名前を決めよう!
屋敷を出て、犬車に揺られて数時間。俺達はとある街の大きな港に来ていた。魔法学校のある都市グレードに行くには船に乗り海を渡る必要があるからだ。
なのだが…辺りをいくら見渡しても船は一隻も見当たらない。
「船の発射時刻はそろそろだよな?どこにも見当たらないんだが。」
「そりゃ見当たらないよ。船で行く訳じゃないんだから。」
じゃあ何で海を渡る気だよ。
グランドは手を揺らして、
「ついて来て。」
というのでそのまま着いて行く。
海に沿って歩いて、歩いて桟橋に着いた辺りでグランドは足を止めた。
「よしここだよ。」
と言われても先程同様、辺りには海しかない。
「一体ここに何があるんだ?」
「君は怖いかもしれないから、目を瞑った方が良いかも。」
だから何が、と言おうとした所で水面が揺れ始めていることに気がついた。
その揺れは次第に大きくなり、やがて足が震えるくらいの揺れになった所で、海から巨大な何かが飛び出した。
その何かは街を半分食い尽くすくらいのデカさで、その何か、いや見た感じ魚っぽい奴は俺達の方に向かって来ていて。
俺は真面目に死を覚悟した。
「あ、死ぬ。」
俺達はバクンとその巨大な生物に飲み込まれた。
「思えば、悔いの多い人生でした。せめて、魔法の1つでも撃ってみたかった人生でした。」
「いや、生きてるよ。そして今から魔法を覚えに行くんだよ。」
その呆れて声で、ゆっくりと目を開ける。半目開けた所で眩しさのあまり、思わず目を閉じた。
眩しい?喰われたはずなのに眩しい?
そう思って目を開けると、そこは屋敷と同じかそれ以上の豪華な空間だった。
「えっ。なんで?俺達食べられたんじゃ?」
「確かに僕達は食べられた。でも正確にいえば僕達は水竜車という船に乗り込んだと言える。」
「水竜車?なんだそれ。」
「貴族御用達の車だよ。海専用の。船と違って揺れは無いし、広さも段違い。」
貴族なら喰われて海を進むという事もあるらしい。なるほど勉強になった。今後一生使う事のなさそうな知識だけど。
「こっち来て。案内するよ。」
と言われたので、またグランドに着いていった。
扉を開けて、階段を上り屋敷のホールよりも広い部屋に通された。
「ここ食堂。」
俺達から見て左を指差して、「あっちが図書室」
右を指差して、「あそこが、大浴場とトレーニングルーム」
「次、行くよ。」
長い一本道の廊下を歩き、階段を上る。
そして角を曲がった所で、グランドの足が止まる。
「ここ、僕達が泊まる部屋。」
「はあ。部屋か。」
「じゃ、僕疲れたから休むね。」
と、グランドは隣の部屋に入っていった。
部屋に入る。屋敷のソウカの部屋より広い。大きな机と大きなベッド。
クローゼットにトイレ、風呂。冷蔵庫にキッチンもある。
「もう家じゃん…」
とりあえず、ベッドにダイブ。ベッドの質は屋敷のと五分五分だ。
天井を見上げてため息一つ。
「ふー」
生き物に食べられて、中は屋敷より広い場所で。部屋は家で。
俺は考えるのを辞めた。これが貴族間では普通なのだと自分に言い聞かせた。
ベッドに横になりはしたが別に寝る訳ではない。
俺は持って来た荷物を部屋に置き、飾る事にした。
ずっとって訳じゃないけど、しばらくはこの部屋で過ごすことになる。自分好みの部屋にしたい。
机には持って来た本を数冊積み上げ、ベッド脇にも数冊。洗面所には歯ブラシ、コップ、その他諸々を置いた。洗面所には既に洗面用具類は備え付けられていたが、自分のを使いたかったので、備え付けの物は下の戸棚に閉まった。
そうこうして一息。持って来た本でも読んでくつろいでいると部屋のドアがノックされた。
「ご飯だよ。」
グランドと、高そうな生地の服をピシッと着こなした使用人が入ってくる。
「この部屋で食べていいよね」
そう言って。ずけずけと部屋に入り、部屋のど真ん中に背の低い横長机を置く。その上に使用人達が豪華な料理の数々を並べる。料理名を何か言っていたが、名前が長かったので適当に聞き流しておいた。
一通り机に並べて終わり、使用人は一礼して部屋から出ていった。
「さっ、食べよ」
少しドロっとしたスープに手を伸ばし一口。美味しい。
「どう、美味しいかい?」
「美味しいよ」
「ならもっとそれらしい顔をして欲しいね」
と、言われてしまった。自分がどんな顔をしてるか分かんないけど、多分無表情。興奮も、落胆もない無表情。
その理由はこの料理にある。別に不味い訳じゃない。むしろ滅茶苦茶美味しい。でもなんというか、これじゃない感。
と言うのだろうか。屋敷の料理もこれ同様品質の良い食材を使っていたのだろうが、変に飾らず、高級感を出す料理ではなかった。どちらかというと素朴な味だ。
素朴だが、親しみのある食べ慣れた味。対してこの料理は変に高級感を出そうとして余計な物が入り過ぎている気がする。
まあつまり俺の口には高級食はあわない。そういう事だろう。
「悪かったな。高すぎる物は俺の好みじゃないみたいだ」
「そう。でも食べられない訳じゃないんだろう?」
「好みにあわないだけで、美味しいから」
「不味い訳でないのなら良いや。それより君に聞きたい事があるんだけど。」
少し遠くにあるパンを手に取り、小さくちぎって口に入れる。よく噛んで飲み込んだから返事をする。
「なんだ、作戦とかそっちの話か?」
「いやそんな大事な話じゃなくてね。君の名前を知りたいなってね。」
「名前?」
「うん。名前。これから一緒に頑張ろうって相手をいつまでも君呼ばわりじゃ距離が遠い気がするし、中身の違う君にソウカとも呼びたくない」
そういうものかね。しかし、名前か。
「俺そもそも名前とかないんだよね」
「そうなの?スライムって名前無かったっけ」
こいつの言う通り、確かに名前のあるスライムはいる。しかしそれは一部だけの話で、大半の野良スライムは名付けてくれるような人間と出会わず死んでいく。
俺もその大半側のスライムなので名前はない。
「俺にはない」
「うーん。そっか」
ポンとグランドが手を叩く。
「じゃ、今名前を決めよう。君もいつまでも君じゃ嫌だろう」
嫌じゃない。という声は心にしまい俺も名付けに参加する事にした。
「何か名前の案はあるかい?」
「ない。そもそも名付けってどうやってするんだ?」
「そうだな、例えば優しい子に育って欲しいなら優しそうな名前とか。自分の願いを込めて名付けたり。」
自分の願いを込める…か。願いはあるが、それは今願ってはいけない物だ。ならばその案は却下すべきだろう。
「他にはどんな物があるんだ?」
「んー、男ならかっこいい名前。女の子なら可愛い名前。とか、君はスライムだけど俺っていうし、かっこいい名前にするかい?」
「かっこいい名前ね…グランドはどうやってその名前になったんだ?」
「僕?僕は父と母の名前をそれぞれ合わせたんだ。父はグレランド。母はグラミネ。合わせてグランド」
なるほど、親から。でも俺親とかいない。
「ソウカの由来は?」
「知らないよ」
「じゃミネラは?」
「もっと知らないよ」
「八方塞がりだな。俺に親はいないし性別もない。」
「願いは?理想の自分とかを思い描いて名付けてもいいんだよ。」
「あるけど、それを名前にしたくない。」
「そう。じゃ、もう呼びやすさとか雰囲気とかで名前を決めるしかないね」
「そうだな」
お互い、しばらく黙る。
頭の中にある、ありとあらゆる単語を組み合わせてみるが、これだ!となる名前にはならない。
それはグランドも同じようで、先程からうーんと唸り声を上げている。
「どうしよう。まったく思い浮かばないや。まさか僕にこんなに名付けの才能が無かったとはね」
俺もこんなに才能がなかったとは。これだと思うのが一個も思い浮かばない。
…いや1つ今思い浮かんだ。その名前は俺が初めて見た時も妙に気に入った覚えがある。
俺は立ち上がり、ベッド脇から1冊の本を取り出した。
「本の中から名前を取るのは駄目じゃないよな?」
「うん。でもその本…」
俺が取った本は1人の少年がやがて世界を救う勇者に話。
俺はその少年の名前を何故か気に入った。
「スレイヤ。今日から俺はスレイヤ。どうかなこの名前」
「悪くはないね。でも若干女の子っぽさがあるけど良いのかい?」
「いいさ。俺はかっこいい名前が欲しい訳じゃないし、そもそも俺に性別はないしな」
「じゃ、いいか。」
と言うとグランドは立ち上がり、俺の前に立ち、手を差し出した。
「改めて。よろしくスレイヤ」
俺は差し出されたその手を固く握る。
「こちらこそ。よろしく」
握手を終えると、グランドは扉に向かい振り返って、
「風呂にでも入りに行かないかい?」
と言った。俺もそれに着いていった。
風呂は部屋に備え付けられているものではなく、食堂近くの大浴場。広くて湯の温度も丁度よくて気持ちよかった。




