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事務屋の竜退治  作者: 安達ちなお
2章 事務屋の魔女退治

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事務屋と先生②

「魔女が、現れたのですか」


 声が震えぬよう、低く押さえねばならなかった。それほどの衝撃があった。


 魔女とは、すべての人間に大きな害悪をもたらす強力な魔法使いの総称である。史上最初の強大邪悪な魔法使いが女性であったので、甚大な脅威のある魔法を保持する者は、性別を問わず魔女と呼称される。


 人々が扱う魔術や呪術というものは、本来、大きな力はない。恋愛を成就させたり頭痛を治したり、あるいは火を起こしたり風を操ったりもする。だが、それゆえに国が傾くことは無い。


 選挙で権力を握るか、軍事力で意を通さねば世の中は変わらないというのがロムレス王国での一般的な認識だ。この常識を覆す存在が、魔女である。


 かつて北方では、魔法を究めて魔王すら自称した魔法使いがいた。また南方では、魔法で大王を傀儡とすることで大国を我が物とした魔法使いもいた。

 魔女は、人の形をしているが、人知を超えた災厄である。


 その魔女が現れた。

 ロムレス王国の窮地である。世界の危機である。 


「ジムクロウさんの驚きはもっともですね。顛末を最初から説明しましょう」


「お願いします」


「ご存じのとおり、ランス市の人口は7万を超え、周辺の町や村を含めれば15万に迫る大きな都市圏です。当然、戦争に備えて高く堅固な城壁を備えています。ある日その城壁に、大きくて綺麗な穴が開いていたのです」


「城壁に綺麗な穴が、ですか?」


「ええ。大人が通れるほどの大きな穴で、まるで熟練の石工が丁寧に削ったかのように整った円形でした」


「実際に石工の心得のある者が悪戯をした……という可能性はありますか?」


「城壁は、前日の夕方にはいつもどおりであったそうです。たった一晩で、誰にも気づかれることなく切削するのは、難しいことと思います。悪戯好きのジムクロウさんなら、何か突飛な手を思いつくかもしれませんけれど、ふふ」


「いえ、そんなことは」


 いくつかの粗相を思い出して汗がにじむ。恥を知る者にとって、幼少期の素行を知られているということは、すなわち心臓を握られているのと同義だ。

 私の心の平穏のためにも、話題を戻すことにしよう。


「状況を鑑みれば、強力な魔法が行使された蓋然性は高いですね」


 短い時間で城壁に穴を開けるとなれば、破城槌や投石機が必要だろう。大勢の兵が動く気配と大音量は、夜であっても街の人に気付かれるはずだ。


 逆に、静かにこっそり作業をしたなら、一晩では間に合わないだろう。私の思いつく限りでは、一晩で気付かれることなく城壁を破るなど、無理だ。


 どのように工夫しても人の手で実現できないのであれば、それは神や魔の領域である。そして、神が自らの意思でそれを為したのでないならば、それは魔法使いの仕業である。


「ええ、軽視すべからざる魔法の痕跡だと、私も思いました。けれどそれだけでは終わらなかったのですよ。ランス市ではその後に不思議な事件が連続しました。前後不覚となった状態で見つかる者が相次いだのです」


「前後不覚の状態ですか。酩酊や気絶ということでしょうか」


「少し違います。辛うじて生きてはいるのですが、まるで死んだように眠っているのです。冷たく乾いた肌に血の気はなく、いくら介抱しても目を覚ましません。そして被害者は一様に胸に切り傷がありました」


「それは……確かに不思議な事件ですね」


 単に酔っただけなら、すぐに目を覚ますだろう。病気や怪我で余命が少ないとしたら、意識を失ったまま生き続けることは、あり得ない。そして胸の傷が共通しているという。ならば呪術的な儀式の影響であると想像が及ぶ。


「こうしたいくつかの状況が重なり、ランス市では魔女が現れたのではないかという噂が囁かれるようになりました。そこで私は、執政官とお話をして調査をすることにしたのです。そして、魔女の出現を確信するに至りました」


「たしかに先生がおっしゃられていた内容を検討すると、強力な魔法使いが現れた可能性は高そうですね。ですが、なぜ魔女が現れたと断言できるのでしょうか」


 魔法使いを名乗る者の中には、効果の無いまじないで高額の謝礼をせびる輩もいる。死んだ子を生き返らせてやるとか、不老不死を授けてやると言って効果のない呪術を施すのだ。世の中にはびこる魔法使いの大半は、こういう者たちだ。


 だが、中には真の魔法使いがいる。

 神と交渉しその権能を行使させる者。儀式を通じて大地と大気の精霊を意のままに操る者。強力な魔法使いは、本当に不可思議な現象を引き起こす。ランス市での不思議な現象の裏には、きっと強力な魔法使いがいるのだろう。


 しかし、それがすなわち魔女であるとはならない。単に強力な魔法使いを表現するには、魔女という言葉は強すぎるのだ。何か魔女の出現を確信させる材料があるに違いない。

 その疑問を投げかけたのだが、答えは想像をはるかに超えるほどに確たるものだった。


「神託を得たのです。それもデルポイで」


「ならば、間違いはありませんね」


 ロムレス王国には神託所が多くある。人々は個人的な、あるいは国家的な悩み事を解決するために神の知恵や予知の力を頼る。神託所によって、あるいは祭る神によって結果はまちまちであるし、評判の高低もある。信頼に値しない神託所では、寄進の額は少なく済むものだ。


 デルポイ市は、別格である。光明の神アポロンの言葉を聞くことのできる神託所があり、世界で最も権威あるものとされている。

 デルポイの神託とは、すなわち真実と同義である。


「ランス市には、魔女が現れているのか。どうすればこの窮地を脱することが出来るのか。そう問いかけたところ、神託は次のとおりでした」


 すこし躊躇いながら、先生はいった。


「魔女に味方するならば、敵対はしない。犠牲を厭わなければ、元凶を討てる」


「神託らしい言い回しですね。いえ、神託としては、随分と丁寧な言い回しかもしれません」


 神託は、必ず曖昧模糊とした部分を残す。神は人を試すのだ。

 かつてある王が隣国を侵略するべきか否かを占った時、「侵略によって、偉大なる国は滅ぶだろう」という神託が下った。結果、侵略した国はその行為が原因となって滅んだ。


 滅ぶ国がどちらであるか、神託の中で明言されていなかった故に、その内容を取り違えたのだ。


 慎重に読み解いていれば、侵略すればどちらか一方は滅ぶであろうことは分かったはずだ。戦争という危険を冒さず、両国の繁栄を企図して交流をしていれば更なる発展もあり得たかもしれない。つまりは、侵略を避けるという判断の材料とすべき神託であったのだ。


 もちろん、質の低い神託所が外れた時に言い訳をするためにどうとでも取れる言い方をする場合もある。だが今回はデルポイだ。それは無い。


「ランス市では、どのような対応をお考えですか?」


 既にある程度は予想できているが、聞かぬわけにはいかない。


「犠牲を払おうとも、魔女を討つと決めました」


 そうだろう。魔女とは、そういうものだ。決して人とは相いれない。

 僻地に住み人と関わらずにいるのであれば、いい。だが既に都市に入り込んでいる。城壁は破壊され、被害者も出ている。ならば戦うしかない。


「そこで、ジムクロウさんに捜査を依頼したいのです」


「捜査ですか?」


 出陣を依頼されるものと思っていたが、先生には別の思惑があるようだ。


「ええ。魔女がどこに潜んでいるのか、まだ分かっていません。私は、人に擬して都市内に潜伏していると考えています。そこでまずは、犯人を特定する必要があります。そして、その後に態勢を整えて討伐します。それら一連の対応には、ジムクロウさんが適任であると考えているのですよ」


「いざ戦いとなれば、お力になれるかもしれません。ですが魔女の探索となれば、ランス市民の方が町に詳しいのではないですか?」


「ランス市民であるからこそ、依頼できないのですよ。捜査を依頼した当人が魔女である可能性がありますから」


「確かに、おっしゃるとおりですね。先生が魔女ではないと確信できるのは、先生ご自身だけですね。その他のすべての人が容疑者となってしまう。協力者を得るならば、それは都市外の者に限られると」


「ええ、そのとおりなのです。魔女の探索となると私にはまったく不向きな仕事なので、助けて欲しいのです」


 先生であれば能力と人格に疑いはない。だが大学長という職を帯びる人間が直々に詮索をしては、色々と不都合が生じることは想像に難くない。

 そういう意味であると咀嚼していたのだが、どうやら答えは別にあった。


「最も魔女である可能性が高いとされている者は、私の教え子なのです。それも、とびっきり目をかけている優秀な魔法使いが」


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