9.買い物
「それでね!今度エルナさんと一緒にお買い物に行くことになったの!!」
家に帰ってから嬉しくてりゅうに話すと、りゅうは興味なさそうにぱたんとしっぽを動かしただけだった。
«へえ»
「もう!とっても楽しみ!あのね、テレシア様に美味しいお菓子のお店を教えてもらったの。りゅうにも買ってくるね!どんなのがいい??」
«……お前が選んだものならなんでも»
興味はなさそうだけどちゃんと話を聞いてはくれているらしい。
りゅうのそういうところが私は好きだ。
「ふふ、分かった!とびっきり甘いのにするね」
寄りかかっていたりゅうのお腹に擦り寄る。そうするとくすぐったいのか、りゅうの畳んである羽が少しだけぱたぱたと動くのだ。隠そうとしているみたいだから黙っているけど、私はそれを見るのが好きだった。
«………なんだ»
「……………ふふふ、なんでもない」
***
次の学園に行く日はそわそわしっぱなしだった。ドラゴン以外のことには興味が無さそうなトンボにさえ、なにかあるじゃないかと気付かれるくらい。
エルナには私が学園に通っていることは言ってあるので、校門で待ち合わせすることになった。
「す、すみません…!」
どうにかトンボの詮索をぼかして待ち合わせ場所に向かえば、もうエルナが待っていてくれた。
「大丈夫よ」
走ったせいではあはあと息をあげる私に落ち着くように彼女が言う。
ふうとしばらくして呼吸が楽になってから、私たちは買い物に向かった。
「まずはテレシアさまおすすめのお店、『ポローニヤの猫』に行きましょうか」
「はい!」
わくわくを抑えられず思いっきり頷けば、エルナも楽しそうに笑った。
「こ、これは、なんて言うお菓子なんですか…?」
「それはロッシェ。カリカリしていて美味しいの」
「そのピンクのは…」
「これはギモーヴ。もちもちしているわ」
「ぜんぶおいしそう…」
テレシアのおすすめ、『ポローニヤの猫』は猫と名前のつくだけあって、お店の色んなところに猫の絵や猫の人形が飾ってあるとても可愛らしいお店だった。
お菓子も猫の形をしているものがあってとってもかわいい。森の近くの街に買い物に行くことはあったけれど、お菓子の専門のお店というのは無かったから、知らないものも多くて目移りしてしまう。
「クッキーも猫だ…」
猫の形というだけじゃなくて、ちゃんと黒い模様が付いているのもすごい。
「ヒノキ様はどんなお菓子がお好み?甘いのが苦手だったら酸っぱいものもあるし、苦味が強いものもあるわ」
「私はなんでも好きなんですけど…とびきり甘いのってありますか?」
「そうね…じゃあこの……」
エルナに色々教えてもらい、いくつかの種類のお菓子を買う。
りゅうにお土産をどれにしようと悩んでいたからとても助かった。
お店の人にお金を渡していると、にこにことしながら言われる。
「ラッピングはされますか?無料でお包みできますよ」
「らっぴんぐ?」
聞きなれない単語に聞き返すと、後ろに並んでいたエルナがカウンターの横のひらひらした包みを指さした。
「あんな感じで綺麗な包装をしてくれるのよ。贈り物用ね」
なら。
「これだけ、お願いします」
すっとひとつ指すと店員さんはにこにことしたまま綺麗に包んでくれた。
エルナのお買い物も終わり、店を出る。
次はエルナのおすすめ、『リゼルぜ』に行くことになった。
「いらっしゃいませ、あら、エルナ様」
「今日も来ちゃったわ。……ヒノキ様?どうかして?」
ドアを開けて固まる私に不思議そうにするエルナ。
「…」
ここって本当に私が入っていいんだろうか。
リゼルゼは確かにアクセサリーのお店だった。でも全体的にとても高そうだったのだ。
アクセサリーを飾ってある台や入れ物ですらそう。
こちらを見ていたエルナに思わずひそひそと囁く。
「ここって、本当に私入っていいんですか…?」
するとエルナはなぜ私が固まったのか分かったらしい。
「大丈夫よ、店に入ったら絶対に買わなきゃいけない訳じゃないし、気に入ったのがあったらでいいのよ。それに宝石が付いていないのはそこまで高価ではないの。でも腕のいい細工師がいるから、宝石が付いていなくてもとても綺麗よ」
そう言われてそこまで値段のしないものが置いてあるところに案内される。
「ほら、これとか…石はついていないけれど、その分すごく細やか細工されているでしょう?」
「本当だ…きれい……」
そう言ってエルナが指さしたのは金属でできたしおりだった。ただ葉っぱの模様一本一本を細かく透かし彫りにしてあって、作るのは大変そう。その分とても綺麗だった。
値段は高いけれど、買えない範囲ではない、と思う。
暫くそのコーナーを眺めていると、ふと知らないものが目に止まった。
「エルナさん、これはなに?」
「それはペンダントトップよ。ここに紐を通してペンダントにするの」
ペンダント。
私はそっと服の上から首に吊るしているりゅうの鱗を触った。
値段を確認する。これなら今持っているお金で買えそうだ。
いいことを考えた。…りゅうにプレゼントしよう。
どれにしようかな。
うんうんと唸りながらひとつ決めて、手のひらに乗せる。
「ヒノキ様、それ買われるの?」
ずっと見られていたらしい。エルナに声をかけられて思わず肩が跳ねた。
「はい」
どきどきしながら振り向くと、エルナはにっこり笑った。
紐はあるのかと聞かれて今度は手芸屋さんに連れて行ってもらう。そこでも悩みながらどうにか紐を買って、最後にエルナの行きつけの喫茶店に向かった。
「今日はありがとうこざいました」
そう言うとエルナはにこにこと笑う。
「こちらこそ、買い物とっても楽しかったですわ」
「はい!」
本当に楽しかった。今まで買い物は必要になったら行くくらいしかしていなかったから、こんなに楽しいものだと知らなかった。
お店の人が運んできてくれたミルクティーを飲む。甘くて美味しかった。
おいしいなぁと思いながら飲んでいると、向かいのエルナがだんだんと難しい顔に変わった。
「…………その、ヒノキ様はあのネックレスをどなたに差し上げるの?」
「え?」
言いづらそうにとても小さな声で何か言われたから、聞き取りにくくて聞き返す。
「いや、その…なんでも、ない、わ……」
そう言ったエルナはしゅんとしていて、なんでもないように見えなかった。
「えっと、ネックレスの話…ですよね?」
「あ、その…」
もしかして誰にあげるかという話だったのかな。
なんで落ち込んでいるのかはよく分からなかったけれど、私が聞き取れなかったのがいけないのは分かる。
「ネックレスは、私の大事な人にあげようと思って」
「だいじなひと…」
ぴくりとエルナが反応する。
もちろん大事な人というのはりゅうのことなんだけど、それって言っていいのかな。
「その、大事な人というのは……もしかして」
「えっ」
エルナはりゅうのことを知っているみたいだ。
「りゅ」
「その、おうじ……?」
「えっ!?」
おうじって、エレファスのこと?
確かにお世話にはなっているけど。
「違いますよ?」
「えっあっ、そう…」
エルナは一瞬ほっとした顔をしたあと、すぐにそれを隠すように下を向いた。
「…………エルナさんって王子のことが好きなんですよね?」
「ふわっ!?えっ!?」
お茶を飲もうとしていたエルナは、持っていたカップに口をつけることなくカタンと音を立てて置いた。
顔が赤い。
「その、そそそれはその、す、すすすきといえば、その……」
エルナはなぜか急にもごもごと口ごもり始めた。
その理由は分からないけれど、好きということにたぶん間違いはなさそうだ。だから私は聞いてみたかったことを聞くことにした。
「あの、できればでいいんですけど、教えて欲しくて…"恋"ってどんな感じなんですか?」
「っえっ、はっ!?うぇ…!?」
「本では出てくるんですけど、私にはいまいちよく分からなくて…」
「なっ、そ、その……」
カップに手を伸ばしたり引っ込めたりと忙しい彼女を見ていると、見られていることに気づいたようでこほんとひとつ咳払いをした。
なんとなく私は背筋を伸ばした。
「…………こい、がどういうものかは私も分からないけれど、その、私と王子は幼い頃から決まっていた許嫁でしたわ」
「いいなずけ?」
聞いたことがあるような無いような言葉に首を傾げると、婚約が決まっている人のことだと教えてくれた。
「幼いときって子どものころからってことですよね?」
そんなことがあるのかとびっくりした。
婚約者というだけでも初めて見たのに、小さなころからそれが決まっていることもあるなんて。
「ええ。今どきは珍しいかもしれませんが、無くはないわ。王子は将来の王でもありますし、無駄な争いを避けるためにも早くから決めておいた方がよいとご判断されたのでしょう」
「はぁ……」
どうして王子の婚約者を早く決めることが無駄な争いを避けることになるのかはいまいちよく分からなかった。そういうことがあるんだなぁと、とりあえず話の先を聞くことにする。
「私の家系は歴史が古く、王家とお爺様同士が仲がよかったので許嫁として選ばれたの。
私は小さな頃から王子や国を支える王妃となれるよう、かなり厳しく躾られたわ」
幼いころはこうした自由な時間はほぼなかったわ、とエルナは懐かしそうに笑った。
「じゆうが、ない……」
私には想像がつかなかった。子どもの頃は森の中で父と母と暮らしていたけれど、ほぼ毎日遊んでいたような記憶しかなかったから。
「………嫌じゃなかったんですか?」
私だったら絶対に嫌だなぁと思ってそう聞けば、エルナはくすくすと笑って言った。
「すごく嫌だったわ。だって私は王妃になりたいなんて一言も言ってないのに、後から生まれた妹よりも友だちも少ないし、街で流行っている遊びも知らないんだもの。
大人たちは泣いても許してくれないし、毎日ペンを動かして勉強したり、ダンスや音楽の練習をしたり、本当に嫌だった。
だから初めて王子に会った時に言ったの」
「?」
彼女は笑顔をすっと消し、視線をカップの中に残っているお茶に向けた。
「………『あなたのせいだ。あなたなんて大嫌い、婚約者になんてなりたくなかった』って」
「……」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
そう言ってしまうのもしょうがないとは思う。まだほんの子どものときから、そう言われて遊ぶこともできないなんて、私だったら耐えられないと思うから。
「そう言ったら、王子は『分かった』って言ったあとに『でも、僕が嫌いでも国の為に許嫁でいて欲しい』と仰ったの。
私を許嫁にしたのはあの人じゃないのに。ただの八つ当たりなのに、私を不敬だと咎めもしなかった」
「ええと、王子は怒らなかったんですか?」
「ええ。全く」
そう答えたエルナは笑っていたのに、どこか寂しそうにも見えた。
「私も怒られると思っていたから不思議だったけれど、でも分かったの。
あの人は"王族として"最善を選ぼうとした……」
「…………エルナ、さん?」
「あ、その、その時から王子のことは嫌いじゃなくなったの!!それに、もうあの人には、嘘はつかないって決めたの!!!
その、だから…これは恋とかではなくて、むしろ私も分からないから……!」
遠くを見つめていたと思ったらあわあわとし始めた彼女の頬は紅かった。
エルナの話は何も知らない私にとっては、まるで物語のようで、知らないこともいっぱいあって。
でもやっぱり、恋って難しいということは分かった。
「……わたしって、何も知らないんだなぁ」
「え?」
ぽつりと呟けばエルナにも聞こえていたらしい。
「恋って、難しいんですね」
そう言うと、彼女はええと真剣な表情で頷いた。
「……そうね。誰かを大切にするのも、されるのもとても難しいわね」
また遊ぼうと約束して王宮の入口まで送ってもらい、エルナと別れた。
だから私を見送った彼女がなんて言ったのか、私は知らない。
「あんなに真剣に選んでいたのに自覚がないなんて…あなたもきっと鈍いのね………」
転移陣を使い王宮を離れたあと、森まで走る。
りゅうは森の入口辺りにいた。口には出さないけれど、りゅうはいつも出迎えてくれる。それがとても嬉しい。
「りゅう!ただいま!!」
ぎゅっとすべすべの鱗に抱きつくと、りゅうはいつものようにああと低い声で返事をした。
«………何もなかったか»
「え?」
りゅうの背に乗って家に向かっていると、りゅうにふとそんなことを尋ねられて考える。
首を傾げた私がよく意味を分かってないことを分かってくれたらしく、りゅうはなぜか言いにくそうに言った。
«……………買い物、だと言っていただろう»
「あ!それは、その…」
どうやら朝の話を覚えていてくれたらしい。
何でか自分でも分からないけど嬉しくなってふふっと笑ってしまった。
«…何だ?»
「心配してくれたの、嬉しくて」
«……»
思った通りに答えるとりゅうが黙った。
家の前に着くと屈んでくれたりゅうの背から降りる。
そのまま座って丸くなろうとしたりゅうを慌てて止めた。
「あっちょっと待って!」
不思議そうな顔をしながらも、言われた通りに立ったままでいてくれるりゅうの足元に屈むと、鞄から今日買ったものを出した。
ペンダントトップに紐を通して。
どこに結ぼう一瞬と考えて結局人で言う足首のあたりにする。
「できた!」
«…»
そう言って少し退くとりゅうは自分の足をまじまじと見た。
「どうかな?今日買ってきたの!
ネックレスのお礼だよ。本当は私もネックレスをあげたかったけど、紐をどれくらい買えばいいのか分からなくて…」
りゅうの黒い鱗に金色のペンダントトップはなかなかいい組み合わせだと思う。
ちなみに紐も黒にした。りゅうの鱗ほど綺麗な紐は見つからなかったから、なるべく邪魔しないような物を選んだつもり。黒一色じゃなくて光に反射するときらきら光るもの、というのはなかなか無くて、選ぶのが大変だったし、ちょっぴり高かったけれど。
«………»
じっと見つめたまま何も言わないりゅうにだんだんと怖くなってきた。
「…………やっぱり、違うのがよかった?」
そう言うと、りゅうははっとしたようだった。
«いや…»
ペンダントトップを見て、顔をあげたものの、私から微妙に視線を外す。
………嬉しくなさそう。
悲しいけれど、でも自分が勝手にあげたものだから喜んでもらえなくてもしょうがない。
「あっ、えっと、その…やっぱり取る、ね…」
«いや»
「え?」
取ろうと前足に手を伸ばすと、すっと足を退けられた。
思わずりゅうを見上げればすすっと視線が逸らされる。でも顔を上げた視界にぱたぱたと動く羽が見えた。
……よろこんで、くれている?
«………悪い。驚いただけだ。取らなくて、いい»
ぽかんと口を開けた私に彼が言った。
«ありがとう、ひのき»
「!うん!!」
金色の瞳が私をしっかり見ている。
私は嬉しくて嬉しくて、たまらずぎゅっとりゅうの前足に抱きついた。
«あ、おい、危ないから…»
「よかった!」
爪が危ないから離れろとりゅうに怒られるまで、ずっと。