罪の感じ
そこにいたザディを見た瞬間先程感じた視線の正体はザディだったのだと確信できた。
「ザデ……」
言い終わる前にザディが静かに!と指でジェスチャーする。
コクンと頷くとザディから折り畳まれた紙を渡された。うっすらと文字が透けて見える。手紙か?
それからすぐザディは「じゃあな」と手を上げると足早に図書館から出て行った。
せっかく言葉を話せるようになったのだからザディともっと喋りたかったがしょうがない。ザディもこちらの事を思っての事だろう。
手紙はひとまずポケットにしまっておいた。
――
ミネラが隣にいる以上その場で手紙を読む訳にもいかない。なのでさっさと本を選んでしまう事にする。歴史やら偉人やらには興味はないので魔法基礎と物語系の小説をいくつか選んだ。
「じゃあ買ってきますので。」
言われて本を手渡す。
図書館入り口で待っていると買い終わったミネラがこちらに来て
「はい。プレゼントです。」
と本を渡された。
「ミネラのお金で買ってくれたの?」
「ええ。そうですよ。」
その返事を聞いた時だった。常々感じていた胸の痛みがよりいっそう強さを増した。
心臓がドクドクと強く鳴りたまにチクリと刺されたような痛みがある。
「それじゃあ帰りましょうか。」
帰り何を喋って何をしたか。行きの時よりかは思い出せない。帰りは常に何故胸が痛むのかばかり考えていた。
――
屋敷に帰り自室で一休み。あれだけ楽しみにしていた魔法書には手をつけられないでいた。何度か読もうと手を差し伸べるのだが、本に手が触れたとたんに胸が痛くなる。
何故胸が痛くなるのか。犬車の中でも考えていた。
結果胸が痛くなる時にはいつもミネラがいる事が判明した。それも笑顔のミネラが。
では何故痛むのか。分からない。
……いや頭の中では薄々分かってはいる。ただその原因が今までの人生で感じた事のない感情だから、スライムという魔物には存在しない感情だから。
俺はミネラに申し訳ないと思っているんだ。そして何かに罪を感じている。
ただ何が申し訳なくて、何が罪だと感じているのかまでは分かっていない。
本を買わせた事だろうか。いやそれ以前から胸は痛かった。ここまで俺の世話をさせた事だろうか。いや別に日常の生活している中では申し訳なさを感じてはいない。ミネラと接する時のみだ。
ならば何に対して……
ゴロンとベッドの上で寝返りを打つと服がグシャっと音を立てた。
そういえばと思い出しポケットから手紙を取り出す。
さらにクシャクシャになった手紙を見るとなれない人間語で書いたのだろうと一発で分かる程よれよれの文字が書いてあった。
そういえばザディは人間語を話せても文字を書くのは苦手だったか。
手紙に触れると一瞬ボワッと光った気がするが別にこれといって変化した所もない。
気にせず手紙を読む。手紙にはこう書かれていた。
『よう元気にしてたか?あんまり喋れなくてごめんな。
今日はお前に伝えなきゃ行けない事があって来たんだ。
全て知っている事かもしれないけど最後まで見てくれ。今お前が入っているその体だが、名前はソウカ。このオーベルの街の領主の娘だ。オーベルの街の領主は首都でも顔が利く程の権力がある奴だ。そんな領主の娘に成りすましているとバレたらどうなるか大体想像がつくだろ?
多分死刑じゃ済まない。
今は記憶喪失という事にしているみたいだがそう長くは隠し通せないだろう。
お前は夢を叶えた。だから最終的にどうするかはお前が決めろ。でも俺はその体で生きていく事をオススメしない。今日はそれを伝えたくて来たんだ。俺だってお前に死んでほしくないからな。
この手紙を見て自分が置かれている状況を理解して、逃げようと思ったのなら、街の外れの丘にある図書館に来てくれ。そこで渡す物がある。でも今日までしか待てないから屋敷から出るなら早くな。
ザディ』
これを読んで俺は屋敷から出て行こうと決めた。というより元々魔法書を買わせた後には出て行こうと思っていたのだ。屋敷にいても二つの意味で辛いだけ。これ以上は留まる理由もないだろう。
早速屋敷脱出の為の計画を練ることにした。まず屋敷正面の門には門番がいる。なので正面突破は無理。屋敷裏には犬達がいる。俺がいったら鳴き声を上げる可能性があるので裏口も無理。となると屋敷横の塀を登って抜け出すしかないのだが。
屋敷の塀はいくら高くジャンプしても手の先すら届かないほどに高い。
さて、どうするか。そう思案していると夕食に呼ばれた。いかないのも不自然なので食べに行く。その流れで風呂にも入る。風呂に入って目を閉じる。そうしたら一つの作戦を思いついた。
――
部屋を探した感じロープなどの脱出に使える道具は一切置かれていなかった。まあ当たり前だが。
なので思いついた作戦を試してみる事にする。
その思いついた作戦というのが、体の一部からスライムを出すというものである。
スライムの粘着性を活かしてよく高い所を登り降りしたのを思い出したのだ。
体に入る感覚とは逆で、手先からスライムを少し出す感覚をイメージする。
手先に意識を集中させ、スライムを流し込んでいく感じ。
「むむ。む!」
出た。指の先からドロ〜としたスライムを出す事が出来た。同じ要領で足の先からも出す。試しに壁に手を付けると、くっつき剥がれない。思いっきり引っ張るとようやく剥がれた。
行ける!そう確信したので早速荷物をまとめる事にした。今日買った本。お気に入りの小説を部屋にあったバッグに詰め込みいざ脱出。
と思ったがここに来て屋敷を出るのを躊躇ってしまう。ベッドを触る。相変わらず柔らかい。きっと今飛び込めば次の瞬間には眠りに落ちているだろう。
名残惜しさがある。しかしもう屋敷にいてはいけないのだ。
窓を開け脱出の準備、スライムを手から出し窓の淵に手を掛ける。もう片方の手からも……
その時、前触れもなく部屋の扉が開いた。
部屋の扉のその向こうから出て来たのは慌てた顔をしたミネラだった。