第十三話(最終話)
「よくぞ魔獣窟を壊滅させた、勇者エンドリッヒよ。褒めてつかわそ……」
「そういうのは必要ありません。それで、王女殿下はどちらに?」
目の前に立つ国王とステファンにエンドリッヒは挨拶もそこそこに尋ねた。
魔獣窟壊滅の後、隣国の王家に保護されたエンドリッヒはそのまま隣国に留まるよう勧められたものの、すぐに帰国の準備に移った。
案の定、エンドリッヒを邪魔者扱いしていた国王は手のひらを返したようにエンドリッヒを迎え入れようとしているようだった。
(見え透いてるんですよ。結局欲しいのは自分の手柄だ。そんなのくれてやる)
エンドリッヒが唯一気になっていたのはツィラローザの様子だった。
(魔術師に魔法を使わせたのはきっと彼女だ。何度も死ぬ目に遭ってるのにこうやって俺が生きてるってことは、それ相応の代償を支払う必要があるはず……それが何かはわかんないですけど、俺は早く彼女に会わないといけない)
エンドリッヒの様子に何か感じるものがあったのか、隣国の王はそれ以上引き留めることなく、数名の護衛をつけてエンドリッヒを帰国させてくれた。
久しぶりの謁見の間に通されたエンドリッヒの前にツィラローザは現れなかった。それどころか婚約者のステファンが当たり前というような顔をして国王の側に立っていたのだ。
そしてツィラローザの所在を問うエンドリッヒに、国王はわざとらしい程の悲しそうな表情を浮かべ答えた。
「ああ、残念なことだ。少し前にあの娘は病に侵され死んでしまったのだ」
「な、何を……? そんなの信じられるはず……」
「本当だとも、ジータス殿。これ以上陛下の悲しみを掘り起こさないでくれ。彼女はこの私が看取った。静かな最期だった」
ステファンがすっと一歩前に出て、それらしい顔をして続けた。
(嘘だ。あの魔術師は生きて会えると言った。どんなに横暴な魔術師だとしても奴が嘘をつく必要はないはずだ。嘘をついているのはこいつらだ……!)
黙り込んだエンドリッヒがそれ以上追及してこないと思ったのか、国王は悲し気な表情を一瞬にして引っ込め、得意そうに語り出した。
「そんなことより、ジータス殿に紹介したい娘がおりましてな。この度ステファンの生家である公爵家でその身を引き受けることになった令嬢の……」
「きゃああああっ!!」
「――っ!」
突然、国王の言葉を切り裂くような悲鳴が上がった。その場の全員の視線が声の出どころに集まった。
「あれはっ!!」
エンドリッヒの目に飛び込んできたのは身を寄せ合いうずくまるメイド達。そして血塗れの足をつけたまま軽やかに踊る赤い靴だった。
エンドリッヒが見間違えるはずはなかった。あれはエンドリッヒがこの手で斬り落としたツィラローザの足だった。
「なんだあれは、誰か捕まえろっ! あの足を外に出すなっ、燃やせえっ!」
半狂乱になって叫ぶ国王をよそに、赤い靴は楽しそうにステップを踏みながらバルコニーに飛び出して行った。
「――待てっ!」
足を追いバルコニーに飛び出したエンドリッヒは、手すりに足をかけて一気に飛び降りた。頭上で悲鳴が聞こえた気がしたが、そんなこと気にしていられなかった。エンドリッヒはわざと植木に落下し、速度を緩めて無事に着地した。
地面に下りるやいなや、エンドリッヒは無我夢中で走り出した。赤い靴はエンドリッヒよりも一足早く地上に降り、城門を越えていくところだった。
(間違いない、あれは俺を連れて行こうとしている。あの足の行く先にツィラローザが居る!)
エンドリッヒは赤い靴の足を追って走った。足を見つけた門番は腰を抜かし、たまたますれ違った通行人も悲鳴を上げた。街中は大変な騒ぎになりつつあったが、エンドリッヒにはそんなこと関係なかった。馬鹿にするように逃げる足を追いかけるのに必死だったのだ。
街の外れまで来るとさすがに息が切れ、喉の奥で鉄錆の味がした。しかしそんなことどうでも良かった。
街を越え、見慣れない森の中に入り込んでも足は踊りながら進み続けた。
「はぁ、はぁ……。こ、ここか……」
ようやく足が動きを止めたのは古びた小屋の前だった。足は自分の役目を終えたと言わんばかりに赤い靴を鳴らしながら森の奥に消えて行った。
どこか見覚えのあるその小屋の扉にエンドリッヒが手をかけると、扉は簡単に開いた。
「……マリア?」
扉の開く気配に気づいたのか、中からしゃがれた老婆の声が聞こえた。エンドリッヒは乾いて張り付きそうになる喉を抑え、声の主に呼びかけた。
「……殿下」
「――っ!」
許しを得ないまま部屋の中に一歩踏み出す。ギシっと床がきしむ音と同時に、小さなベッドのふくらみがビクっと震えた。
「殿下、戻りましたよ」
エンドリッヒはベッドの横に跪き、覗き込んだ。ベッドの上には骨と皮ばかりになったような干からびた小さな老婆が横たわっていた。開くのも億劫そうな目からはポロポロと涙だけが零れていた。
「エンドリッヒ……」
「はいはい。おかげ様で生きて帰って来れましたよ」
「……良かった。私、役に立てたのね」
エンドリッヒは答えながら細い手を持ち上げた。乾いた手はエンドリッヒの手を握り返す力もないようで、指先がわずかに動くだけだった。
ツィラローザは相変わらず涙を零しながら苦しそうに笑った。
「私……醜いでしょう?」
涙の奥には光が消えたツィラローザの瞳が見えた。エンドリッヒは黄ばんだ白髪を手に取り、言い聞かせるように答えた。
「あんたは美しいですよ」
ピクリと動いた手を繋ぎとめるよう力を込め、エンドリッヒはツィラローザにゆっくりと告げた。
「俺はあんたが踊り続けていようが、足がなかろうが、年寄りだろうが、そんなことどうでもいいんですよ。少なくとも俺にはどんな姿でもあんたが一番美しく見える」
その言葉にツィラローザの眉間に皺が寄るのを見て、エンドリッヒは相変わらずだと笑みがこぼれてしまった。エンドリッヒはそんなツィラローザを覗き込むようにして続けた。
「俺はあんたに会いたかったんだ。あんたも俺に会いたかったんですよね?」
ツィラローザは何も言わず、ジッとエンドリッヒを見つめて涙を零すだけだった。しかしその瞳には美しい光を取り戻していた。
「一緒に生きますよ。あんたには俺がいないとだめなんですから」
そのエンドリッヒの言葉に、ツィラローザはもう一方の腕を重そうに持ち上げた。慌ててエンドリッヒがその手を取るとツィラローザは浅い息の下、声を絞り出した。
「責任、とってもらうわ。私を、生かした責任を……」
「俺も生かされてしまいましたからねぇ。お互い様ですかね」
エンドリッヒの言葉を聞いたツィラローザは嬉しそうに微笑み、溜めていた息を吐き出すように深く息をついた。同時にエンドリッヒの手の中にずしりと重みが増した。
「……ありがとう」
エンドリッヒは力を失ったツィラローザの腕を爛れた顔に当てた。眠っているようなツィラローザの皺だらけの顔には幸せそうな笑みが浮かび、まるで一枚の絵画のようだった。
――ドォーン! ーーュゥゥッ、ドォーン!
エンドリッヒがまだ温かい手をツィラローザの胸の上に置いた時、突然大きな破裂音が鼓膜を揺らした。
「なんだっ!?」
突然の爆音にエンドリッヒが窓を開けると、小屋を囲む木々の上に色とりどりの光の花が咲いては消えてを繰り返していた。それはまるでツィラローザの瞳のように美しく輝き、消え残った光がエンドリッヒたちに降り注いだ。
「これはあいつの? ……っ!?」
エンドリッヒは弾かれたようにベッドに横たわるツィラローザに視線を戻した。そして久しぶりに心の底から笑いがこみ上げて来た。
「はははっ、あのクソ魔術師め! これは派手な祝儀ですねぇ!」
エンドリッヒは誰に言うでもなく叫んだ。きっとあの魔術師には聞こえているはずだ。
窓から入り込んだ光の粒はツィラローザの白い頬にも落ち、長い睫毛は柔らかな影を描いた。
大空に広がった光の花は国内だけではなく、山を越え、海を越えた周辺の国からも見えたという。
◇◇◇
街では人々が勇者エンドリッヒの凱旋を祝おうと待ち構えていました。
大きな花火も上がり、そろそろかと思って待てども、エンドリッヒはついに姿を現しませんでした。そればかりかエンドリッヒは王城から忽然と姿を消してしまったらしいのです。
隣国の護衛によれば、エンドリッヒは王様に謁見した後、部屋に血の跡を残して姿を消したそうです。
多くの人々は王様やステファンを疑いました。
なぜなら以前から人々は王様の残忍で独りよがりな性格を耳にしていました。
それにツィラローザ姫が急死したことも「本当は王の座を狙っているステファンが殺したのではないか」と噂になっていたのです。
さらにその噂に拍車をかけたのは、街中で目撃されるようになった美しい足でした。赤い靴を履き、ただ踊り続けるだけの足は「もしかしたら死んだツィラローザ姫の足ではないか」と人々は思ったのです。
人々は「これ以上王様に勝手な真似をさせられない」と、ある騎士を先頭に立ち上がりました。
信頼を失った王様と後継者のステファンは、城を取り囲んだ人々によってその座を追い出されました。その後の行方は誰も知りません。王様の悪政を野放しにしていた貴族達も誰にも信用されなくなりました。
そして先頭に立って王様を追い出した騎士は人々に問いました。
「誰か一人が責任を負う国ではなく、皆が平等に考え、生きる国を作らないか」と。
騎士は尊敬する騎士・エンドリッヒの姿を思い浮かべていました。その騎士は戦争の後、エンドリッヒが重い責任を感じていたことを悔いていたのです。
その後この国は名前を『エンディーザ』と改め、人々の話し合いで成り立つ立派な国に生まれ変わることが出来ました。
さて、王様に殺されたと思われていたエンドリッヒとツィラローザ姫ですが、実は二人は隣の国に渡って生きていました。それぞれ自分しか見えていなかった二人ですが、共に過ごすうちにお互いを心から思い、愛し合うようになっていました。
魔術師によって足を失い一時は若さすらも失ったツィラローザ姫は、生涯自分のそれまでの傲慢さを恥じながら過ごしたそうです。そして二度と「何でも手に入れられる」とは思わず、「誰しもが尊く美しい存在」だと思うようになりました。
二人はとても仲の良い夫婦となり、末永く幸せに暮らしたそうです。
そして長い時が経ち、ツィラローザ姫やエンドリッヒのことは忘れられてしまいましたが、エンディーザ国に生まれた子どもは歩き始めると真っ赤な靴を贈られるという風習が残りました。
その国の赤い靴には「傲ることなく、自分を含む全ての人を尊び、正しく生きるように」という願いが込められているそうです。
(おしまい)
拙い話でしたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。




