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あなたの夢を見て眠る  作者: 明鯉尾
1部 人編
8/27

8.決意



どさ、という音がして、不思議に思いりゅうから離れて振り向いた。



「と、トンボ…?」



あれはトンボが尻もちをついた音だったらしい。

名前を呼んでも反応しない。トンボはただりゅうの姿をじーっと見つめて震えていた。


りゅうを怖がっているのだろうか。

そう思っていたら、なんとトンボは泣き出した。



「えっ」



慌てふためく私と反対に、エレファスはそれを冷静に見つめたあと、大丈夫だと言った。

そしてトンボを見つめて言う。



「しっかりしろ。研究対象(ドラゴン)に会えて嬉しいのは分かるが」


「…」



何ともなさそうなので私は再びりゅうに抱きついた。



「あのね、りゅう。このあといっぱい話したいことがあるんだけど、その前に」



りゅうの金の瞳が不思議そうに瞬きをする。

絶対にりゅうは止めないだろう。私は分かっている。



「これからも、定期的に向こうに行きたいの」


«…»


「色んなことを教えてもらって、私何も知らないって思ったの。だからもっと知りたい」



じいっと穴が開きそうなくらい、りゅうは私を見つめた。

ぎゅっと握った手がちょっとだけ震える。


しばらくしてりゅうはふいと視線を逸らした。



«……好きにすればいい»



言葉は突き放すように冷たく思えるが、すがりついている私を払ったりしないし、りゅうの言葉がぶっきらぼうなのはいつものことだ。



「話はまとまったらしいな」



成り行きを見ていたエレファスがそう言い、トリオンに座り込んで動かないトンボを背負うように指示を出す。



「うん。りゅうもいいって」



再びりゅうから離れて頷くと、エレファスは「じゃあ俺たちはこれで」と言って帰って行った。

トンボは何をしに来たんだろうとも思ったけれど、今の状態じゃしょうがない。



「りゅう、私たちも森に帰ろうか」


«ああ»



りゅうがかがみ込んでくれたので、その背によじ登る。私が首に縋り付くと、いつものように羽を羽ばたかせて空を飛んだ。





それから森の家の前、りゅうが寝ていることもある湖の前で下ろしてもらう。



「ありがとう、りゅう」



私が背から降りるとりゅうは何も言わずにいつものようにその場に座ると体を丸めた。お昼寝の体制である。

それを横目で見ながら、とりあえず荷物を片付けようとりゅうから離れようとした。



«………どこに行く?»


「……え?」



思わず振り向く。

りゅうは丸まった体制のまま、器用にこちらを見ていた。

いつも以上に無表情で少しだけ怖くなる。


何かしてしまったかな。

でも特に思いつかず、私は中途半端に家の方に体を向けたまま答えた。



「えっと、家に荷物を置いてこようと思って…」



りゅうがもぞりと動く。

聞いてきたくせに何も言わずに目を閉じたから、とりあえず荷物をさっさと片付けることにした。


どうしたんだろう。

少ない荷物をしまいつつ、考えてしまうのはさっきのりゅうの行動だ。

淋しかったとか…?

りゅうに限ってそんな訳ないよなぁと思いつつもそれしか思いつかない。

そうだったらいいな、なんて思って小さく笑った。



「………りゅう」



荷物を片付け終えて、家を出る。

猫のように丸まっていたままのりゅうに駆け寄ると、いつものようにほんの少しお腹の部分を開けてくれた。

そこによりかかって私も一緒に日向ぼっこをする。



「…………ふふ」



つい笑い声が漏れてしまうと、りゅうが薄く目を開けた。

金色の瞳が私を見る。



«………………なんだ»



どうして笑うのかと聞かれた。



「森にもどってきたんだなーって、うれしくなったの」



そう嬉しい。

王宮の生活も楽しかった。色々なことを教えてもらったし、会った人みんなが優しかった。


でも。



「やっぱりりゅうの傍が一番落ち着くの」



ほかの人間にとっては怖いかもしれないけど、私は世界で一番安心する場所だ。

うーんと体を伸ばした後力を抜く。背中をりゅうに預ける。日に当てられて鱗はちょうどいい温さ。

手を伸ばしてそれに触れる。つるつるとしていて触り心地がいい。



「………ん?」



金色の瞳が私の行動を見ていた。

驚いているかのように目を見開いて固まっている。



「……ごめんね?」



勝手に触ったから怒られるのかな。

そう思って謝ってもしばらく反応がない。

まあいいやとさわさわと鱗を撫でていれば、足にしっぽが当たった。



「りゅう?」


«……………お前は…»


「うん?」


«………………………いや、何でもない»



りゅうは何かを迷うように視線をさ迷わせたあと、結局言わないことにしたらしく目を閉じた。


なんだろう。

気になるけど、りゅうが言わないことにしたのなら多分言ってくれない。

むっとしたから私の足に触っていたしっぽをむんずと掴み撫で上げた。



「……そうそう。あのね、転移陣っていうのを使って王宮に行ったの。

一瞬で王宮ってところに移動できちゃうんだよ。あっ、りゅうなら知ってるのかな?

昔の技術らしいけど」


«…»



ちらりと様子を伺ってみたけれど、りゅうは反応しない。知らないのかもしれない。



「それで、エレファス…あ、えっと今日一緒に来てた茶色い髪の人。あの人って王子だったんだって」


«…»


「座り込んでた人はトンボって言うの。まだ子どもだけど色んなことを私よりも知ってて、ドラゴン…あ、りゅうのことをドラゴンってあの人たちは呼ぶらしいんだけど、その研究者なんだよ」



しっぽを撫でながら話を続ける。

りゅうは返事をしないから傍から見たらひとりごとに思われるだろう。でも返事をしないだけで聞いてくれていることを私は知っている。



「あとね、エレファスの妹のテレシア様と婚約者のエルナさんとお茶会っていうのをしたの。

婚約って本でしか見たこと無かったけど、本当にあるんだね。エルナさんはすごく大人っぽくて、でも王子の話になると顔を真っ赤にするの」



学園の話、図書室や初めて食べた名前も知らない料理のことを取り留めもなく話していると、りゅうの目が薄らと開いて私を見た。

どうかしたのかと口を閉じる。



«…楽しかったか?»



その声は機嫌が悪そうにも、どこか満足そうにも聞こえた。


楽しかったか。

りゅうに言われたことを考える。

エレファスもトンボも、出会った人はみんな優しかった。

知らない料理、初めて見る本の山、女の子とのお茶会。



「…」


«無理してここに帰ってくる必要はない。人間は群れる生き物だ。お前だって、»


「りゅう」



思わずりゅうの言葉を遮った。

彼がなんて言おうとしたのか分かったから。



「それは言わないで」



確かに私は人間だ。そしてりゅうはドラゴンという種族らしい。

でも。


持っていたりゅうのしっぽを軽く叩く。

りゅうは何も言わなかった。



***





「行ってきます、りゅう」



湖の前で寝ていたりゅうに声をかける。相変わらず日向ぼっこをしているけれど、ああと返事が帰ってきた。



«……気をつけろ»


「うん!」



りゅうは必ずそう言う。少しだけくすぐったい気分になる。

今日は王宮に行く日だ。

鞄にエレファスからもらった移動陣の紙が入っていることをもう一度確かめたあと、私は森の外へ向かって歩き出した。


転移陣を使って王宮に行くと、既にトリオンが待ち構えていた。



「ようこそ、ヒノキ様」



にっこり笑顔で出迎えられたので私も笑い返した。

エレファスは今日は忙しいようで、本当は出迎えたかったが予定が合わなかったらしい。代わりに学園に送ってくれるようだ。



「昼食は一緒に、と言われています」


「うん、わかった」



トンボがちゃんとご飯を食べているかも気になるんだろうな、と思いつつも素直に頷いた。

とそこでトンボの事を思い出す。

トンボ、大丈夫かな。森で会った時はりゅうを見て腰を抜かしていたけれど。

実際にりゅう(ドラゴン)を見てどう思ったのだろう。りゅうは大きいから怖がられていたら嫌だ。


なんてことを考えているうちに、学園に着きトンボの部屋の前までたどり着いていた。


コンコン、とトリオンが部屋の扉を叩く。



「…」


「…入りましょうか」



いくら待っても返事が無かった。

トリオンは苦笑いすると部屋の扉を開けた。



「…トンボ」



トンボは普通に椅子に座りガリガリと何かを書いていた。名前を呼んでも書き物に夢中になっているせいか反応しない。前と同じである。

その様子を見てトリオンはどこか呆れたような顔をしながら帰って行った。


相変わらず床には紙が散らかっていて、それを踏まないように気をつけながらトンボの目の前までいく。書き物と顔の間で手をひらひらさせると、ようやくトンボは誰かが来たことに気づいたらしい。

顔をあげて私を見て一瞬ぼうっとしたあと、がっしりと私の手を掴んだ。



「えっ!ちょっと…!」


「来たな!!!」



子どものわりに力強く掴まれてちょっと怖かった。

そんな私を気にすることも無くトンボは獲物を見つけた蛇のようにぎらぎらとした目で見てくる。



「本当にあのドラゴンと暮らしているのだな?言葉も通じているようだ。そもそもドラゴンはこちらの言葉を理解出来ているという認識でいいんだな?あのドラゴンは飛んでいたがどれくらいの距離を飛行してきた?そもそもなぜお前があそこにいると分かった?ドラゴンの声はどんなふうに聞こえるんだ?僕たちには唸っているようにしか聞こえなかったが。あのドラゴンの全長は?翼も含めるとどれくらいになるんだ?あのドラゴンは何を食べ普段どのような行動をしているんだ?食事の頻度は?量は?睡眠はとるのか?一日何時間くらい?どのような体形で寝るんだ?」


「ま、まって……」



早口過ぎて何を言っているのか全然分からなかった。

口を挟める空気じゃなかったけどどうにかそれだけ伝えると、分かってくれたのかトンボはぱっと腕を離したあと。



「待てるか!!!!」



と叫んだ。



「どうして待てると思った!?本物のドラゴンだぞ!!!僕は本物の、生きている、しかも起きているドラゴンと会ったんだ!!!おまけにドラゴンの意思が分かるだと!!!本当に嘘のような夢みたいな話だ!!!!こんなことがあるなんて!!!」


「と、トンボ、落ち着いて……」



そこから時間をかけてトンボを宥めて、ようやくどうにか質問に答えられるようになった頃。



「りゅうの食事は木の実とか、私と同じでパンとか食べる時もあるよ」


「なるほど…あの巨体に見合わない気がするが……」


「あ、でもいつも食べる訳じゃないし、そういえば本当はいらないって言ってたかも……」



私が食べる時に一緒に分けていたけれど、本当はいらないみたいなことを言っていた気もしてきた。

一緒に食べるのは子どものころからだから、もうだいぶ昔のことで記憶があやふやだ。

うーんとうなっている私と反対に、目をランランと光らせたトンボは楽しそうだ。


本当にドラゴンが好きなんだなあと思う。


トンボを落ち着かせたあと、どうして森で会った時あんなふうに腰を抜かしたのか聞いてみた。

彼が言うには、「嬉しすぎて力が入らなかった」らしい。

怖かったのかと思えば全然予想と違い、私はほっとした。


トンボがカリカリと紙にペンを走らせながら質問をしてくるのに答えていると。



「昼食にいくぞ」



何の前触れも無く扉が開いてエレファスが入ってくるなりそう言った。



「わっ」


「今いいところだ!」



びっくりした私とエレファスを見る前にそう叫んだトンボ。



「いいから行くぞ」



そう言われて私たちは食堂に連れ出された。


食堂には未だに名前の分からない料理がいっぱい並んでいる。

どうにか選んでトンボとエレファスを探すと、2人はもう席に着いて食べ始めていた。

ちなみに私はトンボの補助生?という身分証をもらったため、食堂でご飯を食べてもお金がかからない。色々準備してくれたエレファスにありがたい思いでいっぱいだ。



「トンボ、食事中くらい本をしまえ」


「うるさい、時間が惜しいんだ」



器用に本を読みながらご飯を食べるトンボ。私にはできそうにない。



「おお、王子、久しぶりだな」



ため息をつきつつスープを飲んでいたエレファスにそう声をかけて来たのは、きっちりとした格好のおじいさんだった。



「モレ先生。お久しぶりです」


「相変わらずトンボの世話を焼いてくれているのか。研究者はマナーなんて気にしない奴が多いからな…」



食事中のトンボの目線が本にだけ向いているのを見て、その人も苦笑いをした。それだけで2人がどういうやりとりをしていたのか分かったらしい。



「先生を見習って欲しいものです」



じろりとトンボを睨む。でも彼は睨まれていることにも気づいていないようだった。



「はは…おっと食事中に声をかけるのもマナー違反だったな。すまない。じゃあ私はこれで」


「いえ、モレ先生もご自愛ください」



おじいさんははははと笑いながら去っていった。



「…………今の人は?」


「ああ、モレ先生と言って古代魔術…転移陣とかの研究をしている方だ。俺の学生時代の指導教官だった」


「………えーと、もしかして、王子はこの学園?の生徒だったんですか?」


「ああ、そうだが?」


「しらなかった……」



学園って優秀な人、頭の作りの違うようなすごい人が通うところだと聞いていた。

まさかエレファスもその一人だったなんて…。



「あとエルナも今通っているからどこかで会うかもしれないな」


「……」



どうしよう。

私自身は全然賢くないから、今更だけどここにいていいのかすごく心配になった。



なんて話をして、学園から家に帰るために王宮の転移陣に向かって歩いていると。



「あら、貴女は…」


「え、エルナさん…」



ばったりと廊下でエルナと鉢合わせした。

相変わらず綺麗で大人っぽい格好をしていて、思わずぼうっと一瞬見とれてしまった。



「ヒノキ様よね?」


「は、はい!」


「また会えてよかった!お帰りになったと聞いていたから」



そう嬉しそうに微笑まれて顔が熱くなった。

なぜだろう。どこか恥ずかしい気持ちがわいてくる。



「その…自分の住んでいるところから、通えるようにしてもらったんです…」


「まあ!

今はお帰りになるところなの?」


「はい…その、今日はこれで……」


「そう……もっとお話してみたかったけれど、引き止めるのも良くないわね。

せっかく会えたのなら、王都のお土産の一つでも用意しておけばよかったわ」


「い、いや、そんな…!」



ぶんぶんと首を振ったけれど、エルナの顔は晴れない。ここまで気を使ってもらうほどじゃないのだ。



「そ、それに、私、またここに来ますから!あの、定期的に来ると思います」



そう言うと、エルナは閃いた、というようにぱあと顔を明るくした。



「そうなのね!

じゃあ良ければ今度一緒にお買い物に行きましょう!」



お買い物。

その言葉を聞いてふわふわと頭の中を駆け巡る。

辞書、お菓子、それにアクセサリー……。



「い、行きたいです!!」



思わず力を込めてそう言っていた。

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