墓にて眠る
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、明日も自分がちゃんと起きられる自信があるかい?
別に、時間までにちゃんと起きられるかどうか、といった問題に限らないよ。
睡眠時無呼吸症候群。眠っている最中に空気の通り道が塞がれ、息が止まるのといびきをかくことを繰り返してしまう病気。
おかげで体内に取り入れられる酸素が少なくなり、日中の眠気はもちろん、眠っている時も心筋梗塞や脳卒中などにつながる恐れだってある。昨夜のなんともない寝つきが、実はこの世とのお別れのときだった……なんて、シャレにならないだろう。
それに、寝込みを襲うのは、生物に対する有効な攻撃手段のひとつ。いつなんどき、自分を狙う奴がやってきて、自分を始末にかかってくるか……いや、想像したら目をつむるのさえ怖くなってくるね。
ポーズか本心かは別に、相手によってはぞんざいな振る舞いをしてしまうだろうし、知らぬ間に恨みを買うことだってある。原因も分からぬまま、人生を閉ざされるのはなんとも無念だ。
過去、眠りが極端に忌避される時期もあったらしい。睡眠は死の延長線上だと。
僕もこの考えに、一理あると思ってはまり込んだころがあってさ。眠りについて知ろうと、いろんな人の話を聞いてみた。
すると、眠りに関する昔話もいくつか耳にすることができてさ。中にはちょっと気味の悪いものも含まれていた。
つぶらやくんが好きそうな、むきの話だろうし、聞いてみないかい?
それはとある離島で起こったことだったという。
日本本土で火葬文化が広まっている中、かの島は昔ながらの土葬を行っていた。
地面に据えられる墓石の下には、故人の遺体が眠っていた。さすがに一人ひとりを違う場所に葬っていたら、墓石で島内は埋めつくされてしまう。同じ家の者であるなら、同じ場所へ埋葬されるのが常だったとか。
その日の早朝は、夜中からしとしとと降り続いていた雨が、ようやく止んだところだった。
墓場の土は、茶色くぬかるんでいる。表立った水たまりの姿はあまりないが、その上を歩く者の足跡を残すには十分な状態だ。
その中、朝一番に墓参りに来た島民が気がついた。
墓場へ続く道。村の周辺は草が茂るも、途中から土がむき出しの地面へ変わる。
そのやわい土の上に、墓場へまっすぐ進む一対の足跡が残っていたんだ。
人のものだと分かる。しかも、はっきりと五本の指の跡まで浮かんでいるとなると、わらじどころか、足袋すら履いていない裸足。
雨が降り出したのは、陽が暮れてからだ。たいていの人が濡れるのを嫌がる中、この足跡の主はここまで歩いてきたことになる。何も履かないままで。
いったい誰が、と島民がそろりそろり、足跡をたどったところ、とある一家の墓石の前まで続いていたそうだ。墓石の前の地面には、明らかに掘り返したようなあとが見られた。
墓をあばくという行為は、島の歴史の中でまったくなかったとは言えない。副葬品の窃盗を目当てに、死者への冒涜をかえりみない者がいた。ゆえに、死者を葬る際はその身ひとつでもって、土の中へ埋められるのが通例になっていたのだけど。
島民が難しい顔をする。というのも、この墓はほんの数日前に新仏を迎え入れたばかりなんだ。
さすがに土の中に入れられた遺体が数日でもって、急激な腐食や白骨化へ進むわけではないと、島民たちも知っている。
となると、土を掘り返して出てくるのは死に装束をまとった死者の身体。老衰でこの世を去った翁のものだ。
よもや、それを持ち出し、よからぬことをたくらむ者などいないと思いたいところではあったが……。
困惑顔の島民だったが、やがてその墓土がこそりと動く。
目を見張るうちに、その土のこぼれは野菜を畑から引き抜くときのように、大きなものとなっていった。しかし、揺れの果てに突き出てきたのは、実ではなく腕。
続いて起きてくる上半身。土まみれのその姿は、本来ここに埋まっているべき老人ではなかった。村の一角に住む若者のものだったんだ。
彼は一人で暮らしており、異変に気づける家族はいない。彼本人は、大きく肩で息をし、懸命に顔についた泥を拭いだす。そして振り返り、墓石の姿を見るや腰を抜かしかけたのだそうな。
島民も顔をしかめる。そうして驚く彼の口といわず、鼻といわず、耳といわず、黄緑色をしたミミズのような生き物が、いっぱいに詰め込まれ、ぽとぽとと落ち続けていたのだから。
話を聞いても、詳しいことは分からなかった。
ただ彼は目覚めたとき、真っ暗闇とともに、体中を圧する力を強く感じたらしいんだ。そのうえ、鼻や耳の中では垢をほじるかのような感触が、口には息苦しさが絶えず襲い掛かってくる。
かろうじて動く腕を何とか動かし、周りの圧を退けながら上へ上へと伸ばすと、やがて抵抗がなくなり、空気の冷たさを感じたそうだ。そこから先は、島民が目にした景色の通り。
生き埋めにはほど遠く、隠れていたといわれたほうが納得のできそうな状況。眠っている間にこうなっていたという彼の弁明も疑わしい目で見られてしまい、結局は彼が寝付く際に、他の村の者が見張る手はずとなった。
果たして、彼の話の通りだった。
夜中。先ほどまでじっと寝息を立てているばかりだったこの男が、急に起き上がったんだ。
まなこは閉じている。そばにいる者が声をかけても反応はなく、それでいながら閉まっている玄関を自ら開けて、外へ出ようとしていたんだ。
打ち合わせていた通り、村人たちはそれをあえて引き止めない。代わりに後をつけていくと、彼の足はまっすぐ墓地へと向かっていく。
そして先日埋まった墓から見て、真後ろ。これもまた、件の翁より少し前に亡くなった老婆の眠るところだった。彼は墓石前に、目を閉じたままひざまずく姿勢を見せる。
だが実情は、祈りを捧げるのとはかけ離れていた。
彼が折り曲げながらついた膝を、地面はあっさりと受け入れる。すでに雨の水分は飛び、渇きとともに相応の堅さを取り戻しているだろう土。それがあたかも、水と化したかのような沈み具合だった。
村人たちが彼の肩をひっつかむまで、わずか数拍。その間に肩をのぞく彼の身体のほとんどは、土の中へうずまりかけていた。前のめる姿勢だったから顔も入っている。
不思議と村人たちが接触するや、土は本来の姿を取り戻し、彼のうずまりを押しとどめた。ようやく引き上げる彼は、地面から離れるや意識を回復させるも、すでにその耳穴、鼻穴からはあのミミズらしきものが、姿をのぞかせていた。
――こいつらはいったい……?
そう思う間に、完全に引き上げたはずの彼の足元の土が、更に盛り上がりを見せる。
大人数名分の重みを跳ねのけ、彼らに尻もちをつかせながら、より深みより立ち上がる新たな人影。
あの、本来は墓の中に埋まっているべき、老婆だ。
死に装束をまとい、まなこを閉じたその姿は、やはりさほど腐敗が進んでいない。
ただ彼女の体中の穴という穴から、若者の身体と同じような黄緑色のミミズが、しかし何倍にもあふれて、姿をのぞかせていたんだ。
よたりよたりと動く格好は心もとなく、それでいて体中からあふれるミミズを気に留める様子を見せない。
一同が息を呑む中、ひとりだけが長い熊手を彼女に向けて突き出していた。熊手は彼女の半身に引っかかり、かすかに肌と服を引きちぎり、その場に倒す。
その破れた皮膚からも、こぞってミミズたちは姿を見せる。一度はみ出た奴らは、ほんのわずかだけ土の上でのたうつも、やがて自分から傷口へ戻ってしまった。そしてほどなく、老婆はぎこちなく身を起こすんだ。
――あのミミズこそが、死者を冒涜するもの。
聡い村人たちの判断は早く、老婆の身体は縛り上げられ、島としては珍しい荼毘に付されたとか。
それから他の墓も調べられるも、不思議と島民たちの掘り返しではあのミミズは姿を見せず、ただひとり、あの青年の夢遊によってのみとらえることができた。
それからも何人か、同じように墓から起き上がる者がいたが、それはどれも青年の夢遊が間に合わなかった墓から現れたという。