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泥酔悪役令嬢シリーズ

婚約破棄を言い渡された悪役令嬢は酔った勢いで年下騎士と一夜を共しない~従順ワンコはもうやめる!?年下騎士で恋人が、ヤンデレ全開で迫ってきます~

作者: 兎束作哉

挿絵(By みてみん)





「マスター、お会計お願い」

「今日はあまり飲まれないんですね」

「……私、お酒弱いから。それに……」




 私と彼しかいない静かなバーで、私は後ろで私を見守るようにして立っている年下の護衛騎士であり恋人である、ロブロイ・グランドスラムことロイから視線を逸らす。


 その間も彼からの熱い視線は絶え間なく刺さり、私はいたたまれない気持ちになった。

 彼のワインレッドの瞳は私を捉えて離さない。




「それに……?何ですか?」

「ううんっ!何でもないっ!何でもないの!」




と、私が慌てて否定すると、ロイははあ……とため息をついて、私の方を向き直った。


 そして、私の顎を掴み獣のようなワインレッドの瞳を私に向ける。

 その突然の行為に驚きながらも、私の心臓はドキドキと音を立てていた。出会った時よりもはるかに彼の瞳には欲望とそこの見えない愛が渦巻いている。




「……ん」




 私は彼のこの行動が示す意味を知っている。

 彼がキスしたい時の合図なのだ。


 ロイはゆっくりと顔を近づけてくるのが目を閉じてでも分かる。

 あと少しで唇が触れるというところで、彼は動きを止めてしまった。何故?と私が目を開くと彼は悪戯っ子のように笑っていた。




「お酒の熱に侵され、いつもより俺に甘えてくるシェリー様も可愛いですよ」

「か、からかったのね!私がお酒を飲まないから!」




 恥ずかしさと悔しさが込み上げてきて、つい語気が荒くなってしまう。そんな私を見て、彼は楽しそうにクスリと笑うのだ。


 全く、本当に意地悪なんだから……


 私は頬を膨らませながら、財布からお金を取り出しカウンターに乗せ彼の手を引いてバーを出た。


 今日は空が暗く分厚い雲に覆われているため星1つ見えない。月明かりもないため、頼れるのはぽつぽつと等間隔に置かれている街灯の光だけ。

 その夜の静けさと暗さに、私は思わず恐怖を覚えた。




「シェリー様」

「何?」




 ロイに名前を呼ばれ振返ると、彼は私の唇を塞いだ。そしてそのまま抱き寄せられる。

 突然の出来事に驚いていると、彼は口角を上げて言った。それはまるで獲物を見つけた肉食動物のような顔だった。




「さっきはあんなこと言いましたけど、俺はどんなシェリー様も好きですよ。俺は、シェリー様の全てが欲しい」

「……っ!?」




 時たま見せる雄の顔に、私の心拍数は一気に上がっていく。彼の言葉の意味を理解した途端、体中が熱くなった。きっと今、自分の顔は真っ赤になっているだろう。

 そんな私の様子を面白そうに見つめているロイは、もう一度私の唇を奪った。今度は優しく、労るように。

 ロイの腕の中で彼に身を委ねる。いつの間にか恐怖感はなくなっており、心地よい安心感に包まれていた。


 私って単純な女なんだなあと思いつつ、ロイとのキスが終わると、私は潤んだ瞳で彼を見上げていた。




「だから、シェリー様も俺に強請って欲しいんです」

「えっと……」

「無理強いはしません。でも、俺もシェリー様から俺の事が欲しいって思われたいし、俺だけを見て欲しいんです……ダメ、ですか?」




 ロイの言葉を聞きながら、私は考える。確かに私はまだロイに対して自分からは行動を起こせていない。それどころか、いつもロイにリードしてもらってばかりだ。


 彼の寂しそうな顔を見ていると、私は胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚におそわれた。


 ロイは年下だし甘えたいときだってあるだろう。なのに甘えてばかりの私で彼は幻滅しないだろうか?

 私から彼を欲しいって強請ることが出来たのなら……心では彼のことをもっと欲しいし、誰にも渡さないって思っているのに、いざ彼を前にすると恥ずかしくてどうしようもなくなってしまう。そして、流されて流されて。それでいいと思ってしまっている自分がいる。


 私は、ロイの手を握り返し彼を見上げた。




「……ごめんなさい」

「何で謝るんですか?」




と、ロイは苦しそうな表情で私の顔をのぞき込む。 


 私は彼を不安にさせないためわざと笑顔を貼り付けてロイの手を強く握った。




「ううん。何でもないの……さっ、帰りましょう」




 私はそう言って歩き出す。ロイは何かを言いたげだったが、私の様子に諦めてくれたようでその後ろを黙って付いてきた。


(ロイの顔……ちょっと怖かったな……)





***




「久しぶりだな。シェリー・アクダクト」

「はは……お久しぶりです。殿下」




 目の前に止った黄金の馬車に私は若干ひいていた。いや、引いていたのは目の前の男だ。

 金髪碧眼、少し怖そうな顔をしているがそれも含めて彼の雰囲気は他の男性とは桁も格も違う魅力がある。私も、元々は彼のことが好きだったんだけど……




「何の用でしょうか?いきなり街中で馬車を停めて……元婚約者の私に何か用ですか?」

「つれないな。元婚約者だから、お前を見かけて馬車を停めさせたんだ」




 そういって、彼、この帝国の皇太子ライラ・デニッシュメアリーは私の手の甲にキスを落とす。


 私はその行動に一種の不快感を覚えた。


というのもこの男は数ヶ月前、聖女であるヒロインと恋に落ちたからといって私に婚約破棄だと言ってきた男なのである。


 ここは乙女ゲームの世界であり、彼はそのメイン攻略キャラ……私はそんな彼のことがゲームをプレイしているときは好きだった。

 だから、悪役令嬢であるシェリー・アクダクト公爵令嬢に転生してからも彼と結ばれるために努力を重ねてきたというのに私はあっさり切り捨てられた。勿論、ヒロインに意地悪をしただとかそういうことではない。


 ただシステム的に、私は所詮悪役令嬢だったのだと。


 まあ、そのかいもあってお酒に酔っていたとは言え年下護衛騎士のロイと一夜を共にし、そして晴れてゴールインしたわけだが。

 そして、その殿下の新たな婚約者の中身、すなわちヒロインのキールは私の前世の大嫌いな妹だったわけで。彼女は重罪を犯し婚約破棄と国外追放のダブルパンチでこの間私の前から完全に姿を消した。




――――――というのに。




「シェリー、よりを戻そう」

「はい?」




 どうしてこうなったのだろうか。


 目の前の皇太子は、私に再び婚約を迫ってきたのだ。よりを戻そうと。




(貴方が婚約破棄だって言ったくせに――――――ッ!)




 私は怒りを抑えるのに必死だったが、ここで彼を殴ったりでもしたら重罪になり、それこそキールのように国外追放では済まされないだろうと思った。

 それにしても、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。いいや、大方想像はついている……




「女性に二度も婚約破棄を告げた男性の事、信用出来ません」




 私がそうきっぱり言うと、彼はきょとんとした顔で首を傾げた。


 まさか、自分のしたことを覚えていないとでも言うのだろうか?いや、覚えているからこそこんなにも強気なのかもしれない……


 どちらにせよ、私はもう彼に振り回されるのはごめんだった。

 私は今の生活が幸せだし、これ以上何かを失うなんて考えられない。この間ようやく妹を追い払ったばかりだというのに、また悩みの種を私達に振りまきに来たのかと。




「あれは、仕方のないことだった」

「仕方のないこと!?私は、貴方に危害を加えた覚えも、貴方の機嫌を損ねることをした覚えもありません!なのに貴方は好きな人が出来たからって私との婚約を解消して……それが、仕方のないことなんですか!?」

「すまなかった……俺が間違っていた」




 殿下はそう言って頭を下げた。しかし、私の心は凪いでおりその姿を見ても何も思わなかった。




(今更なのよ……それが、あの婚約破棄の日に謝ってくれていてば、もっと違ったかも知れないけれど)




 知的で、眉目秀麗で非の打ち所のない現実には存在しないであろう超絶イケメン……そう思っていた。


 でも、実際会った彼は違った。


 確かに出会った当初は婚約破棄される前までは彼のことを好きだったし、結婚したいとかそういう願望もあった。でも、それは所詮ゲームの中の彼に恋い焦がれていただけで、実際あった彼とのギャップに気づき失望した。


 だから、今の彼は私の理想の王子様じゃない。




「……謝られても許しませんし、よりを戻す気などありません。貴方から私を捨てたのに、それはあんまりじゃないですか?それに今、私には愛する人がいるのです」

「そいつは、この間宝石店に一緒にいた奴か?だが、奴はお前の護衛騎士だろ……護衛とどうやって」

「シェリー様、ただ今戻りました」




 そう殿下が言葉を紡ごうとした瞬間、それを遮るようにお遣いを頼んでいたロイが戻ってきた。

 ロイは、私と殿下が言い争っていたことを察したのか少し眉を曲げ私の方を向いた。そのワインレッドの瞳には疑惑や不信と言った負の感情が渦巻いているように見えた。




「この国の皇太子を前にして挨拶もなしか。随分と礼儀知らずだな。シェリー、お前はこんな男がいいのか?」

「黙って聞いていれば私の恋人を……」

「すみませんでした。ライラ皇太子殿下……シェリー様と大切な話をしているのかと思い、割って入るのはどうかと考えた結果挨拶が遅れました」




と、ロイは頭を下げる。


 その言葉に嘘はないのかも知れない。私と殿下の会話を邪魔しないようにと配慮してくれたんだろう。




「まあいい……それでは、話を戻そうか、シェリー。改めて婚約を――」

「お断りします」




 私はキッパリと言い放つ。すると殿下は驚いたように目を丸くする。




「なぜだ?お前にとってはいい話だろう。没落貴族家出身の騎士と結婚するよりかは」

「お言葉ですが殿下、私は彼を愛しているのです。身分など関係ありません。それに、この件に関してはお父様も了承済みなので」

「公爵がか?」




 そう言うと、殿下は顎に手を当て考え込むような仕草をする。そして、しばらく沈黙が続いた後彼は口を開いた。

 私はそんな彼の次の言葉を待った。どんなに理不尽な要求だろうと、受け入れるつもりはなかった。




(さあ、どう出る?)




 私が身構えていると、不意に殿下がこちらを見て微笑みかけてきた。




「今日の所は引き下がるとしよう。だが、俺は諦めないぞシェリー」

「……勝手にして下さい」




 私は呆然としながら彼を見つめていると、殿下は何か思い出したかのように私の方へと戻ってきた。

 そして、私に顔を近づけるとそのままの勢いで私の唇にキスをした。




(―――――えっ!?)




 突然のことに、私は驚きで目を見開く。


 そんな私を置いて殿下は馬車に乗り込み颯爽と去ってしまった。残された私は、何が起きたのかわからず暫くその場に立ち尽くしていた。




「……何してくれてんのあの人!?」




 私はあるときスッと意識が戻って来て声を上げる。

 まさかの事態に、私は混乱してしまう。

 しかも、周りには沢山の人がいて私達の様子を伺っていた。




「そうだ、ロイ……お遣いありがとね」




と、気を紛らわすため私は慌ててロイの方を見ると、彼はいつも通りのポーカーフェイスだったが何処か空虚な瞳で小さく震えているようだった。


 どうしたのかと彼の顔をもっとしっかりと覗くと、そこには怒りに満ち溢れた表情をしていた。




(あっ……これヤバいやつだ)




と、私は直感的にそう感じた。

 そう思った瞬間、ロイは私の腕を掴みどこかへ連れて行こうとする。

 私は彼にされるがまま引っ張られていく。その様子に周りの人々はざわめき、好奇の目で見ていた。




(うわぁ……めっちゃ見られてる)




 流石にこの状況はまずいと思った私は、ロイに離すように促そうとするが彼は一向に聞く耳を持たず、ただひたすらに歩き続けた。


 ただ一言、違うと言えれば良かったのに私はその言葉を口にすることが出来なかった。






***




「どうだ?婚約について真剣に考えてくれたか?」

「何度も言いますが、私の気持ちは変わりません」




 あれから数日経ったある日のこと、殿下が公爵家にやって来た。私達はお父様を交え応接室で向き合っていた。


 ロイは護衛として部屋の隅に立ち、私を庇える位置にいた。

 しかし、殿下は臆することなく堂々とした態度で私に問いかける。

 その言葉を聞いて、私は毅然な態度で答える。




「殿下、娘には既に婚約者がいます」

「そんなことは知っている。だが、没落貴族家出身の騎士と帝国の皇太子……どちらが公爵にとって利益をなすか、おわかりでしょう?」

「そういう問題ではないのです。殿下」




と、必死にお父様は私を庇い立てしてくれる。


 その言葉に殿下は納得したように首を縦に振る。

 しかし、次の瞬間殿下はとんでもないことを言い出した。

 それは、私とロイの婚約破棄の話であった。

 そして、殿下は更にこう付け足した。




「俺よりも、その男の方が優れているというのか?」




と、殿下は私を睨みつける。その瞳には憎悪の感情が込められているように見えた。


 そして、私は思わず息を飲む。


 一体何を言っているんだ。此の男は……


 一時でも慕っていた自分が馬鹿らしく思えてきた。今の私には、ロイしかいないのに。何もしていないのに、婚約破棄だと告げた男のことを私は許すはずもない。




「優れているか、優れていないかの問題ではなく、私はロイの事を愛しているのです。それ以外に理由が必要でしょうか。殿下」

「ふっ……まあいい。また来る」




 そう言うと殿下は立ち上がり私の手の甲にキスをすると、そのまま部屋を出て行った。

 お父様はそれを見送ると、大きく溜息をつく。




「シェリー、大丈夫か?」

「はい、お父様。ありがとうございます……」

「全く、殿下は何を考えているんだ」




 そう言って机に拳を叩き付けるお父様。


 私は、まだ殿下が近くにいるのにとお父様を宥めながら俯く。

 それから、お父様は額に手をつきはあ……と大きなため息をつき冷静さを取り戻した後、私に向き直った。




「シェリー、お前が本当に好きならそれでいい」

「え?」

「殿下と無理に結婚する必要はない。自分の幸せを考えなさい。ロイ君との結婚は私が認めているんだ。殿下の言葉に耳を貸さなくて言い」

「はい、分かりました」




と、私が返事を返すと、お父様は用事があるからといって部屋を出て行ってしまった。残された私はソファーに深く腰掛けると天井を見上げる。


 そして、私の後ろにずっと黙って立っているロイにちらりと視線を向けた。

 彼は、無表情でそのワインレッドの瞳には光1つなかった。




「ねえ、ロイ」

「……俺は、剣の鍛錬に行ってきます」




と、彼は一言だけ告げると、部屋から出て行こうとする。

 そんな彼を私は必死で呼び止めた。




「ロイ……何で、出て行こうとするの?」

「…………」

「答えて。私は、殿下とはよりを戻す気は無いし、何とも思っていないから!だからね、ロイ……私は――――――」




 そう私が言うと、私の言葉を遮るようにロイは壁をドンッと叩く。

 突然の出来事に、私は驚きで肩を大きく揺らすと彼はゆっくりとこちらを振り返る。


 その瞳には怒りの炎が灯っているように見え、まるで獣のような殺気が放たれていた。

 私は、その表情に怯えて一歩後ろに下がる。

 ロイは私に掴み掛かろうとしたが、あと一歩の所で抑え片手で顔を一掃した。




「喋りかけないでください」

「ロイ……」

「これ以上何か言われたら気が狂いそうだ」




と、ロイは私の手を払いのけ今度こそ部屋を出て行ってしまった。私はそんな彼の後ろ姿を呆然と眺めることしか出来なかった。





***




 それから数日経ったが、ロイは私を避け続けた。

 話しかけても素っ気なく返され、目も合わせようとしない。

 私達の間に溝が出来てしまったようだ。


 そんな私達をよそに、殿下は数日に一回、酷いときは毎日のように公爵家を訪れるようになった。口を開けばよりを戻そう、婚約をと。

 最終的には仮病を使い追い払ったこともあったが、それを何度もは使用できない。


 私は、ノイローゼになっていた。




「体調は大丈夫か?」

「ええ、お父様……心配かけてすみません」




と、私はベッドの上で横になっていると、お見舞いに来たお父様が声をかけてくれる。それに私は力のない笑顔を浮かべた。お父様はそんな私を見て辛そうな顔を見せる。


 そして、私の近くに寄ると優しく頭を撫でてくれた。それが嬉しくて、思わず涙が出そうになる。



 こんなにも優しい家族が、お父様が……


 前世での父親は私の事なんてほったらかしだった。シェリー・アクダクトになってからも最初はそうだった。けれど、お父様は私を受け入れ娘と言ってくれた。

 だから、そんなお父様に心配をかけてはいけないと思い私は身体を起こし無理矢理笑顔を作る。




「お父様、私はお父様の娘になれて幸せです」

「……そうか」




 お父様は、短い言葉だったがどこか喜びや安心を帯びていた気がした。




(ここの父親との関係も変わったものね……)




 そう思いながら、お父様を見ていると彼は仕事があるからと、名残惜しそうに席を立った。こんな遅くまでご苦労だと……その後ろ姿を見ながら私は思う。



 お父様にはとても感謝している。


 お父様は、没落貴族家出身の騎士であるロイとの婚約を許してくれ、その上ロイの事も気にかけている。それは、彼が私の騎士であり、私の婚約者でもあるからだけではなく、彼の腕や忠実な性格その他諸々を評価しているからだろう。


 何にしろ、お父様も私とロイの味方だと言うことだ。


 そんなことを考えていると、コンコンと扉をノックする音が聞えた。こんな時間に誰だろうと私は再び身体を起こす。時計の針は午後九時を指していたからだ。




「こんな時間に何の用……?そろそろ寝ようと思っていたんだけ……ど」

「……」




 私の言葉を無視し部屋の中に入ってきたのはロイだった。彼はいつもの無表情で私を見つめる。久しぶりに見た彼の顔に、少し胸が高鳴った。


 しかし、それも束の間ロイはすぐに目を逸らす。

 そして、そのまま私の前まで来るといきなり光の灯らないワインレッドの瞳で私を見下ろしてきた。




「ろ、い……?どうしたの?」

「貴方は、他の男にもその身を委ねるのですか?」

「え……?ごめん、えっと、いきなり……何を……いって……」




 私は突然の質問に困惑する。


 彼は、一体何の話をしているんだろう。

 そんな私の様子にロイは不機嫌な表情を見せた。




「皇太子殿下を思っていた時期が貴方にあったことは重々承知の上です……それでも、貴方は俺を選んでくれたと思っていた」




 そういって、ベッドの上に脚をかけるロイ。その行動に私は焦りを覚えた。


 彼は今、私の上に跨っているのだ。後ずさるがそこは壁で逃げ場はない。

 そして、私の頬に手を添えると彼は私の瞳を覗き込むように見てくる。その瞳は、まるで獲物を狙う肉食獣のようで、私は恐怖で固まってしまう。

 けれど、その表情がとても苦しそうで寂しそうで……拗ねた子供のようにも思えた。




「ロイ、やめてっ!」




 私は叫び思わず彼の胸板を押してしまう。

 しまった、と顔を上げれば今までに見たこと無いぐらい顔を歪め私を見下ろすロイの顔があった。




「……ハハッ、俺のこと拒むんですか?」




 ロイはそう言って私の首に手を伸ばすとゆっくりと締め上げていく。

 呼吸が出来なくなり、酸素が回らなくなった頭は次第にぼんやりとしていく。抵抗しようとしても、身体は言うことを聞かずに動かなかった。


 そんな私に、彼は嘲笑うように言った。涙が零れそうなワインレッドの瞳を潤ませて。




「シェリー様、貴方は誰の物なのか理解してるんですか?」

「ろ……い?」

「俺はもう限界なんです。貴方は俺だけのものなのにッ……!」




 そんなロイの悲痛な叫びが静かな部屋にこだまする。


 私は、今までに見たことの無いロイの苦しそうな表情と声を聞いて自分が間違っていたのだと改めて察した。

 私がもっと彼を見ていて、彼に思いを伝えていれば……ロイを悲しませずにすんだかも知れない。




「……さっきみたいに、拒めばいいのに」

「私は……」

「俺は、今から貴方に酷いことをするのに……それでも、シェリー様は受け止めてくれるんですか?」




と、そう言いながら私の首筋に唇を落とすロイ。


 私は、何も言えなかった。

 彼がここまで追い詰められているとは思ってもいなかった。だから、そんな彼を拒絶することなんて出来なかった。

 それに、私は彼の事が好きだ。それに、これは私の落ち度……受け入れるし、受け止めるつもりだ。




「ハッ……拒まないんですね」




 その言葉を最後にロイは、私をベッドに押し倒す。そして、そのまま乱暴にキスをしてきた。

 荒々しい口づけに、息をするのもままならない。けれど、不思議と嫌じゃなかった。

 暫くすると、ロイは満足したのか口を離すと私の服を脱がせにかかる。




「シェリー様……俺だけを見てくださいよ。今は、俺の事だけを考えて下さい……俺の事好きでいて、愛して」




 その言葉に私は、ただ黙って彼の行為を受け入れることしかできなかった。





***




「んっ……」




 眩しい朝日で私は目を覚ます。

 気だるい身体を起こし辺りを見ると、部屋の隅で上半身裸のまま正座をし俯いているロイの姿があった。




(昨日は確か……)




 そこで私は記憶を思い出す。

 彼と一夜を共に過ごした事を。今までにないぐらい激しい夜を過ごした事も。

 最近彼とはそういったことをしていなかったため、本当に久しぶりの夜だった。あんな、今までにないぐらい激しく強く求められて……




「ロイ」

「好きです」




 私の言葉を遮り、ロイはそう口にした。


 ロイの口から好きだという言葉が出たことに私は不思議と安心感を覚えた。初めて彼と夜を迎えた次の日の朝もこんなんだったなあと私は思わず笑ってしまう。

 彼は相変わらず私を見ようとしない。しかし、私は気にせず彼の方へと近づき手を握った。


 ロイはビクッと肩を震わせる。そんな彼に私は微笑みかけた。

 彼は驚いた表情で私を見たがすぐに俯いてしまった。




「私も好き」




 そう言って私はロイを抱きしめた。



 少しの間沈黙が続いたが、やがて彼は私を優しく抱き返す。その事に私は嬉しくなって更にギュッと力を込めてロイにくっついた。

 ロイはそんな私に呆れたような声で呟いた。

 その声はどこか震えていて、弱々しく、許しを請うような物に思えた。




「シェリー様、俺は許されないことをしました」




と、ロイは昨晩のことを謝る。


 けれど、私は首を横に振った。

 確かに、あれは怖かったけど、別に怒っているわけじゃないのだ。


 ただ、私もロイの気持ちを考えていなかった。それは反省しなければいけない。

 私は彼の背中をさすりながら、彼の話に耳を傾けた。こういう姿を見ると、彼は年下で守ってあげなくちゃと庇護欲に駆られる。彼には内緒だけど。




「理由はどうであれ主に……恋人にぶつけてはいけない感情でした。俺は、俺は……ただ、貴方のことが好きで」

「分かってる……ごめんね、ロイ」

「シェリー様は……」




と、そこまで言ってロイは黙ってしまった。


 きっと、私に嫌われたくないと思ってくれているのだろう。

 けれど、言わなければ分からないこともある。ちゃんと、言葉で伝えないと伝わらないことだってあるんだから。

 私は彼の頬に手を添えて顔を上げさせる。そして、全て受け止めるから言って。と優しく微笑んだ。




「貴方は、優しすぎる……」

「ロイにだけよ。貴方にだけ優しいの」




と、私が言えばロイは泣きそうな表情で笑い、そっと口付けをした。




「俺はシェリー様だけを愛してる。シェリー様しかいらない……これから先ずっと、貴方だけにこの身も心も全て捧げます。だから、俺の事を嫌いにならないでください。必要としてください。愛してください」




 そうロイは懇願するように私に言った。


 愛してください。と、彼は初めて私に言った。愛していますだけではなく、私の愛を確かめる言葉を口にした。

 彼が盲目的に、そして従順に私に従っていたのはこのためだったのかも知れない。いや、初めはそうだったのかも知れないけれど、彼が私に愛をくれるたび私からの愛に不信と不満を覚えて不安になっていたからかも知れない。


 私も彼に愛でこたえないといけないな。とフッと口角が緩む。


 そしてそんな子犬のようにほっとけない彼に私は、当たり前のことを聞くなとばかりに強く抱きつく。

 私はどんな彼でも受け入れ続ける自信がある。それぐらい彼に心酔しているのだから。


 今更だ。




「私も愛してるわ。ロイ」




 そう私が言うと、彼はとても幸せそうな表情で私に口付けた。





***




「婚約は断らせてください。お願いします」

「ほぅ、皇太子である俺からの婚約を断るのか。これまでお前を求め毎日のように通ったというのに」

「私には心に決めた……愛を誓った人がいるので。それに、殿下は過去の人です。もう私と関係無いのです」




 今日も懲りずに来た皇太子に私は深く頭を下げた。


 これまではやんわりと断っていたが、私はもうこれ以上関わらないでくださいの意を込めて頭を深く、深く下げる。隣に座っていたお父様も同じようにして、殿下に頭を下げた。

 そんな私達に殿下はため息をつくと、私の格好を上から下へと見てふむと顎に手を添えた。


 今日の私の服装はかなり胸元の開いたドレスだ。これは私の趣味ではなく、ロイが選んだ物だった。

 殿下に会うならこれを着て欲しいと言われたのだ。こんな男を誘うようなドレスを着ていたら、軽い女に思われてしまう……と私は内心ヒヤヒヤしていたが、殿下はフフッと笑うと参ったよとでもいうように首を横に振った。




「仕方がない。ここは、諦めるとしよう……それほどまでに、独占欲の強い恋人がいるんだ。入る隙もない……俺では叶いっこないだろう」

「……へ?」




と、予想していなかった反応に私は思わず変な声が出てしまった。


 しかし、そんな私に構わず殿下は立ち上がり、さて帰るか。と扉の方へと向かっていく。

 そんな彼に私とお父様が呆然と見つめていると彼は立ち止まり、振り向いた。




「……全く、そんな噛み痕と接吻跡を見せつけられているこっちの気にもなってくれ」




 そう言い残し殿下は部屋を出ていった。


 え?どういうこと?と私は混乱する。


 私は部屋にあった鏡を慌てて見に行き、殿下の言ったとおりだと発狂してしまう。首筋や鎖骨に大量に噛み痕と接吻跡が……


 確かロイは、このドレスを選び着てと私に言ってきたとき、『これなら殿下も諦めてくれるでしょう』とか『虫除けは出来ているので』とかいっていたけど、虫除けレベルのものでもじゃない……!


 その事に私が固まっていると、横から咳払いをする音が聞こえた。




「ま、まあ……シェリー……、ほどほどにな」




と、お父様が困った表情で言う。



 そして私はハッとし、急いで部屋を飛び出しロイがいる小さな丘まで走った。




「ロイッ!な、なんてことしてくれるのよ!」

「……無事、断れたようで何よりです。シェリー様」

「あ、貴方ねえ!」




と私が怒ってもロイはいつものポーカーフェイスで返す。しかしその瞳はしてやったりと笑っているようにも見えた。


 そんな彼の様子に私は、ハァーと深いため息をつき、そして小さく笑みを浮かべる。

 やっぱり、この子には敵わない。きっと、これから先もずっと。




「いい虫除けになったでしょ?」

「……」

「ダメ、でしたか?」




と、不安げに見てくるロイに私は全くそんなのを何処で覚えたのかと、問いただしたくなった。



 ただ、ロイのことだからきっと私にしかしないんだろうな……と甘い言葉も、甘えてくるところも全て私にだけなんだと思うと少し優越感にひたれた。


 そんなロイの頭に手を伸ばし撫でてやれば彼は嬉しそうに目を細める。




「嫌いになりました?」

「なんで?」

「いえ……すみません、質問を変えます。独占欲の強い男は嫌いですか?」




 そうロイは私に聞いてきた。

 ワインレッドの瞳は私を捉えて離さない。

 ああ、その瞳にかれの声にまた酔わされる。




「……ううん。嫌いじゃない……ロイだから。独占欲強いのも、何考えてるか分からないも、愛が強いのもロイだから。私は全部好き」




 そう言って私は彼を抱き締める。すると、彼は私を強く抱き返してくれた。

 まるで、二度と逃がすまいとするかのように。

 その行動に私は、ふっと口角を上げた。




「私を一生離さないんでしょ?」

「はい。誰にも渡しませんし、一生離す気は無いです……当たり前じゃないですか」

「そう、じゃあ私もロイが私に酔ってくれるように努力しなくちゃ」




 そう言うと彼は私の顔をじっと見つめた。その表情はとても真剣で、私はドキッとした。

 そんな私の頬を優しく手で包み込むと、ロイはゆっくりと私に近づいてくる。


 そして、そっと唇を重ねた。

 それは、甘く溶けるようなものだった。




「貴方が俺の手に堕ちる前から……貴方を俺だけのものにする予定でしたから」




 そう呟いたロイの声は強く吹き付けた風によって掻き消された。







ここまで読んでいただきありがとうございます。

(略)泥酔悪役令嬢の第三弾でした!


もしよろしければ、ブックマークと☆5評価、感想……レビューなど貰えると励みになります。

他にも、連載作品、完結作品、短編小説もいくつか出しているので是非。



恒例のこそこそ話は今回ないですが、声を大にしていいたい……ロイ君はいいぞ!

今回は、ロイ君のヤンデレが垣間見れる独占欲が爆発した回でした。でも、最後らへんはどうだったんでしょうね……彼は策士ですから。演技だったのか本当に拗ねていただけなのか……


どちらにしろ、ロイ君に叶うものはいないてことです!

さて、第四弾も一応考えてはいます。いつお披露目できるか分かりませんが、頑張って執筆したいと思っています!


それでは、次回作でお会いしましょう。




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― 新着の感想 ―
[一言] ロイがあまりにも話を聞かなくて独りよがりで今回はがっかりでした〜。
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