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事務屋の竜退治  作者: 安達ちなお
2章 事務屋の魔女退治

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事務屋と研究者③

 今回は身分を偽っての潜入であるから、表立って自前の軍勢を用いるわけにはいかない。そこで精鋭の部下や友人から数人を選抜し、同行者として協力を仰ぐことにしたのだ。


 中でも最も頼りにしている仲間の一人であるジョセフィーヌ・クイン――私は親しみを込めてジョーと呼ぶ――が、さも当然という顔でこの場に現れた。


「あなたはこの研究室の関係者か」


 ダウがあくまで冷静に問うと、ジョーは胸を張った。


「いえ、まったくの無関係ですわ」


「ならば口出しは無用。個人間の紛争に第三者が介入しては、混乱の元だろう」


「あら、こじれた騒動の解決ならわたくしも捨てたものじゃありませんのよ。これで一応、故郷のトナリ市では護民官の役をやっつけておりますの。相談事を持ちかけられるのも、日常茶飯事でございますわ」


「トナリ市の護民官殿?」


 ダウが、もともとまっすぐであった背筋をさらに伸ばしてジョーを見た。


 護民官とは、極めて特殊な権限を持つ高位の官職である。

 通常、各都市の行政を担うのは執政官及び貴族議会並びに平民議会である。その決定や議決を無効にする権限を持つのが、護民官だ。


 貴族の横暴から平民を守るため、平民議会で選任される極めて権威のある役である。当然、特別な敬意を払われる。王国内のどの都市においても、護民官が軽んじられることはない。

 今のように他の都市を訪れたとしても、尊敬と共に迎えられるものなのだ。


 加えるならば、トナリ市の名も大きいだろう。人口は10万人を超え、大きな経済圏を形成している商業都市だ。その名はランス市にも届いているに違いない。


「名をジョセフィーヌ・クインと申します。ここはひとつ、だめで元々と思って私に事情をお話してごらんなさいな」


 ジョーが従容と促すと、ダウは素直に首肯した。


「俺はこのランス市の大学校で魔法の研究に取り組む学者で、名をダウ・ウエストランドという。先日来、工房とやり取りを重ねながら、ある素材を発注していた。魔法の研究に用いる極めて希少で重要な素材だ。僅少ながらようやく納品の目途がついた。そこに横やりを入れた者がいる」


 ダウが人差し指をまっすぐに伸ばす。


「このルクレティア・ラモスが、金を積んで横取りしたのだ」


 指を突き付けられたルークは、いまだに机の下だ。分厚い眼鏡ごしに、大きな目だけが覗いている。その瞳は、脚を縛られ血抜きを待つ生贄の羊のように絶望の色を映じている。だが抗弁の意思は捨てていないらしい。


「わ、私は悪いことしていないわよ。お店に売って欲しいってお願いしただけだもの。売り先を決めるのも以前の約束を断るのも、お店が決めること。文句は工房に言って欲しいわ。裁判になったって私が負けることは無いんだから」


 ルークの言い分は、もっともだ。


 契約とは、互いの意思の合致があれば成立する。逆に言うならば、買い主がいくら懇願しようとも、売り主が売却を決断しなければ売買は成立しない。高い金額を提示しようとも、最終的に売却先を決めるのは売り主なのだ。


 今回のいきさつは、きっとこうだ。


 ダウが工房に素材の購入を打診し、売買の契約が締結された。それとは別に、ルークが売買を持ち掛け、こちらでも契約が成った。しかし工房は在庫が僅少であり、どちらかにしか引き渡しができない。そこで額面に優るルークに販売を決めた。


 大方、そのような流れだろう。


 たとえルークが、先行するダウの約束をしていたと知っていても、法的には関係が無い。工房はダウとの契約を履行する義務があるし、履行できないのであればダウから責任を追及される。場合によっては、賠償を求められることになろう。


 他方、ルークとの売買契約も成立しているので、商品を引き渡せないのであれば今度はこちらから責められるだろう。


 裁判となれば、悪者とされるのは工房だ。ルークではない。

 だがそれだけの話なら、今の状況にはなっていない。それはジョーにも分かっているようだ。


「その頭でっかちな考え方が騒動の元。間違いないですわね」


 ジョーはさらりと切り捨てた。


「学者だの貴族だのという輩は、なんだかよく分からない理屈で分かったようになっておりますけれど、理屈が通ればそれですべてが収まるわけではないんですのよ。大事なのは中身であって、言葉ではないってこと。適法であっても忌避され得るし、違法であっても歓迎されることはありますわ」


 ジョーはかつて、貴族や議会と対立してまで人々のために剣を振るい、大鬼オーガや竜を討伐してきた。その実感が籠る言葉は、軽くない。


「護民官殿の言うとおりだ」


 ジョーの言葉に、ダウが深く頷いている。


「たとえ合法であろうとも、他人がすでに売買契約をしているところへ、金に飽かせて横取りするのは非礼だと断言できる。そんなことを積み重ねて世間の偏見が強くなれば、自分の研究が低く見られるだろう。これが、なぜ分からない」


「信頼と財貨は同じであると言いますわね。溜まるときは少しずつですけれど、失う時は一瞬。そして敵をつくるのは木を切るくらいに簡単ですけれど、真の友人を見つけるのは木を育てるくらいに難しいですわ」


 勿体つけるように一拍を置いたジョーが、私を見た。


「そちらのお可愛らしいあなたも、そう思うでしょう?」


 その目は、邪気と稚気に満ちている。女装姿を面白がっているに違いない。だが私としては全く笑えない。自身の尊厳に関わることであるのはもちろんだが、個人の感情はこの際どうでもよい。


 危険だ。

 目の前には著しい危険がある。神託を信じるならば、魔女に味方をしないならば、敵対する。そしてルークもダウも、いや、この際は二重発注を受けた不義理な工房すら、魔女の関係者である可能性をぬぐえない。


 つまりは、今回の紛争に関係する誰に対しても味方をしながら、場を収めることが求められるのだ。

 だがジョーは、強い言葉で明確にルークを非難している。竜の背で焚火をするようなものだ。


 もちろん、ルークの行いは悪手である。その点では、私の考えとジョーの主張と一致している。

 何かを成そうという人ならば、適法な範囲で敵をつくらぬように振舞うべきであるのだ。普段であれば、私もルークの振る舞いには眉をひそめたかもしれない。


 それでも、彼女を庇わずにはおけない。孤立無援となったルークを救う。同時にダウと工房へも配慮する。


 誰一人敵対することなく、そんな解決が出来るか。いや、そのように思い悩む暇があるくらいなら、やるしかあるまい。

 覚悟を決めて一歩前に出た。


「私はこの研究室でお手伝いをさせていただいているシム・ロークと申します。差し出がましいようですが、口を挟んでもよろしいでしょうか」


 そう頭を下げると、ルークとダウは怪訝な顔をした。当たり前だ、物も知らなそうな小娘が、学者と護民官を前に、偉そうに語りだしたのだ。

 分不相応に映ったことだろう。

 だが、ジョーがすかさず宣言した。


「意見があるなら述べなさい。誰であっても、自由闊達に」


「ありがとうございます」


 ジョーの一言で、ひとまずは発言の権利を得た。後はどう舌を回すかだ。とはいえ選択肢は多くない。


 最初に目指すべきは、ダウの感情の慰撫である。


 最も効果的なのは、ルークが彼へ反省の弁を述べることだ。

 だが私は、それを促せる立場にあるだろうか。検討する間でもない。


 無理だ。

 ベイロース先生ならまだしも、出会ったばかりの年下の小娘――私としては不服だが、現状では女性に見えることはやむを得ないこととして、諦めることとする。極めて不服ではあるのだが――が説教をするなど、誰であっても不快になるだろう。


 ならば私がダウへ言葉をかける方法しかない。ダウのことなど何も知らないが、やるしかない。取り掛かることができたならば、半分は終わったようなものだということわざがある。まずは取り組むことこそが重要だ。

 精いっぱいの陽気な感情を込めて口を開いた。


「私、ダウ様の仰っていることに果てしない慈愛の精神を感じました。ルクレティア様への限りない尊敬と尊重の表れです」


「へ?」


「ん……」


 ルークとダウが同時に唸った。


「だって、予定していた品が納品されずにとっても困惑をされたでしょうに、口から出てくる言葉はルクレティア様への気遣いです。より多くの友人をつくることができれば必ず大成されると信じているからこその、善意の諫言だと思います」


 ダウは高潔な人物である。それは、これまでの言動で分かる。

 彼はルークへ、周囲に配慮をしろと言った。敵をつくらず友人を増やせと言った。

 まったくもって、適切な助言である。ルークから不義理な行いを受けてなお、ダウ自身への非礼をなじる言葉は無かった。


 つまり彼は、ルークの合法的不道徳行為について怒っているのではない。それによってルークの名誉と人望が毀損され、彼女の研究成果が損なわれる。そんな未来が訪れないかと心配し、いら立っているのだ。


「研究者としては競い合う相手でしょうに、それでもルクレティア様の将来を案じてわざわざ助言に訪れていらっしゃる。その奉仕的精神は、本当に素晴らしいです」


 無垢な少女を装って言葉を継ぎながら、ダウを見る。少し困ったように眉を寄せているが、怒りではないだろう。このまま押し切ろう。

 ダウに歩み寄り、その手を両手で優しく握った。


「ご自身の被る不利益は考慮せず、競合相手であるはずのルクレティア様を心配し、わざわざ助言のために足を運ぶ。この神話に語られる英雄のような高潔な精神を、心から尊敬いたします」


 世間知らずのように振る舞っているし、大げさな言葉を選んではいるが、本心だ。頼まれてもいないのにわざわざ他人に指南をしようという人間は、奇特な善人だ。彼は好意を抱くに足る人物だ。


「苦しんだ者は学ぶという古人の名言があります。この度は大きな学びの機会を得て、ルクレティア様はさらなる飛躍を遂げましょう。全てダウ様の高潔にして利他的なお考えと行動のたまものです」


 全身全霊の笑顔で言い切ると、ダウは照れくささからか頬を赤くしている。それもそうだろう。普段であれば私自身も恥ずかしくなるほどの美辞麗句だ。


 だが、大きく膨らませているものの、私自身の本音を語っているだけだ。虚偽はない。彼ならばきっと受け入れてくれるだろう。


 そんな願いはかなった。

 ダウは不愛想に頷いた。


「もしルクレティア・ラモスが向後、配慮を心掛けるのであれば、俺はそれ以上を求めるものでは無い」

「ありがとうございます。ダウ様は誠実なだけでなく寛容でもいらっしゃるのですね。正にロムレス王国人の鑑でございます」


 ルークを許してくれるらしい。少し目が泳いでいるのが気になるが、これで一つ目の難題を越えた。

 あとに残されたのは、実際的な問題だ。


 つまり、契約が重複した素材についてだ。


 結局のところ、ダウもルークも同じものを欲しているのだが、どちらかにしか引き渡されないというのが現状だ。望みの素材が手に入らないのであれば二人は困るだろう。そして債務を履行できない工房も、悩みを抱えていることだろう。

 全員が満足するように、新たに仕入れたり、分割をしたりすることができる物なのだろうか。


「ちなみに、お二人の欲していた素材とは、何なのでしょうか」


「竜鱗だ」


 ダウの答えに、思わず私はジョーを見た。彼女もこちらも見ていた。


「学者でなければあまり知らぬことと思うが、竜の鱗は、他の素材では再現できぬ特性を持っている。頑強で柔軟で、火にも強い。魔法を追求する以上、これを用いねばならぬ場面が必ず来るのだ。だが竜が斃されねば手に入らない。幻獣の減った昨今では、品薄なのだ」


 語るダウに、ジョーが歩み寄る。


「あら、偶然ですわね。わたくし、先日、竜を討伐しましたの」


「竜を討伐した?」


「ええ、トナリ市の近くに現れたものですから、とある勇者と力を合わせてその首を落としましたの。ですので、討伐者の権利として右前肢の所有権を有しておりますわ」


「竜の足を一本となると……竜鱗が千五百枚は下るまい」


「それを融通しても宜しくてよ」


「有難い。ぜひともお願いしたい」


「あ、あの、私も融通し得いただけるなら嬉しい……です」


 二人の研究者が同時に声を上げる。


「もちろん、よろしくてよ」


 そこで、すかさず口をはさんだ。


「あの、もし竜鱗をご提供いただけるのならば、まずは工房へ売却をされてはいかがでしょうか」


 私の提案に、ジョーは凛として清楚な顔に、にんまりとした笑みを浮かべた。


「ああ、なるほどですわね。私が件の工房へ卸せば、お二方は希望の商品を手に入れられる。工房も二つの契約を履行できる。そして私は少しだけ利を厚くして売ることで、ちょっとだけ財布が重くなる。あらまあ、三者に得しかない構図ですわね」


 ジョーの声音はあくまで爽やかだ。

 竜麟ならば私も持っている。シム・ロークとして得た竜退治者の権利は、ジムクロウに受け継がれている。私とジョーがいれば、竜の素材で不足することはあるまい。


 期せずして、円満な解決が見えた。

 ほっと胸をなでおろす私へ、ダウが居住まいをただして向き直った。


「お嬢さん、良き提案をありがとう。君には申し訳なかった。少し感情的になっていたので、不快な思いをさせてしまったかもしれない」


「いえ、謝罪など。ダウさんの振る舞いは尊敬に値すべきものです」


 ルークの研究室へ乗り込んできたのは、苦情のためではなかった。ルークの道義にもとる行為を是正しようという試みだった。研究者というよりは教育者と言えるのかもしれない。

 学者としては敵対的な関係であるだろうルークに、そのような助言をしようというのだ。好感を持てる良い男だ。


「ダウさんは、とても素敵だと思います」


 率直に語った。するとダウは、ふらつきながら「可憐だ」とつぶやいた。

 火種が一つ、灯ったのかもしれない。


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