かなりお高い物だろ。生地に良い素材を使ってる。
てか、全体的にここはお金が掛かってる。
「そうね。貴族はお金で飾らないと、価値を見出せない人達だからね。」
「私も、ここは綺麗な場所だと思ってた。」
思ってた?
「じゃ、次行きましょ。」
また、風景がガラリと変わる。次の場所は、森の中であった。
あの時と全く同じ。倒れた大木に、血塗られた草花。
この場所は、俺の記憶の中で1番強く焼き付いている。
「どこか分かる?」
お前が死んでた場所だろ。
「なんか、その言い方好きじゃない。私が自殺した場所って言って。」
大差ないだろ、それ。あとやっぱりお前、自殺だったんだな。
「うん。だってあの人如きに、この私を殺せる訳ないでしょ。」
「大変だったよ。あの人から刺された傷はすぐに治っちゃったから、自分で刺し直して。」
「あの人が犯人にされたら困るから、わざわざ結界を壊して、魔物を呼んで。」
あの危険人物はお前だったのかよ。
「そうよ。魔物を呼んで、色々しようと思ってたんだけど。それは無駄になってしまったからね。」
色々?
「話せば長いから、この話はお終い。話題を変えましょ。」
分かった。じゃあ話題を戻そう。
勇気あるな。俺なら自分を刺すなんて怖くて出来ないよ。
「私に勇気はない。それしか道が無かったからやっただけ。」
それしかって事はないんじゃないか。お前程、才能ある奴なら。それこそ、魔法を極めたりとかさ。
「いいや。それは無理。言ったでしょ。それしか道が無かったって。」
ふむ。ミネラはソウカがある時から笑顔を失ったと言った。
そして、挙句ソウカは自殺した。
つまり、何かそれ程までに思い詰める事があったのだろうか。道が1つしかないと。思い込んでしまう程、視界が狭まってしまう程に。
「まあ。そうだね。色々あったね。」
何があったんだ?
「それは、言わない。言いたくない。どうせ言っても意味ないし。」
意味ないかどうかは聞いてみないと分かんないだろ。どうしても言いたくないってなら、無理しなくて良いけどさ。
「じゃあ。無理したくないから言わない。」
ならそれで良い。でもな、人は言われなきゃ分かんないままだぞ。
「私のは、誰かに言って、どうにかなる話じゃないの。誰かに助けを求ても、それは意味のない行為なの。」
誰かに、助けを求た事があるのか?
「…いや。ないけど。でも意味のない事だって分かるの。」
なんで、やってもいない事を意味が無いって決めつけるんだ。何事も、やるまでやり尽くして。最後の最期に、意味があったかどうかが分かるんだろ。
「私の事。何も知らないくせに。よくそこまで説教じみた言葉を並べられるね。」
何も知らないから。教えてもらいたいんじゃないか。
さっきも言ったけど、人は言われなかったら何も分からない。人はなんでも察せられる訳じゃないんだ。
「…もういい。この話はお終い。どうせダラダラこの話を続けても、私は誰にも何も話さないし。それに貴方の時間が終わっちゃう。」
俺の時間?ああ。そういう事か。俺が魔力切れだから死んじゃうって事だな。
「違う。死ぬのは確かだし。魔力切れなのも本当。でも貴方が死ぬ理由はそれじゃない。」
そうなのか?
「うん。そうなの。簡単に言うと、貴方は私の体にいられなくなるから死ぬの。」
どういう事だ?俺は前にも、お前の体から出た事があるけど、死にはしなかったぞ?
「それは、貴方が私になっていなかったから。」
「グランドが、言ってたでしょ。適合だか、適応だかって。」
ああ。言ってたな。
「つまり、今の貴方は私になりかけてしまっているのよ。その適応が進みすぎて。そのせいで、貴方の魂は私の魂と遜色が無くなった。」
「言うなれば、貴方はわたしで。貴方の魂は私の魂の複製になってしまっているの。私の体の一部に貴方はなってしまっているの。」
ああ。なるほど…?
「ピンと来てないみたいだから、もう少し話すけど。貴方、古代魔法発動の時、どう思った?俺には古代の魔法なんて扱えないよー。って思った?」
いや、俺とソウカの魔力を合わせたら発動出来ると思ってたな。そういえば。
「でしょ。それが何よりの証拠。中級魔法すら発動出来なかった貴方が、私になりかけた事で、古代魔法発動を不可能な事だと思わなくなった。」
ああ。そうか。そんな中で、俺は、お前の魂を体に呼び寄せた。
「そう。で、2つの同じ物は共存出来ない。だから魔力を失くした貴方は私の体から追い出される。抜け殻同然の貴女が追い出される。魂が体をなくせば、それは死と同義。」
じゃあ。理屈は違ったけど、俺の死の予感は的中したって訳だ。
「そういう事。いいなー。私も死んだままが良かったよ。」
お前は俺に、余計な事をされたと思ってるか?
いらん世話を焼かれたと思ってるか?
「そうね。でも、あの言葉を言ってくれたら。そうは思わなくなるかも。」
あの言葉?なんかあったっけ。
「ほら。貴方が、誰にも言ってない言葉。」
そんなのあったか?
「グランドを助けるって決めた時に、同時に思った事よ。」
あー。あれか。でも俺の記憶や考えている事は、その様子じゃ。お前にはお見通しなんだろ?じゃあわざわざ言う必要ないだろ。
「いーや。言わなきゃ駄目。貴方風に言うなら、改めて本人の口から聞きたいって奴。」
自分の言葉を使われてしまっては、言わざるを得ないくなってしまった。
じゃあ。分かったよ。口に出すのは恥ずかしいけどな。
俺は、恵まれてるのに、それに気が付かないで不幸な奴が嫌いだ。
せっかく恵まれて生まれたんだから、せめてそいつらには最後まで恵まれてて欲しい。幸せでいて欲しい。
その幸せが分からないなら、その恵まれた力で見つけ出して欲しい。幸せに気が付けないなら、その恵まれた環境に頼って欲しい。
だから、ソウカ。お前が幸せになるまで、俺はお前に生きていて欲しい。
言って…俺の視界は真っ暗く、電流が見えるんじゃないかというほどに痺れる。
もう目は見えない。体も動かない。
最期に、微かに聞こえた声には、重みは乗っていなかった。




