露見③
それにしても、昨日の今日で拘束されるとは想定していなかった。露見するにしても竜退治を終えた後だと考えていた。
もしかすると、ベルチ執政官は自身の派閥の者に“シム・ロークの弱み”を探させていたのかもしれない。竜退治後の利権を独占するには、功績を持つ者を排除するのが手っ取り早い。
竜征官であるオーギュストは、もともと自身の派閥だ。ジョセフィーヌは、大鬼の事例から無欲であることが分かる。後は私を排除すれば、金銭的な利益を独り占めできるだろう。
そんなところに、のこのことベルチ執政官の配下であるオフェラに話を持って行った間抜けが、この私と言うわけだ。
すぐさま行動を起こしたベルチ執政官の手により、私はこの快適な居室を与えられるに至ったのだろう。
残念なことに、現状では先ほどベルチ執政官らに説明したとおり、私がいなくとも竜退治の準備は進む。
塹壕が唯一の懸念だが、職人の数を確保できなかったとしても、討伐の時期が後ろにずれるだけなので、極端に遅れなければ問題ないともいえる。
という事は、何か想定外の事態が起きなければ、このまま拘束され、竜退治後には罪人として放逐されるだろう。
そんな考えに至り一人で鬱鬱としていると、段々と室内が薄暗くなっていった。
恐らく時が過ぎ、夕暮れ時を迎えたのだろう。昼食も取っていないので、空腹だ。
食事でも出ないかと扉を見ていると、覗き窓が開いた。
何かと思って見ていると、美しく整った眉の女性が顔を覗かせた。
「こんな所にいらっしゃったんですか。随分と快適なお部屋ですね」
「ピラリス……。どうやって牢獄の中まで?」
「嘘と金で。世の中の、この二つで片付かないものの方が少ないですよ」
覗き窓からは、ほら吹きピラリスがこちらを見ていた。いつものように、余裕たっぷりの自信に満ちた微笑みを浮かべている。
「ジムクロウ様の姿が見えないので、とっても心細くて探し回っちゃいましたよ。こんなところで、そんな格好で何をしてるんです? もしかして、お楽しみでしたか?」
「オフェラだ。奴から美術品を購入したら、早速ベルチ執政官に密告された。横領の罪で告発されるそうだ」
「あらら。だから言ったじゃないですか。小鬼の口約束より信頼ならない男ですよって」
「うん、そのとおりだった。とは言え、やむを得なかったんだ。それに、奴の美術品を潰したお陰で、竜装備の準備は間に合うんだ。甘んじて受け入れるさ」
時期が早すぎただけで、罪に問われること事態は予定どおりなのだ。
「早速脱出しますか? 脱獄犯シム・ロークの誕生ですね」
「いや。出ない」
意地悪く笑うピラリスに、私はそっけなく言った。
「良いんですか? ここから出ないで」
「私は、竜を退治するためにトナリ市へ来た。竜を退治するには、逃亡犯ではだめだ。竜征官の補佐官であるという、法的な身分を失うわけにはいかない」
「牢屋に入れられたって言うのに、まだトナリ市のことを気にかけるんですか?」
「幸い、拘束されてはいるが、法的な身分はそのままだ。もし竜退治で困ることがあれば、オーギュスト竜征官なりベルチ執政官なりが、私を頼ってくるはずだ。その時にシム・ロークが逃亡中では、困るだろう」
「それは、頼られているのではなく、利用されているって言うのではないですか?」
「どちらでもかまわない。竜が退治されるのであれば」
「相変わらずでいらっしゃる。呆れた御方だ」
ピラリスは肩をすくめると、「せめてこれだけでも」とパンを一切れ置いていった。
あまり期待していなかったのだが、香ばしく焼いた豚肉が挟まれていた。朝から遠出し、昼食も摂っていない身には、染みるほど美味かった。
腹が満たされると、石床の上に寝転んで目をつぶった。明るい展望は全くないが、どう転ぶにせよ体力は必要だ。
今日は長く馬に乗ったので、体中が汗でべたつく。肌と髪には、砂やほこりもついている。
風呂に入りたい。
切実に、風呂に入りたい。
もちろんそんな希望が叶うはずはない。半ば無理やりに意識を落とすと、意外とすんなり眠れた。
そうしてしばらく寝苦しくしていると、すっとんきょうな声に起こされた。
「あーら、まあ。こんなところにいらっしゃいましたの? 髄分とお暇ですこと」
今度は、ジョセフィーヌが扉の覗き窓からこちらを見ていた。虜囚の身にしては、ずいぶん客が多いことだ。
「クインさん、よくここが分かりましたね」
「当たり前だけど、貴族なんかより平民の方がずっと人数が多いのよ。私の目と耳は、トナリ市のあちこちに張り巡らされておりますの。小役人殿ごときを見つけるなんて、朝飯前ですわね」
「ということは、今は早朝ですか?」
「……そういうことを言っている訳じゃありませんの。確かに今は早朝ですけれど。で、ここで何をしているのかしら? 悪さがバレて捕まったというのは、本当?」
「耳が早いですね。ええ、そのとおりです。オフェラの件です。昨日の今日で拘束するあたり、まんまと罠にはまったようです。ベルチ執政官の周到さが見えますね」
「貴族っていう連中を爪の先ほどでも信用すると、こうなるのよ。まったく反吐が出ますわね」
ジョセフィーヌが美しい顔を苦々し気に顔を歪める。
「チタルナル監督官はどうしていますか? 今更ですが、彼が私のために動いてくれるのではないかという、甘えた考えが頭をもたげてきているのです」
「ばばあ……執政官から何かを聞いたらしいですわ。滑稽なくらい腹を立てて、小役人殿のことを悪しざまにののしっていましたね。“約束を破られた”って」
この仕事を引き受けるにあたって、シム・ロークという偽の人物を作り上げることを除いて、法を犯す事はしないと約束した。
それを破ったのは私だ。チタルナル監督官に知られればこうなるかもしれないと、覚悟はしていた。
けれど彼の友情が失われてしまったのかと思うと、自分でも驚くほどに喪失感を覚えていた。
「彼の信頼を裏切る形になったのは、本当に申し訳ないですね。もし機会があれば、シム・ロークが謝罪していたと伝えてください」
ジョセフィーヌは、興味なさそうに肩をすくめる。
「そういうのはどうでもいいの。私が気にしているのは、一点だけですわ。竜退治はどうなるの?」
「そちらは、現状では問題ないでしょう。装備の調達も兵の訓練も、既に私の手を離れて進んでいます。気になるところは……」
「ああ、そう言えばあなたが気を配っていた工事の件ね、今朝には、これまでの倍の数の技師が集まったようですわよ」
「それは良かった。丁寧な作りの塹壕を、予定より多く作ることが出来るかも知れません。塹壕作りが予定どおりに進むのであれば、問題はないでしょう」
「あら、つまりあなたはもう用無しってことかしら?」
「飾らずに言えば、そうなりますね」
「ならばここから先は、戦士の出番と言う事かしらね。事務屋殿は、せいぜいゆっくりしてくださいな」
不敵な笑みを浮かべると、ジョセフィーヌは去っていった。彼女としては、竜退治に向けて着実に進んでいればそれでよいという事なのだろう。確かにその通りだ。
ジョセフィーヌの後は、誰も来なかった。ピラリスは顔を出さないし、マルクスなどは一度も訪れなかった。もちろんチタルナル監督官もだ。
拘禁されて三日目に、粗末な食事を運んできた衛兵から「竜征軍の装備が整ったから出発したらしいぞ」と聞いた。置いて行かれるとは思っていなかったので、少し驚いた。だが手順はチタルナル監督官とジョセフィーヌが全て承知している。人事が尽くされている以上は、武運を祈るしかない。
続報を聞けたのは、更に二日後だった。オーギュスト竜征官からトナリ市へ「竜の捕獲に成功した」との報告が入ったらしい。
私が水を向けると、太っちょの衛兵は、自分の手柄のように語ってくれた。
「さすがトナリ市だよなあ。竜を捕まえちまったってんだから、すげえよな」
その言葉に、耳を疑った。
「竜を捕まえた? 討伐ではなく、捕獲ですか?」
竜などという危険の塊を、生かしたままにするなど、ありえないことだ。一体何故そんなことになったのか。
「そうらしいぜ。今、捕まえた竜を引きずってトナリ市に向かっているって話しだ」
「何故そんなことに……? 生きた竜を都市の近くへ移動させるなど、火遊びが過ぎる」
「お前が気にするのは、自分のことだろうよ。ベルチ執政官は、お前の処断をするつもりだ。追放されるだけなら良いが、処刑されるかもしれねえぞ」
太っちょの衛兵の言葉は、すぐに実現した。その日の昼前に、衛兵たちが私を牢から連れ出した。もちろん、釈放するためではない。私は、裁きの場に引きずり出された。




