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事務屋の竜退治  作者: 安達ちなお
2章 事務屋の魔女退治

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事務屋と魔法学②

 同じような作業を十回繰り返したところで、ルークは「今日はおしまい」と言って自分の机に戻っていった。用意された十本の短剣は全て折れ、十個の無傷の竜鱗が廃棄と書かれた木箱に入れられた。


「ルクレティア様の研究は、いつもこのようなことをするのですか?」


「はい。ルークさまに慣れぬ方は、皆さま、驚かれます」


 私の問いに、砕けた短剣を拾い集めながら、キャシィが他人事のように言った。


「竜鱗を使い捨てるルクレティア様の決断力と行動力には、目をみはるばかりです」


「同感です。ルークさまは、とてもすごいです」


 言葉では絶賛しながらも、キャシィの口調は平坦だ。

 出会ったころから気付いてはいた。

 言葉が堅苦しく、発音には少したどたどしいところがある。そもそもキャシィという名前の響きは、ロムレス王国風ではない。


「キャシィさんは、ランス市の生まれですか?」


「いえ、東の王国から来ました」


「やはりそうなのですね。お名前がロムレス風ではなかったので、もしかすると、と思っていました」


 予想したとおりだった。

 この研究室だけでも、目の色や服装など皆の見た目は一様ではない。ダウなども、名前だけで見るならばロムレス風ではない。各地から多様な人間が集まっているのだろう。

 様々な文化の入り混じる様子は、実にランス市らしい。


「キャシィさんは、ランス市に住んでもう長いのですか?」


「いえ、それほどでは。ルークさまの下で働き始めてからは、まだ100日ほどでしょうか。初めてこの街に入ったとき、城壁の穴が開いたと騒ぎになっていたことを覚えています」


 身の上話は唇を緩くする。

 少し踏み込んでみることにした。


「キャシィさんから見て、ルクレティア様はどのような方ですか?」


「ルークさまは、天才です。そして類のないほど禁欲的で清廉で勤勉です。まったく魅力的です」


「私も、同じように感じています」


 神の加護を受けた短剣を何本も用意する。これだけでも並みの魔術師としては偉業と言える。それをただの実験道具として竜鱗と一緒に使い捨てるなど、常人からすれば狂気の沙汰だろう。


 ルークは天才である。

 そこに異論は無い。問題は、その才能がどれほどのものであるか。そして、人に仇なすものであるか。そこが重要なのだ。

 今少し、踏み込んでみよう。


「ルクレティア様の正体が魔女であるなどという無責任な噂などもありますけれど、実際にはどうなのでしょうか。魔女の研究をしているというだけですし、私には根拠が薄いように思えます」


 試みに魔女という単語を投げてみた。

 だが反応はあっさりとしたものだった。


「まったくお馬鹿な噂です。愚かですね」


「ええ、私もそう思います」


「さあ、お片づけを済ませましょう。今日は、ルークさまにとって満足いく結果は出ていないようです。きっと明日も同様の試験をするのでしょう」


「はい」


 結局そのまま短剣や竜鱗をまとめる作業に没頭した。少なくとも、キャシィはルークを疑っていないようだ。いや、疑っていても軽々に口に出すつもりはないのかもしれない。

 それが分かっただけでも収穫としよう。


 昼には仕事が終わったので、外に出ることにした。

 空はどこまでも深い青で、からりと心地よい風が優しく吹いている。何事も無ければ、のんびりと過ごすには最適の日だ。

 けれど、この平和な空の下では、どこかに今も魔女が隠れている。ならば寸暇を惜しみたい。


 大学校の構内を歩き回ると、探していた人物はすぐに見つかった。広場の石段に腰を下ろし、算術の講義をつまらなそうに聞いている。

 長身と黒い長髪が特徴的で、遠くからでも目を引く。見間違うはずがない。


「お待たせしました、ジョー」


 ジョセフィーヌ・クインだ。かつては大鬼オーガを倒したことで鬼殺しと呼ばれ、今では竜を討ったことから竜殺しの二つ名で呼ばれる凄腕の女剣士である。


「待ちましたわよ、ジム。全くの退屈を味わっていましたの」


「この講義では物足りないですか」


 顔中に髭を生やした算術の教師が、代数の定理について熱弁を振るっている。初歩的な方程式なので、私にも理解できる。


「全く興味をそそられませんの。空想の数を足したり引いたりする行為に意味があるとは思えませんわ。軟弱者の思想ね」


 随分と偏った考えの持ち主だ。

 少し、いたずら心が芽生えた。


「1に1を足すといくつになるか分かりますか?」

「2に決まっているでしょう。馬鹿にしているのかしら」


「2に2を足すと?」

「……たぶん4、でしょう」


「では4に7を足すと?」

「えっと……」


 しばらく沈黙した後、ジョーが鋭い目でこちらを睨んだ。


「いい加減、本題に入りなさいな。遊んでいる暇は無いんですのよ」


「そのとおりです。速やかに魔女を見つけましょう」


「手っ取り早く魔女を探すには、容疑者を片端から殴りつけて行けば解決するのではなくて?」


「いえ。魔女が誰か分からない以上、誰に対しても敵対的な行動はとらない方針で行きます」


「あら、誰彼構わず突っかかっていったほうが、魔女があぶり出されるのではなくて? 犠牲を厭わなければ討てるのでしょう?」


「神託ではそうなっていますが……」


「魔女と戦うことは決めている。ならば犠牲が伴うことも覚悟の上ということですわね。それじゃあ、疑わしきを片端から力いっぱい尋問すれば良いのではなくて? 自ずと敵が姿を現しますわ」


 相変わらずジョーの考えは、効果的で効率的で、乱暴だ。

 単に時間だけを惜しむならば、その方法も検討すべきだろう。だが今はまだその時ではない。状況と時間を鑑みれば、工夫の余地が残されている。


「犠牲を覚悟していますが、犠牲を減らす努力は惜しみません。こちらの体勢を整えることの大切さは、竜退治であっても魔女退治であっても変わりませんよ」


「ふうん。まあジムがそういうのなら、それが一番なんでしょうね。それじゃあ今日も明日も、あの騒々しい女のところでせせこましく働いていらっしゃいな」


 棘のある言い方だ。

 ジョセフィーヌ・クインという人間は、好き嫌いが激しい。好きならとことん認めるし、嫌いなら舌鋒鋭く批判し、対立することもいとわない。


「ルークは容疑者の第一位です。彼女の近くにいるのは、捜査の都合上で極めて合理的ですよ。ジョーの眼に彼女はどう映りましたか」


「やかましい女。まずは鼻を折るべきよ。血を見れば静かになりますわ」


 どうやらジョーにとってのルークの印象は、すこぶる悪いらしい。


「だってわたくしの友人であるジムを軽んじていたわ。それってつまり、私のことを侮辱していることと同じですわよ」


「私のために怒ってくれるのは嬉しいですが、私はジョーにそこまでは求めませんよ」


「あら何よ。ジムだって私が馬鹿にされたら、相手をぶん殴るくらいはしてくれるのでしょう?」


 しない。


「検討しておきます。でも、ジョーだって私のことを悪く言う事があるでしょう」


「私は良いんですのよ。他人がやるなと言っておりますの」


 付き合いきれない。


「さあ、魔女の捜査に出かけましょう」


「私はすぐにでも大丈夫ですわよ!」


 途端にジョーの瞳が輝く。傍らに置いてあった剣の鞘を掴んで立ち上がった。


「手掛かりは二つ。城壁に空いた穴と、意識の戻らぬ被害者です」


「どちらから手を付けるの?」


「まず城壁へ行ってみましょう」


 城壁ならば、きっとすぐに見ることが出来るだろう。


「では、決まりですね」


 二人で肩を並べて歩きだした。とはいっても、ジョーは私より背が高い。正確には私の頭とジョーの肩が並んでいる。

 城壁に空いた穴は、大学校を出て通りをまっすぐ北に進んだところにあった。


 ランス市の城壁は、ロムレス王国では一般的な5パスス(約7~8メートル)ほどの高さだ。四角に切り出した大きな石材を積み上げており、見た目のとおり堅固だ。


 その城壁に、ぽっかりと穴が空いている。満月のように綺麗な丸だ。倒壊を防ぐためのつかえ棒としてか、穴の中には木材が縦横に入れられている。が、隙間からは壁の外が見えてしまっている。


「あらまあ、これはまた見事にやられたものね」


 ジョーが暢気に近づくと、穴の傍らで木椅に座っていた老兵が剣呑な目を向けてきた。


「何だい、お嬢さんたちは」


「お役目ご苦労様、お爺さまは市の衛兵かしら。もう少しで私たちが魔女を駆逐するから、今から安心してもよろしくてよ」


「たわごとなら神殿で吐きな。儂はこの穴に何人も近づかせるなと仰せつかっている。穴の外からはもちろん、中からもだ」


「大丈夫ですわ。私はこれでも故郷では護民官を務めておりますし、剣腕にもいささか自信がありましてよ。魔女だろうが、正体さえ分かれば斬り伏せてみせますわ。という事で、少しこの穴を調べたいのだけれど、よろしくて?」


 胸を張って満面の笑みを叩きつける。

 衛兵が護民官の管理下に置かれる都市もある。ジョーの名乗りにはそれなりの説得力があるはずだ。

 だが老兵はあくまで誠実で頑固だった。


「駄目だ。執政官殿からの言い付けだ。怪しい奴は近寄らせんよ。自分の官職をひけらかして無理を通そうという輩は、特にな」


 しごく真っ当な意見だ。

 他都市の高官に迫られようとも、それが命令に違背してよい理由にはならない。むしろ過度な忖度はランス市を危険にさらすと分かっているのだろう。

 ジョーも、頑なな拒否に機嫌を損ねるどころか、笑顔を浮かべている。


「まあ、素敵なおじい様ですわね。自分の職務に忠実で、全く揺るがない。やましき所なければその心は山となるとは言うけれど、本当に誠実な人間とはかくも美しいものなのね」


「褒めても譲らんぞ。事あれば一番に死ぬのは儂だと決めている」


「あら、その言い方も好きですわよ」


 町を守る者の矜持が見える老兵の態度に、感銘を受けたらしい。私も同じ気持ちだ。

 都市の城壁とは、それほどに重きをなす。


 中に住まう人々を守る極めて重要な存在だ。幻獣や蛮族の侵入を防ぎ、町を安全な空間に変える。これがあるからこそ、人々は安心して暮らせるのだ。その城壁に穴が開いた。すなわち都市の危機である。それを正しく認識して覚悟を決めるこの老兵は、とても頼もしいし、とても好ましい。


 が、それはそれとして、これでは調査が進まない。

 ジョーに替わって前に出た。


「執政官の許可があれば近づいても良いのでしょうか」


「そりゃそうだ。だが書面で持ってこい。口先じゃあ動かんぞ」


 老兵は荒ぶること無く言った。任務に忠実で、臆病でもなければ横柄でもない。ここは、退散するしかなさそうだ。


「執政官の書面を手に入れたら、また来ます」


 そう言って踵を返した。

 正規の手続きを踏むなら、時間が必要になる。最も早い手順は、ベイロース先生にお願いし、先生から執政官へ依頼をしてもらう方法だろう。これでも、書面作成や決裁に一両日はかかる。その間は、お預けということだ。


「せっかく街に出たのに、当てが外れてしまいましたね」


「魔女に襲われたという方々のお見舞いにでも行ってみるのは、いかがかしら」


「そうですね……」


 魔女に襲われたという被害者は、医神の神殿にいる。ベイロース先生が神殿へ手配を依頼しているので、連絡を待つ必要がある。神殿に伝手でもあれば入れるのだろうが、そう都合よくはいかない。

 目を凝らせば、その神殿が見えてくる。計画的に建てられた都市では、中心部に主要な施設が集まっている。神殿も例に漏れない。


 大学校や大図書館からほど近い石造りの建物が、目当ての神殿だ。医術や疫病を司る神々の彫刻が、極彩色で彩られている。

 今日は諦めるしかあるまい。

 観念してその前を通り過ぎようとしたとき、声をかけられた。


「シム・ロークさん」


 振り向くと短く切り揃えた髪と、こちらに歩み寄って来る男が見えた。まっすぐに伸びた背が特徴的だ。

 ダウだ。


「ああ、やっぱり貴女だ。遠くからでも見間違えようがない」


「ダウ様、先日来ですね。でもほんの少し話しただけの私をよく覚えていらっしゃいますね。大学校で研究なさるくらいだから、物覚えが抜群なのでしょうか」


 清楚で無垢な少女を気取って頭を下げた。


「いや、難解な定理を覚えるよりも貴女のことを忘れる方が難しい。また得てうれしく思う」


「はあ、えっと、私も会えてうれしく思います」


 返答に困っていると、ジョーが声を殺して笑いだした。

 腹立たしい。

 竜殺しには背を向けて、ダウと向かい合った。


「ダウ様は、これから神殿へ? お祈りですか?」


「いや、仕事だ。この神殿には、魔女に襲われたという者達が臥せっている。定期的な診療を頼まれているのだ」


「まあ、それは大切なお仕事ですね」


「うむ。これでも俺は、医術や薬剤に長けた魔術師だからな」


 控えめながら、自慢するようにダウは付け加えた。なるほど、ルークとは違いそちらの方面を専攻しているのだろう。

 医術と魔術の境目は曖昧だ。呪術や呪術返しに使う素材や薬なども、魔法という分野に含まれる。医神殿も、単に神の奇跡を願う場ではない。治療や診療に長けた神官らによる施術も行われる。


 そんなことを考えていると、ジョーが肘で脇腹を突いてきた。ちらりと見ると、面白半分に口をゆがめているが、目を真剣だった。そのまま、視線をダウに流す。


 意図が分かってしまった。確かに、試す価値はあるだろう。

 諦めて腹に力を入れた。


「あの、ダウ様。もしよろしければお手伝いさせていただけないでしょうか。聞けば、魔女に襲われた方たちは、何とも不思議な症状であるとか。後学のために、ぜひ。それにダウ様のご活躍の姿を見られるなら……、あ、いえ、これはお忘れください」


 あからさまな釣り糸を垂らすと、劇的な釣果があった。


「そ、そうか。後学のためならば、もちろん歓迎だ。手伝ってもらおう。さあ行きましょう」


 頬だけでなく、鼻まで赤くしている。


「あらあら、初々しいお二人だこと。お邪魔になっては失礼だから、私は退散致しましょうかしら。その方がお若いお二人がゆっくり楽しめますものね」


 竜殺しが、楽しそうに笑っている。

 覚えていろ、ジョセフィーヌ・クインめ。

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