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第十二話

 


 ◇◇◇



 エンドリッヒは見事魔獣窟を壊滅させ、一躍「勇者」と呼ばれるようになりました。


 隣国に保護されたエンドリッヒの噂を聞いた王様は凱旋パレードを開くと言ってきかず、すぐに帰国させるように隣国に使者を出しました。使者はエンドリッヒに断られたらどうしようと心配していましたが、エンドリッヒはすぐに帰国することを望んでいましたので、使者は喜んで王様にそのことを伝えました。


 それを聞いた王様もとても喜びました。


「さすが私の人徳がなせる業だ。やはり私は最高の王なのだ! 英雄も勇者も、全て私の手の中にある!」

「その通りです、陛下! 時期国王になる私も陛下には至らないまでも優れた王になりたいものです」

「ははは、ステファン。お前も私を見習うのだぞ」


 ツィラローザ姫の婚約者だった公爵令息のステファンは王家の養子として迎え入れられていました。

 ステファンはツィラローザ姫にこだわらずに初めからそうすればよかったのに、と王様に不満を抱きました。ですが正式に後継者として迎え入れられた今の状態には満足していましたので、王様への不満は隠し、出来るだけ波風を立てないよう過ごそうと思っていました。


 さて、話は戻りますがエンドリッヒがこの国に戻りたかった理由、それはツィラローザ姫でした。

 元気でいるのか、どう過ごしているのか一目でも姿を見たいと思っていたのです。



 ◇◇◇



 いくら剣の腕に恵まれたエンドリッヒだって、魔獣窟に乗り込んで無事で済むはずはなかった。

 これまで国単位で何度も討伐に挑戦している魔獣窟に一人で臨むなど、ただの自殺行為でしかないのだ。


 魔獣窟では見たこともない強力な魔物が次々と現れた。

 休む暇もない強襲に、体力も気力も限界に達したエンドリッヒは何度も意識が途切れそうになった。大きな傷を負った事も一回や二回ではない。しかしその度に母親の胸の中のような温かさに包まれ、気づけば回復しているのだ。


(これは、あの魔術師の仕業か……)

 受けた傷がみるみる癒えていく様を見ながら、エンドリッヒの脳裏に浮かんだのはツィラローザに完成した義足を始めて履かせた時の事だった。



「エンドリッヒ。やっぱりできない……」


 ツィラローザは完成した義足を前に怯えた表情を見せた。


「夢に見るの。足が元通りになるけれど、踊り出して止められない夢。皆、おかしいものを見る目で私を見るの」

「はあ、言ったじゃないですか。大丈夫ですって」


 エンドリッヒがそれ以上近寄らないように両手を目いっぱいに突っ張るツィラローザに、エンドリッヒは子どもをなだめるようにその腕を取りながら近づいた。


「だめよ。私、きっと元に戻ってしまう」

「言ったじゃないですか。夢は必ず覚めるって」


 ツィラローザの怯えた瞳がまっすぐエンドリッヒを見つめた。長い睫毛がわずかに震えているのが見える。


「どうして大丈夫って言えるの?」

「そりゃもしまた踊りだしたら、俺が止めてやりますから」


 エンドリッヒの言葉にツィラローザは一瞬迷った様子を見せた。


「……本当に? いつ動き出すかわからないじゃない。エンドリッヒは私から離れないでいてくれるの?」

「あんたの傍にいますよ」


 エンドリッヒが迷いなく答えると、ツィラローザの瞳に光が戻って来た。美しい瞳はしばらくエンドリッヒの顔を見つめた後、ようやくエンドリッヒが掴む腕の力を抜き、花がほころぶように微笑んだのだ。


 ベッドに腰掛けるツィラローザの白く細い足に紐を編み上げ、最後の結び目を作った後、エンドリッヒは何も言わずツィラローザから一歩引いた。

 ツィラローザは恐る恐る床に足を着いた。


「――っあ!」

「ちょっ……!」


 急に立ち上がったツィラローザは当然のようによろけた。慌てて手を伸ばしたエンドリッヒはその瞬間目を疑った。


「ねえ見てっ、立てたわ!」

「これ、は……」


 よろけて転びそうになったように見えたツィラローザは、見事にその足で立っていたのだ。しかしエンドリッヒはツィラローザの足を包んだ淡い光を見逃さなかった。


(あれは、傷が治った時と同じ光だ……とすると、魔術師の力はまだ生きているのか)


 立てたことに喜ぶツィラローザをよそに、エンドリッヒは身体の芯が凍り付くような恐ろしさを感じ得なかった。


(なぜここに来て、まだ魔術師の力が働くんだ? どんな意図があって……いや、待てよ。もしこの子に何かあれば魔術師が気づく。それは悪いことじゃないのかもしれない……)


 エンドリッヒは喜ぶツィラローザの背後に見えた魔術師の気配に、その時は気づかないふりをした。


 しかしもう気づかないふりはできなかった。魔獣と戦い、削られたはずの生命力がすぐに回復する。


(こんなの魔法じゃなかったら何だっていうんだよ……)


 魔窟の最奥にいた竜の喉に剣を突き立てた時、エンドリッヒの脳裏に浮かんだのはツィラローザの顔だった。

 魔法を使うにはそれ相応の代償が必要になる。ある国は挙兵しないことを代償とし、国民が飢えない土地にしてもらった。だとしたら、自分にかけられているこの術はどこから生まれているのか……。エンドリッヒの思い当たったものは一つだった。


(くそっ、大人しく生きていれば良かったものを! 魔術師の目があれば平和に暮らせたでしょうに!)


 喉に剣を刺された竜は激しく暴れた。

 竜は己の棲家を破壊する勢いで身体をくねらせ、口からは断末魔の悲鳴のごとく火を噴いた。


(あの時、幸せにと願ったのは嘘じゃない。俺は、あんたに幸せになってほしかったんだ。でも、怖かった。俺は気づいてしまうのが怖かった……)


 竜が最期に大きく息を吐き、動かなくなるまでエンドリッヒは剣に力を込め続けた。竜が振った尾が壁を崩しても、吐いた炎が髪を焦がしても、エンドリッヒは手を離さなかった。


(俺も願ってしまいそうだった。『一緒に生きたい』と……。死にぞこないのくせに、身の程も知らずに……)


 そして一閃、剣が宙にきらめき、胴から離れた竜の首が大きな音と共に地面に落ちた。


「……っは、はぁッ、はぁっ! 俺は、俺は生きて、いいのか? ……ツィラローザ」


 初めて口にした名を最後に、エンドリッヒの意識は闇に吸い込まれていった。



 どれほど闇の中にいたのだろうか。

 エンドリッヒは夢を見た。数えきれない程の首がエンドリッヒを見ていた。敵もいたし、自分が首を落とした仲間もいた。皆エンドリッヒを責めていた。気づけば足元にエンドリッヒに松明を投げつけた友の首があった。


 ――お前だけ生き延びやがって!

 ――この死にぞこないがっ!


 だが憎悪に染められたその顔を見ても、もう爛れた顔は痛まなかった。


「そうだ。悪いな、俺は生きたいんだよ」


 見たいものがある。触れたいものがある。会いたい人がいる。


「悪いけど俺は生きる。お前らの分まで生きてやる。俺は約束したんだ。あんたには俺がいないとだめなんですよ」



 エンドリッヒが重い瞼を持ち上げると、真っ青な空が視界いっぱいに広がった。


「……俺は、生きているのか?」

「ああ、生きている」


 思わず漏れ出た声に誰かが相槌を打った。

 エンドリッヒは初めて聞くその声の主の正体を何となく理解した。


「余計な事してくれましたね……っ、くそ、動かねえ」


 一発殴ってやろうかとも思ったが、手も足も石を括り付けられているかのように重く、持ち上がらなかった。エンドリッヒの意図を察したのか、声の主は愉快そうに笑った。


「っくくく。お前も物好きだな。あんな女のために良くやったものだ」

「はは、頭おかしいんでね」

「あっはっは! そうか、おかしいか!」


 エンドリッヒの答えを聞くとその男は心の底から楽しそうに笑い、そして慈しむように静かにエンドリッヒに返した。


「良く生きたな。あの娘もそう言うだろう」


 あの娘。それがツィラローザを差すことはすぐに分かった。


「……はい」


 エンドリッヒは今度ははぐらかすことなく返事をした。

 同時に熱いものがこみ上げ、溢れるのを止めることが出来なかった。


「……った、やった! 魔獣窟が燃えているっ!」


 遠くから慌ただしく鎧のこすれる音と足音が聞こえて来た。


「おや。早いものだ、もう来たのか。安心しろ、あれは隣国の兵だ。私はもう行く。手当てしてもらうと良い。ではもう会うことはないだろうが、息災でな」


 そう言い残して男の気配は消えた。

 そしてエンドリッヒは魔獣窟を壊滅させたただ一人の勇者となった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。次話で最後です。

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