大団円①
トナリ市の大通りは、人であふれていた。馬車で街路を進むと、市民が歓声を上げてこちらへ手を振る。
歩道は、老若男女の市民で埋め尽くされている。視界に入るほとんどの建物の窓からも、市民が身を乗り出して手を振っている。
近づこうとする者もいるが、マルクスを筆頭とした重装備の部下たちが群衆を整理するので、私の馬車の進行を妨げることはない。
なかには、マルクスを見つけて声をかける者が、ちらほらといる。竜征軍の一員として、彼の指導を受けたのだろう。調子の良いマルクスは、陽気に挨拶をしては適当にあしらっている。
私はというと、馬車の中に籠って、窓の隙間からそっと外を眺めている。
そんな私を見て、横に座るピラリスが屈託なく尋ねてくる。
「せっかく慰問と復興支援のために来たというのに、ジムクロウ様はお顔を見せなくてもよいのですか? この大観衆は、天下の元老院議員を一目見たくて集まっているんです。お顔を見せたら、きっと市民は喜びますよ」
「やだ。恥ずかしい」
「見てくださいよ、この盛況ぶりを。こんなに歓迎されているんですから、少しくらい調子に乗っても罰はあたりませんよ」
彼女は、時折、馬車から顔を出して手を振っている。
竜討伐で活躍した“神弓ピラリス”と“城塞マルクス”は、トナリ市では顔と名前が知られている。竜を倒し、街を救った英雄だ。男性のみならず、女性からも黄色い声援が飛んでくる。
十万人を擁するトナリ市の全体が、戦勝に沸き大いににぎわっている。
都市を存亡の危機に立たせた竜が排除されたのだ。誰もが安堵に胸をなでおろしているだろう。
皆が喜ぶ理由は、それだけではない。トナリ市は、既に王国有数の商業都市として知られている。そこに竜退治の勇名も加わるのだ。ますます影響力を増すだろう。市民たちは酒杯を掲げ、肉を焼き、竜退治を祝っている。
さらに、倒した竜の利権にも注目が集まっている。剥ぎ取ることが出来る素材は、概算で二千万セステルティウスとも言われている。トナリ市の予算の五十年分だ。破壊された城壁を直し、焼け落ちた財産を補填し、戦いで死傷した者たちの補償をしても、まだ余る。商人たちが群がってくるだろう。
とはいえ、竜によって街を破壊され、人手不足と混乱が余韻を残している。周辺都市から援助や慰労の人々が多くトナリ市へ向かっている。もちろん、竜利権に一枚噛もうという思惑もあるだろう。
私もこうして、配下の軍を動員してトナリ市を訪れている。多くの都市で様々な幻獣を討伐してきた私の軍は、幻獣退治のみならず、戦後復興の経験も豊富だ。
もともと、いざというときのために配下の軍勢を召集しトナリ市へ向かう準備をさせていたおかげで、竜退治には使えなかったものの、戦後対応には迅速に取り掛かれそうだ。
「私は貴族議会との茶番に向けて、気力と体力を残しておくよ」
民衆の人気取りはピラリスに任せて、柔らかい座布団をたっぷり置いた馬車の椅子に深く腰掛けた。
車窓から見える街並は、平和に見える。城壁から離れれば、戦いの跡は見えない。東部城壁の周辺以外は守りきれたようで、何よりだ。
私達を歓迎する民衆を抜けて、都市の中央広場に入ると、貴族議会の議事堂前で馬車は止まった。
広場には、ベルチ執政官を筆頭に、トナリ市の貴族たちが勢ぞろいしている。私の到着日時は、チタルナル監督官を通じてあらかじめ伝えておいた。
私が馬車から降りると、貴族連中が一斉に頭を下げる。
ぐるりと眺めると、オーギュストやロンギヌス、クコロなどの知った顔はすべて揃っている。
だが、彼らの待ちわびているジムクロウが、先日戦死したシム・ロークであるとは、まだ誰も気が付かないようだ。
今日の私は、元老院議員に相応しい格好をしている。布をたっぷりと使い刺繍をふんだんにあしらった純白のトーガを纏い、黄金と宝石を惜しげもなく使った宝飾品を着けている。高価な紫の布に、一部の高貴な者にしか許されない狼の紋章も使っている。
質素な格好でインクの匂いを纏っていたシム・ローク徴税官とは、格が違う。
トナリ市の貴族を代表してか、ベルチ執政官が挨拶に進み出る。
「幻獣殺しとして名高い名将ジムクロウ将軍閣下におかれましては、遠いところトナリ市へお越しいただき、誠にありがたく存じます。この度竜退治に成功した栄えあるトナリ市民を代表し、このエイギュチーク・ベルチ・トービー執政官が、心からの御礼を申し上げます」
シム・ロークであったときには想像もできないほど、勿体つけた挨拶を受けた。
だが元老院議員への応対としては、ごく当たり前のものだ。トナリ市ほどの大都市の執政官であっても、王国全体に号令をかけることのできる元老院議員の足元にも及ばない。
ロムレス王国は、それほどに巨大で強大なのだ。
「出迎えご苦労。諸君らの歓迎を有難く思う。ところで、ベルチ執政官……」
「はい、何でございましょうか、ジムクロウ将軍閣下」
ベルチ執政官が、誠実そうな声音ではきはきと応える。彼女を知らなければ、まるで忠義に熱い誠実な人間であるかのように感じただろう。
「足のけがはもうよいのか? 街に飛来した竜から逃げ出すときに、慌てて走って転んだ右足のことだ」
私の言葉に、ベルチ執政官のわずかに目が泳ぐ。意外とわかりやすい反応をする。
「に、逃げ出すだなんて、そのような恥知らずなことはしておりません。トナリ市の執政官として、最後まで竜との戦いを見届けておりました。確かに足をくじきましたが、戦場での名誉の負傷でございます」
「おかしいな。私は確かに見たんだ。誰よりも素早く城門を駆け抜けようとするあなたを」
「見た……?」
そこで、ようやくベルチ執政官は私の顔をしっかりと見た。
「あ!? シム・ローク? アンタは、死んだはずじゃあ……」
目を見開いて口をポカンと開けるベルチ執政官を見ていると、思わず笑いがこみあげてくる。ぐっとこらえて、澄ました声を出す。
「ああ、シム・ロークか。私の配下であった者の名だな。そして、今回の竜退治に協力し、戦死した男だ。いきさつは詳しく知っている。随分と酷い目に遭ったが、竜を倒しトナリ市に平穏をもたらすことが出来たのだ。死んだとはいえ、彼としても満足だろう」
ベルチ執政官は、口を開けたまま声も出せずに固まっている。見れば、オーギュストも目を剥いて固まっている。
「シム・ロークも非才ながら竜退治に貢献したと聞く。では討伐者の一人として竜素材の所有権が与えられるはずだが、本人が死んでいては仕方ない。替わりに私がそれを引き継ぐことにしよう。異論は無いな?」
「あ……え、ええ」
ベルチ執政官が混乱の極致にありながらも、肯定の回答をする。
これで、シム・ロークが持つ討伐者の竜利権を、ジムクロウたる私が継承したことになる。復興協力の費用は私の持ち出しでも構わないが、竜退治にかかった費用くらいは回収させてもらうとしよう。
次に、他の者と同じように目を丸くしているクコロ財務官を見た。
「クコロ財務官。君の活躍も聞いています。政務官としては優秀であるし、いざというときには竜にさえ立ち向かう勇気を持つ、極めて優れた逸材だと」
「……いえ、私などは、その、今は亡きシム・ローク竜征官の足元にも及びません。もちろん、ジムクロウ将軍閣下にも」
ジムクロウとシム・ロークが別人であるという設定をすぐに理解して受け答えをできるあたり、やはり彼女は頭が良い。機転も利く。
「実は元老院でもトナリ市の竜退治は噂になっていましてね。竜利権で潤うだろうけれど、被害も大きかったはず。だから、トナリ市だけ税率を軽減する特別法を制定してはどうか……という話が出ているんですよ。けれど特例的に優遇するとなれば、やはりクコロ財務官やチタルナル監督官のように、若く優秀で、信頼のおける誠実な人柄の人間に指導者であってほしいところですが……」
わざとらしく、一呼吸を置く。
「そういえばトナリ市の執政官選挙が近いですね。もしあなたが立候補するのであれば、私は庇護者となり全力で応援をしますが、いかがでしょうか?」
「えっ? あの、大変に有難いお話でございますが、なにぶん……」
「急な話ですからね。ぜひ検討してください」
にこりと笑って見せる。
竜利権にかかる莫大な金銭は、適正に配分されなければならない。きちんと城壁を補修し、襲われた農場を再建し、怪我人を治療し、犠牲者の遺族に補償をする。兵や鍛冶師、土木技師らへの報酬も弾むべきだろう。
ベルチ執政官では無理だ。自分の派閥の者へ過度な贔屓をし、そしてまた多くの金銭を自分の懐に入れるはずだ。ならば指導者を活力にあふれ利他的で誠実な者に挿げ替える。
私自身に意趣返しの想いが全くないとは言わないが、真の理由は、そんな些細なことではない。適性のある適切な指導者が大都市をけん引するということは、トナリ市民の為でもあるし、ひいてはロムレス王国の為でもある。
クコロ財務官自身は神殿関係者への影響力が強いし、軍関係者はチタルナル監督官が抑えている。私がちらつかせた減税特別法で、ベルチ執政官の支持層である商人を切り崩せば、執政官選挙に勝てる余地は十分にあるはずだ。もちろん選挙運動は大変だろうが、それは彼女に頑張ってもらいたい。後押しはするつもりだ。
「余談はここまでにして、後片付けの話をしましょう。部下には早速支援を始めるよう指示を出してあります。竜というのは非常に厄介で、倒したとしても竜鱗のせいで解体もままならず、さりとてその巨体故に動かすのも難儀します。ですが、わが軍は、その辺りは経験があります。任せてください」
食料やテントなども輸送させているので、トナリ市に負担をかけることなく活動できる。
「ありがとうござまいす。ジムクロウ将軍からいただきましたご温情は、トナリ市が存続する限り忘れることはございません」
答えたのは、クコロ財務官だ。私との会話の流れで答えたのだろうが、貴族議会を代表して受け答えしているようにも見える。いい傾向だ。
「私は友人と約束がありますので、これで失礼します。何かあれば、チタルナル監督官のところへ連絡して下さい」
そう言い残して、再び馬車へ乗り込んだ。
ベルチ執政官が何かを言おうとしていたが、気にせずに立ち去った。
次に向かったのは、チタルナル監督官の居宅だ。
街の中心部に建つ、平凡な大きさの一軒家だ。古い建物だが、手入れがしっかりと行き届いている。壁も天井もきれいだし、庭の草花は隙なく整っている。
玄関前では、チタルナル監督官が待っていた。客間に案内され、椅子に腰を下ろすと、すぐに銀髪の美しい女性がワインと果物が運んできた。
銀杯にワインを注ぎ、チタルナル監督官と二人で乾杯をすると、ゆっくりと口を開いた。
「貴族議会での小細工は終わりましたよ。クコロ財務官の株は、大いに上がったでしょうね。つまりはベルチ執政官の失脚につながることになります。これで、よかったのですか?」
私の問いに、チタルナル監督官はゆっくりと頷く。
「構わないのです。今回の騒動で、ベルチ執政官らの専横が、公平かつ誠実な市政運営の支障になることが分かった。今後の復興と発展を考えれば、若く誠実で優秀な人物が指導者になるべきだと思うのです。そのためには、義母であっても排除することに抵抗はありません。妻も納得しています」
そういって、先ほどワインを運んでくれた女性を指で示す。銀髪の女性は、繊細な顔立ちに似合わず、力強く微笑んでいる。ベルチ執政官の娘ながら、その気性はチタルナル監督官に近いようだ。
「であれば、チタルナル監督官がご自身で執政官を目指しても良いのでは?」
「いえ、私ではだめでしょう。この度の竜退治では、私自身も、大いに足を引っ張ってしまった。ジムクロウ将軍を信じ切れずに、拘禁と断罪に反対をしなかった。それが、初戦における竜退治の失敗に繋がり、巨竜によるトナリ市襲撃へと発展したと考える。私は、不正を憎むという私情が強すぎたのです。トナリ市民へも、あなたへも、申し訳なく思います」
苦しそうに顔を歪める。
「申し訳なく思う必要はありません。正義を希求するあなたの精神は、本当に尊敬すべきものだと思います。少なくとも私は好きですよ」
まっすぐに見つめると、チタルナル監督官は目を伏せ「ありがとうございます」とつぶやいた。
「それに、責任の話をするならば、真っ先に追及されるべきはベルチ執政官でしょう。体面などかなぐり捨てて、公的に支援を求めればよかったんです。トナリ市が、未経験の竜退治などという博打に勝てたのは、チタルナル監督官の機転と努力があってこそだと思います。少なくとも、あなたがいなければ私はここに来なかった」
「ジムクロウ将軍にそう言ってもらえると、安心する」
「では、もう一つ安心材料を。竜装備のために潰した美術品なのですが、それぞれ製作者に話をしておきました」
「それで、どういう反応でしたか?」
「芸術家にして元老院議員のガリエヌスは、“あなたの作品があったおかげで竜を退治できた”と感謝を伝えたら、意外に機嫌よく受け入れてくれました。それともう一人……」
「王兄殿下の作品であったと聞いているが……」
「兄はそこまで気にしていない様子でした」
「兄……?」
「ええ、兄です。つまり私は王弟ということになりますね」
「それは……知らなかった」
「あまり大っぴらにはしていませんからね」
ただでさえ幻獣将軍などと呼ばれて、必要以上に目立っているのだ。ひっそりと落ち着いた生活には、名誉だけで実の無い王族などという枷は不要なのだ。
「……ところで、チタルナル監督官。私は、気の置けない知人からは、ジムと呼ばれます。良ければあなたにも、そう呼んでもらいたいと思うのですが、いかがでしょうか」
私が何気ない風を装って提案すると、チタルナル監督官は少し考え、ゆっくりと口を開いた。
「もしジムが良ければなのだが、一つお願いがある」
「お願い?」
「親しい友人や家族は、私のことをチターと呼ぶ。ぜひあなたにもそう呼んでもらいたい」
「ではそのようにしましょう、チター」
チターが破顔した。今までに見たことのないくらい、良い笑顔だ。
「そういえば、配下の手勢を引き連れて復興のために汗をかいてくれるそうだな。監督官として、礼を言わせてもらう。本当にありがとう」
「いえ、大したことでは……。ロムレス市にいると、他に厄介ごとがあるので、外に出ているくらいがちょうどいいんです。西の国で魔女が出たから退治してほしいとか、北方に魔王を名乗る邪神官が現れたから討伐してほしいとか……」
「竜退治の次は、魔女退治か魔王討伐か。いずれにしても忙しいものだな」
「私以外にも対応できる人材はいるのですから、そっちに頑張ってもらいますよ。私は竜退治をしたばかりですから、少しの間、トナリ市に滞在させてもらいます」
「ではぜひ寛いでくれ。我が家で目一杯のもてなしをさせてもらう。ところでジム。今日は友人たちを招いているんだが、時間はあるか?」
「ええ。部下たちへの指示は終えていますので、私自身は余暇のようなものです」
「良かった。ロンギヌスやクコロに声をかけている。もうじきこちらに来るだろう。タンヤやガッラも来る。それに、“竜殺し”ジョセフィーヌ・クインもだ」
その名を聞いてどきりとした。
表情に出ていたのだろう。チターが怪訝な顔をする。
「どうした? 変な顔をしているな」
「実は、ジョーには伝えていないのです。ジムクロウとシム・ロークが同一人物であると」
ガッラは私が所有する奴隷だ。私には、その身の安全と衣食住を提供する義務がある。タンヤのところに身を寄せていたので、竜討伐後、二人に連絡は取っていた。
クコロやロンギヌスは、先ほど知ったので問題はないだろう。
だが、ジョーには正体を明かしていないし、連絡をしていない。彼女の中では、シム・ロークという男は死んだことになっているはずだ。
「なぜ? 二人とも竜退治の英雄だ。戦勝の喜びを分かち合えばよいだろうに」
「私が神技を使えると知られているので、腕試しを挑まれるだろうな……と。苦手なんですよ、そういうのは」
「それは申し訳ないことをしたかもしれない。が、もう遅いようだ」
部屋の入口でチターの従者が、ジョーの到着を告げた。




