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事務屋の竜退治  作者: 安達ちなお
1章 事務屋の竜退治
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事務屋と揉め事②

 ジムクロウではなくシム・ロークとして振る舞わなければならないという都合上、今回の戦いには、私が手塩にかけて育て組織した軍勢を率いることが出来ない。

 その代わりに、ピラリスを含む数人の精鋭をトナリ市へと秘密裏に連れてきていたのだ。


 彼女は、ガッラと私の騒動を見て、第三者を装って知らぬ顔で介入してくれたのだろう。

 私が詐欺師ピラリスと呼ぶだけあって、場をかき乱し、自分の思ったような雰囲気を作り上げる達人だ。周囲の市民らはすっかり私たちの味方だし、ガッラ達も委縮して黙り込んでいる。


 さて、どう決着するかと思案していると、群衆をかき分けて、騎乗したチタルナル監督官が現れた。同じように騎乗した恰幅の良い男を連れている。


「どうした、シム・ローク。これは何の騒ぎだ?」


 チタルナル監督官が馬から飛び降り、剣の柄を握りながら駆け寄ってくる。連れの男も同じように近づいてくる。禿げ上がり腹が出た男で、初めて見る顔だ。


「私とクインさんの二人で、ロンギヌス氏の店に協力を仰ごうと訪れたところ、ガッラさんと意見の相違がありまして、少しお話をしておりました」

「額から血が出ているな。これは?」


 私の顔を見て、チタルナル監督官が尋ねる。その眼光は鋭い。

 監督官が味方してくれるのであれば、その権威を笠に着て強気でいられる。内心で笑みが止まらない。とはいえ、ここでうっぷんを晴らしても得は無い。


「話し合いに熱が入りました。ですが、話がまとまるのであれば、この程度は何の問題もありません」


 ちらりとガッラを見ると、青い顔で監督官の後ろに立つ禿げ男を見ている。誰だろうという目でチタルナル監督官を見ると、察したように説明してくれた。


「トナリ市武具商組合長のロンギヌスだ。ベルチ執政官に会うために貴族院議会へ行ったところで、偶然にも出会ったのだ。ロンギヌス、この少年が噂のシム・ロークだ」

 監督官の紹介を受けて、ロンギヌスが進み出た。私に一礼して「ロンギヌスと申します」と名乗り、すぐにガッラへと向き直った。


「ガッラ、何があった?」

 落ち着いた声だが、目付きは鋭い。声をかけられたガッラがびくりと肩を震わせたのを見るに、部下の手綱はしっかり握っているようだ。


「こいつがロンギヌス組合長の店をバカにしやがったんです! 俺、許せなくて……!」

「ガッラ、俺のことを馬鹿にされたと思って、怒ってくれるのは嬉しいよ。だけどなあ、もう少し広い視野で話をしようや」


「組合長、俺は……」

「黙ってろ!」


 なおも言い募ろうとするガッラに一喝すると、ロンギヌスは私とチタルナル監督官を見た。


「うちのガッラが迷惑をかけたみたいで、申し訳ない。普段は色々とよく気付いてくれるし、鍛冶の腕も良いんだが、情に厚くてカッとなりやすいのが玉に傷なんだ」


 言いながらもロンギヌス氏は、ガッラの肩に手を置き、安心させるように背を叩いている。なるほど、ロンギヌス氏は部下を大切にしている。だからガッラも、ロンギヌス氏の体面を気にして強く出ていたのかも知れない。


「今は、トナリ市が生きるか死ぬかっていう瀬戸際だ。うちの店もやれることはやらせてもらう。それでどうだい、シム・ロークさん」

「ありがとうございます。今回は残念なことに、ガッラさんとの間に()行き違いがありました。けれど、“竜を討つべし”という使命とは別の問題です。竜退治にあたって、ロンギヌスさんのご協力を頂けるのならば、これ以上ないくらい心強く思います」

「ありがとうございます。個人的なわだかまりは、この際、小さな事。私の配下はもちろんのこと、武具商組合の全組合員にも協力を仰ぎ、一秒でも早くご依頼を仕上げて見せましょう」


 私の誘いに、ロンギヌス氏はすぐに気付いた。

 今回のいざこざは、私とガッラの個人的な諍いであるとして、ロンギヌス氏とその店は関係無い。そういう整理をしてしまえばいい。あとは、私とガッラが気にしなければ良いだけだ。

 察しの良いピラリスが、ここぞとばかりに声を張った。


「みんな! ロンギヌスがトナリ市のために尽力することを誓ったぞ! 声援を!」

 ピラリスが腕を上げて扇動すると、群衆からは「いいぞ!」とか「やってくれると思ってた!」という声が上がる。


 チタルナル監督官も私達のやり取りと周囲の状況をすぐに察したようだ。私たちを促すように頷く。


「まあ良いだろう。さて、せっかくだから細かい打ち合わせをしてしまおうか。決めねばならぬことは山の様にある」


 要領を得ない表情の鬼殺しと、唇を噛んで私を睨んでいるガッラは、このやり取りがよく分かっていないようだ。


 ふと気が付いて周囲を見ると、ピラリスはいつの間にか人垣の向こうにいた。私に向けて笑いながら片目をつぶって見せると、そのまま人波に紛れていった。

あれだけ自信満々にトナリ市民を代表してガッラらを糾弾し民衆を扇動しておきながら、本人はトナリ市に縁もゆかりも無いのだ。素性を詮索されれば拙いことになる。なので、さっさと逃げ出したのだろう。

 実に素早い。


 首を傾げたままの鬼殺しを引っ張ってロンギヌス氏の店に入ると、チタルナル監督官を交えて四人で話し合った。彼の言ったとおり、話し合わねばならぬことは山の様にある。

 必要となる武具の種類や数量、納期、予算。早く決めてしまいたい。ロンギヌス氏の執務室に通されると、すぐに話を始めた。


 額の傷を気にしたロンギヌス氏が手当のために奴隷を呼んだが、治療の間も話を続けた。少しの時間でも惜しい。


 ロンギヌス氏は、大店の主であり武具商組合長であるだけあって、流石に話が早かった。

 素材の在庫数や市内の武具職人の生産能力などをよく把握している。彼によれば、矢や大盾などの金属製品や木材製品はおそらく大丈夫だが、竜鱗の仕入れには難がありそうだった。


 そもそも竜が討伐されなければ竜鱗は得られない。必然的に、竜などの幻獣が多い辺境地域が採取に向いているのだが、トナリ市は王国でも中央に近い。

 加えて、竜の出現で、現在進行形で交易が漸減傾向にある。これでは他都市からの納入にも手間と時間が必要だろう。


「取り急ぎ、トナリ市内の在庫数に加えて、周辺都市からの仕入れ可能な数を出しましょう。足りない場合には相談させていただきます」

 そう言うロンギヌス氏の表情は、渋い。私も方策を練っておかねばならないだろう。


「見積もり結果の報告と相談は、チタルナル監督官へ? それとも……」

 ロンギヌス氏が、私とチタルナル監督官の間で視線を行き来させる。チタルナル監督官がこちらを見ながら頷いたので、私が答えた。


「何かあれば、全て私のところへ。東門近くの借家です。浴場と井戸のそばで、馬小屋が付いているので、すぐに分かると思います」

「竜征官が誰になろうと、シム・ロークが竜退治の中心人物になるのは間違いない。物も情報も、彼のところへ」


 すぐにチタルナル監督官が太鼓判を押してくれる。お陰で、話はあっさりとまとまった。

 とはいえ、結構な分量を打ち合わせたので、昼食を摂りながらも打ち合わせを続け、皆と別れて帰宅したのは、夕暮れどきだった。


 自室として使っている小部屋の扉を開けると、整った顔立ちの女が、香味野菜と一緒に蒸した豚肉の塊を口一杯に頬張っていた。手に持った杯には、ワインがなみなみと入っている。


「やあ、ピラリス。今日は助かったよ、ありがとう」

「どういたしまして。僕の扇動より監督官の登場の方が効果的だったみたいだけど、ジムクロウ様の助けになっていたなら幸甚にございます」


 慇懃無礼な言葉に反して、食事の手は止めない。机の上にはいくつも皿が並んでいるが、既に空いた皿も山のように積まれている。


「あ、こちらはジムクロウ様の夕食ですので、どうぞ遠慮せずにお食べください。僕も一仕事終えて腹が減っていたので、ほんの少しだけ頂戴していますよ」


 ピラリスが無邪気に微笑む。


「……せっかくだから、私も一緒に夕食をいただくよ」


 いつもの調子に半分辟易、半分和みながら席に着こうとしたところで、街路に面した窓ガラスが割れた。

 大きな音をたてて室内に破片が飛び散り、拳大のレンガ片が足元に転がってくる。

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