第一話
全十三話(予定)です。しばしお付き合いいただけると嬉しいです。
昔むかし、あるところに戦争に巻き込まれてばかりの国がありました。
ある時、とても強い魔術師がその国に現れました。魔術師は恐ろしい程の力でそれぞれの国に魔法をかけ、それによって戦争を終わらせました。
その国にはとても美しいお姫様がおりました。お姫様の名前はツィラローザといいました。この国の古い言葉で「純粋な薔薇」という意味です。その名の通り、お姫様は美しく育ちました。髪の毛は金糸のように輝き、その瞳は世にも珍しい宝玉のように様々なきらめきを見せました。鈴を転がしたような可憐な声をかけられ、艶やかな赤い唇で微笑まれれば、皆ツィラローザ姫の虜になりました。
王様も王妃様もたった一人の娘のツィラローザ姫を目に入れても痛くない程に可愛がっていました。
「ツィラローザは本当に美しい。薔薇もその輝きを曇らせてしまうようだ」
「これほど美しいツィラローザが望めば『はい』と言わない者はいないわ」
両親のみならず、周りの誰しもにそう言われて育ったものですから、ツィラローザ姫は『この世で一番美しいのは自分』だと信じていました。そして『自分は何でも手に入れられる何よりも尊い存在』という万能感をそのままに大きくなりました。
その日、ツィラローザ姫はお友達とのお茶会の後に、父である王様に頼みました。
「お父様。私、魔術師のフィル様にお会いしてみたいわ。ご令嬢たちの噂ではとても美しくて強い方なのでしょう?」
「ツィラローザ、彼は危険な人物だ。かわいいお前を会わせるわけにはいかない」
フィルという魔術師は、長く続いた戦争を終わらせたとても強い魔術師でした。この国では英雄のように扱われる彼の美しさをお茶会で令嬢たちが話題にしていたので、ツィラローザ姫はどれほどの者なのか興味を持ったのです。しかしいつもなら自分の頼みをすぐに聞いてくれるはずの王様の否定の返事に、ツィラローザ姫はとても驚きました。
「どうして? お父様は私のことが嫌いなの? 危険ってどういうことですの。私に害を加える者などこの世界にいるわけないでしょう?」
そう言ってツィラローザ姫は美しい瞳に涙を浮かべ、悲しそうな顔をしました。王様はツィラローザ姫の涙が大の苦手でしたので、渋々魔術師に会わせることにしました。
◇◇◇
「頭を上げなさい、発言を許すわ」
「お初にお目にかかります、フィル・リ・ウィギンズと申します」
顔を上げさせた魔術師の青年の姿に、ツィラローザは生まれて初めて目を奪われ、言葉を失った。夜闇よりも深い漆黒の髪の隙間から見えたのは、これまで見たことのない透き通った空のような瞳だったのだから。
(あの子たちが言っていた通りの美しさだわ。まるで作り物のようだわ……)
フィルと名乗った青年は噂通り美しい人物だった。実はこれまで自分以外の人間を美しいと思うことがなかったツィラローザにとって、彼に抱いた感情は大きな衝撃でもあった。
「……」
何も言い出さないツィラローザの様子に、フィルと名乗った魔術師は怪訝な表情を浮かべた。それは同席していた国王も同様だったようで、固まってしまったように見えるツィラローザに心配そうに声をかけた。
「ツィラローザ? どうしたのだ?」
「……っあ、ツィ、ツィラローザよ。名前で呼ぶことを許します」
「はっ、ありがたき幸せにございます」
(この人こそ世界で最も美しい私に並ぶに相応しいお方だわ。もちろんフィル様も私の側に居たがるわね)
しかしツィラローザの思ったようにはいかなかった。その後ツィラローザが何度微笑みかけても、上目遣いに見つめてみても、魔術師は頬を染め鼻の下を伸ばすどころか、表情を全く変えることがなかったのだ。
魔術師のそっけない反応に苛立つ娘の姿を見た国王は、あわてて助け船を出した。
「そ、そうだウィギンズ殿。今度王家主催の夜会を開くのだ。国内外の客人を招き、そこで君の叙勲を行いたいと考えている。ぜひ貴殿には出席してほしい」
ツィラローザは国王の出した話題に気持ちが浮き立った。父ならもちろん自分のエスコート役にフィルを任命してくれると思ったからだ。実はツィラローザには幼い頃からの婚約者である公爵令息のステファンがいるのだが、彼なんかより目の前の魔術師の方がよっぽど自分に相応しいと心の底から思っていた。
「そうなのです、フィル様! ぜひあなたには出席して頂いて、私の……」
だがここでフィルが予想だにしない言葉を口にした。
「かしこまりました。では私は婚約者と共に出席させてもらいます」
「はっ婚約者? 私のエスコートは?」
「はい、婚約者です。私の隣には彼女以外誰にも立ってもらいたくないもので、申し訳ありません」
驚きのあまりツィラローザが聞き返してしまった言葉に、フィルは何もかも見透かしたかのように薄い笑みを浮かべていた。
「わ、我が娘のツィラローザのエスコートだぞ? 何よりも名誉あることではないか。ツィラローザのエスコートならば、貴殿の婚約者も納得するのではないか?」
呆然とするツィラローザの横で国王はフィルの返答に衝撃を受けながらも、ツィラローザのエスコートが名誉ある役目であると念を押した。しかし国王の言葉にも彼は心底不愉快そうな表情をするだけだった。
「仰っている意味がわかりません。なぜ私が自分の婚約者ではなく、王女殿下のエスコートをしなければならないのですか?」
「私のエスコートが出来るのですよ!」
たまらず口を挟んだツィラローザを冷たく一瞥し、フィルはため息をついた。
「……お二人とも、何か勘違いをなさっているようだ。少し冷静になる時間が必要かもしれませんね。そうでなければ私は夜会には出席しかねる。それでは陛下、王女殿下、私はこの辺で失礼させていただきます。彼女とのお茶の時間になってしまうのでね」
言うが早いか、フィルは自身の足元に薄く光る魔方陣を展開させた。
「ま、待ってくれ!」
追いすがる国王の声も空しく、フィルの姿は光と共に消え去っていったのだった。
◇◇◇
この時の魔術師の声を思い出す度に、ツィラローザ姫ははらわたが煮えくり返る程の怒りに襲われました。
「許せないわ! 私が望んでいるのに、なぜ頷かないの?!」
ツィラローザ姫は自分の言う通りにならない存在に初めて出会ったのです。
結局、ツィラローザ姫のエスコートは婚約者であるステファンが担う事となりました。
「嫌よっ! この国の王はお父様よ。なぜあの男は命令が聞けないの? それにこの私をエスコート出来るっていうのに、どうして喜ばないの?」
そう言ってツィラローザ姫はこれ以上ないほど暴れ、王城内の様々なものを壊し、メイドや護衛に怒りをぶつけました。その傷が元で職を辞するしかなくなった者もいましたが、そんな些細ことは世界で一番かわいそうなツィラローザ姫にはどうでも良かったのです。
自分の中に生まれた初めての感情は苦しく、全身が焼けるようで、これ以上の苦しみは存在しないと思っていたのです。
「いいえ、絶対私のものになるはず。だって私の望みがかなわないことなんてなかったですもの。あの魔術師の婚約者とやらより、私の方が絶対に美しいに決まっているわ」
夜会の場になれば美しい魔術師フィルは婚約者を差し置いて、世界で最も美しい自分の元へ必ず来るはずです。
そう考えることでかわいそうなツィラローザ姫の心は少しだけ穏やかになり、普段のようにお茶を味わうことが出来ようになるのでした。
◇◇◇
二話は12時、三話は18時に予約投稿しています。四話以降は7時、18時の2回更新です。続きもぜひお読みいただけると私が喜びます。