破滅②
「もちろんである。我らの血と汗の末の勝利である。嘘偽りのない真実の聖戦であったのだ」
ならば、間違いはない。
立ち上がると、貴族議会の面々へ叫んだ。
「竜は倒されていない。直ちに、戦いの準備を!」
反応は悪い。
私の言葉を理解できていないのか、理解するつもりがないのか。
何を言っているんだという様子だ。その雰囲気を代弁したのは、ジョセフィーヌ・クインだった。
「小役人殿、馬鹿を言うのはおやめなさいな。百人近くの兵たちが竜を見て、戦い、倒しているんですのよ? そしてこの私も参加している。これが証拠」
鬼殺しが自慢の長剣を抜くと、半ばで折れていた。
「大鬼の首をも易々と刎ねた神剣ハバキルリだけれども、奴の首を切りつけたら、このとおり。神剣すら容易く折るのは、竜の鱗で覆われているからではなくて? であれば、私達が戦ったあいつが竜ではなくて、何が竜だというのかしら?」
素人は黙っていろ。
自信満々に語る鬼殺しは、無視する。
「オーギュスト竜征官。あなたは先ほど言いましたね。竜の火炎で、火傷を負ったものがいると」
「うむ。そのとおりだ。十五人ほどが大やけどを負った。同行していた神官が手当をしたが、それでもなお、ひどいものだった」
「そんなわけがないのです。竜の火炎は、一度燃え上がれば対象が燃え尽きるまで消えない。人であれば、死ぬまで消えない。石ですら消し炭にするほどなのです。それともう一つ、象ほどの巨躯と言いましたね?」
「うむ。実戦の場で戦像を見たことがある。あれに翼が生えたような大きさだった。実に恐ろしかったよ」
首を振りながら語るオーギュストには、嘘をついている様子はない。
確信した。
「そんなに小さくはない。私が見た竜は、少なくとも象三頭分はあった。翼を含めれば、さらにその倍はある。チタルナル監督官、あなたも一度その目で見ているはずだ。オーギュスト竜征官の説明には、違和感があるだろう」
「あ、ああ……。確かに戦象より大きな影であった。マルスの丘で竜を見た時は、かなり離れていたので正確には分からないが、象よりは間違いなく大きかった……ように思う……」
チタルナル監督官が戸惑いながらも私の言葉を支持すると、不安と戸惑いのざわめきが広がる。それを制するかのようにオーギュスト竜征官が声を張り上げる。
「馬鹿を言うな! 吾輩は、我が竜征軍は確かに竜を退治した。あれを見よ!」
老いた指の指す先では、大きな荷車に括り付けられた竜が運ばれてきている。丘陵を越えて、ようやくその体が見え始めている。
恐らく急造したであろう不格好な大きな荷車に、何重にも太縄で縛りつけられている。体中に竜牙の槍や矢が刺さっており、まるでハリネズミの様だ。
だが、はっきりと分かった。
「確かにあれは竜ですが、私がマルスの丘で目撃した竜より、はるかに小さい。ジョセフィーヌ・クイン、君は一度竜を見たでしょう? 明らかに違うと、なぜ気付かない!」
「だって、そんな……本当に言ってるんですの? 竜が二頭もいるはず……ないんじゃないかしら……?」
私の剣幕に自信を無くしたのか、鬼殺しの声が小さくなっていく。
「あれは生まれたての子どもです。恐らく出産と子育てのために食料を欲した竜が、これまでの縄張りを離れ、人里に降りてきた。その子どもが一頭でいるところに、たまたま遭遇し、捕まえることが出来ただけなのでしょう。本当の脅威である親竜は、未だにどこかにいるはずです」
「もしかして私……やらかしておりますの? とんでもない失態を……やらかしておりますの?」
鬼殺しの声は、か細く聞き取れないほどだ。
初めて竜という難敵に遭遇し、平常心を失っていたのだろう。竜が二頭もいるはずがないという思い込みもあったのかもしれない。彼女を責めても始まらないが、失態は認めてほしいところだ。
鬼殺しなど眼中に無いといったように、威勢よくオーギュストが立ち上がった。
「いい加減にしたまえ、シム君。処罰を免れようと足掻きたい気持ちは理解できる。だが吾輩としても、命を賭して戦ったのだ。我が部下の為にも、これ以上の侮辱は看過できんぞ?」
竜鱗の大盾を持った兵が、私の左右に立った。オーギュストの合図があれば、私を力づくで黙らせるのだろう。
だが黙ってはいられない。
「侮辱の意図は微塵もありません。今更、保身の意図もありません。すぐそこに、とてつもない脅威が残っている。これを見過ごすわけにはいかないのです」
必死に訴えるが、皆の反応は悪い。
ベルチ執政官は「この期に及んで、盾ついても仕方ないよ」と恫喝し、クコロ財務官は「見苦しい」とだけ呟いている。チタルナル監督官も、判断に迷っているのか、黙り込んでいる。
当たり前だろう。
周囲の人にしてみれば、罪人として官職をはく奪されたばかりの男が、竜退治の英雄にかみついている構図なのだ。
だが私は、まだ無傷の竜がいると確信している。仲間の竜を捕らえられて、激昂しているかもしれない。今すぐにもトナリ市へ襲いかかってくるかもしれない。
ならばもう、実力行使だ。
トナリ市を守るために、トナリ市民である彼らと戦うというのは、何ともおかしな構図だ。だが、もう腹を決めた。
「ピラリス! 私の剣を!」
どこかにいるはずだ。きっと様子を見守っているだろう。
そう信じて声を上げると、答えがあった。
「畏まりました」
幻獣戦用の装備を身に着けたピラリスが、城壁上に立っていた。黄金獅子の革鎧と多頭蛇の牙で作った弓を纏った姿は、おとぎ話に出てくる英雄のようだ。
衆目を集めるピラリスが投擲した短剣は、見事に私の頭上に振ってきた。
縛られたままの腕を頭上に掲げて剣を掴むと、同時にピラリスの放った矢が縛縄を切り裂いた。自由になった両手で、鞘から抜き放つ。多頭蛇を倒した際に、その尻尾の中から出てきた魔剣クサナギだ。強烈な禍々しさと神気を放つ剣を振り上げて宣言した。
「私は、諸君を守るため、竜を倒す。例え諸君と敵対しようともだ!」
「反逆だよ! 取り押さえな!」
ベルチ執政官の叱咤に、衛兵がこちらへ駆け寄ってくる。
だが、ただの衛兵に、私を止められるはずがない。神技“大鬼腕”と“小鬼脚”を同時に発動し、衛兵たちを叩きのめす。
小鬼を十以上倒すと習得できる小鬼脚は、身のこなしが極めて速くなる。そして、一対一で大鬼を倒すと習得できる大鬼腕は、驚異的な膂力を発揮する。
二つを同時に使えば、並みの衛兵など、ものの数ではない。
二つの神技を使いながら、多頭蛇の神技“多頭蛇眼”を発動する。九つの首を持つ蛇の如く、背後も含めた周囲の全てへ視覚と聴覚が張り巡らされる。そして四方から飛びかかってくる兵たちを次々と蹴り飛ばし、殴り付け、投げ飛ばす。剣を使うときは、柄や腹で殴打した。
十を越える衛兵を叩きのめしたところで、竜征軍の兵に左右を囲まれた。二人とも竜鱗の大盾を構えている。竜鱗を素手で殴れば、皮膚は裂け骨が砕けるかもしれない。生半可は業では、足りない。
竜の神技“神竜鱗躯”を発動した。
すると体に剛力が宿り、竜のごとき強靭な肉体に変わった。竜の首を落とした時に身に宿したもので、私が修めた中でも最強の神技だ。
これを使えば、たとえ竜鱗の大盾で防がれようとも、盾ごと吹き飛ばせる。
そう考えて剣で斬りつけたが、想定が外れた。
まるで熱したナイフでバターを切るかのように、あっさりと竜鱗の大盾を両断したのだ。
竜を倒したときに得た神技なので、当然ながら、竜を相手に使ったことはない。もしかすると、単に強靭さと剛力を得るだけでなく、竜を相手にしたときに特別な攻撃力を発揮するのかもしれない。
気がつけば兵たちは、私を取り囲むばかりで、襲いかかってこなくなった。
彼らを指揮するはずのベルチ執政官もオーギュスト竜征官も、狼狽えるばかりで何も出来ない。
「我輩の手には負えんぞ、ベルチ執政官! 彼はただの徴税官で、事務仕事くらいしかできないのではなかったか?!」
「アタシだって知らないよ!」
貴族連中も戸惑うばかりで、事態を打開できる者はいない。市民らも、面白がって囃し立てるばかりだ。
混乱の極みある状況を吹き飛ばしたのは、竜の一鳴きだった。
既に都市目前にまで運ばれていた子竜が、縛り付けられた口の奥から、絞り出すように鳴き声を上げた。
千羽のカラスが一斉に鳴いたかのような鳴き声は、人々の心胆を寒からしめつつ、あたりに響き渡った。
竜の咆哮には、人間の恐怖心を呼び起こす作用がある。幻獣との戦いに慣れていなければ、耐えられるものではない。子供は泣きだすし、体の弱い老人などは、腰を抜かして座り込んでいる。
混乱する人々を、さらなる恐怖が襲った。
丘の向こうから、別の竜の鳴き声が響き渡った。
先ほどの鳴き声に呼応するかのような声だが、明らかに大きく力強い。姿が見えないほど遠くからの声なのに、先ほどの子竜より大音量で轟いている。
「……来た!」
私のつぶやきに、その場にいる全員が東を見た。
丘の向こうの空に、小さな赤い点が見える。その点は、トナリ市へ近づくにつれ、どんどん大きくなる。陽光を竜鱗に反射させ赤く煌めく巨躯に、大きく広げられた翼。口からは炎を漏らしながら、真っすぐにこちらへ向かってくる。
「竜だ……!」




