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事務屋の竜退治  作者: 安達ちなお
1章 事務屋の竜退治

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鬼殺しと図書館②

「皆に頼られているんですね。そして丁寧に対応している。素晴らしいですね」

「それ嫌味かしら?」


「いえ、本心です。クインさんは心底から心配し、相談に乗っているように感じました。そういうの、私はとても好きですよ」

「あら、そう。貴族にしては珍しいですわね。執政官の糞バ……お婆さんからは、平民同士で身を寄せ合っている様が見苦しいとか言われたものですけれど」


「私は、そうは思いません。貴族というものは、そもそも、そういうものです。他の人より少し財力がある、少し顔が広い、少し知識や技術を持っている……そういった人が他人のために何かを為す。その高貴な精神の持ち主こそが、貴族の原点です。少なくとも、貴族議会から官職を得たから貴族であるなどという現在の認識より、クインさんの振る舞いの方が貴族的であると、私は思いますよ」


 ジョセフィーヌは、くすくすと笑った。


「面白いですわね。徴税官などというゴミ官職とはいえ、貴族であるあなたが自分の貴族性を否定して、平民のわたくしの方が貴族らしいなんて言うの? 執政官に見つかったら大目玉じゃなくて?」

「そうなるでしょうね」


 肩をすくめて笑う私を、ジョセフィーヌは不思議そうな目で見ている。


「私の親はね、貴族になりたがっているの」

「物好きですね」


「そう言えるのは、あなたが曲がりなりにも貴族だからじゃないかしら。既得権益を持つ特権階級に憧れるのは、この私でも、共感はできなくとも理解は出来ますもの。特に私の親は商人として成功しているから、もっともっと欲しいものがあるんでしょうね。お陰で、私は小さいころから家庭教師を付けられて変なことを色々と教えられたものから、こんな平民っぽくない口調なんですのよ。貴族のところへ嫁がせたかったみたいですわね」


 よくあることだ。

 貴族を目指す裕福な者が、貴族の知己を求めたり、子弟に貴族的な教育をしたりするというのは、珍しくない。有力な平民は、底辺の貴族より財力を持っている。さらに影響力を拡大させようと、色々と画策するものだ。


「という事は、今は違うのですか?」

「お父様が、“自分の決めた貴族に嫁いでもらうけれど、何か条件があれば聞くぞ”と仰ったので、私より強い人に限るという条件を付けたんですの。それから何も言われなくなりましたわね」


 それはそうだ。

 ジョセフィーヌより強い貴族など、そこらにいて堪るか。


「つまり、親の決める結婚から逃げるために剣を修めたのですか?」

「いえ? 好きだから、もともとやっていたんですわ」

「それは……」


 すごい。

 目的も無く好きで剣を振っていて、あそこまでの実力に到達するということは、本当に天賦の才に恵まれていたのだろう。


「好きだから剣を振っていたら強くなって、小鬼ゴブリンを倒すことになり、大鬼オーガから街を救うことにもなりましたわね。とってもとっても嬉しいことじゃない? 力ない人たちに代わって剣を振る事が出来るなんて。……こんなことを言っても分からないわよね、あなたって、とっても弱そうだし」

「私は戦士ではなく事務屋ですからね。領分は、剣ではなく紙とインクです。今からその本分を発揮するつもりです。ご一緒にいかがです?」


「本分?」

「ええ。図書館で、竜について少し調べます。今後、議会に予算案を上程する際には、竜討伐について質問が出るでしょう。そこで的確に答弁することが出来れば、こちらの意見は通りやすくなりますし、お歴々の覚えが良くなりますからね。これはオーギュスト竜征官の指示でもありますが、彼の命令に応えるように見せつつも、重要な情報はこちらで握っておこうと思います。主導権を奪われたくはありません」


「よく分かりませんが、クソ生意気な貴族どもの横っ面を引っぱたいてやろうという心意気は感じますわ。自分の体面と利益しか考えない奴らに引っ掻き回されたくはないですものね」


 ジョセフィーヌがニヤリと笑う。


「そうですね。できれば引っ掻き回す側でいたいものです」

「うん、その方が気持ちいい。すごくいい」


 二人で悪い笑みを浮かべると、連れだって図書館へと歩いた。

 トナリ市の図書館は、貴族議会の議事堂に併設されている。

 町の中央広場に着くと、議事堂の正面を避け、建物横の小口から議会図書館へ入った。


 ここには、公文書をはじめとする、トナリ市政運営に関わる重要な書類が保存されているはずだ。入り口脇の椅子に司書らしき男が座っている。


「急ぎで確認したい資料があります。少しでよいので、資料を見ても良いでしょうか」


 声をかけると、あからさまに嫌な顔をした。


「……いいですよ、図書館は誰に対しても開かれていますから。けど、本は大切に扱ってくださいよ。間違っても汚さないように。それだけはホント、頼みますからね。出来ないなら帰ってもらいますよ」


 ぶつぶつと呟く無精ひげの男には見覚えがあった。

 議会でジムクロウの文書を鑑定した文書官だ。確かモブスと言う名前だったはずだ。


「もちろん丁寧に利用します。それと、先ほどはありがとうございました。モブス文書官がジムクロウの文書鑑定をしてくださったので、とても助かりました」


 私が頭を下げると、モブスは嬉しそうに笑った。


「お、そうかい。そりゃ良かった。文書官なんて見向きもされない底辺官職なのに、アンタ、よく僕を覚えていたな」

「モブスさんは博識で目も確かな優れた文書官です。忘れるわけがありません。あなたのような優秀な官吏なら、王国のどこへ行っても引く手あまたでしょう」


「ありがたいね。文書官をそこまで買ってくれる奴なんて、このトナリ市にはいないと思っていたよ。文書の調査とか資料の保存とか、商売人の利益にならないことは評価されないからな」


 モブスが、痩せた頬を赤らめながらボヤく。


「そうなのですか? 事績の記録は、極めて重要な事業であるとおもいますが」


 災害時の対応や疫病の備えなど、過去の記録から学ぶことは多い。

 幻獣退治の手法も、そういった学べる知識の一つだ。


「シム・ロークっていったっけ。アンタはわかってるね。でも他の奴等は違うんだよなー。本も記録も重視されないから、予算がつかずに図書館はこの有り様。文書保存が使命なのに、穴だらけの黄色い小さな羊皮紙しか回ってこないほどだ。ついでに僕の実入りも少ないから、娘の結婚用の衣装も用意できないくらいさ」


 確かにこの図書館は、十万人の人口規模を考えるとあまりに小さい。

 小さな一軒家程度の広さだ。


「ま、こんなみすぼらしいところで良ければ、見ていってくださいよ。そいでもって、さっさと竜を倒してください。これ以上物価が上がったら、我が家は飢えちまいますからね。三人の娘と嫁さんは、今日も腹を減らしている」

「鋭意努力します」


 図書館の奥に足を踏み入れると、紙と皮、そしてインクの匂いに包まれる。

 中には丈夫そうな杉材の棚が、所狭しと並んでいる。そして羊皮紙を束ねた本や、木簡、植物紙パピルスの書類などが入り交じって保管されている。


 ロムレス王国の図書館では、資料の保管方法は文書官や司書次第であり、館によって異なる。ここでは、資料は内容ごとにまとめられ、公文書は年代順に並んでいるようだ。


 施設が小さいので期待はしていなかったのだが、意外なことに、資料の種類は豊富だ。王国全土から収集した資料や執政官が議会に上程した議案、予算と決算の記録、郷土史などがまとめられている。


 幻獣の書類が並ぶ棚を見ると、幾つか抜けがある。既に貴族議会の議員が、竜について調べるために持ち出したのだろうか。


「目当てのものは無さそうですわね」

「いえ、本命はこちらですよ」


 唇を尖らせるジョセフィーヌと一緒に、図書館の奥に進む。

 最奥の棚で、百年以上前の公文書や関連資料を探す。

 こちらも不揃いだ。恐らく竜討伐に関する本が運び出されているのだろう。


 だが直接の文書が無くても、調べる手段は他にある。

 近くを探すと、目当ての物はすぐに見つかった。棚の最下段に両手で抱えるほどの大きな本が横たわっており、背には「ロムレス王国暦353年トナリ市予算書及び決算書」と書かれている。

 閲覧台へ運ぶために抱え上げたが、羊皮紙が何枚も束ねられた本は、私の細腕には少々重い。今が乾燥している夏でよかった。


 閲覧台で錠を外し、本を広げた。油分の多い黄色い紙は、安物だ。小さな紙には余白をほとんど残さずにびっしりと書かれている。訂正の余地を残さないほどに紙を使っているのは予算が無かったからだろうか。


 万が一にも破損せぬよう丁寧に羊皮紙をめくって、目的の個所を探す。恐らくその年の当初の予算ではないはずだ。


「そんなものが役に立つんですの?」

「ええ。竜退治に必要なのは、段取りと根回し、そして相談、連絡、報告であるとは既に説明しましたが、それらを遺漏なく行えば、こういったところに痕跡が残るんですよ」


 怪訝そうな顔のジョセフィーヌをそのままに、目的の箇所を読み込んだ。今から約百年前、トナリ市では、本来ならば財政的な動きの少ない夏に、三度も予算を増額し、兵員と装備を整えている。支出詳細は小麦や薪炭、給金、などであり一般的な軍隊の支出と言えるだろう。


 一度目は百万セステルティウスという大金を措置している。王国軍の装備は、基本的には参戦する市民による自弁だ。私も自前の兜と大盾、長槍を持っている。市民は皆が持っている。だが、兵糧や戦車などの特殊な装備は国が負担する。そして動員した市民への給金も必要だ。

 粗く計算しても、一人あたり百セステルティウスを費やすとして、一万の軍勢を動員したことになる。そして、二回目の動員があったということは、敗北したということだ。

 一万人であっても、ただの軍隊では太刀打ちできない。それが竜という存在なのだ。


 二回目の出兵では、馬の装備と資料、弓矢への支出が多い。加えて、盾は発注個数に比して金額が大きい。恐らく単価の高い特殊な盾を用いたのだろう。


 そして三回目では、馬への支出は無く、弓矢の購入と土木技師への賃金が目立つ。二回目の戦闘では騎兵が役に立たなかったのだ。一方で、弓が効果的であったことはよくわかる。

 隅々まで目を通していると、モブス文書官が様子を見に来た。


「問題なさそうですかね? その辺りの資料は、僕が書き写したものなんだ。原本は羊皮紙が古くて保存が難しそうだったから、僕の写本と入れ替えたんだよ」

「本当ですか? それは良い仕事をされましたね。あなたのお陰で貴重な資料が守られ、それによってこのトナリ市が守られることになります」


「そんなに大ごとかい?」

「ええ。ありがとうございます、モブスさん。優れた文書官のお陰で、竜の討伐に一歩近づくことができました。持って帰って熟読したいくらい参考になります。流石に貸し出しは難しいでしょうから、書き写しをお願いしてもよいですか? もし急いでくれるなら、一枚あたり十セステルティウスの謝礼でどうでしょうか」


「いいけど、ずいぶん高額じゃないか?」

「それだけの価値があります。それに、娘さんが結婚するのでしょう? 竜のせいで流通が滞れば、布や染料の価格は上がります。これは前払いの分です。少しでも足しにしてください」


 白銀の硬貨を十枚取り出し、机上に置いた。


「畏まりました。ロークさんのご依頼なら、一番に取り掛かりますよ。……ありがとうございます」

「こちらこそ、本当にありがとう、モブスさん」


 彼は優秀なうえに、私を侮らない稀有な人だ。大切にしたい。

 心からモブスに礼を伝え、私とジョセフィーヌは図書館を出ようとした。

 だが鬼殺しが足を止めた。


「これは……」


 比較的新しい本が並ぶ棚を見たジョセフィーヌが、上ずった声を漏らす。


「幻獣退治の英雄ジムクロウ将軍の著書ですわね。まさか、こんなところで目にするとは思いませんでしたわ」


 そう言って彼女が手に取ったのは、羊皮紙を豪華に装丁した本だ。表題には「大英雄ジムクロウ将軍事績集」と書かれている。

 思わず苦い顔になる。私の名前が広く知られることになった元凶の一つだ。


「これは、あのジムクロウ将軍の自伝ですわ。私、これが欲しくて欲しくてたまらなかったんですけど、どうしても手に入らなくって……。幻獣退治の記録のみならず、その心構えや人生訓などまで、自らお書きになったらしいですわよ」


 嘘だ。

 私はこんなものを書いていない。ほら吹きピラリスが小金儲けのために適当に書いたものだ。

 弓使いである彼女は、幻獣討伐の際に距離を取っていることが多い。そのため、戦いの様子をよく把握しているのだ。


 討伐の描写がしっかりとしているこの本は、妙に人気が出た。売り上げで若い奴隷を何人も買ったと言っていたから、かなり儲けたのだろう。


 忌々しい。

 ジョセフィーヌが本を開き、目に付いた一節を読み上げる。


「ヒュドラの首数も知らずに突き進むものは屍となり、竜鱗の数さえ知る者は英雄のきざはしに足をかける……ですって。あら、まさに今の私たちにぴったりですわね。確実に竜を倒すのであれば、まずは書物などで過去の事例などを知るというのは、あながち間違いではないということですもの」

「……」


「あら、“採らぬ竜鱗を数える事勿れ”ですって。金勘定より大事なことがあるという事ね。あるいは手に入れてない物を当てにするなという意味かしら」

「…………」


「“私は死を恐れてはいない。死が私を恐れているのだ”ですって。最高ね。こういう神の如き精神の極致にたどり着きたいものだわ」

「………………」


「ほら、このジムクロウ将軍の肖像画を見てごらんなさいな。筋骨隆々で、剛腕巨躯で、髭もふさふさ。英雄らしい英雄じゃないかしら?」


 嘘っぱちだ。

 その方が「読者の受けが良いので、売れるんですよ」とピラリスが言っていた。


「……そろそろ行きませんか? その本は借りていきましょう。モブスさん、これでお願いします」

 モブスに硬貨をさらに二十枚渡すと、本を抱えるジョセフィーヌの背を押して図書館を出た。

 これ以上、私の羞恥心と罪悪感と、ピラリスへの殺意を煽らないでほしい。

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