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事務屋の竜退治  作者: 安達ちなお
2章 事務屋の魔女退治

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事務屋と文通①

「進捗はいかがかしら」


「捗々(はかばか)しくはありませんが、力を尽くしています」


「そう、それなら良かった」


 ベイロース先生の問いに私が素直に答えると、柔らかい微笑みが返ってきた。

 学長の執務室は、やはり質素だった。

 広大な大学校の隅にある木造の小屋は、物が少なく清潔で整頓されている。壁際の本棚だけは充実しており、大学者マルジン師の四大元素理論書や原初の魔法使いメルリヌス師の事績集などが並んでいる。


 そんなこじんまりとした室内で、先生は簡素な執務机に背を伸ばして座り、私は来客用である唯一の布張りの椅子を使っていた。


「捗々しくないのは予定どおりです。ジムクロウさんが力を尽くしてくれているのなら、きっと大丈夫でしょう」


 先生の信頼はありがたいが、それに甘えるわけにもいかない。


「目下、情報の収集に力を入れています。部下のピラリスには町で聞き込みを、ファルクスには大学内での噂話の収集を頼んでいます」


「ああ、あの神弓ピラリスに風槍ファルクスですね。お二人の武名はランス市にも届いていますよ」


 ほら吹きピラリスも、ずいぶんと格好の良い二つ名が付いたものだ。だが今は彼女の良く回る舌が有難い。調子の良い会話で、きっと多くの情報を集めてくれるだろう。

 ファルクスは朴訥な頑固者だが、彼の姿と耳は噂話を聞きとめるには適している。


「加えて、友人のジョセフィーヌ・クインには、私の近くで手伝ってもらいたいと考えています」


「噂の竜殺しの騎士ね。ジムクロウさんの親友なのでしょう?」


「はい。彼女がいれば百の歩兵より頼もしいです」


 千の猛牛より危なっかしくもあるが。


「ルークはどうかしら。上手く付き合えていると良いのだけれど」


「なかなか難敵です。けれどこちらには、これがあります」


 懐から一通の手紙を取り出した。

 ルークがジムクロウに宛てた手紙だ。郵便物の発送や受領を任されているので、私の手元に残すのは簡単だった。


「ルークはなんて?」


「彼女は向上心に溢れていますね」


 先の竜鱗の騒動があったため、ジムクロウとしてもまとまった数を融通することにした。そのお礼が長々と書かれている他、資金の調達や人員の確保についても相談されていた。厚かましさと丁重さを天秤にかけると、わずかに前者が重みのある内容だった。


「おかげでジムクロウとしてジョセフィーヌ・クインを研究室の人員として推薦できます」


「ルークなら、きっとジョセフィーヌさんを邪険に扱うこともしないでしょう」


「はい。既に面識があるので、ルークの手紙にもジョセフィーヌについて肯定的に書かれていました。怖そうな人だけれど、頼もしい人物だったと」


 苦手な男性ではないし、誠実な人柄であるし、先の紛争解決でも手助けをしている。きっとうまくいくだろう。


「手紙には、シム・ロークさんについては何か書いてあったのかしら」


 あった。

 あまりうれしくない評価だった。いや、最低な評価と言ってもよい。

 それほどに屈辱的だった。


「可愛いだけでやってきたような娘、だそうです」


「あら」


 先生が朗らかに笑った。

 確かにルークの前で、ダウに対してそういう素振りをしていた。が、ここまで否定的に見られるといささか傷つく。


「姿が違うとはいえ、武力と実力で元老院議員に上り詰めた幻獣将軍が、愛敬だけの人間に見えるだなんて。ルークったら、判断が早すぎるわね」


「構いません。まずはシム・ロークとしてルークの力になります。見返してやろうという気持ちもありますが、何より彼女は優れた学者ですし、研究は意義のあるものです。自然と、そう思えました」


「そのうえでルークの信頼を勝ち取れば、捜査も進みそうかしら」


「はい。現状では、ルークの研究こそが城壁の穴に最も近い手がかりです。例えば、彼女の研究内容を手に入れた何者かの仕業であるという線も、捨てきれません。そこで先生にお願いが」


「なにかしら」


「城壁の調査をするために、執政官殿から許可の書面を頂けるよう手配をお願いできますか。職務に忠実な衛兵が、近寄らせてくれません」


「構いませんよ。むしろ私の方で配慮しておくべきでしたね」


 袖机のペンを取ると、すぐにさらさらと何事か書き出した。


「なるべく早くにジムクロウさんの手元に届くようにしておきます」


「ありがとうございます。魔女を前に、都市の首脳が結束しているのは心強いですね」


 即日で書面の発行を依頼できるということは、先生と執政官は距離が近いのだろう。そもそも魔女の調査は先生と執政官とが密に連絡を取り合って進めていた気配がある。

 そんな思いで口を出た言葉だったのだが、先生は力強く微笑んで首を横に振った。


「いえ、鋭く対立していますよ」


「先生と執政官とが、ですか?」


「ええ」


「一体なぜですか」


「執政官は、魔女騒動を解決する手段として、適当な理由を作って容疑者たちを次々と街から放逐することを考えていました。そののちに被害者が出無くなれば、そのうちの誰かが魔女であったのだろうと」


「敵対的ではない事由を用意出来れば、容疑の濃い者から順次追放していく。そして被害者が無くなった時点で止めればよいという判断でしょうか。一定の合理性はありますが、少し乱暴がすぎるように思えます」


「何より、優れた学者を散逸させてしまっては、このランス市の意義が揺らぎます。ひいてはロムレス王国の損失になる。ですので私は、ジムクロウさんに頼る案を示して、執政官の決断を保留してもらったのです」


 先生は先生で、戦って下さっていたようだ。


「ですがあまり執政官を悪く思わないでくださいな。そもそもジムクロウさんほど肝の据わった方は、あまりいませんよ。魔女が城壁の中にいる状況で腰を据えて調査をするなんて、普通の人には怖くてたまらないことなのです。ましてや執政官となれば、何かと責任を追及されます」


 政治的にも個人の感情においても、魔女という騒動は早く遠ざけたいということだろう。だが不安や恐怖があろうとも、常に冷静に物事を処理しなくてはならない。自分の身の安全や保身など、最後に考えることだ。


 これが出来ねば、為政者になるべきではない。一生を下野して過ごせばいいのだ。

 依頼文を書き上げた先生は、変わらず微笑みを浮かべたまま立ち上がった。


「これから執政官殿にお会いしてきます」


「よろしくお願いします」


 丁寧に頭を下げて辞した私は、ルークの研究室へと向かった。

 早朝の涼しい空気が満ちる大学校内に、人の姿はまばらだ。だがルークの研究室の前で、忙しく動き回る影があった。他でもないルークだった。


「ルクレティア様、お一人でどうしたのですか」


「うん? ちょっと思いついたことがあってね。あなたは、えーと……」


「シム・ロークです」


「そう、シム・ロークよね。もちろん覚えているわよ。ちょっと手伝ってくれないかしら」


 地面には、無造作に石の台座が置かれている。そこへ色とりどりの花を飾り、香木を置き、葡萄酒の甕などを並べている。そして中央には薪が組まれている。

 祈祷の儀式を始めようという様子だ。


「次に短剣に加護を付与するべき神の候補を選別し終えたの。だったら、じっとしていられないじゃない?」


 独り言のように口早にしゃべりながらも、その手は呪文を書き込んだ羊皮紙を広げ、羊肉を並べている。こちらを見もしない。


「この準備をお一人で?」


「うん。選別が終わったのが夜中だったのよね。さすがに皆帰っちゃってたから」


 泊まり込んで作業をしていたのだろうか。思えば、いつもルークは最後まで残っていた。そして早朝には既にいた。

 そういえば何か臭う。戦場で三日も風呂に入っていない兵の臭いだ。


「帰宅していないのですか?」


「時間がもったいないじゃない。あっ」


 呪文が書かれているであろう紙を重ねている。

 台座に重ねられている紙の山にルークがもう一束を追加すると、均衡を失って傾き始めた。


「ちょ、待ってよ」


 ルークが崩壊を食い止めようとするが、機敏さの欠片も無い所作でたった一枚の紙片も掴むことが出来なかった。地面に散らばった紙片を見て一つため息を吐くと、ルークは黙々と集め始めた。

 私も地面に膝をついて紙片を拾い上げた。


「ありがとう」


「いえ。私はルクレティア様の下で働かせていただいているのですから当然です。何でもお申し付けください」


 拾いながら紙片を見ると、それぞれに呪術的な文章が書かれていた。文字数が7、8、11字に揃えられているのは、神聖数字だからだろう。神の真名を入れ替え文字で記載しつつ、音韻を踏むように命令文を作り上げている。


 そしてインクからも独特の香りがする。魔術的な混合材料を使っているのだろう。そのどれもが、高度な知識に裏打ちされた呪術的技法だ。


「神の真名を示しての韻律を踏んだ祈祷文。そしてインクにはナツメヤシと炭、油を練り込んである。どれも高度な魔法使いの技ですね」


 ルークの眉がぴくりと跳ね、眼鏡の奥で大きな目が丸く見開かれた。


「何よあなた、魔法の知識があるの? 聞いてないわよ? 騙したのね?」


「騙すつもりではないです。以前に魔法使いの家庭教師から指導を受けていました。ですが、魔法の優れた才能には恵まれなかったのです」


「ふうん。なんだか信じられないわ。研究を盗もうとするどこかの回し者じゃないの?」


「違いますよ。研究が盗まれそうになったことがあるのですか」


「何度も。時間とお金をかけて実験を重ねて実力を付けるより、成果だけを盗んだ方が早いって考える奴は、人の世が続く限り絶えないのよ」


 想像以上に苦労を重ねているようだ。

 だが心を折られることなく研究に勤しんでいる。それも、誰よりも勤勉にである。まったく頭が下がる。彼女のような学者が多いからこそ、ロムレス王国は日々進歩している。

 と、拾い集める書類の中に、いたって事務的な物が紛れ込んでいるのを見つけた。


「これは、請求書ですね。それに借金の契約書も」


「あ、それは……見なかったことにしておいて」


 ルークが素早く紙束を引っ手繰る。だが既に内容は頭に入っている。ざっと計算しただけでも、豪華な居宅を建てられるほどの負債額だ。


「それは、全て研究のための借財ですか?」


「あなたは気にしなくていいのよ、お嬢ちゃん」


 おどけた口調だが、否定が無い以上は的中していたのだろう。

 薄々だが気づいてはいた。


 いくら資金や援助が必要だと言っても、面識も無いジムクロウへ突然手紙を送りつける前にいくらでもやり様はあるはずだ。特にルークほど活力と行動力に溢れているなら、思いついた手段は片端から試すだろう。


 だが、全て試した後だったのだ。借金を重ね、ツケで素材を購入し、人を雇っていた。もうこれ以上の手段が無かったので、ウェスタの巫女などという賭けに出たのだろう。


 そういえば、彼女は研究の手伝いこそキャシィらを雇っているが、身の回りの世話をする奴隷が一人もいない。ロムレス王国の市民であれば、当たり前の様に奴隷を持って居る。


 ランス市の大学校で研究者としての地位を持つ彼女ならば、数人の奴隷を持っていてもおかしくはない。

 だが見る限りでは一人もいない。

 家事や身の回りのことを任せる奴隷などは、すべて売り払ったのだろう。だから家に帰らず、研究室に籠っているのか。


 彼女ほどの実力があれば、既に身に着けている魔法で荒く稼ぐこともできるだろう。でも、そうせずに真摯に実験を重ねている。

 魔女の騒動などが無ければ、きっと公に大なる支援をしていただろう。そう思わせるものが、彼女にもある。

 どうか潔白であって欲しい。


「さ、続きを片付けちゃうわよ」


「はい」


 ルークが立ち上がったので、私は集めた紙束を整えて差し出した。

 ルークと、初めて目が合った。


「ありがとね」


 そういえば、ルークはいつも些細なことにまで感謝の言葉を口にしていた。傍若無人に振る舞っているようにも見えるが、単に丁寧さが欠如しているだけで、根は本当にいい人なのかもしれない。


「先ほども申し上げましたが、私はあなたの下で働いているのです。何でもお申し付けください」


「そう。それじゃあ農耕馬のように働いてもらおうかしら」


 微笑むルークの目は、活力に満ちている。

 根拠の無い言説は信じぬ主義であったが、今ばかりは主義を捨てた。彼女と上手くやれそうな予感がしたからだ。


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