研究
翌日。朝に誰も起こしに来ない事に若干の寂しさを感じながら洗面所に向かう。顔洗って歯を磨いて適当に髪をクシでとかす。
ここでの食事は朝、昼、夜と3食用意されていて、それぞれ部屋か食堂でとるかを自由に選べる。
昨夜は部屋だったので今日は食堂に行くことにした。
扉を開ける。すると同タイミングで隣の部屋からグランドが顔を出した。
「おはよう。寝れたかい?」
と、朝にも関わらず元気な声で聞いて来たので俺は、
「うん」
と短く答えた。
俺は朝はテンション低いタイプ。寝起きなら尚更。
「食堂に向かうなら僕も着いていっていい?」
「どうぞ」
「あれ。機嫌悪い?」
「朝だからな。いつもの調子が出ないだけ」
「そういうところはソウカと一緒だね。スレイヤは」
そう言われてハッとした。そういえば俺は昨日からスレイヤという名前になったんだとおもいだした。
昨日。グランドに何故その名前にしたかを聞かれた。
スレイヤという名前は俺の好きな小説のいずれ英雄になる主人公の名前だ。
でも別に俺自身英雄になりたくてこの名前にした訳ではないし、何故と聞かれたら何となく気に入った名前だからとしか答えようがない。
――
食堂についた。朝は昨日ほど豪華ではなく、俺の好みに近い味付けだった。満足。
部屋に帰り、一旦横になる。
何もする事が無い。暇。持って来た本があるけど、どれも読み尽くしたものばかり。今読み返そうとは思えない。
魔法の練習…は室内だから駄目。そういや図書館があるとかグランドが言ってたっけ。
俺は早速図書館に行く事にした。…の前に喉乾いたから水を一杯飲んでから。
扉を開ける。すると同タイミングで隣の部屋からグランドが顔を出した。……
「やあ」
俺を見るなりコイツは笑って手を上げた。
「なんでいる。待ち伏せか」
「いやあ。たまたまだよ」
なんともわざとらしい言い方だ。
「それで?どこに行くんだい?」
「図書館。本を見たい」
「じゃ、僕も行こう」
「なんでだよ」
「本を見たいからさ」
何か企んでいる気がするが、俺達はそのまま図書館に向かった。
図書館は以前いった所とは違い、狭かった。けど本の数は負けてない。狭いなりにも本棚の置き方が工夫されている。
てか今更だけどこの水竜車…だったか。どういう仕組みなのだろうか。あの魚は消化とかしないのかな。
グランドに聞いたらそんな当たり前も知らないのかい?と言われそうだ。だから気になるけど聞かない。
「どの本を見に来たんだい?」
「別に目当ての本がある訳じゃないよ」
「そう。ま、探して欲しい本があったら言ってよ」
「やけにここに詳しそうだな。もしかしてここに来たのは初めてじゃないのか?」
「うん。言ったろう。貴族御用達の船だって。小さい頃から海を渡る時はいつもこれさ」
そういや最初に案内してくれたのもコイツだったな。
「ふーん」
本棚を見て、気をひいたタイトルがあればパラパラとめくり、作品の雰囲気を見る。作者の書き方や、雰囲気が気に入らなければ棚に戻し、また違う本を探す。
その繰り返しで、気に入った本を10冊程借りた。
俺が借り終わったのを見て、グランドは
「終わった?もう帰る?」
「帰る。」
図書館から出る。チラッとグランドの方を見る。手には何も持ってない。
「気になる本は無かったのか」
「まあね」
思う事がある。何故コイツはさっきから俺と一緒に行動を共にするのか。何故俺が部屋から出るタイミングに合わせてコイツも出るのか。
何故直接俺の部屋に来ないのか。
「何か、言い出しづらい事でもあるのか」
率直に聞いてみる事にした。
「別に、言い出しづらい訳じゃないよ。」
「言いたい事はあるんだな。なんだよ?」
「…前に言った。君について色々調べたいってやつ。」
そんな事もいってたな。
「調べたいのか」
「うん」
「いいぞ」
「えっ」
少し驚いたような表情のグランド。そんな驚く要素あったかな。今の会話に。
「いいの?」
「ああ。逆になんで駄目だと思ったんだ」
「てっきり今はソウカの件に集中しろって君に言われると思った。僕の欲ばかり優先させるのは駄目かなって」
そういや前に無理な話だと断った気がする。それで言いづらかったのか。
「別に。ちゃんと魔法について調べるのなら、それまでは何をしてもいいと思うけどな。自分の欲に忠実なのは悪い事ではないし。」
「そっか。よし。なら早速…」
「部屋に帰ってからな」
――
グランドの研究は俺の部屋で行う事になった。
しかし、研究と言う割にグランドの手にはメカメカしい機械も、怪しい薬などもない。…危ない実験とかはなさそうで安心した。
「研究といっても、僕がするのは質問だけさ」
「そうか。痛いのがなくてよかったよ」
「じゃ、今から僕がいう質問に、正直にちゃんと答えてね」
「まず君の能力についてだけど、今分かる範囲を全部僕に教えてくれ」
そう言うとグランドは分厚いメモ帳とペンを取り出した。
「俺の能力は、多分中身のない物、生物に入り自在に操る事が出来る能力だと思う」
「中身が無いっていうのは?」
「草とか花とか木とか…あと死体とか」
「草木と死体を同列に並べるのには違和感があるね。だって草木だって生命があるんだから」
そう言われても俺自身、この能力についてはよく分かんないだよな。
そういう俺の表情を読み取ったのか、グランドは次の質問をした。
「君の能力っていつ頃からあったの?」
「いつ頃っていうか、昔魔物に襲われている時に急に使えるようになった」
「昔って具体的に何年前くらい?」
何年前だっけな。俺は記憶力よくないからな。
でも確か、まだあの頃ザディとは会ってないから
「10年以上前なのは確かだ」
「10年前…ね」
グランドはサラサラとペンを動かし、紙に書いてゆく。この少ない質問で既に1ページは埋まっていた。
チラリと覗き込むと仮説などを書いているようだ。
「じゃ、次。最初にその体を手に入れてから、君はすぐに喋る事。文字を読み解く事。体を自由自在に意のままに動かす事は出来たかい?」
「体を動かすのは出来た。文字を読むのは最初から出来た。書くのと喋る方は最初は出来なかった。練習してから出来るようになった」
「そう。君確か人間になるのは初めてなんだよね。」
「うん」
「体を動かすのに違和感はなかった?」
「うん」
今尚、グランドのペンを走らす手は止まらない。なんならそれにプラスしてブツブツと何かを呟きだした。
「なんで体を動かすのは出来て、文字を書く。喋るなどは出来ないのだろう。どちらも初めてのはずなのに」
その独り言を聞いて思った。確かにと。当時の俺もそこに疑問を持たなかった訳じゃないけど、特に深くは考えていなかった。
「君自身、考えた事はあるかい?何故文字は読めて、書くことは出来ないのかと」
「あるけど、理由までは分からなかった」
「…そう。じゃあ次。これは以前もいったけど、魔物が人の為に動くのはありえない。だから聞くけど、スライムの君とソウカの体に入った後とでは心境の変化、または気持ち、考え方の指針の変化とかはあった?」
「…あった。」
「それは、どんな風に変化したの?」
これも当時疑問に思った事だ。
「最初。屋敷に来たばかりの頃は魔物らしく、自分の事ばかり考えて屋敷の豪華な生活を謳歌してた。でも4日目くらいからだったか、ミネラを騙しているっていう罪悪感を抱くようになった」
「…なるほどなるほど。…なるほど。」
またメモ帳を覗き込んでみる。もう4ページ目だ。
後半に行くに連れてどんどん文字が歪んで見えづらくなっている。
それからしばらくは質問が止まりグランドはずっとメモ帳に目を落としている。
…こうやって、改めて俺自身の能力について考える機会を得て分かったけど、本当に俺の能力はなんなんだろうな。
グランドが言うには通常のスライムにはこんな力ないそうだし。
とか考えていたら
「ひとまず、最後の質問」
と、独り言の様にグランドは小さく呟いた。
「おう」
「これは単純に気になるだけなんだけど…今ってソウカから出る事は出来る?」
「出来ないことはないだろうな。」
だって、今までもそんな事なかったし。
「じゃ、やってみてもらえるかい?」
「分かった」
深呼吸。入る時の逆。全身から絞り出すように出る。
徐々に体から、スライムが出て来て…やがて出尽くした時。
ソウカは力なく、倒れ込み。部屋はグチャッと鈍い音が響き、辺りは赤く染まった。




